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北の離れ 2012

古書店主が綴る日常雑記 古本屋な日々...  profile

・12月16日 当たり年
・12月1日 挟間
・11月7日 秋のクモ
・10月2日 遺産
・9月3日 共同
・8月8日 Syrian Civil War
・7月15日 パブリック・ドメイン
・6月23日 お遊戯室
・5月13日 シラン
・4月10日 オンカロ
・3月3日 1. もう、まだ 2. 椿その後
・2月4日 椿
・1月1日 ご挨拶


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二千十二年 師走十六日 当たり年
 本年は天体ショーの当たり年でした。「2012年天文情報」的なものを見れば、世間に広く知れ渡ったものから、マニアックなものまで様々、まさに目白押し。わたしがウォッチングしたのは、その内の数件に過ぎませんが、それでも可也に楽しむことの出来た一年でした。最後の方におまけ的なラッキーもありましたし。
2011年5月21日の金環日食  まずは、なんと言っても、5月21日の金環日食ですね。これは子供の頃から結構意識していたものなので、遂に来たか、と感慨深い。幸いここ東京西部ではお天気も良く(多少薄い雲はありましたが)、しかも丁度自宅庭から何遮るものもなく見られる方角・高度であった為、人目も気にならず、思う存分金環食の開始直前から終了までウォッチングすることが出来ました(東京での金環食開始は7:32頃、終了は7:37)。黄昏時とも異なる未経験の光、太陽に充分な高度があるのに薄暗いと言う異様な雰囲気、十二分に堪能出来ました。でも、子供のとき、この日食を見る頃の自分は、結婚もして子供の二人も居るのだろうなぁ、などと想像していたのですが、なんと未だ独身、子供なし。何やってるんだか...。
(画像:「写真素材 足成」より拝借した工藤隆蔵さん(東京目黒にて)撮影のものを縮小して使用させて頂いております)
 気を取直して次は、6月4日の部分月食。東日本で月の出直後からの現象だったのですが、生憎と此方は雲が厚く天を覆っており、南東の空低く、時折雲のベールの向こうに、欠けていると言えば欠けてるかなぁ、程度に見られただけでした。わたしは、部分食でもある程度見られる赤銅(しゃくどう)色を帯びた妖しげな月が大好きなので、残念でした。可也モヤモヤ感が残ったな。(昨年12月の皆既食時の赤い月は見事でした)
 次は、6月6日の金星日面通過。これは金環日食に比しインパクトが弱いので余り注目されませんでしたが、太陽の前(地球から見て)を金星が黒いシルエットとなって横切る、次回は105年後、前々回は130年前という結構にレアな現象(前回は8年前でしたけど)。昼食の支度の合間に(7時頃から13時頃までの現象でした)、首が痛くなるほど頑張って太陽を見上げていたのですが、如何せん肉眼では金星が小さく、まったく確認することが出来ませんでした。こちらも、モヤモヤ感の残る現象となりました。
 次は、おそらく多くのいや殆どの方はご存じないと思われる、半影(はんえい)月食。11月28日に起こった現象ですが、「半影月食」と言う語すら皆さんご存じないでしょうね。わたしも知りませなんだ。前日くらいにネットで偶々見付け、おっとコレは見なければ、と慌てて詳細を調べて知ったという次第。「半影」自体は、一応天文好きなので知ってはおりました。月食の起こるとき、上記部分月食或いは昨年の皆既月食のときのように、月を赤く染めるのが「本影(ほんえい)」で、太陽の光が直接届いていない領域。これに対し「半影」は一部太陽の光が届いている領域で、肉眼ではそれと確認するのが難しいほど非常に薄い。月の本影の中から見ると皆既日食が起こっており、半影の中から見ると部分日食が起こっていることになります(この場合太陽を隠しているのは地球)。で、実際ウォッチングしての感想は...、やっぱり薄かった。そうと知っていても、影を確認することは出来ませんでした。ネットで写真を拝見すると、はっきりと影が判りますけれどね。半影月食というものがどないなものかということは確認出来てよかったのですが、これまた、大分とモヤった感が残りました。
 あと一つ、「スーパームーン」というのがありました。5月5日から6日にかけての現象ですが、楕円軌道を周る月が地球に最も近づき満月(または新月)を迎え、通常よりも大きく明るみえるというもの。地球―月間が35万6955kmとなり、最遠の≒41万kmのときに比し≒14%大きく、≒30%明るかったそうな。平均と比べても16%明るかったのだそう。う〜ん、言われてみれば明るいかな...というのが正直な感想でした。
 最後に、はじめに書いたおまけ的ラッキー。これは上記天体現象が、予め日時も地域も厳密に判っているのとは異なり、基本予期できぬ現象ゆえ、特に嬉しかった。それは、「火球」。簡単に言えばおっきな流れ星。これを目撃しました。忘れもしない11月20日の18時頃。猫を散歩させているとき、何の気なしに見上げた暮れなずむ南西の空を、オレンジの輝きが低く左手から右手へと流れて行く。あっ、火球...と思わず呟き目で追う数秒。人生初の遭遇。金環日食と並ぶくらいの、今年一番の感動だったかもしれません。

 今年も終わります。来年の天文現象を調べます。

 一年間有難う御座いました。どうぞ、良いお年を。

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*目白押し:メジロ(東アジアに広く分布する野鳥.スズメ目メジロ科メジロ属)の樹上に身体を寄せ合ってとまる習性に由来する
*金環日食:時に932年ぶり、と言われますがそれは、広範囲に見られるものとしては、の意で、金環日食自体は日本では1987年に沖縄で見られ2030年に北海道で見られます
*火球:一般にマイナス3〜4等級以上の明るさの流星。燃え尽きず地上(或いは海)に落ちれば隕石・隕鉄となる(光度の例(最大):金星マイナス4.7、火星マイナス3、木星マイナス2.9)。ネットで調べますとわたしが目撃した火球、発生は17:54、光度は≒マイナス3等、消滅高度は≒44km、発光時間は≒8秒で、伊豆半島伊東市上空で発光し甲府盆地南で消滅したのだそうです

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・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://kyugo-honbu.fva.or.jp/

二千十二年 師走一日 挟間
 ただ今、月一のポスティングのバイトの真っ最中。終焉を迎えつつあるここ南関東平野部の紅・黄葉を愛でつつ、現在プチはまりのモーツァルトのピアノ・ソナタを聴きながら、住宅街を一人歩き回っております。
サクラ落葉  この地域では、今は終わる秋と始まる冬の挟間(はざま)、晩秋...とも言えるし、初冬...とも言える様な、ちょっと微妙な季節。好きですねぇ。わたしとしては、一年のうち、梅雨と共に最も好きな時期かもしれません。冬の寂寞(せきばく)と、秋の絢爛(けんらん)が混淆(こんこう)した一瞬。昨日などは、低く垂れ込めた雲が街を包み込み、薄暗く、今にも降り出しそうでいてそのくせ一向に降っては来ない、といった微妙な天気でした。これが良く似合った。最近オキニのスニーカー履き、散り敷く落葉(らくよう)踏みつつ、ショクナイ(内職)に励んでおります。
 スニーカーといえば、画像のもの、某Sスーパーの900円スニーカー。ずっと愛用していた二足のキャンバス・スニーカーがもう可也の年季モノで、底に隙間が出来、雨の日は履けない状態ゆえ、そろそろ新しいものが必要か、と以前から気にはなっていたのです(別にその二足しか靴が無いという訳ではないですよ)。が余りの低価格ゆえ、ちょっと手が出なかったのです。大丈夫なのか?と。が、履いてみたらば、まだ使用開始から二週間程ですが、現時点では履き心地も機能面もこれと言った問題はありません。う〜ん、この価格でこのクオリティ...わたしのようなボンビーにはまさに「神」(神様信じてないけど)。ありがたい。
 これ、矢張りと言えば矢張りのこと、中国製。改めて身の回り、日々世話になっているアレやコレやを見てみると、アレもコレも中国製。今更ですが、中国製品・中国産品になんとお世話になっていることか。Tシャツも、ブリーフも(いやぁーん)、ソックスも、ニット帽もみんな中国製。今私を暖めてくれているセラミック・ヒーターも中国製。食べることに興味の薄いわたしが唯一大好きと言えるピーナッツ(毎日食べてますね)も、昨夜食べたカレー用福神漬けもラッキョウも、買い置きしてあるパック詰めのカボチャの煮物も、里芋の煮物も、原産国表示を見ればみんな「中国」。その表示を見てるルーペも中国製じゃん。ここまで、日々の暮らしの中に中国製品・中国産品が満ちている。おそらく、多くのお宅でも似たような状況ではないでしょうか。言ってみれば、多くの日本人は、日々、中国製品・中国産品の生産に関わっておられる中国の方々のお世話になっているということです(自分は違う、と仰る方も居られるかもしれませんが)。で、それは同時に、中国の企業或いは企業・工場等で働く方々も、日本への輸出等で生活の資を得ているということでもあります。経済全体の依存度とは別に、両国の人びとは日々の暮らしの中で、相互に深く依存しあっていると言えるのではないでしょうか。
 本年は、日中間に可也の軋みが目立ちましたが、このような状況の中、政治的な軋みが、商業或いは市民レベルまで拡大して行って、良い事など何もない。国家間ではいろいろ問題あるけれど、来年は、少しでも軋み解消の方向へ進むことを、願っています。

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*モーツァルトのピアノ・ソナタ:ベートーヴェンやバッハ、ショパンなどの影に隠れ気味で彼の鍵盤曲は今まで余り気を入れて聴いて来なかったのですが、近頃妙にはまる。グレン・グールド、ヴァルター・ギーゼキング、ダニエル・バレンボイム、内田光子さん、またフォルテ・ピアノ(現代のピアノ・フォルテとは一寸異なるモーツァルト時代のピアノ)のマルコム・ビルソン、アンドラーシュ・シフ等拝聴しています

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二千十二年 霜月七日 秋のクモ
 「秋のクモ」と言っても、空高く広がる高積雲や巻積雲の方ではなく、脚八本のクモさんです。しかも、今回ご紹介の二種のクモは、秋だけではなく夏からずっといる存在で、別に秋になると出現すると言う訳でもなく、秋に目立ち始めると言う程度。ちょっとタイトル失敗しましたかね。紛らわしいですね。でも、正確に「秋になると目立つクモ」では、なんとなく座りが悪いので、ご勘弁下さい。ジョロウグモナガコガネグモ
 上に二種のクモ、と書きましたが、画像をご覧になって、「どっちも一緒じゃん」と思った貴方、もう一度よ〜く見てください。一寸お腹の模様が違いはしませんか?地の黄色は同じですが、左は黒っぽい縞模様が粗く又側面に赤い斑(下面に続く)があり、右は縞模様が密で赤い斑はないしょう。確かに良く似ていますが、左はジョロウグモ、右はナガコガネグモと言う全く異なる種(共にメス)。
 其々の違い或いは特徴を以下に述べます。まずは、比較的多く見かけるジョロウグモから。
 クモは、網を張るタイプ(造網性)と張らないタイプ(徘徊性、地中性)に大別されますが、全体的には、網を張るクモは進化の段階がより進んだタイプと言われています。そしてその中でも、一般に円形の網(円網)を張るタイプは最も新しいタイプと考えられています(網の進化については不明な点が多いようです)。ジョロウグモは可也立派な網を張るのですが、網は円形ではなく馬蹄形で、しかも中心となる網の前後に補強用の網を持つと言う特徴があります。そんなことから、やや古いタイプのクモとも言われています。更に網には幾つか特徴があるのですが、その中で目立つのが横糸(粘る糸)。これが黄色いので光の角度により網が金色に輝いて見えたりする(英語で同属のクモをGolden Silk Spiderと言うのだとか)。そしてそんな網の隅を良く見ると、ちっちゃく細っこいクモがちょこんと居るのが見られる場合があります。これは実はジョロウグモのオス。繁殖の為メスを探し回ったオスは今の時期は網を張る能力を失い、メスの網に居候させてもらっているのです(こういう事を聞くと男性の場合は「羨ましいご身分」とか、女性の場合は「ひどいね」とか言いたくなったりしますが、人間的感覚で他の種族のことを云々するのは遠慮しないといけませんね)。網についてもう一つ書きますと、おそらくはジョロウグモ以外では余り見られないことなのではないかと思いますが、ときおりとんでもない光景を目にすることがあります。家畜舎や鶏舎など虫の多い、詰り条件の良い場所に多数のジョロウグモが集まり網を張った結果、隣り合う網同士が癒合して全体が一つの巨大な網と化し、そこに幾十という女王様のように貫禄のあるジョロウグモが点々と陣取っていることがあるのです。網の張替えを余りせず補修を繰返す習性に原因するのかもしれませんが、理由は如何あれこれは圧巻。基本クモ苦手なわたしは、とある雨の日、近所の養鶏場でこのジョロウグモ・マンションに遭遇したとき、一瞬気が遠くなる思いがしましたよ。
 最後に、インパクトのあるその名前について。ジョロウグモは「女郎蜘蛛」と書きますが、本来「ジョロウ」はお女郎さんのことではなく「上臈(じょうろう)」であるという説があります。上臈とは身分の高い女性(今的には「セレブな女性」となりますか)。腹部のカラフルな模様を、貴婦人の美しい着物に見立てたのかもしれません。秋になると栄養状態の良いメスは身体も大きくなり、更に卵を抱えた腹部がふっくらとし目立つのです。
 次に、ナガコガネグモ。
 こちらのクモの特徴はなんと言っても網の位置。普通大型のクモは、ジョロウグモやオニグモ、コガネグモなど木々の間や、民家の軒先、或いは電柱や電線など、比較的高いところに網を張る場合が多い。でもナガコガネグモは原っぱや草むらなど比較的低い位置、大人のひざ、ももから腰くらいの高さに網を張ることが多い。画像の網はわたしの胸くらいで、今まで見た中ではマックスの高さです。そして網の中央、陣取る部分には糸で作った白い帯が見られます。カモフラージュ用とも考えられており、隠れ帯と呼ばれています(機能については諸説あり)。これはジョロウグモには見られない特徴です。行動としては、網に触れたりすると、激しく網を振動させ威嚇します。これは面白いですけれど、あまりイタズラすると迷惑なので控えましょう。

 以前メルマガにも書きましたが、わたしは、多くの方が恐れをなすゴキブリっちは平気で手掴み出来るくせに、ちっちゃなハエトリグモも直視できない程のクモ嫌い。でも不思議と、網に鎮座しているクモは意外なほど平気。近づいては来ない、と言う安心感があるからなのでしょう。おそらく。掲載した写真を撮るときも、植え込み越しで体勢的には厳しかったですが気持ちは結構冷静でした。ただ、映ってはいませんが、撮影中のわたしの背後はすぐ傍をびゅんびゅん自動車が走り過ぎていまして、そっちが恐く、一寸焦っておりました。どちらもピンが甘いですね。言い訳させて下さい。
(撮影場所は別に危険な道路ではなく普通に自転車で通る住宅街に隣接する工場沿いの道路ですが、狭い上に休日のため車が多かった)

 クモ、特に大型のクモは、わたしのようなクモが苦手な人間ならずとも、「コワイ」「キモイ」「陰険な感じ」などと、敬遠される傾向が強いですが、彼ら彼女らも生態系の中でともに暮らす隣人。特に危険も実害も無いですから、偶にはウォッチングしてみては如何でしょう。

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*ジョロウグモ:Nephila clavata クモ目ジョロウグモ科。本州から沖縄本島、朝鮮半島・台湾・中国まで極東に広く分布
*ナガコガネグモ:Argiope bruennichi クモ目コガネグモ科。北海道から沖縄本島に広く分布
*高積雲、巻積雲:高積雲は「ひつじ雲」、巻積雲(絹積雲とも)は「うろこ雲、いわし雲」と呼ばれる。高積雲は高度2〜7kmの中層、巻積雲は高度5〜15kmの上層に出来る雲で、前者は主に水滴、後者は主に氷晶(小さい氷の粒)で出来ています
*上臈:偉いお坊さんとか地位・身分の高い人といった意味もある
*セレブ:セレブリティ(celebrity)の略。本来は名士、有名人・著名人の意で、お金持ちとか上流、高級といったような意味は無い

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二千十二年 神無月二日 遺産
 月一で行っているポスティングのバイトで、私の担当するエリアに、一軒「御屋敷」があります。その地域一帯の地主さん一族の本家と思(おぼ)しき、重厚な門のある見事な日本家屋。イチョウやケヤキの巨木を背後に従え、「草迷宮」の舞台を髣髴させるような(妖怪が住んでそうと言う訳ではありません)、可也に存在感のあるお宅。その前庭に、植え込みの樹木に囲まれ、高さ5〜6mほどの十三重の石塔があります。地震で頂部の失われた十三重の塔御影石(みかげいし.花崗岩)材と思われる可也立派なものですが、一番上の屋根(第十三層)と頂部の「相輪」が失われています。昨年3月11日の地震の際に損なわれたものです。屋根部分も相輪も、塔の南数m先に落下したまま、今も草に埋もれ、塔は最上部を失った当日の姿を保ち、現在に至っています。
 あの地震発生から一年と数ヶ月。正直、地震の事も、震災のこともそして被災者の方々のことも、日々の暮らしの中で忘れがちになることは否めません。けれど、この最上層と相輪の失われた石塔を見るたび、あの日感じた異様に長い揺れと、その後の一連の災禍を思い出します。

 今、被災地では、震災遺構―被災し残った建築物或いは大型船舶など―をどうするのか、保存か撤去かと言う問題が議論されています。保存も撤去も、賛否交錯し、また保存に関しては維持費用の問題もあり、結論を出すのはなかなか難しい状況となっているようです。
 直接的には何ら被害を受けなかった私ですら、上記の石塔を見るたび、あの日の記憶が鮮明に甦る訳ですから、直接被災された方々、身近な存在を失われた方々にとって、震災遺構に呼び起こされる記憶がどれ程鮮烈で痛みを伴うものであるかは、ある程度ではありますが、イメージすることが出来ます。津波に破壊された建物を遺して欲しくない、一日も早く撤去してほしい、と言う声が多くあるという事は理解することが出来ます。
 しかし、逆に言えば、こうした声が上がるということは、それほどに記憶を呼び起こす強い力を、遺構は持っている、映像や言葉では伝え切れないもの、直接大脳辺縁系に訴えかけてくるような、強烈な説得力・存在感を、遺構は持っているということの証左でもあるのではないでしょうか。
 私は、出来得れば遺構の保存を望みたい。残念ながら、人の記憶は薄れてゆきます。それを少しでも押しとどめる為に、形あるものの力を利用する必要が有ると思います。防災を推進する最大のエナジーは、災害の記憶です。
 震災遺構を如何にするかの問題で、引き合いに出される存在の一つに、広島の原爆ドーム(旧産業奨励館)があります。この原爆ドームも、当初は保存か撤去かの結論が出ず、そのまま十数年も放置されていました。しかしその後、「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、恐るべき原爆を世に訴えてくれるのだろうか」と被爆した少女の日記に記された言葉がひとつの契機となり、保存の為の市民運動が本格化。そして、原爆投下の21年後、漸(ようや)く広島市議会が、ドーム保存を決定しました。
 保存を廻っては、忌まわしい記憶を呼び覚ます、と言う理由から反対する声も少なくはなかったと聞きます。しかし、その後のことはご承知の通り、原爆ドームは国内外問わず、反核兵器或いは広く平和希求の象徴として、大きな存在感を持ち、67年後の今も、時が止まったかのように元安川河畔に静かに佇んでいます。

 原爆ドームは、核兵器や戦争に関わるものであり、またドームの保存決定当時は、東西冷戦の真っ只中という、核戦争の恐怖もリアルに感じられた時代背景であるなど、震災遺構とは同次元で語れないと言うこともできるかもしれません。しかし、多くの人々の傷に、直接その惨劇を知る多くの人々の心的な傷に強く関わる存在と言うことでは、合い通じる部分は多々あると思います。広島市民の選択と原爆ドームの存在は、震災遺構の保存問題について、多くを示唆してくれているように思えます。

 「保存より復興を」、と言う声があるのも当然でしょう。しかし、遺構が内外の人びとの記憶を喚起し、震災の忘却を防ぐことの一助となれば、それは復興を後押しする力へとも、やがて繋がってゆくのではないでしょうか。
 震災遺構を、被災の記憶を呼び起こす忌まわしき遺物とみるのか、教訓を伝える未来への遺産と見るのか。撤去と保存、何れを選択するのかは、将来に関わる、案外に大きな岐路であるように思われます。

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*石塔:石造りの仏塔。一般に印度のストゥーパ(仏舎利(釈迦の骨)を収める)が起源とされる。層の数は三、五、七、九、十三など奇数(陰陽思想で陽数、日本では割切れないので縁起が良いとする)が一般
*相輪:仏塔(五重塔など)の屋根に突き出す最上端部。九つの輪(九輪)、火除けの水煙(すいえん)、宝珠などから構成される。木造の塔の場合は普通金属でつくられる
*草迷宮:泉鏡花が1908年(明治41年)に出版した作品。亡母に連なる手毬歌を求め彷徨う葉越明青年が主人公の幻想妖怪譚。三浦半島秋谷(あきや)の庄屋の空屋敷、草木に包まれた「黒門」の別荘が主舞台
*花崗岩:マグマが地下深くで冷え固まってできた火成岩の一種。石材としては「御影石」の名で呼ばれる
*被爆した少女:一歳で被爆し十六歳で白血病で亡くなった、楮山(かじやま)ヒロ子さん。上記の言葉は1959年(昭和34年)8月6日の日付

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二千十二年 長月三日 共同
 竹島、尖閣諸島、此処へ来て領有権問題が再燃しております。韓・中・日、其々一歩も退かずがっぷり四つ状態。おそらく次世代次次世代までもそうでしょう。このままでは。行き着くところは最悪軍事衝突。誰も得しません。
 共同管理、って言う選択はないのでしょうか?国際政治・領有権問題はそんな甘っちょろいもんじゃぁない。元々我々の領土なのになんで共同管理せなならんのか、アホらしい。と考えられる方もいらっしゃるでしょう。ですが、コレも一つの考え、として大目に見て頂きたい。
 竹島は韓日で、尖閣は中日and台(台湾も尖閣諸島の領有権を主張している)で其々共同管理。どちらの島も、島そのものではなく、周辺の海洋資源が必要とされている訳ですから、水産資源(竹島は主にこれ)、海底資源を共同で管理・利用。勿論口で言うほど簡単なことではないのは重々承知。でも、そこは知恵を出し合って、譲り合って。中国と日本はお互い引っ越すことの出来ない永遠の隣人同士、と在中国大使が仰って居られましたが、それは韓国、台湾(そしてDPRKも)についても同様。中傷しあって何ら良いことはない。対立は不毛の荒野を生むばかり。強硬なナショナリズムも覇権主義的行動も、また自らの正当性を微塵も疑わない頑なさも、私には、バランス感覚を失った危ういものと感じられる。

 「共に」と言う視点・発想は無理なのですかねぇ、自国益追求に狂奔する国際社会のなかでは。
 余り(と言うか全くと言うか)触れられませんが、嘗て竹島は現在絶滅したと考えられているニホンアシカの生息地でした。また尖閣諸島の北小島と南小島では、現時点で伊豆諸島の鳥島以外では唯一、絶滅危惧種アホウドリの繁殖が確認されています(北小島には同じく絶滅危惧種クロアシアホウドリもいる)。そして、最大の魚釣島にはセンカクモグラという固有種も生息すると考えられています(固有種は他にも)。こうした島々は、固有の希少な自然生態系、地球の共有財産として保全する必要性の高い存在です(現在魚釣島は人為的に持ち込まれたヤギによる植生破壊が深刻化)。
 日本と韓国及び日本と中国の間には、既に漁業協定が存在しています。台湾との間には現在漁業協定は存在していませんが、台湾側は協定締結に前向きのようですし、また総統からは「主権を分割することは出来ないが、資源は分かち合える」と、領土問題は引けないが共同開発については用意があることを示す言葉も出ています。
 どうでしょう、既存或いは新規の協定を土台・足がかりに、共に島々及び周辺海域の保全を行い、周辺海洋資源を共に「持続可能」的に開発・利用する方向へと、ベクトルを向けるのは。

 共に譲り合い共に分かち合う。美しいね。でも残念ながら領土問題はそんなきれい事では済まないのだよ、と一笑に付されるかもしれませんが、争い事は苦手な私としては、夢見てしまうのですよ。

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*名称:一応日本での呼称を使わせて頂きましたが、竹島は韓国及びDPRK名「独島(とくと)」、尖閣諸島は中国名「釣魚島」、台湾名「釣魚台列嶼(しょ)」とそれぞれされています
*漁業協定:現在、竹島は日韓漁業協定で定められた共同利用水域(暫定水域)に含まれている。尖閣諸島は日中漁業協定で定められた相手国の許可無く操業可能な暫定措置水域には含まれていない。日台間には交渉は行われているが現時点で漁業協定は無い
*アホウドリ:鳥島に2,600羽(2010年東邦大学長谷川教授)、尖閣に300〜350羽(2006年東邦大学長谷川教授)程が生息(繁殖期)。羽毛採取の乱獲以前には鳥島も尖閣も大コロニー(集団営巣地)があった。小笠原諸島聟島に新たなコロニーを形成する事業が2008年より進められている
*ニホンアシカ:1970年代頃まで目撃報告等あるため環境省レッドリストでは絶滅危惧種とされているがIUCN(国際自然保護連合)では絶滅種とされている。嘗ては日本近海に多く生息したが乱獲と生息環境悪化を主原因として減少。1950年代まで竹島は主要繁殖地の一つであった
*開発・利用:勿論、開発も利用もしない、という選択もあっていい

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二千十二年 葉月八日 Syrian Civil War
 首相の政権離脱も伝えられるシリア。会議室に爆弾が仕掛けられたり、国営TV局が爆破されたりと、政府内に反政府側への内通者が存在することも確実で、政権内部は徐々に崩壊が進んでいるようにも思えますが、一度は反政府側の手に落ちたかに見えた首都ダマスカスが政府側に奪還されるなど、戦闘の止む気配はありません。7月だけで死者は4千を超えると言われています。オリンピックの白熱した戦いとはかけ離れた戦いが、シリアを満たしています。
 7月19日には、反体制・反政府派を武力弾圧するシリア政府に対し、非軍事的制裁(武器禁輸、経済制裁など)強化を求めた国連安全保障理事会決議案が、中国とロシアの拒否権行使により廃案となりました。国内にチェチェン共和国やチベット自治区等での民族独立問題・反体制運動を抱える中露としては、国連或いは外国に介入されたくない、内政干渉されたくないという思いが、強くあっての事なのでしょう。また、ロシアは旧ソヴィエト時代からシリアに軍事的・経済的利権があるといわれており(兵器の供与、海軍基地(地中海に面するタルトゥース.艦船はない)の存在等)、そういった面で、現政権の崩壊は、望ましくないのかもしれません。

 昨年3月の反体制デモの開始以来、死者は二万を超えるとされています。大半は一般市民です。政権側は国内での使用を否定していますが、切羽詰れば生物・化学兵器の使用など、最悪の事態も懸念されます。
 複雑に利害・利権の絡み合う国際政治、個々人の運命等眼中にない国際政治に、常に翻弄されるのは市民です。日本政府官房長官は、上記のシリア政権に対する制裁強化を求めた安保理決議案が廃案となったことに関し、シリアの状況は「看過できない非人道的」なものであり、決議案が廃案となったのは「極めて遺憾」と語っておられました。であるなら、内戦終結へ向け、日本政府は積極的な働きかけを国連や中露に対し、或いは直接シリア政権に対し行って頂きたい。また、宗派対立(大統領ら政権支配層はイスラム教アラウィ派、多くの市民はイスラム教スンニ派)が絡んでいたり、反政府派が一枚岩ではない等、複雑な現状況は、「戦後」の混沌的状態を生み出す可能性を孕んでいると思います。その辺りのケアも、国連と協同して考えて頂きたい。国内問題山積ではありますが、国際社会における「大国」日本の責任だと思います。

 首都における、市民と政府軍による戦闘...、単純に我々に当て嵌めれば、東京で我々一般市民が、自衛隊と戦っているようなものです(単純すぎますが)。イメージしてみてください。距離が縮みます。

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*死者:シリア人権監視団(在英NGO)によると、死者二万超の内訳は、市民14,710人、軍兵士5363人、政府離反者980人とされています(読売新聞8月4日記事より)
*チェチェン共和国:ロシア連邦に属する先住民族チェチェン人が多数構成する国家。独立を求める勢力とロシア連邦政府等との間で武力紛争が起こっている
*チベット自治区:チベット族による自治区。1950年代から独立運動が行われ、ダライ・ラマを長とするチベット政府(ガンデンポタン)は激しい動乱の中1959年より印度に亡命している
*イスラム教アラウィ派:ヌサイリー派とも。シーア派の系統ともされるが独特の教義を持つという。シリアでは北西部に集中し体制上層部を中心に人口の10%に満たない。スンニ派には異端視されているとか

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・東日本大震災東京都動物救護本部 http://www.tokyo-doubutsukyuen.org/
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・msnペットサーチ(被災ペットを探す・引取る) http://eastjapaneq.jp.msn.com/petsearch

二千十二年 文月十五日 パブリック・ドメイン
 近頃何かに「はまる」という事は、めっきり減りましたが、此処暫く、めずらしく、はまっています。音楽ダウンロード。
 私は音楽好きですが、ボンビーな為CDはほぼ全て図書館でレンタルして聴いています(PCに取り込んでね)。ジャンルは95%くらいクラシック(大好きなメタルは流石に図書館には少ないかほぼ無い)。現在は隣接自治体の図書館も相互に利用できる為、聴きたいと思ったCDは大抵借りることが出来ます(有り難い事です)。しかし最近、図書館に備わっているアルバムでは一寸満足できなくなってきたのです。
 というのも、図書館はその性質上、比較的当たり障りのない、なるべく多くの市民(利用者)に受け入れられやすいアルバム、クラシックでいえば、ポピュラーな人気のある演奏者のポピュラーな人気のある録音が備えられている傾向が強い。それはそれで良いのです。私も大抵それらが気に入ります。が、時にその人気演奏者、例えば人気ピアニストの、余りポピュラーではない録音を聴きたくなることがあるのです。
 具体的に言うと、20世紀最高・最大のピアニストとの呼び名も高い、ヴラディーミル・ホロヴィッツと言うピアニストが居ます(右画像)。ヴラディーミル・ホロヴィッツこのお方、生年が1904年(1989年没)と可也昔のお方なので、人気の高いアルバムは、ステレオ録音である1960年代半ば以降の録音(1953年から活動を休止し1965年にカムバックした)。結構おじいちゃんになってからのものなのです。内容は当然素晴らしく、味わいも深みもある。ですが、耳がロックでメタルな私としては、ちょこっと物足りない(生意気言ってスンマセン)。噂に聞く、並外れのパワーで爆音を響かせていたという若き日のホロヴィッツを聴きたい、と思ったのです。ところが、その辺り、SPレコードや初期LPレコード時代の録音(当然モノラル)は、ややマニアック。流石に図書館にはなかったりするのです(リリースはされているので買えますが)。
 私には縁が無いか、と諦めていたのですが、或る日、古い録音は著作権フリーのはず、と気付きました。日本では演奏者の著作権は演奏後50年で切れてパブリック・ドメイン(著作(知的所有)権が生じていない或いは消滅して一般公衆に帰属している状態.この状態の創作物は誰でも自由に利用できる)となっているはず。ならばフリーダウンロードできるのでは?
 早速、以前から時折ストリーミング再生で拝聴させて頂いていた、クラシック音楽配信サイトさんを訪ねて検索すると...、あった...。あるではないですか、若き(といっても40代)ホロヴィッツの演奏が。他にも、興味はあったが図書館にはなく、聴けずにいた演奏が幾つも。ホロヴィッツのライバルと言われたアルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)のショパン「バラード&スケルツォ」(1959)、内田光子さんに「スケベじじい」と呼ばれたアルフレッド・コルトー(1877-1962)の同じくショパンの「練習曲集」(1933,1934)、またベートーヴェン直系の弟子で、ベートーヴェン本人が弾く姿に最も近いとも言われるヴィルヘルム・バックハウス(1884-1969)の、モノラル時代のベートーヴェンのピアノ・ソナタ(図書館には数年後録音されたステレオ時代のものしかなかった)等など。早速ダウンロードしてPCに取り込み、拝聴させて頂いたのは、言うまでも御座いません(ダウンロードに必要なユーザー登録(無料)は以前からしていたのです)。(こちらの配信サイトさんにもお世話になっております)
 いやぁ、ホロヴィッツの「展覧会の絵」(1951(live))、ショパン「スケルツォ第1番」(1951)、スンゴイ。雷鳴の如く轟き、匕首の如く切り裂く。噂に違わぬデモーニッシュな稀代のエンターテイナー。目から、いや耳から鱗...。今までホロヴィッツてそんなにスゴイの?と正直思っていましたが、ホントにスゴかった。配信サイトさん、有難う御座いました。

 私が利用させて頂いている上記サイトさんは、一週間にダウンロード数は50まで、と言う制限があるのですが、ふと気付くと超えてしまいました、50の大台。夢中になってついウッカリ。すみませんでした...。今後、気を付けます。
 知的創作物に関し、その創作者に所有権が認められ保護されるというのは当然と考えますが、それが故に、個々の事情により、享受するに難が生じる場合が多々あるのも事実。その点、パブリック・ドメインは、利用するに少なくも直接の経済的難はありません。あらゆる知的創作物が持つ、人類共有の財産、と言う側面が活きてきます。有り難くそして大切に、分かち合いましょう。

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*著作権:知的所有(財産)権の一つで文化的創作物の創作者に対し認められる権利。著作物の創作時点で自動的に権利が生ずる(無方式主義)。ベルヌ条約により国際的に保護される。保護期間は、著作者が著作物を創作した時点から著作者の死後50年まで、ですが、国により異なり日本は50年、アメリカ及びヨーロッパの多くは70年。演奏、レコード、放送は著作隣接権により演奏、リリース、放送から50年間保護される(日本)
*ベルヌ条約:正式には「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」。1886年スイス、ベルン(ベルヌ)で作成。作家ビクトル・ユーゴー(「レ・ミゼラブル」で有名)が原案者とか。日本は1899年に加盟。加盟国数164(2010年2月)
*内田光子(1948-):日本生まれオーストリア育ち英国在住のピアニスト。モーツァルトやシューベルトの作品が特に有名。コルトーに関し、“コルトーを聴いたときには、このスケベじじいと思うが、いざ自分でテンポ・ルバート(全体のテンポは崩さず個々の音符の長さを変化させること)して弾こうとすると、コルトーほどルバートの何たるかを知っていた人はいないと気付く”と語ったそうです

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・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.pref.fukushima.jp/eisei/saigai/kyuugoindex.htm
・東日本大震災東京都動物救護本部 http://www.tokyo-doubutsukyuen.org/
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二千十二年 水無月十三日 お遊戯室
 景気低迷による共働き世帯の急増、離婚率の増加、核家族化、都市への人口集中(特に若年世代)そして女性の就労意欲の高まり・育児休業取得の拡充(結婚・出産による離職の減少)など有り、待機児童、詰り保育所に入れたくとも定員オーヴァー等の理由で入れられない子どもが多くなっています。お母さん方が家計の為或いはキャリアアップの為子どもを預けて働きに出たくも、おじいちゃん・おばあちゃんが近くにいない、お父さんが育児休業を取り難い、そして何より保育所に空きがない、等と言う状況が、主に大都市圏で深刻化しています。
 先月のメルマガ(2012年5月4日号)にも書きましたように、私は独身・子供なし(おそらく此れからもそうなのだろうなぁ)なので、直接関係してくる事柄ではないのですが、この待機児童問題、親を含め、大人の立場・事情ばかりが取り上げられ、どうも子どもの立場や気持ちを考える視点が欠落しているようで、一寸気になるのです。
園庭 私は、共働き家庭、のちには母子家庭で育った身。5歳までは祖父祖母の家、叔父叔母の家また親の知人のお宅などに預けられ(預かって頂き)、のちは保育園に一人夜遅くまで預けられて(預かって頂き)育った私としては、親の事情も良く判るのですが、矢張り預けられる子どもの気持ちが気になるのです。
 さすがにン十年も前の事ですので、預けられ(預かって頂き)時代(特に初期の頃)の具体的な記憶は余りはっきりとはありません。断片的な映像が浮かぶばかりです。が、保育園時代を思い返したときに必ず浮かぶ、妙に印象的な映像があるのです。
 それは、園児仲間皆が帰宅した後のがらんとしたお遊戯室で、一人ぽつんとTVを観て母の迎えを待っている自分の後姿。第三者目線の背中向きの絵。煌々と灯りの点る、窓を開け放ったお遊戯室の広い床に座り、高い台に載ったTVを見上げる自分の後姿を、真っ暗な園庭から見ている構図です。
 勿論、絵的には現実のものではありません。TVを観ている自分を園庭から見るなど不可能ですから。ただシチュエーションとしては実際のもので、週五日私はこのようにして母の迎えを待っていました(時々保育士さんが仕事の合間に遊び相手になってくれました)。
 この映像、心理学的に見てどういう意味あいを持つものなのでしょう。その辺定かではありませんが、私的には、さみしく切ない心持ちになる絵です。おそらく当時の気持ちも似たようなものだったのではなかろうかと、思うのです。

 親(父母)は子どものそばにいるべき、とは必ずしも考えませんし、お母さん(女性)は育児に専念すべき、とも考えません。でも、子どもは何を望んでいるんでしょう。親の事情・思い・考え、勿論重要ですが、子どもの視点も忘れて欲しくないな、と思うのです。
 職場に託児所、駅に託児所、保育園・学童保育の拡充、男性の育児休業取得促進等など、勿論必要と思います。でも、それ以前に、親が子どもの傍に居てあげられるような社会作りを、まず考えたい。子どもが小さい頃は親が傍にいるという哺乳動物(或いは育児をする動物)として当たり前のことが、難しい世の中って...どうなの?と、思うのです。
 其々が様々に事情を抱える時代、親が子どもを預けて働きに出ることを、否定するつもりは全く有りませんが、ただ待機児童問題、もっと当事者である子どもの立場や思いが考慮されてしかるべきではなかろうか、と考える次第です。

 ここで序でにと言ってはなんですが、幼少時、私を預かってくださった皆さんに改めて、お礼を言いたい(もう多くの方は物故されてしまいましたが)。捻くれた可愛げのないガキンチョを託されて大変だったでしょう?預かって頂き、有難う御座いました。
 それと、育児休業も無く、子持ちは扱い難い...などと言われた時代、働きながら私を育ててくれた母上様に、感謝。

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*待機児童:総数25,556人(46,620)。保育所を選ばなければ入れる、と言う場合は除かれる。特に多いのは東京7,855(10,489)、神奈川3,095(1,635)、沖縄2,295(3,043)、大阪1,710(1,977)、千葉1,432(1,539)、愛知1,422(296)、埼玉1,186(1,838)、福岡1,063(555)と主に大都市圏。沖縄が多い(10万人辺りでは全国平均の≒8倍、東京の≒3倍)のは平均所得が低く共働き世帯が多いことと、長い米軍占領期があったため国の施策が遅れ保育所等の施設が不足している為。なお、仕事がきまっていない或いは仕事が見付からないなどで入園申し込みが出来ないでいる児童は含まれない為潜在的待機児童数はさらに多いといわれている。
少ない上位は、青森0(0)、富山0(0)、石川0(0)、福井0(0)、山梨0(0)、長野0(0)、鳥取0(29)、香川0(10)、宮崎0(6)、佐賀3(64)、新潟3(19)、秋田4(43)、岐阜5(46)。過疎化地域、交通不便地域また三世代同居世帯の比較的多い地域では待機児童が少ない傾向があり、場合によっては保育園の定員割れなども起こっている。
(厚生労働省2011年4月1日データより。なお括弧内は同年10月1日データ。10月1日の児童数は自治体により保育所入所手続き等が異なる為参考値となっており全国的動向は4月1日現在数で把握)
*育児休業:労働者が法律に基づいて取得できるお休み、労働者の権利。休暇をとって育児をする「育児休暇」とは異なる
*男性の育児休業:育児休業の取得率は、東京都産業労働局調べで、女性94.2%に対し男性は僅か1.8%、厚生労働省調べでも、女性87.8%に対し男性2.63%と激しく少ない(共に2011年データ)。理由として、男が育児なんて...と言う意識が根強い、休業中は基本無給となる(条件により給付金は受けられる)ので取得しにくい(男性が家計を支えている世帯が多い)などが挙げられている。現在は配合者が専業主婦(主夫)でも育児休業できますが奥さんが専業主婦だと言い出し難い雰囲気があったりするのでしょうか

(画像は、「写真素材 足成」より拝借しました)

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二千十二年 皐月十三日 シラン
 今年もシランが咲きました。漢字で「紫蘭」と書く、日本に自生する野生の蘭です。名の通り紫の花が数個づつ花茎先端に付き、よく目立つ。庭や花壇に普通に植栽されますが、野生のものは準絶滅危惧種に指定されています。
シラン このシランが、同じ様に咲いていた丁度一年前、我が家のネコ、18歳と数ヶ月(多分9ヶ月)の巴(ともえ)さんが亡くなりました。

 以前メルマガ(2010年12月24日号)にも書きましたが、巴さんは2010年の11月頃から体調を崩し、自ら食事を摂らず、指又はシリンジ(針の無い注射器の様なもの)で、強制的に給餌するような状態が続きました。一旦は回復の傾向を示したのですが、2011年5月の連休が終わった頃には、強制給餌でも食事を受け付けなくなり、その数日後の5月13日夕、私の腕の中で息を引き取りました。
 食事を受け付けなくなったとは言い、矢張り水分を含め多少は摂取させねば衰弱は進むばかりと、シリンジで強制給餌したのがいけませんでした。流し込んだものを嘔吐すると、身体を硬直させ、苦しむ様子を見せて数分後、給餌の為に抱きかかえた腕の中でそのまま、息絶えました。
 もうその前日辺りから、体温は下がり、声も力なくなり、もう、もって二三日か...と思ってはいましたが、無理な給餌で苦しませ、死を早めてしまったことを悔いました。
 巴さんは、強制給餌をとても嫌がり、何時も激しく抵抗しました(高齢になってから非常に怒りっぽくなったというのもあるのですが)。私のやり方が下手だったということもあったかもしれません。また、なかなか食べてくれないことに苛立ち、一人での介護でストレスもたまっていた為、時に乱暴に接してしまうこともありました。それもあったと思います。日に5回の強制給餌(と週1・2回の点滴)によって、確実に延命は出来ました。強制給餌しなければ、当時の衰弱の進み方からみて、体調を崩してから一ヶ月ともたなかったかもしれません。しかし、結局回復叶わず、死を避け得なかった結果を迎えてみると、こうなるなら、あんなに嫌がる巴さんに無理に強制給餌しなければ良かったのかな...、自然な最後を静かに迎えさせてあげれば良かったのかな...、と考えたりもします。正直、悔いました。
 何が正しい答えなのか、どうすることがベストだったのか、私の中ではまだ判然とはしません。ただ、一つ思うのは、ネコ(或いはイヌ)の介護を、一人で抱え込むのは良くない、と言うこと。一人での介護は非常にストレスのたまる行為です。老齢で回復が見込めない場合など、終わりが見えぬだけに尚更かもしれません。時には週に一日二日程度、巴さんを動物病院で預かってもらうことを考えるのも必要だったかなと、今考えます。
 介護を一人で抱え込まない、と言うのは人間の介護に関しよく言われることですが、動物の介護に関しても、全く同様と思います。時には、心も身体も休ませる時間が必要です。介護者がストレスをためては、自身にも相手にも良い事は何も有りません。

 …………
 20年前、初秋の夜、何故か我が家の門の前にうずくまっていた黒い仔ネコ。仕事帰りの私が、如何したの?としゃがんで声をかけると、仔ネコは鳴きながら私の膝の間へ入り込んで来ました。その仔ネコが、のち「巴」と名付けられることとなります。名は、当時読んでいた「平家物語」の登場人物、巴御前に由来。伝染性鼻気管炎が可也ひどく、片目は殆ど白濁状態。巴御前のように元気に丈夫にとの意を込めての命名です。
 思えば、仔猫と言えるほどの幼い時期(おそらく生後一ヶ月ほどでした)からネコを育てたのは、巴さんが初めてのことでした。当時居た先住ネコを含め、皆其れまでは(一頭を除き)或る程度ノラで育ってから我が家の住人となっていたので、トイレの躾けも、完全室内飼いも初の経験でした。
 巴さんは非常に手のかからない子で、暴れ回りもせず大人しく、食べ方もお行儀が良かった。それに騙されました。子猫とはこの様なものか、と思ってしまったのです。その後、何頭か子猫を育てましたが、大きな勘違いをしていたことを思い知らされました。子猫は小さな怪獣でした(一寸オーヴァー)。食欲と運動欲の塊(あと睡眠欲)でした。
 巴さん、最期だけ一寸、手がかかったね。

 我が家では、ネコが亡くなった時、棺(と言っても段ボール箱ですが)の中にその時々、庭に咲いている花を入れます。巴さんの棺には当然、シランを入れました。黒白ツートーンの被毛に、鮮やかな紫が、よく似合っていました。

 ・巴さん関連記事
 北の離れ:'02年12月20日'05年9月25日'05年10月27日'11年12月15日
 メルマガ:'10年12月24日

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*シラン(紫蘭):Bletilla striata 日本、中国、台湾に分布。高さ数十cm。極めて丈夫。白色品種もある
*怒りっぽくなった:ネコの場合高齢になると甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)という甲状腺ホルモンの分泌が過剰となり常に代謝の激しい状態となる病気になりやすい。矢鱈活発、食欲旺盛なのに痩せる、攻撃的になる等の症状が現れます。巴さんの場合もこの病気が疑われたのですが、血液検査でも甲状腺ホルモンの増加は認められませんでした
*伝染性鼻気管炎:ヘルペスウィルスによる。発熱、流涙、目やに、鼻汁、くしゃみ、角膜炎等の症状が目立つ。仔猫に多発
*巴御前:「平家物語」「源平盛衰記」に登場する武将。源義仲(木曽義仲)の妾或いは召使とされる。容顔まことに優れ一騎当千のつわもの、と描かれている

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二千十二年 卯月十日 オンカロ
 オンカロ(onkalo)とは、フィンランド語で「洞穴、隠し場所」を意味する言葉。現時点で、世界中で唯一の、高レベル放射性廃棄物、詰り原子力発電所から出る使用済み核燃料等の最終処分所の名です。
 オンカロはオルキルオト島(バルト海北部ボスニア湾)に現在建設中の、高レベル放射性廃棄物を地層処分する施設。最終的には地下520mまで掘り、2020年までに運用を開始し、フィンランド国内の原発で生じた100年分の廃棄物を保管し、2120年に操業を停止。トンネルごと埋め立てて封鎖する予定。
 地層処分(地層処理とも)と言うのは、高い放射線量を持つ廃棄物(使用済み核燃料など)を、人間を含む生物の住む場所から遠く離れた場所に隔離する為に、現在のところ最も現実的な方法として考えられている処理方法です。
 通常、使用済み核燃料を再処理、即ち燃料として再び利用可能なウランやプルトニュウムを取り除いた場合は、放射性廃液とガラスを融かし合わせ、キャニスターというステンレス容器に注入固化し(ガラス固化)、再処理しない場合は使用済み燃料棒をそのままキャニスターに入れ、それをオーヴァーパックと言う金属容器に収めます。そして最後に、数百mの地層(一般に300m以上)で隔たった地下深部に粘土で囲み埋設します。人工と天然の二重(多重)バリアで隔離すると言うことです。
 高レベル放射性廃棄物の代表である使用済み核燃料は、ウラン(U235とU238)と、プルトニュウム(Pu)とその他生成物に分けられます。再処理をしないで直接処分(ワンス・スルー)する場合は当然ながら、再処理をした場合でも、半減期数万年の放射性物質(その他生成物)が含まれる為、生物にとって安全なレベルまで放射線量が下がるには、数万年から10万年(或いは20万年)要すると言われています。オンカロは、管理期間を10万年と設定しています。

 10万年...、これからのその歳月、どの様な変化が起こるのか、想像はつきません。過ぎた同じ期間の変化の大きさを考えれば、尚のこと。
 10万年前、我々ホモ・サピエンスのご先祖が、≒15万年を過ごしたその誕生の地アフリカを出、世界中に拡散し始めた、と現在考えられています。それからの地球10万公転、その間の変化たるや、旧石器時代の石や骨のシンプルな道具が、スマホや宇宙ステーションになっている訳ですから。これからの10万年、如何変化するのやら...。
 人類がまだ存在していたとして、何らかの原因により、文明は衰退しているかもしれない。人類もその文明も途絶え、異なる存在が異なる文明を築いているかもしれない。地下深くに眠る危険極まりない存在を、ちゃんと伝えることは可能だろうか?
 私は、人類の10万年後の存在をイメージできません。おそらく、フィンランドの自然・風土が産んだ、深遠なシベリウスの後期交響曲を奏でる者も、それを聴く者も、存在はしないでしょう。
 とは言い、例え人類がその存在を失っても、その後世への責任が消滅する訳ではありません。これからの後の歳月、世界がどうなっていこうと、それを考慮しながら行動しなくてはなりません。

 フィンランド以外では、日本を含め、現在のところ、原子力発電所から排出される使用済み核燃料の最終処分場を持つ国はありません(厳密に言えば、フィンランドもまだ完成していないので持っていないということになるか)。スウェーデンが唯一処分場建設地(フォルスマルク)を決定しているのみで、他の国ではまだ用地の選定段階。
 如何するのか?「フクシマ後」の世界で、今人類は選択を迫られています。最終処分場も持つことが出来ない中で、原子力を選択するのかしないのか。
 現状、少なくも日本では、「原子力NO!、再稼動NO!」と言う意見が大勢です。無理もないと思います。当然でしょう。私も、福島第一原発事故の検証も終わらぬ内の再稼動には得心が行きません。このまま再稼動が行われれば、なし崩し的に原発利用が当然の事となってゆく危険性が大と思います。
 でもこれから、電気料金が上がり経済的に逼迫し、或いは節電の不便を強いられていく中で、「NO!」と言い続けることができなくなり、「やっぱり原子力必要。再稼動致し方なし」となる場合があるかもしれません。でも、そのとき、我々は覚悟が持てるでしょうか。原子力を選択すると言うことは、10万を越す年月の後の世界に対してまで責任を負う、と言うことです。その覚悟、果たして我々にあるのか?大いに自問する必要が有ると思います。

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*高レベル放射性廃棄物:原子力施設から出た高い放射線量を持つ廃棄物。使用済み核燃料や解体後の原子炉など
*直接処分(ワンス・スルー):使用済み核燃料を再処理せずにそのまま廃棄物とする方式。これを採用しているのは、アメリカ、カナダ、スウェーデン、フィンランド、韓国
*再処理:使用済み核燃料から未反応のウランと生成したプルトニウムを取り出すこと。再処理をするのは、日本、中国、フランス、ロシア。部分再処理(再処理可能部分のみ再処理し残りは直接処分)は、イギリス、ドイツ。日本は青森県六ヶ所村に再処理工場を建設・試運転中。
再処理で取り出されたウランとプルトニュウムで作られた混合酸化物燃料を「MOX燃料(Mixed Oxide Fuel)」と言い、これを従来の原子炉で利用することを「プルサーマル」(プルトニュウムとサーマルニュートロンリアクター(熱中性子炉.一般に軽水炉(減速材に普通の水を利用した一般的な原子炉)を指す)の組み合わせ)と呼ぶ。MOX燃料は高速増殖炉(核分裂で生じた高速中性子を利用する原子炉.日本では福井県敦賀市に「もんじゅ」がある)での利用が考えられていたが技術的、経済的また核不拡散上の問題等で頓挫し、主流はプルサーマルに移った。
核燃料の製造・再処理・廃棄と言う一連の流れを「核燃料サイクル」と呼ぶ
*地層処分:日本では火山・地震の多さにより地層処分場建設は難しいとも言われる。アメリカ等と共同で地層の安定したモンゴルに処分場を作る計画があったが撤回された
*ウラン:原子番号92の放射性元素。主にウラン238(99.28%)とウラン235(0.71%)からなり、核燃料として利用できるのはウラン235の方。ウラン238の半減期は≒45億年(地球の年齢に近い)、ウラン235の半減期は≒7億年
*プルトニュウム:原子番号94の放射性元素。プルトニュウム239の半減期は≒2万4000年。10万年経つと≒16分の1になる
*ホモ・サピエンス(Homo sapiens):我々現生人類のこと。およそ25万年ほど前にアフリカで誕生したと考えられている
*旧石器時代:≒200万年前から1万年ほど前までを指す時代区分。石器出現から農耕の開始まで。前・中・後期に別れ、10万年前は中期にあたる

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二千十二年 弥生三日 1. もう、まだ 2. 椿その後
1. もう、まだ
 もうじきに、あの日から一年が経ちます。もう一年か...と、感じるのが、私の正直な気持ちですが、被災者の方々の思いは如何なのでしょう。「もう」と感じるのか、「まだ」と感じるのか。感慨すら特には無い、という方も居られるでしょう。状況、立場によって、其々に思いは様々と思います。
 とは言っても、多くの方にとって、「まだまだ復旧も復興も遠い」、という思いは、深く共通するのではないでしょうか。各種メディアによる様々な報道に接することによってイメージが形成され、このように考えるのは自然な流れですが、最近目にした、以下に触れる被災動物に関わる或る一つの報道によって、私の場合、特にそう考えるようになりました。

 私の育った家には、私が物心付いた頃から、常に動物達が住んでいました(物心付く前からいたものもいる)。イヌ(スピッツ)、ネコ(シャムやら雑種やら)、ゴールデン・ハムスター、クサガメ、シマリス、ジュウシマツ、メダカ、タナゴ、ドジョウ、マルガタゲンゴロウ(ちっちゃいゲンゴロウ)等など。様々な動物達が、入れ替わり立ち代りですが、私達人間の家族と共に暮らしていました(現在はネコのみ)。その所為もあってか、震災関連のニュース・記事においては、被災動物に関わるものが、ついつい気になり注意が向きます。
 ご覧になった方とも多いと思いますが、先月末の、福島県内の被災動物保護施設「福島県動物救護本部」に関する新聞記事が非常に気になりました。現在施設内他(二箇所のシェルター及び獣医師会、ヴォランティア団体等への委託)で保護されている、引き取り手のないイヌ249頭、ネコ72頭(2月1日時点.読売新聞2月26日記事ではイヌ・ネコ総数305頭となっている)のうち、≒7割は家族(飼い主)が判明しているにも拘らず、引続き県により保護されている、と言うものでした。
 この記事内容が何を意味しているかと言えば、被災者の方々(この場合イヌやネコたちの家族の方々ですが)の生活再建が進んでいない、と言う事。詰り、震災から一年経とうとしている中、多くの被災者の方が、自宅に戻ればまた動物達と一緒に暮らしたいと望みながら、仮設住宅やアパートで暮らす現状にあり、引き取りたくも引き取れない、と言う現実が続いていると言うことです。
 昨年4月の開設当初から「福島県動物救護本部」のサイトは時々覗いています。随分多くのイヌ・ネコたちが引き取られ、リストから削除されていきました。が、まだまだ随分と長い期間、収容されたままの個体も多くいます(昨年5月・6月から居る者も)。他県の保護施設がその役を終え、閉鎖されるものも出る中、福島の施設の閉鎖時期は見えていません。
 福島第一原発周辺の、打ち上げられた船もそのままの、時間が静止したかのごとき光景が、復旧・復興の道の険しさ遠さを、言葉無く語っています。

 被災動物の絡みで、この機会に一寸その方向で膨らまさせて頂きます。
 此度の震災で、福島第一原発事故警戒区域内での取り残されたペット(と呼ばれる動物)達の置かれた悲惨な状況や、その後の収容や施設での保護の大変さ等顧みますと、災害時のペット同伴避難の必要性を痛感します。
 これから更に進んで行くであろう少子高齢化社会の中で、おそらくペット(と呼ばれる動物達)と共に暮らす人々は益々増加していくでしょう。そうしたことを考えると、災害時避難の場合、ペット(と呼ばれる動物達)は必ず避難者が共に避難させることを義務付ける、行政は避難所及び仮設住宅に動物達を受け入れられる環境を整える、等のことが求められます。
 しかしそうした環境・法整備の前提としては、矢張り動物と共に暮らす人間(飼い主)の心構えが重要でしょう。
 動物と一緒
に暮らし、いざと言う場合共に避難したいと望むのであれば、日頃から、食事・水(必要であれば薬・療法食等も)の備蓄、ケージ或いはキャリーの準備、ケージやキャリーに慣らしておく事やトイレ或いは不必要に鳴かない様にする躾け、ワクチン接種、ノミ・ダニなどの寄生虫駆除、ブラッシング(体毛が飛び散らないように)等が必要となります。また、人や他の動物に慣らしておくことも重要です。万が一離れてしまった場合の為、マイクロチップや迷子札の装着も大切。(参考:環境省パンフレット
 ペット(と呼ばれる動物達)は、共に暮らす人間にとって家族です。災害時、それらの保護を行政に求めるのは、ある意味当然と思います。が、その為には、人と共に暮らす動物達が、「社会的存在」として周囲に認められなくてはなりません。その為には、周囲への配慮(特に動物が苦手な人やアレルギーを持つ人に対するもの)を心掛けると同時に、と言うかそれ以前に、共に暮らす人間(飼い主)がまず、彼ら動物達の生命・存在に対しての責任を全うする、という強い心構えを持たねばなりません。

 ペット(と呼ばれる動物達)の運命は、共に暮らす人間(飼い主)次第です。その強い自覚が求められます。

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福島県動物救護本部 どうぶつ救援本部

*仮設住宅:自治体ごとにペット同居の可・不可は異なるが、被災者にとって精神的支えであるペット同居を完全に禁止はできないと言うのが基本線。災害時のペットに関する共通のルール作り(法改正)が現在環境省により進められていますが、この辺りのこともしっかり盛り込んで頂きたい。あと、家畜・家禽(と呼ばれる動物達)の扱いに関しても殺処分以外の方法も考慮する等して頂きたい
*「福島県動物救護本部」の保護状況:以下2月1日時点での詳細です(サイトより転載)。
 ・総括
 イヌ保護頭数 飼養管理中:249頭 返還・譲渡:300頭
 ネコ保護頭数 飼養管理中:72頭 返還・譲渡:144頭
 ・第一シェルター
 イヌ:110頭 ネコ:30頭
 ・第二シェルター
 イヌ:83頭 ネコ:24頭
 ・福島県獣医師会
 イヌ:13頭 ネコ:18頭
 ・外部協力(仙台市獣医師会、山形県獣医師会、栃木県獣医師会、ヴォランティア)
 イヌ:43頭 ネコ:0頭
*被災動物救護施設:勿論福島県以外に岩手県宮城県にもあります(東京にもある)が、既に閉鎖(石巻)若しくは3月で閉鎖される施設(宮城)も有ります

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2. 椿その後
 先月四日分(下の記事)で、二十数年かけて種子から育てた(正確には勝手に育った)ツバキの開花を報告できそうだと書きましたが、遂に咲きました。画像の蕾より先に、同じ株の少し上にあった別の蕾が開きましたので、そちらの画像を載せます。ツバキ花
 白でしたぁ...。意外。種子を拾った街路樹帯には、絞りの花が多かったので、てっきりその系統かと思っていたのですが、白とは...。別にがっかりしている訳ではないのです。ただ本当に予想外だったので。
 咲いたのは、こちらも予想外の先月末。暫く暖かい日が続いた所為か、思ったより早かった。写真を撮った日は、東京には珍しい大雪。濃緑の葉が白を纏い、花弁が雪と同化する中、ぽつんと黄色い蕊(しべ)が目立つ。なかなか良いではないですか。
 でも、名は何と言うのだろう?「一重 白 ツバキ」で検索をかけると、まぁ数多(あまた)の品種が御出ましでさっぱり解らない。単純に「シロヤブツバキ」か?それとも「窓の月」?「初嵐」?「細雪(ささめゆき)」?それとも「白雪(しらゆき)」...?(良い名が多いな)
 色々見ているうちに、みんな輪切りのゆで卵に見えてきた。

 種子を埋めてから開花まで二十数年。思えばその間色々な事がありました。幾らツバキが陰樹(日陰でも育つ樹木。光に対する要求度が比較的低い)でも、もう、環境悪すぎて咲かないのかと、半ば諦め気味でした。待ってみるもんですね。単純に、嬉しい。名前も、もう不明のままでいい(でも知りたい)。
 もう一本別の株にも蕾があります。此方はどんな花となるのか。

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*白のツバキ:シロヤブツバキ(camellia japonica f. leucantha)という日本在来のヤブツバキの白色品種があり、四国・九州に自生も有るそうですが、此花がそうなのかは不明

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・岩手県災害時動物救護本部 http://www.iwatehisaidoubutu.net/
・東日本大震災東京都動物救護本部 http://www.tokyo-doubutsukyuen.org/
・Google Animal Finder(動物消息情報) http://japan.animal-finder.appspot.com/
・msnペットサーチ(被災ペットを探す・引取る) http://eastjapaneq.jp.msn.com/petsearch

二千十二年 如月四日 椿
ツバキ蕾 今を去る...、何年前だ...?もう碌に思い出せないほどの遠い昔、近所に建設中の四車線道路の街路樹帯で拾ったツバキの種子。それを庭の彼方此方に埋めてから、おそらく二十数年。やっと昨年、花芽をつけました。昨秋剪定しているときに発見。今はその頃に比し大分と膨らんで来ました(画像)。
 それにしても、実生(みしょう)だとこんなに花をつけるのに年月かかるのか?
 確かに、自然のままに伸び伸び育てたわけではなく、お隣への配慮や手入れの容易さなどへの考慮から、毎年毎年一定の樹高や幅を保つよう剪定しているので、花がつくのは当然遅くはなるでしょう。チャドクガ幼虫(毒針毛を持つので放っておくと大変)の発生を見つけやすくする為に、大分と枝も透いているし。それに大体日当りも良くない。おまけに肥料も特に施してないしね。でも、二十数年...。長い。
 ずぅっと、楽しみにして来たのです。どんな色の花が咲くのかなぁ、と。全部でどれ程でしょう?ちゃんと数えたことはないですが、多分20本ほど育っているツバキのうち、2本に計四つの花芽を発見しました(何故か一本の木には三つもある)。詰り2種類の異なった花を見る事が出来るということです。
 種子を拾った街路樹帯に植栽されていたツバキは、品種が様々で、赤や白の一色のものもあれば、様々なタイプの絞り(白と赤とのツートーン.模様のパターンが様々)もある。大きさも、小輪、中輪、大輪と此方も様々。ツバキは自家受粉(自身の花粉で受粉)し難く、他の株の花粉で受粉するそうなので、実生の場合、普通実をつけたその木(親木)とは異なる花をつけるそう。一体どの様な色のどんな大きさの花が咲くのか全く不明。楽しみだぁ。

 弥生三月には咲くでしょう。どの様な花となったか、その頃ご報告できると思います。

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*ツバキ:ツバキ科ツバキ属。日本在来種は「ヤブツバキ(camellia japonica)」で青森から南西諸島、また朝鮮半島および中国に広く分布。花は赤の一重。世界に一万を超える多数の園芸品種が有る
*実生:挿し木や接木によらず種子から育った植物
*チャドクガ(Euproctic pseudoconspersa):チョウ目ドクガ科。本州以南に広く分布。ツバキ科植物(チャノキ、サザンカ、ツバキ他)を食樹とする。一生を通じ多数の毒針毛を持ちこれが肌に付着すると猛烈にカユイ

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参考:
・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.pref.fukushima.jp/eisei/saigai/kyuugoindex.htm
・東日本大震災東京都動物救護本部 http://www.tokyo-doubutsukyuen.org/
・Google Animal Finder(動物消息情報) http://japan.animal-finder.appspot.com/
・msnペットサーチ(被災ペットを探す・引取る) http://eastjapaneq.jp.msn.com/petsearch

二千十二年 睦月一日 ご挨拶
 謹んで新年のご挨拶を申し上げます。また、昨年の地震・津波・原発事故・風水害により被災された皆様に、改めてお見舞い申し上げます。

 今年も、原発事故収束の行方、震災復興、アラブの騒乱また半島の情勢など、気になることも山積ですが、夏には、オリンピックと言う楽しみもありますね。
 各自いろいろ心動くことを探して、生きましょう。

 皆様にとり良き一年となりますように。

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 昨年は、東日本大震災をはじめ、災害多発の一年でありました。また海外では大規模な騒乱・内戦等も有りました。そうした中、様々な報道に接し、「死」というものに思いを至らせた方も多いと思います。私もそうでした。報道された様々な死を思いつつ、やがては訪れる自身の死も思いました。唐突に訪れた死を受け入れざるを得なかった命の無念を思うと同時に、命有る者何時(いつ)何処(いづこ)で如何(いか)なることになるか解らない、と言う思いも、また新たにしている次第です。
 そこで、
 本年の一語:「死を忘れるな」
 要するに、何時何処(どこ)で如何(どう)なるかわからんぞ、心しておけよ、悔いの無い様にしておけよ、何時死んでも良いようにしておけよ、と言う戒め。
 この言葉、元来はラテン語の"Memento mori"(メメント・モリー)(直訳だと「死ぬことを覚えておけ」)。自分が何時かは死ぬ身であることを忘れてはならない、と言う意味の警句として広く使われているものですが、元来は中世ヨーロッパで、全てに平等に訪れる死の前においては、現世的なもの、富やら名声やら何やらなぞ一切無意味で空虚、人間なんぞ弱く儚き存在だぞ、と言った意味合いで使われていた、大分宗教的匂いの強いものだったようです。が、宗教っ気の全く無い私としては、上記の如くキリスト教的文脈は離れ、単に、明日が有るとは限らんぞ、「今」を大切にしておけよ、と言う戒として使わせて頂きます。

 不相変(あいかわらず)大した内容とて無いサイトですが、多少なり暇つぶしのお供にでもなれれば幸いです。

 それでは、本年もお店共々、宜しく御願致します。

追記:昨年は言動にキレっぱやさが一寸目立ちましたので、今年は反省を込め、「心穏やかに」を日々の心掛けとして行きたいと思います

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*Memento mori:何時か死ぬのだから「今を楽しもう」的な使い方をされたことも有ったとの説も

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参考:
・緊急災害時動物救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.pref.fukushima.jp/eisei/saigai/kyuugoindex.htm
・東日本大震災東京都動物救護本部 http://www.tokyo-doubutsukyuen.org/
・Google Animal Finder(動物消息情報) http://japan.animal-finder.appspot.com/
・msnペットサーチ(被災ペットを探す・引取る) http://eastjapaneq.jp.msn.com/petsearch

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