Used Books CARROT | MYSTIC RHYTHMS

北の離れ 2009

古書店主が綴る日常雑記 古本屋な日々...  profile

・12月21日 底は始まり
・11月18日 世界はオルガン
・10月5日 曇った秋
・9月6日 ミスカンサス・シネンシス
・8月1日 アンブレラ
・7月3日 二百年
・6月6日 面白きこともない世の中を...
・5月1日 再導入−トキ
・4月5日 何故気になる
・3月6日 永年使用志向
・2月1日 距離
・1月1日 牛乳


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

'09 師走二十一日 底は始まり
 明日「冬至(とうじ)」。太陽は南緯23度26分22秒の南回帰線上にあり、太陽は最も南寄りから昇り、最も南寄りに沈む。北半球からすれば、太陽の南中高度は最も低く、一年の内で昼は最も短く、夜は最も長い。謂わば「冬の底」。長い影
 多くの民族は、農耕を生業(なりわい)としていましたから、太陽は生活の中心。その太陽が最も力を弱めるのが冬至(北半球の場合ですが)。其処を過ぎれば、太陽は力を取り戻す。よって、冬至(或いはその後)を、太陽復活の日として祝うことは、多くの地域・民族で行われているようです。クリスマスも起源は冬至の祭にあると言われています(キリストの誕生(降誕)日は特定されていません)。
 この同じ冬至の日、南阿弗利加や濠太剌利では太陽は南中時頭上(或いは頭上近く)に輝き、南緯66.6度以南の南極圏では白夜となり太陽は沈まず、北緯66.6度以北の北極圏では極夜となって太陽は現れない。地球は広い...私は何も知らない...。

 モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ(アルテュール・グリュミオー(vn)&クララ・ハスキル(pi)盤)が聴きたくなり、CDを借りる為、昨日、図書館へ出掛けました。近頃お気に入りの、某大学農学部農場内の道を、まだムギが伸び始めの広大な畑を南に眺めながら行ったのですが、アスファルトの農道に落ちる自分の影が目に付き、思わず撮影。
 正午から左程時は経っていないと言うに、影は長く、遮る物の無い陽射しは多少暖かでも、大気は大分と凍て付いている。休日で人気も無い広大な農場の一隅で感ずるは、正に冬の底。でも、此処から日に日に確実に、日中の時間は伸びてゆく訳です。言ってみれば、春の始まり。そう考えるとしましょう。

 *     *     *     *
    *     *     *     *

 今年一年、有難う御座いました。また来年も、宜しく御願致します。

 ちょい早いですが、良いお年を...。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*太陽高度:90度から、23.4度(自転軸の傾き)+その土地の緯度、を引くことで得られる。北極圏の場合、90-(23.4+66.6)=0度
*極夜(きょくや):一日中太陽が昇らず薄明が続く期間或いは現象。南極圏で5月末から、北極圏で11月末から其々≒一ヵ月半続く
*白夜(びゃくや・はくや):高緯度地方で太陽が地平線とほぼ平行に動くため太陽が沈まない或いは薄明が長時間続く現象
*モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ:第41番まである(偽作も含まれる)。各年代に渡り作られているが二十代前半頃(1778-1981頃)の作品が人気が高い(24・25・28・30・32・34番等)。と言っても、シンフォニー、コンチェルト或いは同じ室内楽のピアノ・ソナタやカルテット等に比べヴァイオリン・ソナタは一寸地味ですね。結構良いと思うけどな...。上に挙げた、アルテュール・グリュミオー(vn)&クララ・ハスキル(pi)盤(1958年録音)の評価が高い(日本では)
*クリスマス:古代印度の光の神を起源とする「ミトラ(mithras)」を信奉する古代羅馬のミトラ教で、12月25日はミトラが冬至に死して後、復活する日とされ盛大に祝われた。これが後基督教に受け継がれ四世紀に正式に基督降誕の日とされたとか

'09 霜月十八日 世界はオルガン
 死ぬまでには一度経験してみたい、と言う事、皆さんにも一つや二つ或いは三つや四つ、きっと御有りでしょう。こんな私にも、御座います。
 一度で良いから経験したい事、一つは結婚。一つは原爆ドーム見学。一つはヒマラヤ訪問。そしてもう一つが、パイプ・オルガンのライヴ演奏拝聴。低音用のパイプ
 一つ目は、残念ながらほぼ無理、と最近は諦めがちで何の努力もしていませんが、諦めたらいけませんね...。二つ目は、何時かその気にさえなれば可能。三つ目は貧予算な私には可也非常に難しい事柄ですが、頑張れば不可能ではないし、生命保険の生前給付を受けられるような状況になった場合なども可能となるな...。最後の四つ目。これは一番叶え易い事柄なのですが、今まで縁無く来てしまいました。が、終に先日、叶える事が出来ました。

 今回、パイプ・オルガンのライヴを体験できたのは、自治体による「秋の文化まつり」の一環としての劇場開放イベントの御蔭。45分間のオルガン・ライヴ+30分間のオルガン見学、のセット。前者ライヴも私にはそうですが、後者の「見学」が特に又と無い機会。間近でオルガンを見(触れてはいけない)、裏へ回って普通では関係者以外入室厳禁の送風室へお邪魔したり等、久々に、心感じ動く。
 パイプ・オルガン、といえば、すぐに連想されるのが、銀色の金属のパイプが威圧的に立ち並ぶ姿だと思います。ホールのドアを開けた瞬間、眼に飛び込む金属パイプを装ったオルガンの姿は相当な圧。でも、表から見えるパイプは全体のほんの一部にすぎない(左画像。上画像太いのは低音用パイプ、下画像水平に突き出しているのは「水平トランペット管」)。今回拝聴&見学させてもらったオルガン(北独逸製)の場合、パイプ総数は≒3600本(ホール用では結構一般的な数)。水平トランペット管詰まり殆どのパイプは眼に見えない内側にあるということです。今回は、内側のパイプに関しては、実物を見ることは叶いませんでしたが、模型を見ることが出来ました。
 パイプは材質で言うと、金属(オルガン・メタルと呼ばれる錫と鉛の合金。錫が20-80%とか)と木製(スプルース(マツ科の針葉樹)、マホガニー等々)の二種類。木製パイプというのは、以外かもしれませんね。表から普通見えませんが、音色を豊かにするため或る程度混ぜられています。また発声方法の違いで、フルー管とリード管の二種があります(一般に80-90%はフルー管)。フルー管はリコーダーと同じ原理で鳴り、リード管はクラリネットやオーボエと同様、リード(オルガンは金属製)を振動させて発声します。さらにパイプ上端の形状が、開いている開管、綴じている閉管、そして細くなっている半開管の三種があります。これら、材質や形状の異なる各種パイプを様々に組み合わせて、恰も現代に於けるシンセサイザーの用に多様な音色を生み出すのです。今回見たオルガンは手鍵盤は一段当り58鍵(全部で三段)あります。58鍵分の音高を出すにはパイプは58必要。更に其々の音高で四種類の音色を出そうと思えば、58×4=232本のパイプが必要となります。ストップだから音色を豊かにすればするほどパイプ数は増え、結果何千ものパイプ(最大規模では3万を越すパイプを有する)となるのです。
 オルガンにとってパイプは当然重要ですが、演奏上には「ストップ」(画像右)と呼ばれるものが重要となります。これはオルガンの音色を操作・選択するメカニズム(或いは音色そのものを指す)。特定のパイプ群への風路を切替えるスイッチ。オルガン演奏を聴いていると、時折一斉に音が止み、音色ががらっと変化する場合がありますが、それはストップを切替えたときです。注意して聴いてみてください。今回見たオルガンでは、46ストップですが、大規模なものでは300を超えるとか。把握するだけでも大変ですな。
 ストップは四種に大別されます。フルー管の弦楽器風のストリングス系、柔らかなフルート系、そしてオルガンの響きの中核プリンシパル系の三種と、華やかなリード系(リード管)。これらを、奏者は各自選択して演奏しているのです。ストップは食器戸棚のつまみ風の形のものが多いですが、画像のような電気式タイプを見ていると、ほんとシンセの様ですね。

 と以上は、オルガンの表。表も勿論大事ですが、裏も大事。パイプに風を送らなければ、音出ませんものね。そう、普通は見られない、送風関連を見学できたのが、嬉しい。風箱
送風機(モーター) 左画像が、謂わばオルガンの肺とも心臓部とも呼べる中核、送風機。高さ≒10m・幅≒6mと言うオルガンの大きさを元に想像していると、意外なまでに小さい(送風室自体四畳半程しかない長方形の小室)。円形のファン部分は直径1mあるかないか(計ったわけではありませんが、おそらくない)。手前に見えるモーター本体も可愛らしいサイズ。この送風機で鞴(ふいご)を動かし、右画像の、風箱(かぜばこ。これも意外に小さい)に気圧一定の形で一旦集められ、奏者が鍵盤を押すという形で選択されたパイプへと空気を送ります。その昔は、モーターなど無いですから、左下画像のように、カルカントと呼ばれる職人さん方が、人力で鞴を動かしていました(イラストはパンフレットより転載)。「一寸オルガン弾くから、君達頼むよ」ってな事でしょうか(「」内は演奏者の方(某大学准教授さん)とご友人との送風室内での会話から拝借)。カルカント因みに、ヨーロッパの田舎の小さな教会や、モーターの場合生じる空気の流れの乱れを嫌う場合など、人力送風は現在でも行われているそうです。

 久しぶりに楽しかったぁ。このライヴ&見学の日から、今この文章を書いている現在も含めオルガン曲ばかり聴いています。オルガン曲といえば、バッハ(ヨハン・ゼバスチャン)、とくるでしょうが、それも当然ながら、それ以外にも、バッハが大のファンで、二十歳の頃態々(わざわざ)400km近い距離を徒歩で演奏を聴きに行ったブクステフーデ(1637?-1707)や、「カノン」で有名なパッヘルベル(1653-1707)、また少年時代のバッハが直接教えを受けた可能性も考えられるゲオルク・ベーム(1661-1733)、そして、多くのドイツ人オルガニストを育て「オルガン奏者製造家」とも呼ばれたスヴェーリンク(1562-1621)等、バッハ以前、詰まりバッハに多大な影響を与えた方々のオルガン曲も聴いています。
 上に書いたようにオルガン、と聴いて多くの方がバッハを連想するでしょうが、クラシック好きの方は、ブルックナー(1824-1896)も連想されるでしょう。交響曲作家として高名なブルックナーは、長く教会オルガニストを勤め、あまり演奏される機会は無いようですが、オルガン曲も残しています。彼の交響曲はよく「オルガン的」と形容されます。確かに壮大・荘厳な曲調は、オルガン曲を連想させますが、発想や方法論などの部分となると、どこがオルガン的なのやら、メタル馬鹿なメタル耳にはさーぱり判りません。
 ブルックナーは非常に信仰が篤く、彼の作品の底流には「神」が深く根付き、基本的に彼の曲は「神」に捧げられている。ブルックナーと同じく教会オルガニストを勤め250曲ほどもオルガン曲を残したバッハも、同じく信仰が篤く、彼の作品もまた、基本的に「神」に聴かせるもの「神」へ向いたものでした。音楽そのものが、彼にとって「神」に賜ったものだったのです。この辺りから考えれば、ブルックナーとバッハの共通項が見えてくるようにも思える。基本多くが教会で奏されるオルガン曲は宗教性の濃厚なものとも言えるし、二人のこの共通項から透かして見れば、ブルックナーの交響曲が「オルガン的」であると言うのは、純粋に音楽的な部分は、私にはまだ不明ですが、宗教的な部分からは判るような気もする。彼らについて本格的に考察・研究した訳でもないし、「信仰」ともまったく縁無き私ですから、それも多分に怪しいものですけれど。ブルックナーとバッハが好きなメタル馬鹿の戯言(たわごと)と、読み流して下さい。

 子供の頃から教会に通い、パイプ・オルガンを聴きつけてきている多くの欧米の方と異なり、日本人の多くは、パイプ・オルガンのサウンドに対する親しみが薄いのは、致し方の無いところ。ロック等でも今はオルガン(「電気」ですが)滅多に使われませんしね。今回のようなイベントはもっと行われると良いな、と単純にオルガン・ファンとしては思います。バブル期に我も我もとあちらこちらに導入されたパイプ・オルガンに関しては、いろいろ問題もあるようですが...。

 「世界は神の奏でるオルガンである」と言う言葉があります。「神」無き私ですが、椅子も振動するようなパイプ・オルガンのサウンドに浸っていると、この言葉が生まれるのも、無理ないな...とも思えた次第です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*ストップ:同一の音色を持ち一連の音階を奏することの出来るパイプの一系列、と定義される。ドイツ語ではレジスター
*閉管:同じ長さのパイプでは開いている状態(開管)から閉じた状態(閉管)にすると一オクターブ音が低くなるのだとか
*ディートリヒ・ブクステフーデ:バッハ以前の独逸の代表的音楽家の一人。バッハに最も影響を与えたうちの一人。バッハ訪問の折、彼の才能を評価し自身の後継者にと望むが娘さんとの結婚が条件とのことで断られたとか(その二年前にヘンデルにも同様に断られている)。代表作:「われらがイエスの四肢」(お奨め)
*ヤン・ピーテルスゾーン・スヴェーリンク:ルネッサンス末期からバッロク初期の阿蘭陀の音楽家。教育者としても有名
*ヨハン・パッヘルベル:バッハ以前の独逸を代表する音楽家の一人。バッハの父(ヨハン・アンブロジウス)とも親しく、また父の死後バッハを引き取った長兄(ヨハン・クリストフ)の師匠でもある
*ゲオルク・ベーム:当時の高名なオルガニスト・音楽家。バッハが一時学生生活を送ったリューネブルクで教会オルガニストを勤めていた
*アントン・ブルックナー:墺太利の作曲家。彼の棺は、彼が学びまたオルガニストを勤めた、聖フローリアン教会(リンツ)のオルガンの下にある。此方によると弟さんはカルカントだったとか
*ブルックナーとバッハ:共に生前は音楽家・作曲家としてよりもオルガニストとして有名でした。ブルックナーが作曲家としての名声を得たのは1884年に交響曲第7番の成功によってでした。彼このとき60歳。典型的大器晩成の人、と呼ぶ声も多い
*ロックのオルガン:電気式のオルガン(ハモンド社が有名)。ディープ・パープルエマーソン、レイク&パーマー、またクォーターマスユーライア・ヒープイエス等など1970年代は良いオルガン・サウンドが聴けたのですが、今は私の愛するメタルやハード・ロック、プログレッシブ・ロックでもシンセサイザーばかりです(シンセも勿論良いのですがね)
*世界は神の奏でるオルガンである:独逸の学者アタナシウス・キルヒャー(1601-1680)著「音楽汎論」(1650)による。扉絵に描かれるオルガンの6つのパイプ群が其々創世記の世界創造の六日間に対応している。各群のパイプは七本で神が七日目に休み一週間で創造を完了したことに対応しているらしい(礒山雅著「バロック音楽」より)
参考:此方 此方 此方 此方 その他多くのwebサイトさん

'09 神無月五日 曇った秋
 東京多摩は秋霖前線停滞中。

 曇った秋の空の下、スーパーへの買出しの、自転車での帰り道。草茂る空き地等を眺めれば、人生って、結局、日々の暮らし、なのだよな...等と思う。
 何気ない、一見、変わり映えのない繰り返しの、日々の暮らし。これが、一見(或いは一聴)、大層なものとも思える、人生の、実体なのだよね。
 だから如何、と言う訳ではないのです。こんな風に観ずれば、重たい重たい人生も、一寸は軽く感じられ、肩の力も一寸は抜ける。何やら、忘れかけてた笑みも一寸は浮かぼうというもの。
 それだけのこと。

 曇った秋 2

猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣の空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆったりと今宵一夜を
鳴いて明かさうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであらう……

あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた―

 近頃こんな詩が、妙に気に懸かる。中也28歳の詩。彼のその道の末を知る身としては、何とは無く、二年のちの自身の現実を漠然乍も予感して居たのであろうかなどと考えたくなる詩だ。そう言えば、今聴いている(今向かっているPCのスピーカーから流れている)ペルゴレージの「スターバト・マーテル」も、彼が26歳で世を去る死の床で、仕上げた歌。確実な死を予感していたのであろうな...と考えたくなる透徹した静かさを底に湛えた歌だ。

 曇った秋。この詩、10月5日(1935年)の作とある。今日じゃないか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*中也:中原中也。明治40年(1907)〜昭和12年(1937) 山口県生まれの詩人。詩集に「山羊の詩(1934)」「在りし日の歌(1938)」がある。「在りし日の歌」清書原稿を小林秀雄に託し、鎌倉にて結核性脳膜炎(髄膜炎)にて急逝(きゅうそ)。享年三十。上記「曇った秋」は他に「1」「3」があり、即興性の強い作品となっている。詩集には未載
*ペルゴレージ:ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ。1710〜1736 イタリアの音楽家。26歳で結核により死去。今日も上演されるオペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)「奥様女中(奥様になった小間使い)」で成功。オペラの歴史に大きな影響を与えた。「スターバト・マーテル」は「悲しみの聖母」の意で、子イエス磔刑の際の母マリアの悲しみを歌った内容。同名曲は、アレッサンドロ・スカルラッティ、ヴィヴァルディ、ボッケリーニ、ハイドン、ドヴォルザーク等など多くの作品がある。ペルゴレージの当作は中でも特に人気が高い。映画「アマデウス」でも一部が使用されている(らしい)。因みにJ.S.バッハ(1685-1750)は晩年(1741-1746)にこのペルゴレージの「スターバト・マーテル」を全曲編曲し、モテット(宗教的声楽曲の一形式)「いと高き者よ、わが罪を贖いたまえ(BWV.1083)」としている

'09 長月六日 ミスカンサス・シネンシス
 一年のピークは夏、という感覚をお持ちの方が多いのではないでしょうか。春から徐々に盛り上がり、夏で頂点を極め、秋から冬へとトーン・ダウン...的な。分からないではないですが、低血圧で暑さに滅法弱い小生と致しては、夏が過ぎ、夜毎夜毎に大気が冷える此れからが、謂わば一年の最盛期。例年、八月の終わり、漂い始める秋の気配に、若干の寂しさも感じはしますが、それよりももう、嬉しくて嬉しくて...。

 秋の到来に、想うことは人様々。同様に、秋の到来を何に感じるか、これも人様々。こんなページを見付けました→「秋の訪れを感じる瞬間ランキング」(gooランキング)。
 一位:紅葉が色づいている
 二位:陽が落ちるのが早い
 三位:トンボが飛んでいる
 四位:スズムシが鳴く
 五位:肌寒さ
 六位:ススキを見る
 七位:夕焼けを見る
 八位:落ち葉を踏む
 九位:サンマを食べる
 十位:コスモスが咲く
が、TOP10。此れを読んでくださっている貴女・貴方。該当するものがありますか?一位・八位は此処東京多摩地区の平地では、まだ大分先の、もう冬も近い、と言った頃の事なので、一寸ずれますが、他はなるほど...と言った感じ(「金木犀の香り」が上位に無く二十位なのが意外です。嗅覚的に言えば第一位だけどな)。
 私的には、「秋の訪れを感じる瞬間」は、皮膚感覚で言えば朝晩の涼しさ、聴覚的にはコオロギの音、そして視覚的にはススキを見る事なので、四位・五位・六位はまさにその通り、良く分かります。中でも最も強く秋の訪れを感じる私的第一位は、ススキ。ススキの真新しいやや赤味がかった花穂が、陽にキラキラと輝いているのを見掛けると、秋だ...と、一寸キュンと来ます。次の瞬間にはもう、やっと涼しくなる、体が楽になる、と喜びが湧いてくるのですがね。

 ススキ(学名:Miscanthus sinensis(ミスカンサス・シネンシス))。
 イネ目イネ科ススキ属の多年草。高さ1〜2mで夏の終りから秋にかけ穂状(すいじょう)に花をつける。
 中国・朝鮮半島から日本全土に広く分布し、平地・山地の日当たりの良いやや乾燥した場所に普通に見られる。
 秋の七草(葛・撫子・桔梗・女郎花・藤袴・萩・尾花(ススキ))の一つ。花言葉は「生命力」。ススキ
 ...以上が、図鑑的解説。ススキ、の名の由来は、すくすく育ち立つ木(草)、であると言うのが一般的なようです(諸説あり)。裸地→草原→森林と言う大まかな植生の遷移で言えば、ススキは草原の最終段階で、都市部でも更地化されて数年以上経過した住宅跡地や工場跡地などで、しばしば群落を形成します。でも大抵は、夏場、刈り込まれてしまうので、風に穂靡(なび)く一面のススキの原っぱ、には、なかなかお目にかかれません。私の近所では、多摩川の河原まで出向けば、可也大規模なものにお目にかかる事が出来ます。
 子供の頃、このススキの群落の中に潜り込んだ経験は、多くの方がお持ちでしょう。夏場等、露出した肌のあちこちに、ススキの葉が小さなキズを付け、汗がヒリヒリと沁みましたよね。でも、何故、ススキの葉でキズが付くかご存知ですか?
 イネ科植物の葉には、「機動細胞(moter cell)」と呼ばれるものがあり、この細胞の細胞壁内に、珪酸(けいさん。SiO2.nH2O)を沈積させます。これが「植物珪酸体」で、宝石のオパールと似た組成の為「プラント・オパール」と一般に呼ばれています。これは鉱物ですので、植物が枯死・腐敗した後にも土壌中に半永久的に残り、また植物の種により形状が異なるので、遺跡発掘の際など、土中のプラント・オパールの有無また種類を調べれば、稲作が行われていた、麦が栽培されていた等を知る手懸りとなります。この微細(50μm(マイクロメートル)程度。1μmは1000分の1mmなので、1mmの二十分の一くらいですね)な、ガラス質の物質の為、肌にキズが出来てしまうのです。

 ススキの穂を見掛ける様になると、秋を感じると同時に、上記のように、ススキ→プラント・オパール→発掘、と考古学を連想したりもします。また、珍しくある程度広い空き地にススキの群落が形成されているのを見掛けると、このまま「ススキの原っぱ」公園になれば良いのになぁ、等と考えたりもします。何時の頃からでしょうね、ススキの原っぱを残して置けるような余裕を、我々が失ったのは。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*遷移(succession):或る場所の生物群集の組成が、時間と共に変化してゆくこと。火山噴火後など基質に全く生物を含まない状態から始まるものを一次遷移、森林伐採跡地など土壌や土壌中の生物を含む状態から始まるものを二次遷移という。遷移が最も進んだ群集は「極相」と呼ばれる。日本で一般的に見られるのは、
 裸地→コケ・地衣類→一年生草本→多年生草本→低木林→陽樹(光を多く必要とする樹種。マツ等)林→陰樹(比較的暗
 い場所でも生育できる樹種。ブナ、カシ等)林
と言う形で、日本の平地では多くの場合陰樹(カシ、シイなどの常緑広葉樹)による森林が極相となる(東北北部や北海道ではブナなどの落葉広葉樹林)のが一般
*機動細胞:水分不足の場合膨圧を失い葉を内に巻き蒸散を防ぐ役割の細胞。細胞壁に珪酸が沈積する
*多年草:複数年個体として生存する草本。地上部が枯れる場合と枯れない場合が在る
*秋の七草:葛(クズ)・撫子(カワラナデシコ)・朝顔(ヒルガオ科の「アサガオ」ではなく、桔梗(キキョウ)であるとするのが一般的)・女郎花(オミナエシ)・藤袴(フジバカマ。古く中国より帰化したと考えられる)・萩(ハギ。実際は草でなく低木)・尾花(ススキ)
*ススキの原っぱ公園:実際にある。東京都練馬区の光が丘公園の一角にNPO生態工房)により維持管理される「すすき原っぱ」というものが存在します

'09 葉月一日 アンブレラ
 亜米利加(合衆国)と露西亜による、核兵器削減の流れ、「核廃絶」を座右の銘の一つとする私としては、基本的には大歓迎。オバマさんの核兵器に関する「道義的責任(moral responsibility)」発言も、在る意味、亜米利加大統領として画期的ですし、流れとしては、良い感じではあるのだけれど...でもなぁ...。
 亜米利加と旧ソビエトが、果てしない核軍拡競争に明け暮れていた所謂「冷戦」時代なら、米ソ2(超)大国が核兵器を削減すれば、大きな前進と、手放しで喜べたかもしれません。他の核保有国は、英吉利と仏蘭西と中国の三つで、この中で一寸心配で不気味(失礼!飽くまで当時の話)なのは中国だけでしたから。でも、今は違う。残念ながら。核保有国は、印度、パキスタン及びイスラエルが加わり、尚且つ、イランとDPRK(朝鮮民主主義人民共和国)が、急速に核開発を推進している。気になる存在は、増えました。特に亜細亜。亜米利加と軍事的同盟関係にあり、所謂「核の傘」の下で、防衛を成り立たせている、日本、韓国、フィリピン、濠太剌利などの国々は、特に気になりますよね。だって、亜米利加が核兵器を削減するということは、「核の傘」がちっちゃくなってしまう、或いは穴だらけになってしまうことも意味する訳でしょ。心配ですよね。
 米露が中心となって、核軍縮の流れを作り出して行くこと自体は喜ばしいし、また出来ないことでもないと思います。でも、核拡散防止条約(NPT)にも参加していない印度やパキスタンまたイスラエルは、其々、印度はパキスタンが、パキスタンは印度が、またイスラエルは周辺アラブ諸国が気になって、乗ってくれそうな気配は薄いし、DPRKもイランも、マイ・ペースで気に懸けてくれそうな感は薄いし...。米露が核弾頭を減らしても、今挙げた諸国が乗ってくれなければ、余り意味があることにならないような気がします。逆に、逆にね、反って核拡散が進行し兼ねないのではないかとも、思われるのですよ。上に書いたように、亜米利加が核兵器を削減し、核の「傘」がちっちゃくなっちゃったら、その「傘」に依存する国々では近隣の核保有国に対する不安が募り、我々も核(兵器)を持ちたい、或いは、核を持たねば、等と言う方向に行きはしないか、と言う事です。
 核保有国を近隣に持つ国(勿論日本を含む)の、こうした不安を除き、核保有に走らせないためには、全ての核保有国が核削減にベクトルを同じく向ける必要が有る訳ですよね。
 核兵器であれ通常兵器であれ、本来軍備の縮小は、一斉に全体で行わなければ無理なもの(相手が剣(核・BC兵器等)を棄てなければ此方も剣(核・BC兵器等)は棄てられない。いっせーのぉーせ!で棄てないと)。その為には、なんとか、イラン、DPRK、印度、パキスタンそしてイスラエルに、核軍縮のテーブルに着いてもらわなければならない。如何にしてこれらの方々に参加して頂くか、すべてそれに懸かっているといっても、過言ではないのかもしれません。すべて、その為の外交努力に懸かっていると。
 是非日本政府には、核軍縮外交でリーダー・シップを執って頂きたい。亜米利加がその気になっている今、チャンスです。環境や防災そして核関連問題こそ、日本がアピールできる良い場面と思うけれど(別に目立つ必要は無いと思うけど)。唯一の実戦被爆国(核実験で被爆した国・地域もある)として核廃絶を訴えながら「核の傘」に頼る、と言う矛盾を抱える日本の、核軍縮・廃絶に関する「本気度」は可也疑わしいけれど、本気出して貰わにゃ。

 核兵器削減、延(ひ)いては核廃絶への潮流を加速できるのではないか、と期待を持たせてくれた、歴史的とも言われるオバマさんの「道義的責任」演説には、よく読めば、我々は核兵器を削減するけれども他の国にも同じ行動を求める、核兵器が存在する限り敵抑止の為核戦力を維持する、同盟国にはその核戦力による防衛=「核の傘」を保障するとの言葉もあります。又核保有に進みつつあると思われるイランとDPRKを可也強く非難してもいます。主に財政的な問題なのでしょうけれど、亜米利加は核保有量を減らしたい。でも軍事的プレゼンス(存在感)は低下させたくない、新たな核保有国の出現(核の拡散)は看過出来ない(軍事的優越が相対的に低下する)。そんな意味合いが、演説には含まれるのでしょう。自分達だけで一方的に核兵器を削減する気は無い、飽くまで亜米利加を中心とした(亜米利加主導の)核軍縮体制に他国を取込みたい、と言う事なのでしょう。
 アメリカの国益追及の一環としての核軍縮。理念と現実の乖離に、夏バッテバテで力も抜けるけれど。今、確かにチャンスなのかもしれないのだよね。亜米利加の真意が何処にあるかとは別に、核兵器削減自体は悪くは無い。
 「道義的責任」演説には、次のような言葉もある。
 私は、武器に訴えようとする呼びかけが、武器を置くよう呼びかけるよりも、人びとの気持ちを湧き立たせることが出来ると
 知っている。しかしだからこそ、平和と進歩に向けた声は、共に上げられなければならない。
 (asahi.com 「オバマ大統領、核廃絶に向けた演説詳報」より引用)

 この宇宙に、我々以外にも、所謂「高度な文明」を持つ生物が存在している(或いは存在していた)と言う前提で言えば(いるかどうかは微妙ですが)、「核」をめぐる問題は、おそらくこの宇宙の彼方此方(あちこち)で、同じ様に繰り返されてきた(或いは繰り返されている)事でしょう。我々人類も含め、「核」をめぐる問題と言うのは、「高度な文明」を持つ生物にとっては避けては通れない事柄、「宿命」のようなものなのでしょうね。
 宇宙における過去の諸先輩方が、どの様に「核」の問題をクリアしてきたのか、伺えるものなら是非、伺ってみたいものです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*米露の核兵器削減:本年末期限切れとなる第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約で、核弾頭の上限を1675〜1500発、ICBM(大陸間弾道ミサイル)等運搬手段を1100〜500まで削減することで7月に合意。因みに各国の核弾頭保有数は、
亜米利加:4075 露西亜:5189 英吉利:185 仏蘭西:348 中国:176 イスラエル:≒80 印度:≒70 パキスタン:≒60
DPRK:数個? イラン:開発中?
となっています(ストックホルム国際平和研究所2008年推計)。米露で世界の核弾頭の≒90%を占めているのです
*道義的責任:「核兵器の無い世界の実現の為核兵器を使用した唯一の核保有国として亜米利加には行動する道義的責任がある」との、今年4月チェコのプラハでのオバマさんによる演説から。一貫して核爆弾使用の正当性(亜米利加軍の日本上陸を控え徹底抗戦する構えの日本に敗北を納得させ数十万の連合軍兵士と数百万の日本市民を救った、と言うようなのが一般的主張。日本に敗北を受け容れさせた要因としては共産主義ソヴィエトの参戦の方が大きいと私は思いますが...)をアピールしてきた亜米利加のトップの公の発言として画期的なこと。例え謝罪とは異なっている又亜米利加の国益を前提とした「言葉」だけのものだったとしても。核兵器使用は正当、との意見が多い亜米利加国内(多くの調査で大体60%前後が原爆投下を支持)でどれだけ賛同を得られるか微妙ですが...
*核の傘:Nuclear Umbrella 「拡大抑止」とも。核抑止(核による報復攻撃を想定させることで核による攻撃を抑制するという考え方)に関わる一つの概念。自国が核兵器を持たずとも軍事的同盟国が核兵器を保有する場合、それによって核抑止力が得られるとする考え。疑問も多く挙げられている
*核拡散防止条約:Nuclear Non-Proliferation Treaty(NPT) 亜米利加、露西亜、英吉利、仏蘭西、中国以外の国が核兵器を保有することを禁止する条約。1970年発効。2007年時点で190カ国が加盟。印度、パキスタン、イスラエルは加盟していない。DPRKは2003年脱退。これの撤回を求めるものが6カ国協議。参加非核保有国は、国際原子力機関(International Atomic Energy Agency(IAEA))の保障措置(核兵器開発を行っていないかどうかを確認する為の制度。このうち原子力施設への立ち入り調査を「査察」と呼ぶ)を受ける義務を負う
*BC兵器:生物(Biological)・化学(Chemical)兵器。生物兵器は細菌・ウィルス等を使用した兵器、化学兵器は毒ガス等毒性化学物質を使用した兵器。前者は生物兵器禁止条約(BWC 1975年発効)で開発、生産、貯蔵の禁止及び既保有兵器の廃棄が定められている(締約国:163カ国(2009年5月現在)。使用については1925年のジュネーブ議定書ですでに禁止されている)。後者は化学兵器禁止条約(CWC 1997年発効)において開発、生産、貯蔵、使用の禁止及び既保有兵器の一定期間内での廃棄が定められている(締約国:188カ国(2009年5月現在))
*核実験による被爆:英吉利は濠太剌利で、仏蘭西はアルジェリアやポリネシアで、旧ソ連はカザフスタンで、中国はチベットや新彊ウイグル自治区で、亜米利加は南太平洋や国内の砂漠地帯などで多くの核実験を行っている。当然それら地域は「被爆」し実験の影響で被爆した人びともいる

'09 文月三日 二百年
 今年は、私が個人的に注目している先輩方の「〜二百年」が多い。三つも重なっている。本当に、個人的に注目しているだけなので、世間的には、左程盛り上がっては居りません為、へぇ...そう...、的な反応かとも思いますが、お三方とも、結構と言うか可也知名度は高い方々。なのに、この盛り上がりの少なさ、温度の低さ、常に少数派で居たい捻くれ者の私としては、嬉しくもあるが、矢張り寂しい。このお三方の人類に対する貢献度に比し、余りに寂しかないか...。
 そのお三方と言うは、没後二百年のフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)、生誕二百年のフェリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809-1847)及びエドガー・アラン・ポー(1809-1849)。
 ハイドン、メンデルスゾーン共に、名立たるコンポーザーの中にあっても知名度は抜群でしょう。ハイドンはクラシック音楽の華、交響曲の、そして室内楽の最高峰、弦楽四重奏曲の、共に「父」とも呼ばれ、メンデルスゾーンは、所謂「三大ヴァイオリン協奏曲」中でも最も有名なヴァイオリン協奏曲op.64の、又誰でも知っている「結婚行進曲」(劇付随音楽「真夏の夜の夢」op.61中の一曲)の作者として、学校の授業でも登場する為、特にクラシック・ファンでなくとも大抵の方は、名前くらいは知っていますよね。ポーは、推理小説の祖として有名ですね。でも私にとって彼は詩人。詩人としての彼は、今の日本では余り知られない。

 まずはハイドン。弦楽四重奏曲op.33「ロシア四重奏曲」
 モーツァルト(1756-1791)の才能の最大の理解者であり、ベートーヴェン(1770-1827)の師匠(22歳のとき弟子入りしたベートーヴェンをモーツァルト程には認めなかった(認められなかった)らしいけれど)であるハイドン。オペラの序曲(シンフォニア)に過ぎなかった音楽=交響曲を、現在のようなクラシック・ライヴのメイン・ディッシュ的存在へと導き礎形を構築したハイドン。ディベルティメントの一形態でしかなかった弦楽四重奏を、後に「四人の賢者による会話」とゲーテ(1749-1832)に言わしめる程の存在へと高めたハイドン。クラシック音楽の2大スター(モーツァルトとベートーヴェン)に大きく影響を与え、クラシック音楽最大の華(交響曲)を完成させ、室内楽のチョモランマ・サガルマータ(弦楽四重奏)を打ち立てたその彼なのに、現在聴かれませんね作品が。その知名度の割りには、クラシック・ファンにも余り聴かれていない作曲家として、ヘンデル(1685-1759 没後250年ではないか)に次ぐ存在かも。何故?確かに、モーツァルトやベートーヴェンの様な強烈な個性はない。高名なアーティストにしては珍しく円満な人格者として知られるその性格を反映したようなその作品は、良く言えば素直でクセのないとても聴き易く判り易い楽曲。人を幸せにする音楽ですな。唯、それだけに面白みには欠ける。人間の深層にグイと切り込んで来るようなエグさがない(生意気言って済みません...)。モーツァルトが時折垣間見せる悪魔的な微笑みとも、ベートーヴェンの持つ人間の負のエナジー炸裂!的インパクトとも、無縁な音楽です。現代において、芸術作品は、精神性が評価対象として重要視されるので、その辺り(精神性)の希薄感が、低評価の原因か...とも思ったりもしますが、でも、そのバランスの取れたハイ・クォリティな作品は、その歴史的意味合いの大きさとも相俟って、絶対に聴くべき存在。クラシック音楽をそこそこでも極めたい、と思うならば、是非にも聴くべき。と、思うのです。
 ...ハイドンの時代の平均的寿命がどれほどであったか不明ですが、彼は77歳というおそらく当時としては、長寿と言えるであろう年齢まで生きました。一般には、音楽家としての名声に包まれ、”パパ・ハイドン”と敬愛され、老境に達して尚作品は進化し、且つ長生きし、幸福な音楽家の典型のように言われる彼ですけれど、最晩年は、健康を害し、思うように生まれ出る発想を曲に形作ることが出来ず、苦しんだ、と。そのように聞くと、長生き=幸せ、とは必ずしも言い切れるものではない、それは場合に依る...のであろう、と考えさせられる。長く生きる不幸、と言う事もあるのか、と考えるのは、長く生きたくも生きることが出来ない数え切れないほどの存在を思えば、不謹慎なことであろうか...?

 次にメンデルスゾーン。
 「超」の付く御坊ちゃま君、大豪邸に住み、専属オーケストラまで持っていたお金持ちのボンボン、苦労知らずの典型で、深みに欠ける音楽だ、等と言われる事も多いメンデルスゾーン。確かに、その旋律は美しく、構成はその容姿の如く端正(少年時代の肖像等殆ど「美少女」)、だけれども、前述のハイドン同様、それだけに毒がなさ過ぎて...、と言われ勝ちなのも、分からないではない。そして、前時代の古典派(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなど)的作風の後継者であり、同世代のシューマン(親友)(1810-1856)やショパン(1810-1849)のようなロマン派的モダンさは余り感じられない。保守的な作風は何やら懐かさも感じられ安心して聴けるけれども、意外性や独創性には薄く、作曲家としては、正直、少々の旧タイプ感は否めない(言葉が悪くて申し訳ない)。でも、交響曲第3番「スコットランド」や弦楽四重奏曲第4番等に聴かれる翳り深い音像等、聴き応えは結構ずっしり。最愛の姉ファニー(1805-1847)(女性音楽家のパイオニアの一人として有名)の突然の死後、その死を悼み作曲された、弦楽四重奏曲第6番等慟哭の極みで、陰影深くずっしり...(彼自身38歳の若さでファニーの死から半年後に姉同様脳卒中(急激に発症した脳血管障害)で斃れる)。文学や絵画(水彩画も上手)を愛した繊細な感受性を持つ彼が、ユダヤ人として謂われ無き逆風を真っ向から受けていたのですから、ただ流麗で聴き易いだけの作品になろうはずが無い。とは言っても矢張り、作風は、少々古いか...。最初に彼の生年を知ったとき正直驚きました。まさかシューマンやショパンと一つ違いだとは...てっきりベートーヴェン辺りと同時代くらいの人だと思ってたよ...。
 そんな、作曲家としては若干残念感の漂う(失礼だな)メンデルスゾーンではありますが、一般には余り認識されていない、別の大きな業績があるのです。それは、指揮者としてのメンデルスゾーンの仕事。
 現在では、数多存在するアーティストの中でも、最も尊敬される存在とも言える指揮者ですが、それは歴史的に見れば比較的最近のことで、J.S.バッハ(1685-1750)やハイドン、モーツァルトの時代などには、そもそも専門の指揮者自体が存在しなかった。当時は、作曲者自らや、カペル・マイスター(楽長)と呼ばれる楽団(或いは合唱団等)の統率者・指導者、或いはコンツェルト・マイスターと呼ばれる奏者代表(音楽的統率・指導者(演奏楽器は様々)。今で言う「コンサート・マスター」)が指揮を兼ねておったのです。しかし、ベートーヴェンの作品などの複雑で難しい曲が現れ、オーケストラも次第に巨大化してくると、流石に兼任指揮者では辛くなり、指揮の専任者・専門家が求められるようになって来ました。その時代現れたのが、メンデルスゾーン。指揮棒を振り、その当時の作品だけでなく、様々な時代の様々な作曲家の作品を取り上げ(すっかり忘れ去られていたかのバッハを発掘し再評価させたのは彼の最大の功績と言われる)、練習時からみっちりと演奏を練り上げてゆくと言う今見られるような指揮者の姿を作り上げた大きな功績は彼に負うところが大、と一般に言われています。オーケストラの纏め役、に近かった指揮者の立場を、アーティストにまで高めた功績が評価されているのです。
 彼は26歳の若さで、今も世界的オーケストラの一つと知られる、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に迎えられ、34歳の頃には音楽家教育の必要性を感じライプツィヒ音楽学校を設立しています(親友シューマンが教授の一人)。
 このように、彼は、作曲家としてよりも、トータルな「音楽家」としての功績が非常に大きい。もっと評価してあげてほしい...。

 最後にポー。
 ミステリーの開祖と称される彼ですが、私にとっては彼は詩人。それも詩人中の詩人とも言える。私に「詩」と言うものを強烈に印象付けたのは、中学時代、クラスメイトに示された、彼の詩「夢の夢(A Dream within A Dream)」の一節でした。

 我々が見たり、見えたりするものはみな
 夢の夢にすぎません。

 この一節に、前頭葉をガツンとやられ、詩と言うものが強く意識の深層に潜り込み、更に後、「大鴉(The Reiven)」や「勝利のうじ蟲(The Conqueror Worm)」「鈴の歌(The Bell)」等の作品群にガン、ゴンと後頭葉、側頭葉をやられ、常に自ら詩作するなかにおいて、彼の作品を意識し続けるようになって行ったのです。詩を詠み詩を書く私にとって彼の存在は常に大きく、そうした意味で彼は私にとって詩人中の詩人。中也よりも朔太郎よりも道造よりもボードレールよりもランボーよりも詩人。その彼が生誕二百年を今年迎えていると言うを、久方ぶりに読み返した彼の詩集の前書きで知り驚きました(同時に40歳で死んでしもうたということもはじめて知りました。若い頃は著作者の生没年など気に懸けていなかったからなぁ)。全然話題になって無いやないかーい。このポーが、生誕二百年と言うに、仕事柄毎日インターネットのお世話になっていますが、全然そんな話題見かけなんだ。今、ポーってそんな扱いなの?ショック...。でも、だったら私が多少なり話題にしてやれと、この文章を書いた次第。幻想と憂愁に満ち、時にグロテスクな彼の作品は、暗ぁいですが、詩に興味が有られ、人間の内奥に潜む狂気と対峙してみたい方は、是非に。
(詩は、阿部保氏訳)

 38歳で脳卒中で亡くなったメンデルスゾーン。40歳で路上で行き斃れた(運び込まれた病院にて四日後死亡。原因は過度の飲酒とされている)ポー。共に、はじめに挙げたハイドンとは対照的に、大分と早世です。長生き=幸福と決まった訳ではないと同様、若死に=不幸と決まったものではない、のかもしれません。が、若くして亡くなった方の事を見るにつけ聞くにつけ、何やら遣る瀬無い様な思いに捉われる私は、歳をとった、と言う事なのでしょうか。

 * * * * * *

 以上、本年没後或いは生誕二百年を迎えた三方を紹介させて頂きましたがこの三方、何とはなく共通点を感じるのです。名前が知れている割には、三人共に現在あまり評価されていない(聴かれない、読まれない)。その証拠に、今年生誕或いは没後二百年と言う可也分かり易く納得の行く区切りの年に余り話題になっていない。前記の如く屈折した私としては、それも良しと言いたいのですが、でも余りに話題が盛り上がらないのは、彼らに対し失礼ではないかと、せめてこのインターネットの辺境で話題にしようと、思った訳です。
 私なんぞが、取上げようが取上げまいが、彼らの業績の高さに何の変わりも無いのではあるけれど、それでも、この時代、忘れられがちな彼らの功績のアピールに、多少は貢献できたであろうか?

追記:
チャールズ・ダーウィン(1809-1882)も生誕二百年。色々調べている途中で知りました。彼についても少々書きたい気もしますが、最早、エナジーが尽きました...。
「雨月物語」の上田秋成(1734-1809)は没後二百年。でも残念ながら彼については何も語れるようなものが御座いません。でも「雨月物語」はとても面白かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*三大ヴァイオリン協奏曲:ベートーヴェンのop.61、ブラームス(1833-1897)のop.77と共にこう称される。因みにこの三曲に、チャイコフスキー(1840-1893)のop.35を加え「四大ヴァイオリン協奏曲」と呼ばれたり、更にシベリウス(1865-1957)のop.47、ブルッフ(1838-1920)のop.26を加え「六大ヴァイオリン協奏曲」等と呼ばれたりする
*ハイドンの弟子:38歳違いの師弟は余り良好な関係ではなかったようでベートーヴェンは「彼に学んだことなど何もない」と語っておりますが
*ハイドンの友人:24歳違いのモーツァルトとは親しく且つ互いに尊敬し合い、モーツァルトは弦楽四重奏第14番〜第19番の6曲(通称「ハイドン・セット」)を敬愛の念に満ちた辞と共に献呈している(下記の「ロシア四重奏曲(全6曲)」の完成度の高さに感銘を受けた為と言われている)
*交響曲:多楽章(4楽章が多い)より成る管弦楽曲。オーケストラによるソナタ(一般に第一楽章にソナタ形式(提示部、展開部、再現部の3部構成による形式)を含む3〜4楽章構成の器楽曲)。「交響曲」は森鴎外による訳語とか。ハイドン一人が創り上げた訳ではないが、彼により形式が確立され更に104曲(番号付)も創られたので俗に「交響曲の父」と称される
*弦楽四重奏曲:ヴァイオリン×2、ヴィオラ、チェロによる構成で演奏される。多く四楽章から成り交響曲同様第一楽章にソナタ形式が用いられる。弦楽四重奏によるソナタ。一般に1782年にハイドンが出版したop.33(通称「ロシア四重奏曲」)で一つのフォルムの完成を見、ベートーヴェンにより更なる芸術的高みへと導かれる後の同ジャンルの源流となったとされている。個人的には、弦楽四重奏は四人による”シンフォニー”とも言えると思う。在る意味ロック・バンド的楽曲とも思う
*ディベルティメント:18世紀に盛んに創られた器楽曲で、主に室内で貴族の食事・祝賀・社交の場等で演奏された比較的娯楽性の強い楽曲
*チョモランマ・サガルマータ:チョモランマ(チベット名)もサガルマータ(ネパール名)もご存知地球最高峰エヴェレストを指す
*ユダヤ人:メンデルスゾーンは独逸ハンブルグの富裕なユダヤ人銀行家の家に生まれた。父の代にプロテスタントに改宗し(ユダヤ教徒からキリスト教徒へ改宗した、と言う事)「メンデルスゾーン・バルトルディ」と改姓。が反ユダヤ主義の影響は消えず、ワーグナー(1813-1883)に否定されたりナチスに演奏禁止とされたりなどした。彼の作品が不当に軽視される背景には反ユダヤ主義の影響があるとの見方もある
*交響曲第3番「スコットランド」:op.56の彼が最後に完成させた交響曲。出版順により「3番」となった。20歳(1829)のときに旅したスコットランドで着想を得たものとされる。翌1830年から1842年にかけ長い中断を含みながら作られた。初演は自身の指揮。後にヴィクトリア女王(1819-1901)に献呈された
*弦楽四重奏曲第6番:op.80の彼最後の弦楽四重奏曲。1847年5月の姉の死を受け彼女へのレクイエム(死者の為のミサ。ここでは死者追悼音楽の通称。「安息を」の意)として作られ、同年10月死の一ヶ月前に初演された
*指揮者:勿論メンデルスゾーン以外にもウェーバー(1786-1826)やワーグナー又完全専門指揮者のパイオニアとも言われるビューロー(1830-1894)等いますが、総合的に見て近代的或いは今日的指揮者・指揮法のパイオニアは彼であると見る人は多い
*バッハ発掘:信じられないかもしれませんが、19世紀初め頃バッハ(ヨハン・セバスチャン)はすっかり忘れられた存在だったのです。弱冠二十歳のメンデルスゾーンは、現在ではクラシック音楽の最高峰と評価される「マタイ受難曲(BWV244)」を(いろいろアレンジを加えながらだけれど)ほぼ百年ぶりに蘇演。バッハ復活の切っ掛けの一つとした
*ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団:宮廷とは無縁の市民オーケストラとして1743年発足。「ゲヴァントハウス」は「繊維会館」の意。初ライヴを行ったのはバッハをリーダーとする楽団だったとか
*古典派音楽:バロック音楽に続く時代の音楽。一般にJ.S.バッハの死(1750)辺りからベートーヴェンの死(1827)辺りの時代。狭義の「クラシック音楽」はこの「古典派音楽」を指す。均斉感、論理的構成・展開、ホモフォニー(一つの旋律を主としそれを和音で伴奏する形態(主旋律と伴奏がセット)。同時に鳴る音が一つでないのに旋律は一つ)、ソナタ形式の発展等が特徴
*ロマン派音楽:古典派に続く時代の音楽。1800年代初頭から1900年代初頭辺りほぼ19世紀の音楽。ロマン主義(1700年代末から1800年代半ばにかけての芸術・思想の自由解放を求めた一大ムーヴメント。個性、感情の重視)的精神により発展。主観的・感情的、自由な様式、個性重視、芸術家意識の高まり等が特徴。のち民族主義も台頭

(文中の"op."は、ラテン語のopus(オーパス。「仕事、作品」の意)の略で、作品番号を表す記号)

'09 水無月六日 面白きこともない世の中を...
 先月の事となりますが、地元市民交響楽団のライヴに、行って来ました。自転車で、広大な都立公園に隣接する劇場へ。
 開演前に用を済ませ、全席自由なので、私好みの最上階(3階)に、適当な場所を見つけ着席。偶々座ったその席は、13列42番。インパクトあるナンバーに思わず苦笑い。気に入ったので最後まで座っていましたが...。
 この地元オーケストラ、創立30年、団員≒100人。プロの方もいらっしゃるようですが、殆どはアマチュア・ミュージシャンの方。ご近所にも団員の方がいらっしゃいますが(この方に何時もチケットを頂いています。有難う御座います)、熱心に練習されています。皆さん楽しんでプレイされているのが、このメタル馬鹿なメタル耳にも、音を通して存分に伝わり、此方も楽しませてもらっています。
 日本にはこうした、アマチュアのオーケストラがどれ程存在しているのか。一寸気になり、調べてみました。日本アマチュアオーケストラ連盟に所属しているものだけで145団体(2007年現在)あります。我が地元オーケストラは所属していませんから、実数は当然更に多いでしょう。500団体とも1000団体とも言われています。プロの方はと言うと、日本オーケストラ連盟所属のもので正会員24団体、準会員6団体。以外といっては失礼ですが、思っていたよりは多かった。でも然し、クラシック音楽が盛んとは余り言えない日本で、果たしてこれほど多くのオーケストラの経営・運営が成立しているのだろうか。これも一寸気になり、調べてみました。
 プロ・アマ問わず、少なくても四十〜五十人、多ければ百〜百数十人の楽団員及び二十名前後の事務局の方々が所属するこれら団体が、運営されて行くには、当然多額の資金が必要となりますが、この資金、ライヴのチケット料やレコーディング契約料またCD売上げ印税等で賄うのは、極々一部の人気オーケストラを除けばほぼ不可能で、多くは助成或いは寄付に頼っている。それは「本場」と言われる欧米でも同様。一般に、欧羅巴では行政による助成が経費の≒80%、亜米利加では企業による助成が≒40%、行政によるものが≒10%、日本では行政≒30%、企業≒10%程度とか。
 ライヴ(公演)も、多くの場合、行政等が後援(資金提供や便宜を図るなどの援助)となっています。例えば、今回のライヴ時、開場で頂いたコンサート宣伝のチラシ(チラシ配布代行屋さんが存在するのです)を見てみると、総数13枚中、9枚に協賛、助成、後援等の文字があり、其々自治体等の名が記載されています。一々挙げてみます(暇だな...って言わないで)。

1 F中市民交響楽団 定期公演 後援:F中市 (\1000)
2 T京シティコンサートブラス 定期公演 協賛:(株)Bッフェ・Cランポン(フランス企業) 助成:(財)T京市町村自治調査T交流センター (\1000)
3 F中シンフォニックアンサンブル 定期公演 後援:F中市教育委員会 (\500)
4 C央大学管弦楽団 定期公演 後援:T摩市、H王子市 (\800)
5 首都大学T京管弦楽団 Spring Concert 後援:T摩市、T摩市教育委員会、社会福祉法人H王子市社会福祉協議会、A日新聞T川支局 (\500)
6 T京農工大学管弦楽団 後援:T摩市 (無料)
7 S原フィルハーモニー管弦楽団 定期公演 後援:S原市、S原市教育委員会、(財)S原市民文化財団 (無料)
8 H王子フィルハーモニー管弦楽団 定期公演 共催:(財)H王子市学園都市文化ふれあい財団 (\1000)
9 S修大学フィルハーモニー管弦楽団 サマーコンサート 後援:K崎市、K先市教育委員会 (無料)
(順不同)

 となっています(其々の括弧内の金額はチケット料金です。当然これで資金が賄える訳はない。無料もあるし)。ロック・バンドなんか、行政の助成なんか考えられませんからね。それを思えば、クラシックは恵まれているとも言えるのでしょうか。瑞典なんかは行政の援助が受けられるのですけれどね、メタル・バンドでも(詳しくは、Heavysphere 2007年1月21日の記事をご参照下さい)。
 クラシックは恵まれていると言えるかも...とは言い、昨今の不況による自治体の財政難、企業の業績悪化は当然こうしたオーケストラの活動にも影響しています。多くの企業所属のスポーツ・チームが解散に追い込まれる等多大な影響を受けていると同様、企業の支援打切りや自治体の助成削減等でツアー中止や職員・楽員の給与カット等、活動停滞による、水準低下を招きかねないような状況のようです。
 どれ程の影響かと言いますと、

東京フィルハーモニー交響楽団:昨年秋以降法人会員20社が退会→運営資金≒1000万円減少
日本フィルハーモニー交響楽団:26社が退会→運営資金≒1000万円減少
大阪フィルハーモニー交響楽団:大阪府からの助成金(H.20年度6300万円)・貸付金(H.20年度6000万円)が打ち切り
大阪センチュリー交響楽団:大阪府府からの補助金3億9千万円が1億1000万円に削減

等というような状況。
 日本のオーケストラが、財政的に非常に厳しい状況にある、というのは、現在の不況も勿論その大きな原因ではあるのですが、実はそれ以前に、もっと根本的な原因があるようです。それは、フランチャイズ・ホールの問題。
 フランチャイズとは、「本拠地占有権」で、ある組織・集団が本拠地で興行を行う権利のこと。或いはその本拠地のこと。で、後者の例を挙げれば、読売ジャイアンツにとっての東京ドーム、阪神タイガースにとっての甲子園球場、FC東京にとっての味の素スタジアム、名古屋グランパスにとっての瑞穂陸上競技場等などがそれに当たります。これをオーケストラに当てはめると、本拠地のコンサート・ホール。実はこの本拠地を、多くの日本のオーケストラは持たないのです。
 「本場」欧米のオーケストラはみんなこのフランチャイズ・ホールを持っています。当たり前に。ニューヨーク・ヤンキースがヤンキー・スタジアムで練習し、ヤンキー・スタジアムで試合をし、FCバルセロナがカンプ・ノウで練習し、カンプ・ノウで試合をする様に、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団はベルリンの「フィルハーモニー」で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はウィーンの「ムジークフェラインザール(ザール(saal)はドイツ語で「ホール」の意)」で、其々練習し、コンサートを行うのです(皆遠征のとき等は又別ですが、基本的に)。
 フランチャイズを持たないと言うことは、コンサート・ホール及び練習場を借りなければならないと言うことで、当然それはフランチャイズ・ホールの使用料よりも高いレンタル料を必要とします。また、練習場及びホール間の機材運搬費用も発生します。これらが、結構財政を圧迫するらしいのです(例えば、運搬費用ですが、ハープ1台運ぶのに一回30万円程掛かるそうです)。
 フランチャイズを持たない事は、財政面だけではなく、もっと根本的な部分にも、当然影響するでしょう。野球・サッカー等のファンの方なら、チーム或いはファンにとって、「フランチャイズ=本拠地」の存在の大きさは如何いったものか凡その想像はつくと思います(私もそんな感じでイメージしています)。勿論スポーツ・チームとオーケストラは同じではありませんから、フランチャイズの意味合いも全く同じではないでしょう。でも、近しくはあると思うのです。「本拠地を持たない...」と言う事の意味合いは、人びとの精神の中におけるそのものの存在(この場合で言えば音楽)にも、大きく係わってくるように思われます。
 多くのオーケストラが、「普通」にフランチャイズ・ホールを持つようになれば、クラシック音楽が、本来のロックやポップスの様に身近な「普通」の存在になって行く為に、結構貢献するのではなかろうか。
 例えば、恐縮ながら私の話をさせて頂けば、これは音楽ではなくスポーツ関連なのですが、近所に某電気系企業のラグビー・チーム(トップリーグ所属。可也強い)の練習場があり、傍らを自転車で通ると、偶に練習風景を植込み越しに垣間見られる事があります。又、これまた近所に、某自動車メーカーのバスケット・ボール・チーム(JBL所属)の練習場(体育館)があり、前を通りかかると時折、「練習中(見学できます)」の手書き看板が門脇に立ててあるのを見掛けます(見学したことはない)。失礼ながら、ラグビーもバスケも基本興味はないのですが、近所にこうしたチームの存在があると、矢張り何気に気になり、スポーツ・ニュースでチームの名前や映像が出るとチェックしてしまいますね。そうしたところからも、底辺はゆっくりではあれ、広がって行くのであろうことを感じます。
 クラシックは何やら高尚な感じがしてスキ...芸術的でカッコいい...と言う方もいらっしゃると思います。斯く申す私もそんな所あります。が、クラシックがもっと身近で親しみ易さを持って少年期の私の傍らに、ロックやフォーク或いはポップスと共に「普通」に居たならば、十代の頃からクラシック音楽を聴き、もう数十年余分に楽しめたのに...と言う思いも、オヤジになってやっとクラシックの楽しさ面白さに気づいたこの身には、ある。

 「オーケストラにとってフランチャイズ・ホールは楽器である」。オーケストラは、フランチャイズ・ホールで練習し、練り上げ、形作り、独自の音を本番で聴いてもらう。これを認識する自治体や企業のトップがいないのだ、と亡くなった指揮者の岩城宏之氏(1932〜2006年)は、著書(「オーケストラの職人たち」)の中で嘆いておられました。
 私の店(オンライン古本屋)も超零細とは言い一応企業ですから、予算の問題の難しさは良〜く分かります。が、正直、寂しい。音楽やスポーツに対する支援が、好不況に翻弄されてしまうのは。音楽やスポーツは飾りではない、と言う「本気度」を、こうした時期だからこそ、見せてほしい。面白きこともない世の中を面白くしてくれるのが、生き辛い世を多少なり楽しく生き易くしてくれるのが、スポーツであり、音楽(芸術)であるのですから。
 ...と、只券でライヴに行き、CDは全て図書館レンタルと言う身では、偉そうなことは語れませんか...。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*公的助成金:勿論楽団によって助成率は様々で、最小の楽団は0%(NHK交響楽団)、最大で70.7%(大阪センチュリー交響楽団)。全体を平均すると≒30%。
助成金の比率によってオーケストラは、
・NHK交響楽団、読売交響楽団等の企業専属や京都市交響楽団などの行政主導のパトロン型
・演奏家により設立された、日本フィルハーモニー、新日本フィルハーモニー、関西フィルハーモニー等の独立事業型
・札幌交響楽団、アンサンブル金沢、群馬交響楽団など等地方自治体による助成が大きい地方型
に分類できるそうな。
当然其々公的助成は異なり、
・パトロン型は 公的助成≒36% 事業収入≒60%
・独立事業型 公的助成≒9% 事業収入≒68%
・地方型 公的助成≒47% 事業収入≒40%
(以上は、長岡技術科学大学研究報告 第23号(2001)「日本のオーケストラの組織課題」を参考とさせて頂きました)
*会員:オーケストラの多くは、個人或いは法人(企業等)会員の会費が重要な財源の一つとなっている
*クラシックの厳しい状況:不況だけでなく、市町村合併により自治体が複数のホールを管理化に置く事となり個々のホールの予算が減少した、指定管理者制度(公共施設運営を企業其の他に代行させられる制度)導入で採算の取れにくいクラシック公演が敬遠される、等も影響しているとか(読売新聞記事より)
*フランチャイズ:海外では「レジデント(resident)」が使われるらしい。プロ野球やJリーグのチームのフランチャイズを挙げましたが、Jリーグの場合本拠地スタジアムは結構多目的スタジアム(瑞穂陸上競技場など)なので、正確には「準」フランチャイズかもしれません
*本来のロックやポップスの様に身近な存在:ハイドンだってモーツァルトだって当時の流行作曲家(宮廷(或いは教会)専属音楽家でもある)。曲(楽譜)を売りライヴを開き、現代で言えばザ・ビートルズやマイケル・ジャクソンのような存在。ヒット・メイカーでもあるのです(一部宗教曲などは同じとは言えないかもしれませんが)
*フィルハーモニー:ベルリンの壁跡近くにあるコンサート・ホール。こけら落としは1963年カラヤン指揮のベートーヴェン「第九」。初代ホールは1944年空爆により破壊
*ムジークフェラインザール:ウィーン楽友協会の建物に属する大ホール(小ホールはブラームスと関係が深かった為「ブラームス・ザール」と呼ばれる)。装飾の美しさと優れた音響性のため別名「黄金のホール」。因みに、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の団員はウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン国立歌劇場専属オーケストラ)の構成員中から選抜された方々
*トップリーグ:ジャパンラグビートップリーグ。セミプロフェッショナルのラグビー全国リーグ。地域別リーグを統一し2003年に発足
*JBL:日本バスケットボールリーグ。セミプロフェッショナルのリーグ。2007年設立

'09 皐月一日 再導入−トキ
 新潟県佐渡市新穂正明寺において、昨年9月、再導入(野生復帰)の為、No.01・No.03・No.04・No.06・No.07・No.09・No.10・No.11・No.13・No.15とナンバリングされた十羽のトキが放鳥されて早八ヶ月。残念ながらNo.15(♀)は昨年12月死亡し、No.10(♂)は放鳥直後から行方不明となっておりますが、残り8羽の生存が確認されています。
 現在のところ、この8羽の彼等彼女等、雪解けと共に行動範囲が拡大し、行動把握がし難くなっていますが、一応健康に且順調に野生の暮らしに適応しているようです。けれども、人間の方は、なかなか順調とはいかず、一寸問題が生じました。
 と言うのも、通常トキは二月下旬頃繁殖期を迎え、三月下旬頃には産卵するのですが、佐渡にいた雌四羽が全て、三月に佐渡を離れ本州に渡ってしまったのです。四羽中のNo.13は後佐渡に戻り、元々行動を共にしていた雄(No.09)や他の雄(No.01)と行動を共にするようになりましたが、他の三羽No.03・No.04・No.07はずっと本州に留まり(と思われる)、No.04等は奥羽山脈を越え宮城県角田市へ又後には山形県米沢市へ等と移動。トキの飛来した地域は、想定外の飛来と滞在に、歓迎と困惑が交錯。トキ(特別天然記念物・国内希少野生動植物種・国際保護鳥に指定されている)の飛来等、考えいていませんから、対応に苦慮。嬉しいやら困るやらでしょう。
トキ でも困ったのは、突然のトキ訪問・滞在となった地域だけでなく、佐渡市及び新潟県。此方は深刻でしょう。トキの定着を願って、何年も地域住民の理解や協力を得られるよう働き掛け、準備を行ってきたのですから。佐渡市長さんらは三月十三日、本州へ渡ったトキの捕獲と連れ戻しを環境省に要望しました。
 佐渡や新潟の方々にしてみれば、トキが観光資源や農産物ブランドとして地域振興に役立ってくれると思ったのに、他所に行っちゃったら困るよ...と言う思いもあるでしょう。御尤もと思います。
 また、それとは別に或いはそれ以上に、佐渡の皆さんには、トキに対する特別な思い、愛着・愛情がお有りと思います。トキが最後まで生きたのは佐渡であり、トキが最初に野生の空に還ったのも佐渡である、と。或いは、トキを絶滅の道から救い上げる事が叶わなかった、との思いもあるかもしれません。環境省の、放鳥されたトキは野生生物であり又行動分析の為等にも自活力に委ねる、と厳冬期にも給餌はしないとの方針に対し、余りに非情ではないか、冷たいのではないかと、新潟県知事・佐渡市長また県民の方々からの声があったというのも、そうした、トキに対する思いの表れとも思います。
 しかし、四月、環境省は、トキの行動を見守り、捕獲・移動は行わないと正式に見解を示しました。雌が佐渡に戻る場合もあることが判ったし、捕獲困難と言う事であれば止むを得ないと、トキの定着・繁殖には膨大な時間と費用及び住民の理解・支援が必要、佐渡なら護ってあげられるとの島民の思いがある(YOMIURI ONLINE 3/28記事より)、と環境省に捕獲を要請していた佐渡市長さんも同意しました。

 トキがこれ程まで長距離移動するとは、トキ野生復帰専門家会合座長の山岸哲(さとし)氏(山階(やましな)鳥類研究所長)は、正直想定外、と仰っております。ただ、野生動物の比較的若い個体は(今回放鳥されたトキ達も若い個体)出生地から分散移動し、鳥類の場合は雌に遠距離移動する傾向が強いのだとか(結果近親交配の危険性は低下する)。少なくも今回の件(本州への移動)で、雌は海を越え宮城や山形又長野まで長距離移動したり、佐渡へまた戻ったりするということが判明した訳です。これらは、本年九月に予定されている第二回目の放鳥にも、後々にも役立ちます。
 環境省は、2015年頃60羽を佐渡に定着させる、という目標のもと、計画を進めています。今は何より、トキの野生下での生態・行動を把握することが大事と思います。日本は1981年を最後に(この年保護の為、佐渡に残る野生のトキ五羽全てが捕獲された)野生のトキを日本の自然環境下で観察することが不可能となっていましたので、データは不足しているのです。今は捕獲せずトキの行動を見極めたい、という環境省の意見も至極当然と思います。
 ただ、今回のトキの想定外の行動は、野生生物の再導入に関し、新たな視点も必要と、思わせます。
 上記の山岸哲さんの、環境省や専門家は、野生復帰プロジェクトを生物学的視点からのみ捉え進め、「生物学的放鳥」に偏りすぎていた。地域住民が求めているのは、トキ野生復帰を経済活性化につなげ、より住み良い地域を作っていくかと言う事で、こうした住民の思いを酌みながらプロジェクトを進めていく、謂わば「社会的放鳥」の視点が重要である(YOMIURI ONLINE 3/28記事より)、との意見は、肯けます。
 トキもコウノトリも、地域の自然の中に復帰すると同時に、地域の社会の中に導入されて行く。トキもコウノトリも、奥山や孤島の鳥ではなく、里の鳥ですから、尚更のこと。
 人間にとっては、利害の交錯する、県境や国境などの「境界」。野生生物にとってそれは、何の意味もない。今回の件など、改めてそれを確認させられました。けれど矢張りその辺りの事、野生生物の再導入では、地域住民の利害や思い、或いはもっと広く「人の暮らし」にも、配慮して行かなければならないでしょう。そうでなければ、一番根底にあること、野生生物の再導入を含めた、野生生物の保護及びそれを含む環境・生態系の保護・再生、それ自体の継続が難しくなると思うのです。

 トキを滅ぼすのも人間、トキを再導入するのも人間。人間に振り回されるトキ、トキに振り回される人間...。野生生物を絶滅に追い遣るようなことがなければ、こうした問題も、一切起こらないのだけれどね...。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*再導入・野生復帰:本来生息していた地域に、絶滅した生物種或いは絶滅の可能性が高い生物種の個体群(集団)を定着させる試み。生態系の再生を図るもの。日本ではコウノトリ(2005年〜)・トキ(2008年〜)で実施され、ツシマヤマネコ(2011年開始予定)でも計画がある。今回トキの場合再導入事業は国が新潟県に委託し行っている
*第二回放鳥:第一回の放鳥ではイベント性等も考慮し一羽づつ木箱から放した為人に驚くなどし個体が分散して群れ形成が阻害されたのではないかとも言われ、第二回目は仮設ケージで一ヶ月ほど慣らし自由に飛び立てる「ソフトリリース」に変更する方針
*トキ野生復帰専門家会合:生物・野鳥・農学等の専門家から構成。会合には地元関係者も参加しているが、全く意見が通らない、と言う新潟県知事の批判もある
*トキ:学名Nipponia nippon コウノトリ目トキ科の大型の鳥。2003年日本産最後の個体(キン。推定36歳)が事故死(ケージの扉に激突)し、日本産トキは絶滅。同種の個体は中国に≒1100羽(飼育下を含む)いる(韓国にも2羽贈られた)。日本では佐渡トキ保護センター等に110羽いる(本年三月現在。野生復帰中の個体は含まず)。湿地(田)で小魚や小動物、昆虫等を捕らえる
*奥羽山脈:北は青森県夏泊半島から南は栃木県那須岳まで東北地方ほぼ中央に延びる≒500kmの日本最長の山脈。標高1000〜2000m前後
*特別天然記念物:天然記念物中特に価値が高いと判断されたもの。所轄は文化庁。現在動物21件、植物30件、鉱物等17件、区域7件
*国内希少野生動植物種:絶滅のおそれのある野生動植物種の保存に関する法律(種の保存法)に基づき保護の対象とされた種。捕獲・採取・譲渡等原則禁止となる。平成20年8月現在、鳥類38種、哺乳類4種、爬虫類1種、両生類1種、魚類4種、昆虫10種、植物23種が指定されている。他に国際希少野生動植物種もある
*国際保護鳥:バードライフインターナショナル(国際的野鳥保護団体.本部:英吉利)が指定した特に絶滅の危険性の高い鳥類。四年に一度世界大会が開催され国際保護鳥を指定。トキは1960年指定
参考:WWFEICネットYOMIURI ONLINE・新聞他記事多数
関連記事:'07年3月3日 コウノトリ・トキ・タンチョウ 生態系 外来種

(画像は、「写真素材 足成」より拝借しました)

'09 卯月五日 何故気になる
 以前から、何故か気になる事がある。それは、所謂「間違った」言葉の使い方。主に三つ。その一つは「確信犯」、二つ目は「檄(げき)を飛ばす」、そして三つ目は「弱冠××歳」と言う言葉。この三つ、矢鱈間違えて使われていませんか?TV等でも。あともう一つ、「ら」抜き言葉も、何故か気になる(方言は別)。「何を偉そうに。そんなに正しい言葉の使い方が出来ているの?」とつっこまれると、返す言葉は御座いませんが、何故か、気になるのです。
 「確信犯」とは、道徳的・政治的・宗教的信念・信条に照らし合わせて、正しいとの確信をもって行われる犯罪、詰まり本人は「自分の行いは正しい。何が問題だ」と信じて行う犯罪(ドストエフスキーの「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフ等典型と思いますが、如何でしょう...?)。悪い事と分かっていて敢えて行う犯罪(行為)、或いはそれを行えばこうなる、と結果を予測した上で行われる犯罪(行為)、ではない。のですが、そうした使い方が多い。また、「檄(げき)を飛ばす」とは、自身の主張を記述し同意を求めた文(檄)を方々に出すこと(諸国源氏に平家討伐の檄を飛ばす、など)ですが、「活を入れる」的使い方が多いですね(因みに「喝を入れる」は誤用だそうです)。そして、「弱冠」とは、礼記(らいき)に「二十を弱と曰(い)いて冠す」とあることに由来する男性の二十歳を指す語。だから必ず、弱冠”二十歳”の”男性”。「弱冠十八歳のエース」も「弱冠二十歳の女性アーティスト」も間違え。「弱冠」が「若干」と同音で、且一寸似ている「弱輩(若輩)」が若者を指す語であることから、生じたのでしょうか。年若いことを表す言葉として使われることが多いですね。
 「ら」抜き言葉とは、上一段活用・下一段活用・カ行変格活用の可能表現で、文法的には「ら」が必要であるのに「ら」を含まない言葉。詰まり、「見る」の可能表現では「見られる」、「食べる」の可能表現では「食べられる」、そして「来る」の可能表現は「来られる」であるのに、「見れる」・「食べれる」・「来れる」と「ら」を抜いてしまう言葉。若人に多いと言うか若人は皆こう言いますな。方言として存在しているものは、別に気になりませんが、標準語(東京の方言は標準語とイコールではない)のなかで使われると、何故か気になる。「正しい日本語」なるものも、何やら曖昧模糊とした頼り無いものではあるし、言葉は変化するものであるし、気にするほどのことではない、と頭では、思うのですけれどね。

 言葉は、コミュニケーションの道具、意思・意味を伝える道具(文化という側面もあるけれど)。極端に言えば、コミュニケーションがとれれば、意思・意味が伝われば、それで良い。時代が変わり、人が変わり、生活が変われば、道具も変わる(逆に道具の変化が生活を変え...と言う事もあるか)。それは自然な流れ。現代の社会で言う所の「正しい日本語」で、戦前の日本、或いは明治の或いは江戸の日本、またまた平安の日本へ行ったらどうなるか。果たして、うまくコミュニケーションがとれるでしょうか。
 言葉は変化する。それはそれで良いのです。仕方のない事と思うのです。ただ、何故、自分(或いは自分達)と、異なる言葉遣い、異なる言葉の使い方をするのが気になるのか。例えば、前述の三つの言葉や、「ら」抜き言葉など、私なんぞも、何故か気になる。「確信犯」が本来と異なる意味で使われたり、「檄を飛ばす」が「激を飛ばす」になったり、「弱冠××歳」が「若干××歳」になっても、本来の言葉や本来の意味も踏まえた上で使われるなら、別に構わない、と思いますし、「ら」抜き言葉も、それでコミュニケーションがとれれば、別に騒ぎ立てるほどのことではない、とも思います。間違った使われ方が、本来の使われ方と平行して定着した言葉も多くあるし(一所懸命→一生懸命、青田買い→青田刈り、他力本願)、間違った読み方(言い方)が定着したしまった例もあるし(山茶花(さんさ(ざ)か→さざんか))、学生の流行り言葉や造語が定着した例もあるし(ダブる、サボる、断トツ(断然トップの略)とか)。が、何故か気になってしまう。
 何故、自分(或いは自分達)と異なる言葉の使い方或いはそうした使い方をするヒト(ヒト達)、謂わば異なる言葉の「文化」を持つ存在に違和感を覚えるのか。異なる存在を受け容れられない、或いは受け容れようとしない、或いはそこまで行かなくも、違和感を持ってしまうのか。不寛容、と言っては大袈裟かもしれませんが、ヒトにはどうもそう云う所がある。
 この不寛容は、ヒトを含む生物一般が持つ「保守性」、詰まり、変化を嫌う、と言う性質に由来するのではなかろうか、と私は思うのです。生物は、環境に適応して生きる(環境は此方に合わせてくれないもの)。適応することはなかなかに大変なことである。よって、そう簡単に、環境が変化してもらっては困る。適応し直さなければならいのしんどい。勘弁してよ...と言う事(適応しきれなければ場合によっては生命に係わるし)。生物にとって、他の個体(異種・同種の別なく)は、一つの「環境」です。ヒトにとっては、自身の周囲にいる他のヒトは一つの「環境」です。この環境が変化すれば、新たな環境に適応することが必要となりますが、大変ですよね。だから、自分(或いは自分達)と異なる価値観や文化を持つヒト(或いはヒト達)はどうも敬遠したくなる。そんな、ヒトの持つ性質が、自分(或いは自分達)と異なる言葉遣い、異なる言葉の使い方をするヒト達が気になってしまうのかな...と考えるのです。
 言葉に限らず、ファッションや行動も一つの文化ですが、時代と共にそれらも変化します。が、その変化或いは相違が受け容れられず、謂わば世代間の「文化的ギャップ」が生ずることは多いですよね。パンツを下げて穿くのは或いはシャツの裾を出して着るのはだらしないとか、逆にパンツのウェストがハイなのは或いはシャツの裾をパンツにインするのはダサいとか、地べたに座り込むのは理解できないとか...。これ等は現代の例ですが、何時の時代も、同じ様に、世代間の文化的ギャップは存在して来たし、間違いなく、これからも存在し続けるでしょう。これらも結局は、上記のようなヒト(或いは生物一般)のもって生まれた性質に由来するのではなかろうか、と思うのです。

 ヒトが持つ不寛容、或いは保守性、或いは変化を嫌うと言う性質、これ自体は、仕方のないものだと思います。ただ、ヒトには或いは自分には、こうした性質がある、こうした性質を持っている存在である、と言う事を、自覚しているかどうかが重要なことのような気がします。この自覚が、自身とは異なる存在に対する不寛容を越えられるか否かの、大きな分水嶺となるように思えます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*ヒト:生物としての人間の和名。日本では一般に「ヒト」と言う言葉は生物学的な意味で使われる。私の場合は雰囲気で「ヒト」と社会的・文化的な意味で主に使用される「人」「人間」を使い分けています。ご了承下さい
*一所懸命:本来は中世領主が「一つ所(所領・領地)」を命懸けで護る或いはそこに生活全てを懸けると言う意。「一生懸命」は命懸け(の覚悟)で事に当たると言う意ですが、一所と一生の音が似ていることで間違われ又「一つ所」に命を懸けると言う事が時代にそぐわなくなった為此方が一般的になったのでしょうか
*青田買い:稲が実らぬ青いうちに収穫を見越して先買いすること若しくは卒業見込みの学生を早い時期に採用内定すること。青田刈りは本来敵地の田を刈り取って兵糧不足を狙う戦国時代の戦法のこと。前者と似ている為誤用され辞書によっては前者と同義とされる
*他力本願:浄土真宗宗祖、親鸞(しんらん)の「教行信証」中に「他力とは如来の本願力なり」とある。如来は阿弥陀如来、本願は阿弥陀仏が衆生(しゅじょう。この世に生を受けた全ての存在)を極楽へ救済する為に立てた誓願。詰まり、他力本願は、阿弥陀仏の本願の力によって成仏することであり、本来は、他人任せで自分では何の努力もしないと言う意味ではない
*礼記:周〜漢時代に儒学者が纏めた礼に関する書。五経(他は易経・書経・詩経・春秋)の一つ
*「ら」抜き言葉:上一段活用、下一段活用、カ行変格活用の可能表現で文法的には「ら」が必要であるのに「ら」を含まない言葉。方言では普通に使われる場合もあるとのこと。
「見られる」・「食べられる」などの言葉は、標準語では「可能」(見ることが出来る)も「受身」(他人に見られる)も「自発」(山が見える(「ら」抜きの例なし)「尊敬」(先生は本を手にとって見られた)も同じになってしまうが、「見れる」・「食べれる」は「可能」の意を識別できると言う肯定論も存在
*上一段活用:活用語尾に五十音図イ段の音が入りそれに「る・れ・ろ」が付くという形で変化する。見る・着る・居るなど
*下一段活用:活用語尾に五十音図エ段の音が入りそれに「る・れ・ろ」が付くという形で変化する。食べる・越えるなど
*カ行変格活用:活用語尾が五十音図のカ行の音をもとに変則的に変化する。来る
*標準語:明治期に東京山の手の言葉をベースに成立

'09 弥生六日 永年使用志向
 私は物持ちが良い。と言って良いのか如何か、自分では分かりませぬが、大抵の物は、可也永い期間使い続ける。
 例えば...今向っている机。このPCの乗っている机は、先代からのもので約50年もの。数年前まで使用していたベッドも同じく先代のもので矢張り約50年もの。流石にスプリングと藁(中身は「わら」でした)がとび出てきてしまい、パイプのロフト・ベッドに変わりました。でも、ベッド・サイドのクリップ・ライトは≒30年使用しておるものです(代官山のハリウッド・ランチ・マーケットで購入したアルミ製の失礼ながら非常にチープな作りのものですが、丈夫)。
 また、服や靴なども典型的な長期使用パターン。思いつくままに挙げますと、ラングラーのダウン・ベスト(調布の西友で購入)は20年以上、メーカー不明のCPOジャケット(渋谷道玄坂の某店(不明)で購入)も同じく20年以上(と言って殆ど着用せずに仕舞われていた期間もそれなりありますが...現在は活躍してくれています)、Levi'sのGジャンも20数年着用しています。その他、スエット、パーカー、Tシャツなども、着用暦10年以上はざらで、中には20年以上の古強者もちらほら。スニーカーも、キャンバス製バッシュなど、底が口を開けかけ雨の日には履けない、20年物が二足現役で居てくれております。
 服・靴・バッグなどは、予算の関係もあり、基本永〜く使えるであろうヘヴィ・デューティで流行に左右されないデザインのもの、を選択するので、こうしたことが可能となります(また、少々破けていたり、擦り切れていたり、穴が開いていたりする方が、「かっこええ...」と思うタイプの人間でもあるのです)。少々高くても丈夫で長持ち、永く使えるものを...志向ですね。

 ところが、そんな何でも永年使用志向の私が困るのが、PC、携帯電話等のデジタルもの。永く使いたいのに、使えなくなってしまう。壊れてしまうのなら仕方ないのだけれど、まだまだ十分に使えるのに、進歩・進化の速度が余りに速く、新システムに対応不可となって、変えざるを得なくなる。そう、今使用中の携帯電話、壊れるまで使おうと考えていたのに、サーヴィス終了で変えざるを得なくなったのです。哀しい...し勿体無い。
 然も、変更可能機種の選択肢が予算の関係で二つしかない。どうせ変えなければならぬのなら、この機種に...と密かに考えておったものが、予算内に収まらないことが判明。その機種が駄目ならもうあとはどれも同じ、的感覚なのですが、でも残された二つのうちどちらにしよう?と、可也思案。
 二つの違いは、当然ですがまずデザイン。一つは一寸女の子っぽい。色はメタル(ヘヴィ・メタル)っぽいBlackと決めていますが、オヤジが持つにはややソフト。他の一つは一寸「中高年」っぽい。渋いと言えば渋いし、歳相応と言えば確かにそうなのですが、ややオバサン(失礼)ぽい。他の相違点は、前者はワンセグ対応で国内専用、後者はワンセグなしで世界対応。携帯でTVは観ないし、海外へ行く機会もまずなさそうなので、どちらも私的にはほぼ無意味。消費電力も似たようなもの。詰まりどちらも決め手がない。幸い携帯ショップは、歩いても行ける距離に二軒あるので(こんな市街地から遠い所なのに)、実物を見ながら、暫く思案した結果、「女の子」っぽい方を選択。理由は...特典の商品券に、魅かれてしまいました...。

 TVと言い携帯と言い、長く使いたいのに、アナログ放送の終了や、第2世代携帯電話のサーヴィス終了で使用不可となる。壊れて修理不能(最近ほぼ10年使用した洗濯機がその状態となりました)となったのなら、致し方ないけれど、まだまだ使えるのに、勿体無い...(一般家電は消費電力が旧型のものより少ないのは良いのですが)。まぁ、携帯の場合、ジーンズのポケットの中で、しょっちゅう引っ掛かっていたアンテナ(まだアンテナ付の型でした)がなくなるのは、嬉しいし、PCサイト閲覧可能となるは有難い、のだけれどね。

 ...古い携帯どうしよう。リサイクルに出したいけれど、写真やメールは残しておきたいし...。専用ソフトがあればPCにデータ移せるけれど、それなりに予算は必要となるしな...。携帯のリサイクル率が上がらないのは、結局メールやデータを残しておきたいと思う人が多いからなのでしょう。PC未利用の方や初心者の方でもお店で簡単にメールやデータを移行できるようになれば、リサイクル率も上がるのだろうに。
(追記:旧携帯内の写真は赤外線通信で新携帯へ移し、新携帯からは新携帯付属のユーティリティ・ソフトにて、無事PC内へと移行できました。後はメールやな)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*CPOジャケット:「CPO」は亜米利加海軍の上等兵曹(Chief Petty Officer)の略で、彼らが艦上で着用するシャツを原型にもつシャツ型ジャケットのこと
*ヘヴィ・デューティ(Heavy Duty):頑丈な、丈夫なの意。過酷な使用に耐える文字通り「頑丈な」服や道具に対し使用される
*携帯電話のリサイクル:携帯電話には、レアメタル(希少金属。一般に非鉄金属中、資源量が少ない、産出が難しいなどの理由により、流通量・使用量の少ない金属を指す。チタン・パラジウム・ガリウム・インジウム等など)や貴金属(金・銀・銅等)が多く使用されている為、リサイクルの必要性が高い。が、携帯の回収率は減少傾向にある。
回収台数の推移を見ると、
'01年:≒1310万台 → '02年:≒1361万台 → '05年:≒744万台 → '06年:≒662万台等 → '07年度:≒644万台
と、いった感じで、'02年度をピークに現在は半減。
 携帯を換えた人の≒60%が、回収に回さず手元に置いているそうな。理由は、コンテンツ移動が出来ない、データ(メール・画像等)保存、個人情報保護、その他電話機以外の利用(目覚まし・カメラ・ゲーム機等)等(ダウンロードした楽曲が著作権法により移動させられない、といった理由もあるそう)。
 また'08年度のある調査(東京都)によると、携帯電話等の回収リサイクルシステムを内容まで知っている人は21%、聞いたことがある人は60%、リサイクルに協力したいと思う人は81%、そしてリサイクル協力の為のきっかけは「個人情報が保護される」が84%。結構知っているし、積極的な考えはあるのです。でも、回収が進まないのは携帯内のデータの問題が大きいのですね。
 新しい携帯(或るいはPC)にデータをちゃんと移せて、古い携帯からしっかりデータを消せれば、回収率は大分上がりそうですね

'09 如月一日 距離
 一般にヒトは、自身からの距離が大きいと感ずるもの程、それに対し、残酷になれる。例えば、異人種、異民族、異教徒、異宗派など。自身とは異なる存在、多くは自身より劣った存在、と感じているものに対する行いに、容赦がない。
 生物で考えてみると判り易いかも知れない。
 ヒトは一般に、まず、同じ哺乳類は近しい存在と感ずる。次に鳥類、爬虫類、両生類などの矢張りヒトと同じ主に陸棲(一部例外あり)の脊椎動物を近しいと感ずる。次には水棲の脊椎動物、魚類が来る。昆虫、エビ・カニ等の甲殻類、及びイカや貝などの軟体動物を含む無脊椎動物はやや遠い存在と感じ、バクテリアなどの微生物などは更に遠い存在と感ずると、言えると思う。
 このヒトとの距離感は、その生物に対する行いで、残酷と感ずる行いの閾値(いきち)と、比例するように思う。つまり、ヒトから遠いと感ずる生物に対して程、その生物に対する行いを、残酷とはなかなか感じない。そう感じにくい、と言う事。
 例えば、ヒトからは近しい存在と感ずる牛や豚の活き造りなど、考えることも出来ないであろうが、やや遠く感ずる魚の活き造りは、多くの日本人が食することが出来るだろう。同様に、遠いと感ずる無脊椎動物、例えばシジミやアサリは、多くの場合生きたまま熱湯に投入し調理できるでしょう。エビやカニも人により可能でしょう。でも、牛や豚はまず無理。ウナギは生きたままさばけても、牛や豚は無理でしょう。また、同じ哺乳動物でも、牛や豚は食べることが出来ても、一般にはより近しい存在と感じられる犬や猫を食べる、と考えることは、一般には無理でしょう(もちろん世界において食文化は多様で、犬を食べる文化はアジアを中心に以外に多く存在するし、日本にも古くから存在した。またクジラやイルカを食する文化の日本と欧米との差異を考えても、その多様性が判る。当然ながら、食文化の違いによって民族や文化の質・優劣などを云々することは出来ない)。
 最もヒトから遠い存在と感ずるであろう、バクテリアなど、殆ど同じ「命あるもの」として意識にも上らない場合が多いようにも思う。浄水場の浄化槽のなかで、或いは様々な食品や薬品の生産の場で、天文学的な或いは無数と言える数のバクテリアが利用され、日々使い捨てにされていることなど、多くの場合、考えることすらされないであろう。

 このように、自身からの距離を遠く感ずる存在に対して程、ヒトは、残酷になれる、或いはその行為に容赦がなくなる。そう考えるのですが...。
 よく説明に使用される例に、自身を中心にした同心円というものがあります。近い円ほど自身からの距離が近いと感ずる存在と言う事になります。一例(各項目は様々考えられます。ここに挙げるのはあくまで一例です)でいえば、最も近い円は肉親、次の円は友人・配偶者等、次は知人や隣人或いは同僚またクラスメイトなど、次は同国人・同民族など、その外の円は異人種・異民族・異教徒など、そして最外円は他の生物、などと言う形のもの。「距離感同心円」と仮に名付けましょうか(参考:坂上昭一氏著「ハチの社会と家族」(中公新書)中の「利己主義の同心円」)。距離感同心円
 この同心円の円の数が少ないのが、望ましい形ですよね。円が一個、と言うのは無理だし不自然だけれど、出来れば少ないのが良い。そうなれば、様々に歴史を満たしてきた又現在も満たしている、数限りない争いも、或いは環境の破壊も、もっと減るだろうに...と、最近、感ずるのです。
 目に見える違いなど、実際は大した違いではないと言うこと。違っていてもそれはそれで良しと認め合うこと。これらを知り理解するには、遅々とした教師や親や地域による教育の力しかないのでしょうか?本当は、もっと一人一人があらゆる地域のあらゆる人間と知り合い、色が違おうが、言葉が違おうが、出身が異なろうが、信ずる神が違おうが、イデオロギーが違おうが、結局、お互い同じ人間、と実感し合うのが良いのだろうね(また、他の生物をもっと知り、構造が違おうが、系統が違おうが、生態的地位が異なろうが、結局同じ生物、と実感するのが良いのだろうね)。そして人々が混ざり合い、人種も言語も宗教も混ざり合い、何が何やら分からなくなってしまうのが、一番なのかも。(でも実際そうなったらそうなったで別種の問題が何やら生じそうな気もしますが)。
 とは言い、あらゆる人間と知り合い、混ざり合うなど、不可能なことではある。でもそこは、イマジネーションを働かせて、補えるもの。同心円を融合し、減らしてゆくことは、容易ではないだろうけれど、そうした努力は、真に、必要と思う。

 私はどうですかね...?同心円は何重であるだろう?自身と異なる存在を受け入れる準備は、出来ている心算(つもり)だけれど、現実の経験が乏しい。異なる人種(と言っても、人間は”ホモ・サピエンス・サピエンス”ただ一種)や異なる民族の方或いは信仰をお持ちの方等と知り合った経験が殆どない(私の場合信仰は持たないので、異なる宗教と言うのは、存在しないが、信仰を持っておられる方は、一応異なる存在、と言う事になるでしょうか)。外国へ行ったこともないので、異なる文化に直接触れた経験もない。
 行動的とも社交的とも全く言えない私のこと故、おそらく今後も上記のごとき経験は、残念ながらすることは考え難いですが、若しそうした経験に遭遇した場合、自分が如何いう反応を示すのか、興味は、あります。

 同心円の数は少ない方が、或いは同心円と次の同心円との距離は小さい方が、生きて行くのは「楽」になるだろうね。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*閾値:生理学・心理学等では「いきち」、物理学・化学等では「しきいち」と読む。境目となる値のこと。広くは、ある反応を起こさせるに必要な作用の最小値の意味で使用される。値が低いほど反応は起こりやすいということになる
*食犬:中国・朝鮮半島・日本他、ポリネシア・ミクロネシア、またヨーロッパ大陸部などに広く見られた。現在も一部では行われている。日本では、弥生時代から(縄文期にも存在した可能性の指摘もある)江戸期まで多く痕跡や記録が見られ、明治以降減少するが1960年代頃まで地域によっては記録がある模様
*ホモ・サピエンス・サピエンス(homo sapiens sapiens):ヒト詰まり人間の学名。サル目ヒト科ヒト属ヒト種に属する生物の名。現在地球上に存在する人類は、この一属一種のみ。形質が様々異なるがすべての人種(自然科学的意味)は同一の種
*生態的地位:ニッチ・ニッチェ(niche)。或る生物が生態系内で占めるポジション

'09 睦月一日 牛乳

 まずは、新年のご挨拶から...

 謹賀新年
 旧年中は、お店も本ページもお世話になり、誠に有難う御座いました。本年も又、どうぞ宜しくお願い致します。

 不安と混迷の世相。誰もが夫々に其々の問題を抱え、生きています。困難の予想される一年ではありますが、それぞれに、頑張って生きましょう。

 良き一年となりますように

 *     *     *     *
    *     *     *     *

 昨年末(12/14)にも書きましたが、我が家では、もう四十年以上にわたり、牛乳の宅配をお願いして居ったのです。が、終に昨年11月いっぱいで、終了とさせて頂くこととなりました。理由は、一つ。予算です。極単純な試算ですが、パック牛乳で賄うことにより、月当たり牛乳代は半額〜四分の一以下となるのです。必ずしも、宅配は「高い」と言うことでは御座いませんが、我が家の場合は、そうなってしまいます。
 例えば、牛乳を一日200ml飲んだとして試算してみます(実際飲むのは150mlくらいですが瓶は200mlなので)。私が毎日のように通うスーパーの商品で言えば、そこそこ良いランクの牛乳は200円前後(1000ml)です。仮に一本200円、月30日とすれば、月に6パックですから、1200円です。低脂肪乳(加工乳・乳飲料)の場合一本100円程度ですので、仮に一本100円計算だと月600円。宅配の場合は、1本(200ml)116円(販売店さんによって多少異なる)で週6本計算。よって大体月24本程度。仮に24本で計算すると、月2784円。
 と言うことです。数年前には新聞の夕刊購読を止め、月≒300円を削減、さらに昨年春には禁煙により月≒5000円(二人分)の予算削減。今回更に牛乳宅配をやめたことにより、月≒1500円〜2000円の削減が可能となりました。低予算世帯の我が家ですので、予算面だけから言えば、良いことなのですが...。
 良いことなのですが、引っ掛るのは、40年来お世話になっていた販売店さんに、申し訳ないと言うこと。最近は、牛乳宅配を頼むお宅少ないですからね。それと、環境面。
 牛乳紙パックは、ヴァージン・パルプが使用され、内・外部はプラスティックでコーティングされています。森林(主に北欧・北米等の針葉樹林の間伐材・残材・端材等を使用)資源は再生可能資源ですし、リサイクルのポテンシャルはそれなりに高いですが、リサイクルにはそれなりの消費エナジーが伴うし、使い道もトイレット・ペーパー等限定的。直接的な再利用も産業的には不可能(工作等には再利用できますが)。宅配の場合は繰り返し使用される「リターナブル瓶」が使用されているので、洗浄し繰り返し使用(平均20回程。ビール瓶の場合は30回以上とか)され、キズが増えれば溶かして再び瓶として再生されます。然も現在の瓶は軽量化されている為、輸送時の消費エナジーも以前よりは少ない。
 こう考えると、宅配の方が環境負荷が少なそうですが、トータルな環境への負荷が、宅配牛乳とパック牛乳とどちらが大きいかは、単純な比較は難しいかもしれません。
 例えば水。洗浄に使用される水は、家庭で紙パックを洗う場合左程念入りには洗わないですが、リターナブル瓶の場合はそれ相応念入りに洗われる(当然温水)からそれ相応水の消費量は多くなる。又例えばCO2 。宅配の場合配達の自動車が住宅街をそれなりの距離走行する訳ですからそれ相応のCO2等の排出を伴います。が、パック牛乳の場合は多くの場合、主婦或いは主夫の方が自転車で買出しに行く訳ですからCO2等の排出を伴いませんし(工場から販売店までの行程は別)。

 「リデュース(発生抑制)・リユース(再利用)・リサイクル(再資源化)」という、ごみ減量三原則に則して見れば、直接ごみは出さない「リデュース」でそのまま一定回数再利用される「リユース」で、リターナブルな牛乳瓶は優等生。ポリエチレン製キャップも、ポリ袋等にリサイクルされる。牛乳パックは、再資源化(リサイクル)されるとは言い、使用済み紙パック(家庭から出るもの)の回収率は2006年度で26.4%に留まっているし、しかも「牛乳パック」には生まれ変わらない。内・外部コーティングのポリエチレン・フィルムも廃棄物として残る。「リデュース」でも「リユース」でもない。
 国内で消費される牛乳の≒90%が、今では紙パック入りだそうです。数で言えば≒100億個。一人当たり≒78個。私の場合、月6個ですから、年間72個。そんな感じですね。でも、相当な数だなぁ...。

 どうもこう見てくると、少なくもごみの面からは、牛乳宅配をやめパック牛乳へと切り替えるのは、後退、ともとれそう。非常に残念ですが、如何ともし難い経済面の現実...。でも、致し方ないので、他の面で環境負荷を減らすよう工夫する所存です。それに、牛乳の利用は、肉の利用と異なり、直接牛の生命を奪うことはないとは言い、過剰な消費は牛達にとり矢張り大きな負荷となるでしょう。自らの生命を維持する為、他の生物から収奪していかなければならないのが、生態系内の「消費者(動物)」の宿命ではありますが、できれば浪費的利用は避けたい。牛乳の利用も、一寸控えめ(今までよりは)にしたいと考えております。

 牛乳屋さん。長きに渡り、有難う御座いました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*牛乳パック回収率:産業損紙・古紙を含む紙パック全体の回収率は37.4%
*軽量化:明治乳業さんの場合、182gのビンが現在は140gで、≒23%軽くなっている
*トイレット・ペーパー:一般に牛乳パック30枚で5ロール、箱入りティッシュなら3〜4個になる。現在年間二億個(平成二年度)のトイレット・ペーパーが牛乳パックより再生されているそうな
*低脂肪乳:成分調整乳の一つ。三つに種別される。
1 生乳(搾ったまま無加工)から脂肪分を取り除き乳脂肪分0.5%以上1.5%以下にしたもの(乳脂肪分0.5%未満は無脂肪乳)(高い)
2 生乳に脱脂粉乳・クリーム・バターなどの乳製品及び水を混ぜて作ったもの「加工乳」(安い)
3 2に乳製品以外のもの(カルシュウムや鉄分、コーヒー、砂糖等など)を添加したもの「乳飲料」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

北の離れTop  "Mystic Rhythms" HOME