Used Books CARROT | MYSTIC RHYTHMS

北の離れ 2014

古書店主が綴る日常雑記 古本屋な日々...  profile

・12月25日 Alzheimer's disease
・11月27日 サクラ、落葉
・10月31日 熱いのが苦手
・9月30日 ツユクサ
・8月20日 ドビュッシーに広重
・7月20日 借りもの
・6月15日 6月の山
・5月11日 
・4月22日 悪夢
・3月19日 梅の里
・2月18日 被災地の歴史的遺産
・1月1日 エネルギー基本計画


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

二千十四年 師走二十五日 Alzheimer's disease
 四年数ヶ月前、初期アルツハイマー病と診断された我が家のおばあちゃん(2010年5月16日記事)、2014年は大分と症状の進行を感ずる一年でした。
 「あれ、ごはん食べたっけ」と、食後、私に尋ねることは以前から時々ありましたが、それが頻繁となり、全般的な物忘れも更に激しくなりました。この夏くらいまでは多少ミスりながらも可能であった、ご飯を炊きお味噌汁を作る(他の料理は私がする)と言う行為も、途中で手順や分量が解らなくなり混乱することが増え、「なんか頭が変になった」と言う言葉も、口にするようになりました。通院の際の服選びや服薬の自己管理も、私のヘルプ無しには困難となりました。また、昨年までは、私が二時間程度家を空けるというのも、特に心配なくできたのですが、今年特に初夏辺りからは、一寸心配で長めの外出は思い止まることが増えました。何処かへ行ってしまうという事はないのですが、私が居ない時には絶対に火は使わないでね、と念を押して出かけても、帰宅すると秋に亡くなった猫の骨壺前にお線香があげてあったり(2014年9月30日記事)、寒くなってからはガスでお湯を沸かしてあったり、サツマイモを鍋で焦がしかけていたり(自動で消火されガスも止まるので大丈夫ではありますが)等ということがある。また、踏み台ではない不安定なもの(植木鉢用の華奢な台とか)に乗り高い所にあるものを下ろしていたり等々、そんなことしてたのか・・・とドキドキするようなことが多い。以前に、訪問販売の方から、結構高額なお菓子や野菜(美味しかったですけれど)を、私の留守中に購入していたということもあったので、その辺りも心配(高齢者を狙った悪質な訪問販売が多い。このお菓子・野菜に関してはけっして悪質なものではありませんでしたが)である。
 まだしていない、介護申請をしようと考えています。おばあちゃんも九十歳を越え、アルツハイマー病以外の事柄(高血圧症や転倒)も彼是心配ですし、私自身も、急遽入院或いは突如の死等と言うこともいつ何時起こるかも解りませんし、受けねばならぬ大腸内視鏡検査(2013年10月11日記事)や胃がん検診も二三時間かかることもあるし、様々な場合を想定しても、予め準備は必要と、介護士をしておられるお隣の奥さんに頂いたアドバイスもあり、デイサーヴィスやショートステイの利用など遅まきながら考えるようになりました。幸い徒歩すぐに行ける場所に、地域包括支援センターがあるので、早速お話を伺いに行きました。ご近所で独り暮らしをしている、古くからお付き合いのあるお年寄りも、最近少し衰えが目立ち心配でもあるので、その辺りも並行して考えて。

 私が家を空けている間が心配とはいっても、一時間弱程度スーパーへ買い出しに出るくらいは、まあまあ安心(消防車のサイレンなど出先で聞けば気が気ではないが)。でも、ポタリング(自転車散歩)と言う、私的には最大の娯楽は、封印せざるを得ません。あとライヴ(市民オーケストラの)も実質無理。少しずつ私の方も出来ることが減って行きますが、嘆いても致し方ないので、出来ること、例えば図書館でCDや本を借りる、ネットでシンプルなゲーム(ちょいゲー)をする等して、楽しむようにはしています。ストレスの解消はしっかりしないと、こちら(介護者)のストレスが相手(被介護者)のストレッサーになり、相手のストレスがこちらのストレッサーとなるような、悪しき連鎖が生じてしまいますからね。

 確実に進行して行くアルツハイマー病。ここ二三ヶ月でも、一寸似ている物や共通点のあるものを皆同じ言葉で表すなど語彙の減少が顕著ですし、今が何曜日であるか何時であるかが解らなくなるなどの時間に関する見当識障害が進んだと、また私の言っている言葉そのものが理解或いは認識できないのでは?と感ずることなどが増えました。勿論、専門医の診察・治療は受けてはおりますが、先々のことを考えると、正直不安でいっぱいです(なので、新たに猫を迎えるという事も、現状、考えることが出来ないのです。寂しいですが)。
 とは言っても、まだ存在しない未来を彼是思い煩っても詮の無いことゆえ、将来のことは一応視野の隅に捉え、覚悟しつつ又準備はしつつ、今目の前にある事柄を一つ一つクリアしてゆくことに、又おばあちゃんが少しでも楽な気持ちで過ごすことができるように専念しよう、そう考えています。  

゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∋゜∈゜∋

 2014年も一年間、有難う御座いました。どうぞ、良いお年を。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*地域包括支援センター:介護保険法に基づき各区市町村に設置された地域の高齢者福祉のための施設。社会福祉士・保健師・主任介護支援専門員(主任ケアマネージャー)が置かれる
*デイサーヴィス、ショートステイ:どちらも要介護高齢者が対象で、前者は比較的短時間の通所介護、後者は一時的に家庭での生活が困難になった場合の短期滞在
*ストレッサ―:ストレス要因、ストレスを引き起こす因子。暑さ寒さ・天候・騒音・痛み等の物理的なもの、過労・感染・炎症などの生物的なもの、薬物・有害物質などによる化学的なもの、不安・怒り・苛立ち・悲しみ等の心理的なもの、そして対人関係・転勤・責任などの社会的なものがある

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 霜月二十七日 サクラ、落葉
 二日続きの冷たい雨に、サクラの落葉(らくよう)が一気に進んだ感がある。
 東京郊外の黄葉・紅葉は、イチョウがもう一寸でピーク、雑木林のクヌギやコナラはまだ少し、カエデは三分程と言ったところ。武蔵野を象徴する(と私は思っている)ケヤキは既に最盛を越え、箒を逆さにしたような骨格を露わにしつつある。そしてサクラは上記の如く、早や落葉へ。
桜落葉 黄葉・紅葉は、それぞれの樹種、それぞれに色合いの異なる色付きで、それぞれに趣き有り好きですが、私が一番好きな黄葉・紅葉は、サクラかな。
 サクラの黄葉・紅葉は一寸特徴的である。多くの樹種では、樹体全体が一様な色合いとなる場合が多いが、サクラは葉ごとに微妙に色合いが異なる。深い赤に染まる葉もあれば、オレンジのもの、黄に近い浅い色合いのもの、ダークなレッドに近いものもあればまだ薄っすらと緑の残るものもあったりする。そして、同じ一葉の中で、黄褐色から赤褐色へグラデーションを描くものもある。色様々で好きなのである。
 そうしたサクラの黄葉・紅葉で、私が最も好きなのが、庭や舗道に散り敷いた姿。まだ枝に残る姿ももちろんいいのだが、一歩進んで、落葉(らくよう)の姿が好きである。異なる色が隣り合い、そして混ざり合い、モザイクの様に全体で一つの季節の終焉を描く。あはれを誘って良いのである。

 黄葉・紅葉の時節を過ぎ落葉(おちば)となれば、持て囃された葉達も、街では打って変わって邪魔者・厄介者扱い。愚痴交じりに掃き集められゴミ袋行きとなる。それも致し方はないけれど、でも、春から数か月の間、O2生産・CO2吸収、大気浄化、そして夏場の緑陰とお世話になり、また新緑、黄葉・紅葉で目も楽しませてもらって来てのこの仕打ち、もうちと感謝してもよいのではなかろうかと、毎年この時期、思うのです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*武蔵野のケヤキ:ケヤキは東アジアに分布するニレ科ケヤキ属の落葉高木。東京西部に並木また農家の屋敷林(防風林)として等非常に多く見る。公園・学校にも多い。冬場は高架上を走るJR中央線の車窓などから逆さ箒(盆栽では「箒立ち」「ほうき仕立て」など基本形なのだそう)の様な寒樹があちらこちら可也目立つ。武蔵野開拓期に利用価値が高くまた土壌の質が合うため多く植えられたとも言われる。自生も見られる
*大気浄化:植物の葉が大気中の窒素酸化物や硫黄酸化物の様な汚染物質やホルムアルデヒドの様な有害化学物質を吸収し分解する働き

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 神無月三十一日 熱いのが苦手
 私は、熱いものが苦手である。
 一般に熱々の料理が嬉しいと言われる季節となりましたが、私はどうも駄目である。炊き立てのご飯、揚げたてのテンプラ、出来立てのシチューなど、口にしても、感じるのは熱さばかりで、殆ど味が分からない。料理を作って頂いた方には申し訳ないが、子供の頃から、作り立ての熱いのが苦手なのである。所謂猫舌。
 冷めたご飯、冷めたうどんや蕎麦、冷めたパスタ、冷めたおでん、冷めたカレー、冷めたお味噌汁やスープ等々等々。多くの方は、え〜・・・、と言われるでしょうけれど、私は考えただけで食べたくなってくる。「冷たい」所までは行かない、その微妙な温度帯が何故か好き。
 確かに、これからの時期、湯気の立つ熱々料理は美味しそうにも見えます。然し、私は舌の表面が弱いのか、間違って最初に熱いお味噌汁など口にしてしまうと、すぐに舌が痛くなり、それからの食事が台無しである。舌先に温度を感じる温点が多いので、其処を避けて飲食すれば大丈夫とも言われますが、如何も上手くゆかない。
 基本、世の中、料理は出来たてが美味しい、という社会通念が行き渡っているので、熱いからと出来立てのものに口をつけないでいると、怪訝な顔をされる。いつまでも冷めるのを待って食べないでいると、作って下さった方に失礼になる。なかなかのプレッシャーである。でも、無理に食べても味は分からないし、舌の痛みで気持ちも急降下。結構それで、苦労してきました。ただ最近は、食事のほとんどは自分で作っているので、何時どの様に食べようが自由である。寂しいと言えばそうと言えないこともないが、楽ではある。

 そう言えば、上記の様な、物理的な熱さだけではなく、「熱い」人も、昔から苦手である。基本、低テンションでのんびりしている私は、そういう方とはリズムもテンポも異なるので、一緒に居ると疲れてしまう。ただ、そうした熱さを生む、内に持った情熱は素晴らしいと思うし、熱狂とは縁の薄い私は、羨ましくも思う。但し、自らとは異なる思想・信仰を持つ人々や、人種・民族・ジェンダーなど特定の属性を持つ人々を誹謗・中傷したり、迫害・攻撃してヒートアップしている「熱い」人々や国家は、私は好かない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*温点:皮膚と粘膜の一部に在する皮膚温より高い温度を感ずる感覚点。ルフィニ小体という感覚器官がこの働きを担っていると考えられている。全身に3万か所ある。因みに冷点は25万か所とか
*猫舌:経験上確かに猫は熱いものが苦手。猫以外の動物も熱いものは基本苦手。そりゃそうだよ加熱調理して食べるのはヒトだけだもの。自然界に熱い食べ物なんてないも
*熱い料理が駄目:料理だけでなく熱い飲み物も当然といえば当然ながら苦手。インスタントコーヒーも水を入れて冷まさないと飲めない(お子ちゃまかっ)
*ジェンダー(gender):生物学的な性別(雌雄・男女)、社会的・文化的に形成された性差(「男らしさ」「女らしさ」等で表現されようなもの)、性別に対する自己認知・自己意識(精神面における性別。心理的性別とも)などの意味合いを持つ

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 長月三十日 ツユクサ
 長年共に暮らした我が家の猫、式部が、今月12日朝他界しました。享年十六

 或る日、庭のムラサキシキブ(紫式部)の樹の下で鳴いていたのを保護した、生後一月ほどの子猫。それが式部でした。あれから16年。彼女が我が家に来た時点では他に5頭の先輩猫達が居りましたが、皆ほぼ順番に先立ち、式部が最後となりました。私結構長く生きておりますが、犬も猫も居ない生活は、人生初です。食事の買い出しからトイレの片付け、通院を含む健康管理から毎日の散歩等、あれやこれやの手間、そして責任も(そして出費も)無くなり、動物たちの居ない生活はこんなに楽か、と思う反面、正直、寂しいもので御座います。

 式部は、もう5年ほど、定期的に慢性腎不全の治療を受けていました。年二回の血液検査は、輸液等の治療や療法食メインの食事等の成果か、腎臓疾患の割には比較的良好な結果が続いており、健康状態も良好でした。しかし、昨年秋11月頃より、食欲不振・鼻炎・歯肉炎等が発症。長く通院治療を受けておりました。体温を低いと感じることが多く、その影響による免疫機能の低下が原因か、或いはAIDSか、等獣医さん共々いろいろの可能性を考えましたが、根本原因はなかなか特定できず、抗生剤や消炎剤の投与、またインターフェロンやステロイドの注射また点滴等の治療を半年ほど続けましたが、症状は好転したりまた悪化したりの繰り返しでした。
 正直、この時点で私、半ば諦めておりました。何故なら、式部の先輩猫の巴さんが亡くなる前の状態に、この時の式部の状態が、同じと言ってよい程に似ていたからです。巴さんも四年前の11月に急に体調を崩し、鼻炎・歯肉炎に悩まされ、半年間患い治療甲斐なく亡くなりました。慢性腎不全であったのも同じ(式部と一緒に通院治療して頂いておりました)、鼻炎・歯肉炎も同じ、発症時期も半年患ったのも同じ。その他、行動やもろもろの雰囲気的なもの或いは受ける印象も、まるで記憶の再生をしているように重なっていたのです。ただ、式部の方が当時の巴さんより多少(二歳)若く体力がある分、若干の希望は持てました。
 その若干の希望を頼りに、治療をして頂いた結果か、或いは暑い気候の所為か、7月頃から急激に状態が好転し、もう大丈夫か、と思えるほどの健康体と見えるようになりました。

 ところが、8月も終わろうとする頃、東京は急激に秋が来たように寒い日が暫く続き、この影響かどうかは不明ですが、全くそのような気配すら消えていた式部の鼻炎が再発しました。ドキッとしましたよ。今は元気だけれど、また冬になる頃は同じように体調崩すんだろうな・・・とは覚悟していましたが、まさか、今?
 また二ヶ月前の様な通院治療が始まりました。が、今度は変化が急激でした。以前は曲がりなりにも自ら摂っていた食事はもう自発的にはしませんでした。本人が嫌がるのでできればしたくなかったのですが、強制給餌に踏み切りました。強制給餌は、巴さんが亡くなる前と同様です。ただ、先ほども書きましたように、式部の若さに賭けました。若干でも好転する余地はあるのでは、と。

 残念ながら、賭けは望むような結果とはなりませんでした。もう限界に達していたようです。
 9月8日の朝、再発後飲まなくなっていた水を飲み始めたので、一瞬光が差したようにも感じましたが、その夜から、時々痙攣発作を起こすようになり、強制給餌も受け付けなくなり、水も飲まなくなりました。発作は、強制給餌の後或いはその最中、また清拭の時起こりました。ストレスが引き金になったのでしょう。抱っこ嫌いでしたので、私が抱いているときも発作が起こるため、抱くこともできませんでした。既にその必要性は感じておりましたが、この時点で、覚悟をしました。
 6日頃から徘徊が始まっており、7日には狭い場所に入ったまま出られずそのまま排便・排尿してしまうということがありました(居る場所が分からず一時間ほど探し回りました)。その後も頻繁に徘徊し、狭い場所に頭を突っ込んでは、そのまま排尿してしまうという状態となりました。腎臓が殆ど機能していなかったのでしょう、その尿はほとんど無色・無臭のものでした。
 9日には徘徊も不活発となり、狭い所に頭を入れじっとしていることが多くなりました。
 10日午前には、しんどそうな状態に見え、通院予定でしたが、それが躊躇われました。
 11日頃には、当初はストレスを受けた際にしか見られなかった痙攣も頻繁となり、呼びかけにも無反応となりました。尿毒症による神経症状が進んだものと思われます。
 そして12日朝、息を引き取りました。私が夜中何度か見た際また家族が午前5時頃に見た際は息がありましたが、私が7時半に確認した際にはもう息は有りませんでした。死後硬直は始まっていませんでしたので、おそらく6時から6時半頃亡くなったと思われます。

ツユクサ  以前と比べ、やや骨ばった身体と艶を失った被毛に触れると、この元気だった二ヶ月間で、全てを使い果たした、といったようにも感じられました。

 庭先にツユクサが、今を盛りと、咲き乱れていましたので、幾花かを棺代わりの段ボール箱に入れて、火葬へと見送りました。

 じゃあな、式部。

(長年お世話になりました、国分寺市のどうぶつ病院の獣医さん及びスタッフの皆さん、有難う御座いました。
また、まだあと二年くらいは生きるかな・・・と考えていたため、大分残った腎臓療法食他のストックを引き取って頂きました稲城市のNPO法人さん(事情により手放さざるを得なくなった猫たちの生涯預かりをされておられる)、有難う御座いました)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*ツユクサ(Commelina conmmunis):ツユクサ科の一年草。東アジアに広く分布。日本では全土の道端などに自生。青い2枚の花弁に黄色いおしべが鮮やかな花(実は白い花弁も1枚ある)が朝に開き昼過ぎにはしぼむ。雑草扱いされていますが、この美しい花がもう一回り或いは二回り程大きかったら、随分扱いは変わっていたでしょうね
*ムラサキシキブ(Callicarpa japonica):シソ科(以前はクマツヅラ科)の落葉低木。秋に紫の小さな実を多数つける。日本・朝鮮半島・台湾の低山に分布。園芸植物として広く栽培されているのは多くの場合、別種のコムラサキ(コシキブ)
*尿毒症(uremia):腎臓機能の低下により尿中に排泄されるべき老廃物が体内に蓄積し起こる症候群。長期的に腎機能が低下して行く慢性腎不全が進行し末期腎不全となった状態
*生涯預かり:殺処分ゼロを目指し、様々な事情で共に暮らせなくなった犬や猫を生涯預かって下さる施設が全国所々にあります(「生涯預かり」「老犬ホーム」「老猫ホーム」等で検索してみてください)。一人暮らしの飼い主さんが亡くなった、動物飼育禁止の住居へ転居しなければならない、等の事情で、動物たちと暮らせなくなった場合、こうした施設にお願いする(当然相応の料金は必要となります)と言う選択肢もあることを知って頂きたい

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 葉月二十日 ドビュッシーに広重
 私は、なるべくならば、身の回りに物は増やしたく無いというタイプ。服も靴も、こりゃもうヤバイな、というレヴェルまで襤褸くなってはじめて新しく購入する。入れ替わりに古いものは「お疲れ様」と左様なら(合掌)するので、服も靴も増えるという事は殆どない。これは他の物たち、家電製品や寝具、キッチン用品、植木鉢に至るまでもほぼ同様。本やCDなどこれら日用品や生活必需品とはちょっと意味合いを異にする物の場合は、なるべくレンタル(「借り」ね)で済ますという形。出来得れば常に身軽で暮らして居たい、と考えているのです。またこうした暮らし方の方が、環境への負荷も少ないと思うし。
 こんな私ですので、何時の間にか身の回りに物が溢れかえっている、という様な事はまず有りません。所謂コレクションという趣味も持ちません。意識して何かを集めている、集めようとして集めている、ということも皆無なのです。
 ただし、これ等は形有るものに関してのことで、形の無いものに関しては、一寸事情が異なる。
 形の無いもの、と言うと、何それ?と思われるかもしれませんが、要するに、PC(或いはHDD)内のファイル、この場合、音楽と画像のファイルです。
 この二つ、音楽は主にクラシックとヘヴィ・メタル、画像は絵画なのですが、これ等が何時の間にか増える。意識はしていないのですが、集めようとして集めている節も、若干あるようにも感ずる。音楽ライブラリを、絵画ギャラリーを充実させたい、といった意志が僅か乍ら存在するように感ずるのです。
 音楽、画像どちらのファイルも場所は全くと言って良いほど取らないですし(HDDのスペースくらい)、音楽は図書館レンタルかパブリックドメインのダウンロードで、絵画はネットでの拾い物ですから、すべて基本無料。増える訳です。(音楽については僅か乍ら有料レンタルもある)
 しかも、もともとは全く関連性無く来た音楽と絵画のコレクション、これが最近リンクし始めてしまったので、尚更に増える。
 音楽をCDでレンタルしてPCに取り込む場合は、多くの場合アルバム・ジャケットが自動でダウンロードされて音楽プレイヤーに表示されるので、大概はそのまま使用します。けれど、パブリックドメインの音源をダウンロードした場合は、自動で表示はされませんので、ネットで適当な画像を探すことになります。まさにその音源ジャストのジャケットが見つかることは多いですが、大抵は再発ものの、言い方は失礼ですが、遣っ付け的な残念なデザインが大半。時にSPやLP時代(古い演奏なので当然元はレコード)のオリジナルものが見つかる場合もあり、そのときはそれを使わせて頂くこともありますが、余り多くは無い。そこで、自分で適当に画像を加工して(自分)オリジナルなジャケットを作ることとなります。
 この場合、ずっと、ネットで作曲者や演奏家の写真を拾って文字だけ入れる、或いは同じ作品の全く別のアルバムの画像を拾って文字だけ変える、というような方法で来ていたのですが、或る時、リムスキー・コルサコフ「スペイン奇想曲」(ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団)のジャケットを物色しているときに、「スペイン」の画家ゴヤの作品を使用した「スペイン奇想曲」のジャケットを見掛け、これならPC内ギャラリーの絵を使って自分で作れるじゃん、と思いつきました。で、早速、上記アルバムにゴヤの「水差しを乗せた若い女性」を使ってやってみたらば、良いではないですか。これなら絵と音楽を同時に楽しめる。

 これ以降、パブリックドメインのダウンロードの場合、音楽アルバムのジャケットに絵画を使用して自作するのが大半となりました。まずは、聴きたくてPCに取り込んだ音楽があって、それに合った絵画を探し選ぶという流れになります。
 例えば、上記「スペイン奇想曲」の場合は、「スペイン」出身のフランシスコ・デ・ゴヤが「スペイン」の風俗を描いた絵、という形で、また別の例では、私の好きなピアニスト、フリードリヒ・グルダの代表的録音であるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の場合には、ベートーヴェンと同世代で且つ同じドイツの画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品、という形で其々選びました。大体このような感じで選ぶのですが、選択のパターンは、凡そ以下の四つに分けられます。
a:作曲家と同時代の作品
b:具体的な部分で何かしらの要素が一致する
c:何となく曲の雰囲気に合う
d:作曲家或いは演奏者と同国出身の画家
 優先順位は場合により変わりますが、大体、a・b−c−dの順でしょうか。cは完全主観の独断と偏見で、dは如何にも合う絵が見つからない時の最後のこじ付けに近いですね。
 以下にそれぞれの一部を例として挙げてみます。(興味ないでしょうけど)

a(作曲家と同時代の作品)の例:
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ・ソナタ集(フリードリヒ・グルダ) カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)「漂う雲と山頂」 四歳違い。お国もドイツ
■ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):弦楽四重奏曲第10・11番(ブダペスト弦楽四重奏団) カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)「樫の森の修道院」
■ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):交響曲第5番「運命」(エーリヒ・クライバー/コンセルトヘボウ管弦楽団) トーマス・ガーティン(1775-1802)「デンビー城」 お国は違うけど(ガーティンは英国人)
フランツ・シューベルト(1797-1828):楽興の時、ピアノ・ソナタ第20番(アルトゥール・シュナーベル) 歌川広重(1797-1858)「東海道五十三次・庄野 白雨」 シューベルトと広重は同い年なんだね
■フレデリック・ショパン(1810-1849):ピアノ・ソナタ第2番(アルフレッド・コルトー) ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)「ダンテの小船」 二人はお友達同士でもあった
女(妖精)とグリフォン ■セザール・フランク(1822-1890):前奏曲、アリアと終曲(アルフレッド・コルトー) ギュスターヴ・モロー(1826-1898)「女とグリフォン」(左画像) 同じフランスですし
■クロード・ドビュッシー(1862-1918):映像、子供の領分、ベルガマスク組曲(ワルター・ギーゼキング) クロード・モネ(1840-1926)「ジヴェルニー近郊のセーヌ川の朝」 共に印象主義だし
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750):バイオリン協奏曲第2番他(ジョルジェ・エネスク) ジャン・シメオン・シャルダン(1699-1779)「音楽の象徴」
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750):ヴァイオリン・ソナタ集(ユーディ・メニューイン、ワンダ・ランドフスカ他)ジャン・シメオン・シャルダン(1699-1779)「野苺の籠」 室内な感じも合う気がする
■ヨハネス・ブラームス(1833-1897):チェロ・ソナタ第2番(パブロ・カザルス) ポール・セザンヌ(1839-1906)「ポプラの風景」
■ヨハネス・ブラームス(1833-1897)パガニーニの主題による変奏曲、ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ(ジュリアス・カッチェン) オディロン・ルドン(1840-1916)「ベアトリーチェ」

b(具体的な部分で何かしらの要素が一致する)の例:
■ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ・ソナタ第14番「月光」他(ヴィルヘルム・バックハウス) 川瀬巴水(1883-1957)「水戸涸沼広浦」 月の光が印象的な絵
■ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」他(ヴィルヘルム・バックハウス) ジョルジョーネ(1477/1478-1510)「テンペスタ」 「嵐」が一緒
■リムスキー・コルサコフ(1844-1908):スペイン奇想曲(ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団) フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)「水差しを乗せた若い女性」 「スペイン」繋がり
■フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847):無言歌集(イグナーツ・フリードマン) フランチェスコ・グアルディ(1712-1793)「ラグーナのゴンドラ(灰色のラグーナ)」 画家もヴェネツィア出身、描かれているのもヴェネツィアで、「ヴェネツィアの舟歌」と言う曲があるので
■フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847):夏の夜の夢(アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団) エドワード・ロバート・ヒューズ(1851-1917)「夏至の前夜」 「夏至の夜」と妖精たち
名所江戸百景「逆井のわたし(渡し)」■クロード・ドビュッシー(1862-1918):前奏曲集(ギーゼキング) 歌川広重(1797-1858)「逆井のわたし」(右画像) ドビュッシーは浮世絵ファン。「東海道五十三次・水口」を友人にプレゼントしたりもしている
ニコロ・パガニーニ(1882-1940):24のカプリース(ルッジェーロ・リッチ) オラツィオ・ジェンティレスキ(1563-1639)「ヴァイオリンを弾く若い女」 ヴァイオリン繋がり
■ニコロ・パガニーニ(1882-1940):24のカプリース(抜粋)(サルヴァトーレ・アッカルド、ヤッシャ・ハイフェッツ他) ドミニク・アングル(1780-1867)「泉」 アングルはパガニーニと音楽仲間
■リヒャルト・シュトラウス(1864-1949):ドン・キホーテ(ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団) オノレ・ドーミエ(1808-1879)「ドン・キホーテとサンチョ・パンサ」 まさに「ドン・キホーテ」
ロベルト・シューマン(1810-1856):交響曲第3番「ライン」(ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団) ウィリアム・ターナー(1775-1851)「ラインフェルス城」 ラインフェルス城はライン川のほとりに建つ
■エクトル・ベルリオーズ(1803-1869):イタリアのハロルド(アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団) ウィリアム・ターナー(1775-1851)「チャイルド・ハロルドの巡礼−イタリア」 そのまんま「イタリアのハロルド」

c(何となく曲の雰囲気に合う)の例:
孤独な樹 ■フランツ・シューベルト(1797-1828):交響曲第7番、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):交響曲第6番(ブルーノ・ワルター/コロンビア交響楽団) カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)「孤独な樹」(左下画像) 「未完成の」孤独感と「田園」風景がね。時代もかぶるし
■フランツ・シューベルト(1797-1828):交響曲第8番「ザ・グレイト」(ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団) カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)「漂う雲」 「天国的な」雄大さが
■ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827):弦楽四重奏曲第1・2番(ブダペスト弦楽四重奏団) ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(1571-1610)「果物篭」 室内な感じが
アントン・ブルックナー(1824-1896):交響曲第7番(カール・シューリヒト/北ドイツ放送交響楽団) カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)「ヴァッツマン山」 大自然が
■アントン・ブルックナー(1824-1896):交響曲第9番(ハンス・クナッパーツブッシュ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団) カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)「山の朝の霧」 大自然が
ジャン・シベリウス(1865-1957):交響曲集(パーヴォ・ベルグルンド/ヘルシンキ交響楽団) ヨハン・クリスチャン・ダール(1788-1857)「冬のソグネ・フィヨルド」 北の大自然が。国は違うけれど同じ北欧だし
フランツ・リスト(1811-1886):ピアノ・ソナタロ短調(アルフレッド・ブレンデル) ジョン・マーティン(1789-1854)「月光(チェプストウ城)」 ちょっと神秘的な感じが。一応時代もかぶるし

d(作曲家或いは演奏者と同国出身の画家)の例:
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750):ゴルトベルク変奏曲(ラルフ・カークパトリック) アルブレヒト・デューラー(1472-1528)「書斎のヒエロニムス」 室内の静かな雰囲気も何となく合う
■モーリス・ラヴェル(1875-1937):ピアノ曲集(ワルター・ギーゼキング) ギュスターヴ・モロー(1826-1898)「雅歌」 時代も一寸だけかぶるし
■エドヴァルド・グリーグ(1843-1907):抒情小曲集(ワルター・ギーゼキング) ヨハン・クリスチャン・ダール(1788-1857)「スタルハイム」 時代もほんの一寸だけどかぶる

 新たに聴きたくて取り込んだ音楽に、マッチしそうな絵画がPC内ギャラリーに見つかる場合はそれで済みます。でも、なかなか見当たらないことも多々。その場合、ネット上で探し新たに絵画を取り込むこととなる。こうして、音楽ファイルと画像ファイルが更に増えて行く。でも、場所はとらない。
 大事なコレクションに関し、「それ、如何する心算?貴方にとってはお宝でも、貴方が死んだらただのゴミよ」、と奥さんに言われる心配はない。(あっ、奥さん居なかった)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*作曲家と同時代の作品:おおまかに言ってクラシック音楽で一般的なのは17世紀末頃からの後期バロック音楽(ヴィヴァルディやテレマン、ヘンデル、バッハ等の時代ですね)以降の作品。よって同時代と言うことに拘ると、名画の宝庫であるルネサンス(15〜16世紀)やバロック(16世紀末〜18世紀初)の絵画を使う機会が残念ながら基本無い
*ラインフェルス城:ドイツ西部ザンクト・ゴアールにある1245年に築かれた城。元はライン川航行の船から徴税するためのものであった。ライン河畔では最大の城塞で現在は一部がホテルとして利用されている。ターナーの作品は1817年に描かれている
*印象主義:19世紀末から20世紀初頭にフランスで興った音楽のスタイル。主観的表現や物語性の描写などを排し、気分や雰囲気を感覚的に表現することを主眼とした。近代音楽(一般に19世紀末から第1次或いは第2次大戦の終わりまでの時代)の始まりにあたる。ドビュッシーがその祖と言われるが彼自身は印象主義とされることを嫌った
*カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840):ドイツ、グライフスヴァルト(当時はスウェーデン領)出身、ロマン派の画家。精神的で何処か淡々とし主張も人間臭も希薄な彼の風景画はクラシックのジャケットには非常に使いやすいので多くなる。基本、彼の作品好きだし
*ブルックナー:彼の交響曲は、神・大自然・宇宙など人智を超えた存在を語るもの、と言われたりします。実際彼がこうしたものへの想いを作品に投影しまた語っているのか私には不明ですが、私は彼の交響曲に、大自然・宇宙というものを感じてしまうのです(無信仰なので「神」は分からないけれど)

(上記画像には著作権保護期間が終了したパブリックドメインの絵画を使用させて頂いています)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 文月二十日 借りもの
野川、天神橋 「借りぐらしのアリエッティ」を初めて観た(TVでね)。不覚にもオッサンが、ラスト、別れの場面で落涙してしまった。郊外の住宅街、崖線(がいせん。はけと呼ばれる)の上の古いお屋敷。如何にも、スタジオジブリのある、小金井市やお隣の国分寺市辺りにありそうな風景が、私の受容体にピッタリ嵌る。他にも、作品中、小金井近辺のポタリング(自転車散歩)で馴染みのある、湧水沿いの「はけの小路」(下画像)や、住宅街を縫って流れる野川(のがわ)(上画像)を彷彿させる場面があり、オッサンで且つ冷血人間の私には感情移入しにくい物語乍ら、妙に気持ちが寄り添ってしまった。
 それに、規模は全くと言ってよい程異なりますが(正に桁違いですが)、あのお屋敷も一寸我が家に似ているといえば似ている。植物が鬱蒼と繁るなかに建つ、味が有ると言えばそうも言えるが、ボロといえば可也ボロな家屋。はけの小路壁から屋根へと這い登るキヅタ(アリエッティが梯子代わりにするやつね)、庭の隅に育つ赤紫蘇、塗装の剥げた床下通風孔の格子、庭に暮らすダンゴムシにテントウムシ・・・などなど(猫も居るし)。我が家にもアリエッティ、住んでるんじゃないか?と思えてくる(繰り返しますが、土地・家屋の規模は全く桁違い)。

 「借りぐらし」ということからの連想でしょう、「命は自然からの借りもの」という或る本の中の言葉を思い出しながらTVを観ていました。シェイクスピアの戯曲の中の一節であるのですが、細部の言い回しの記憶も曖昧ですし、前後の繋がりも、作品タイトルも、内容も思い出せない。でも、この言葉だけ非常に強く印象に残っているのです。
 考えてみれば、命も含め、我々に関わる諸々、あれやこれや、大気も、水も、土地も、資源も、全てみな一時(いっとき)の借りものに過ぎないのではなかろうか。
はけの小路 全ての者は(植物であれ昆虫であれヒトであれ)、生を受けてより、生命現象を維持するに必要なあらゆる物質を自然から預かり、常時入れ替えながらも、やがて生を終えるとき、それらを全て自然へと返す。そしてそれを他者が或いは次世代のものがまた借り受けシェアする。その繰り返しが、生態系の或いは宇宙の営みであるとも言える。謂わば、われわれ皆「借りぐらし」。
 小さな惑星の一角で領有を主張し合い、絶滅が危惧されるまでに野生生物を獲り(食べ)尽す人類。すべて借りものである、と考えるくらいの謙虚さが、今こそ必要ではなかろうかと、つくづく思う。

 (上のシェイクスピアの一節は、調べたらば、「マクベス」第三幕第二場中のマクベス夫人の台詞の一部でした)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*崖線:国分寺崖線。武蔵野台地の武蔵野面と立川面を境する高さ15から20mの崖の連なり。古い時代に多摩川の浸食により形成された
*小金井市:東京都西部の住宅地(「北の離れ」2010年6月22日記事参照)。桜の名所として歌川広重の不二三十六景(1852年(嘉永5年)刊)と冨士三十六景(1858年(安政5年)刊)に登場している(共に同じ木(?)が描かれている)
*野川:国分寺市の日立製作所中央研究所内に源がある一級河川(国土交通大臣が指定した一級水系に係る河川)。画像はヨシ(アシ)とサクラに隠れ見難いですが、奥の赤い天神橋(小金井神社の参道上にあたるためか赤く塗られている)を冒頭、翔君の乗る車が渡りますね
*はけの小路:JR中央線の南に位置する。はけの森美術館南から野川に至るせせらぎ沿いの遊歩道。やかんの小舟でアリエッティ達が流れ行きますね
*キヅタ(木蔦):ウコギ科キヅタ属の常緑蔓性の樹木。作品中のものは葉が三裂し角の尖ったセイヨウキヅタ(Hedera helix)(アイヴィーとも)。日本在来種(Hedera rhombea)(フユヅタとも)は葉が若いうちを除き丸っこい。茎から小さな気根(不定根)を多数出し壁だの塀だの他の物を這い登る

(画像は、2015年7月追加)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 水無月十五日 6月の山
 2016年から8月11日が「山の日」として祝日になります。確かに夏休みやお盆休みのあるこの辺りは、登山には適した頃ではあります。高山も雪は消え、気温も高く日も長い。あまり登山に慣れていない方も、日本アルプス等も行きやすい。ですが、今のこの時期、梅雨も、案外に山歩きには良いのです。
 雨期とはいっても晴れ間は其れなりあります。この晴れ間を上手く掴めば、静かな山歩きが楽しめる。
 日本の中部で言えば、低山から2,000m級辺りの山だと雪も無いし、寒気も緩み暑からず寒からず(とはいっても高所は寒い時は寒いですから防寒対策は基本)。日も更に長い。そして何より人が少ない。昔は、どんなに人気の高い山、休日には行列が出来るほどの山でも、平日だと自分の前後に二三組しか登山者が居ないというような、静かな山歩きを楽しめましたが、梅雨時期は更に落ち着いた静かな登山が味わえました(今は中高年、特に高年の登山ブーム。リタイアされた方々には平日休日はあまり関係がないので、平日の静かな山と言うのはもう存在するのは難しいでしょうかね)。
 ただ、この時期の登山には「晴れ間」を狙い待つ、という時間的な余裕或いはフレキシブルさが必要となります。十代の頃引きこもりであった私は、この時間的な余裕は山ほどあったので(当然お金は無かった)、時にこの静かこの上ない山歩きを、病める魂の癒しとさせて頂いておりました。(人中には出て行けなかった私も、山にだけは行けたのです)

 そんな梅雨時の山歩きで忘れられないのが、高ボッチ山(高原)・鉢伏山縦走。
 高ボッチ山高ボッチ山(1,655m)は、長野県中部諏訪湖の東に存する高原状の山、そして鉢伏山(1,929m)はその北方に連なるなだらかな山容の山。有名な美ヶ原(2,034m)の南西に位置する山域です(この辺り中央分水嶺の一部となっている)。私は、高ボッチから鉢伏へと、北上する形で縦走しました。何故に低い方から高い方へとコース設定したのかは、今となっては不明。
 18歳引きこもり真っ最中の私が、梅雨真っ最中の6月半ば、新宿から中央線各駅停車で上諏訪駅へと向かったのは、17日から18日へ変わらんとする23時55分。狙ったはずの梅雨の中休みは何処へやら、車中夜明けを迎えてもお馴染みの南アルプスも八ヶ岳も全く見えず、上諏訪に着いても、同様今にも降り出しそうな曇天。バスで向かった登山口、塩尻峠(塩嶺(えんれい)峠とも)からは、見下ろす諏訪湖周辺の街並みにだけ日が差すのを見るのみ。樹林中の道は霧中。
 高ボッチ山は麓から自動車でその高原上まで登れるし、車道は更に鉢伏山頂近くまで続いているので、態々歩いて登る人は少ない。しかも梅雨時の平日、登山者は他に居ない。アヤメ咲く中、カケス・アカハラ(共に森林の鳥)飛び交う中、私一人霧の中。
 斯様に、登り始めは雨も気になる様子だったのですが、歩き進むうち徐々に晴れ間も見えだし、最後の急登にかかる頃には本格的な晴天。陽射しに喘ぎ乍ら急坂を上りきると、不意に前方が開け、そこは高原の上。レンゲツツジの朱の群落とその向こうの南北八ヶ岳が眼中に放り込まれてくる。高ボッチ山頂からは残雪の多い北アルプスの全貌が望まれ、牧場ではその山並みの手前に、ホルスタイン種の牛たちが草を食む。
 キンポウゲ(ウマノアシガタ)やフデリンドウの花に囲まれ、天国的境地の高原美を独り占めし、恍惚となるも、見れば、目指す鉢伏山は思いのほかに遥か。下山予定地の扉温泉には、何としても3時48分までに着かねばバスに間に合わず、今夜中に家へ戻れない。残念ながら余りのんびりとはしていられない。少し先を急ぐ。
 鉢伏山緩やかな高原上の道を何度か踏み違え、ブッシュや木立に遮られつつ鉢伏山を目指す。なんとか車道(と言っても土の道)に出るも、海抜2,000mに近い高原の陽射しは半端なく強烈で、暑さもまた強烈。そのうち眩暈と吐き気に襲われ、これはヤバイと、草原の中、希少な木陰を見付ける度座り込み休む。鮮やかな緑と青い山々そして心地よい風に励まされつつ行くも、マジで最悪の結果を予感。時折通りかかる車に拾ってもらおうかと真剣に考えるも、それは登山者としてあり得ない、と頑なな登山少年の私は、思い止まる。今思えば、軽度から中程度の熱中症となっていたのでしょう。しかし、当時はまだ熱中症と言う概念が一般ではなかったので、症状はバス酔いと寝不足の所為と考えていました(寝不足は熱中症の要因となったかもしれません。天気に油断して帽子も被って行かなかったな)。アブナイ、アブナイ。
 ふらつき乍らも、やっとの思いで鉢伏山荘に到着し、山荘前の大きな木の水槽で冷水に浸されている缶ジュースを迷わず一本購入(ファ◯タ・グレープと記憶している)。飲めば、生き返るとはこの事かぁ、と正に「復活」。強風の中着火に苦労しつつ固形燃料を焚いて湯を沸かし、昼食を摂る。
 鉢伏山頂には、何故か木の十字架が立っている。山頂は気持ちの良い草原で、思わず裸足になる。ゴミ一つ石一つない。またしても独り占めである。
 午後2時、前鉢伏山(1,836m)へ向かう。途中のピークでスズランの群落(当然野生)に遭遇。前鉢伏山頂からは、少し戻って扉温泉へ、レンゲツツジに囲まれた明るい道を下方に沢音を聞きながら下る。
 やがて沢に近づくと、営林署の半ば朽ち傾いた(と見えた。現在撤去されたそうですが当時は使われていたのだろうか)小屋がポツンと。周囲は木立やシダの柔らかな緑と木漏れ日に包まれたなかなか良い囲気雰の場所なのですが、この小屋の荒れ具合がなかなかにブッキー(失礼)で、山中に一人ぼっちの十代の私には相応なインパクトがあったのでしょう、それから急に何やら怖くなり、急いでも居たので、駆けるように下り始めました。沢音のみの静かな森の中に私の靴音が響くのですが(登山靴の靴音は結構大きい)、その中に時折、別の靴音が混じっているように感じられる。誰も居ないはずなのに背後に人の気配を感じる・・・。もう、それから開けた場所に下り着くまで、一度たりとも後ろを振り向くことができませんでした。怖かったよぉ〜。
 時間を見ると、小屋の道標に所要1時間10分と書かれていた道を、僅か30分で下りてきていました。よっぽど怖かったんですね。
 扉温泉からは、バスで40分ほどで松本の駅。上り列車での東京への帰路、車窓からトゥワイライトに浮かぶ八ヶ岳を望み、来月行くからね、と誓う私でありました。(実際は8月に北八ヶ岳を縦走しました)

 空前の登山ブームとなった現在に於いては、6月と言えど、もう以前の様な静かな山歩きというものは、望むべくもないかもしれません。でも7・8月に比べればやはり静かではありましょう。気候的に問題があるので、お薦めはしないですが(雨は危険)、6月の山、結構良いものです。ただし、天候次第では上記の様に、盛夏ではない今の時期も、熱中症には十分注意が必要です。まして人が少ない静かな山は、若しもの場合助けを得られないという危険もある。登山中の事故・病気は生命の危機に直結しやすいです。山へは、くれぐれも準備を怠らず、相応の覚悟を持ってお出かけください。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*高ボッチ山:「ボッチ」とは中信地域の古い方言で「小高い丘」を指すとか
*中央分水嶺:日本海側と太平洋側とを分ける分水嶺。鉢伏山周辺は日本海への犀川・千曲川水系と太平洋への天竜川水系を分ける
*カケス(Garrulus glandarius japonicus):カラス科カケス属。カケス属はユーラシアに広く分布。日本のものは屋久島以北の山地森林に生息。多くは留鳥
*アカハラ(Turdus chrysolaus):ツグミ科ツグミ目。中国南部・台湾・日本等に分布。山地森林に生息。日本では夏鳥
*レンゲツツジ(Rhododendron molle subs. japonicum):ツツジ科ツツジ属の落葉低木。湿原・草地に生育。赤味の強いオレンジ色(或いはオレンジがかった赤色)の花。有毒。ウマツツジ・ベコツツジ等の別名があるのは家畜に有害であるためとされる
*ウマノアシガタ(キンポウゲ)(Ranunculus japonicus):キンポウゲ科キンポウゲ属の多年草。中国・朝鮮半島・台湾に広く分布。日本ではほぼ全国の山野に生育。鮮やかな黄色い花
*フデリンドウ(Gentiana zolligeri):リンドウ科リンドウ属の小型の越年草。ほぼ全国に分布。青紫色の花
*草原:この高ボッチ山・鉢伏山やお隣の美ヶ原や霧ヶ峰などは長く採草・火入れまた放牧が行われ、結果草原(二次草原)が形成・維持されてきた。この一帯にレンゲツツジが多いのは放牧された牛や馬が有毒の為食べないレンゲツツジが残り群落を形成したことによる

(画像は、OpenSpaceさんよりお借りしました)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 皐月十一日 
 ポストに届けて頂く郵便物の中に、所謂「窓付き封筒」を使用したものが、結構な割合で含まれています。
 この種の封筒、内容物の入れ間違いを防げるし、封筒表面に宛名・宛先を印字・貼付したりする手間も省け、便利なのだろうと思いますが、処理が結構大変。窓部分の素材の多くはポリ塩化ヴィニル(PVC.塩ビ)やセルロース(植物繊維)を加工したセロファンなので、資源回収に出す際、封筒本体と窓を分離させねばならない。ポリ塩化ヴィニル(以下PVC)は、天然塩を電気分解して得られた塩素60%と石油由来のエチレン40%でつくられる、比較的環境負荷の少ないプラスティック。そしてセロファンは、木材パルプを主原料としているフィルムで、生分解性(バクテリア等によって無機物(多くは水とCO2)に分解される性質)を持ち、焼却しても有毒ガスの発生がないこちらも比較的環境負荷の少ないフィルム。なのですが、何方も、紙と一緒に混ぜてリサイクルは出来ないのです(通常プラスティックなどは古紙のリサイクルにおいて異物として扱われる)。
 ところが、多くはないのですけれど、窓部分が完全透明のPVCやセロファンではなく、一寸パリッとした半透明のものになっている封筒が、時折混ざっていることがある。
 調べてみると、この窓部分は「グラシン紙」と呼ばれる文字通りの「紙」。パルプを切りほぐし押しつぶし(叩解(こうかい))、ローラーで加圧などして透明性を高めたもの。そのまま本体から離さずにリサイクルできるという優れもの。ただ、パラフィンを塗布・浸透させた所謂パラフィン紙や、樹脂・ワックスを塗布・浸透させて半透明にしたものと似ている。でもよく見ると小っちゃく「窓を剥がさずこのままリサイクルできます」等と書かれていたりします。
 環境省の「文具・事務用品」購入ガイドラインを見ますと、プラスティック・フィルムを使用したもの及び樹脂を塗布・浸透させたものはリサイクルの妨げになるが、グラシン紙はそのまま封筒本体とともにリサイクル可能なので、このタイプが望ましいと考えられる、と記されています。お役所関連や公的な通知(年金や税金関連)等には半透明窓のものが殆どなのですが、「グラシン紙」であるとの記載が封筒に無いものも多く、片付けるとき一寸悩むよ。出来れば「グラシン紙を使用しています」或いは「窓をはがさず紙としてリサイクルできます」などと記載して頂きたい(パラフィン紙はグラシン紙にパラフィンを塗布した場合が多いらしく余計似てくる)。

 窓付き封筒を使用する場合、現時点では、窓部分にグラシン紙を使用するのが環境負荷が比較的に少なくて良いように思われます(もしかしたらグラシン紙にも何か問題があるかもしれませんが勉強不足で今は解りません)。ネットで見ると、窓付き封筒にグラシン紙を使用しているとサイトに記載がある企業さんも見受けます(私が見つけたのは◯興証券さんとイオ◯フィナンシャルサーヴィスさんだけ。他にもあるようですが探す気力が続かなかった)。しかし、我が家の場合ですが、一般企業さんからの諸通知での使用は一社のみ。コスト面等の問題があるのでしょうけれど、出来ればグラシン紙へ切り替えて(或いは通知そのものをなくせるものはなくしメールやインターネット確認に切り替えて)ほしいなと、思う次第。
 なるべくならば、プラスティック製品の使用は減らしたいなぁ、と考え乍ら商品選びをしたりしているので、小さいことかもしれませんが、プラスティック窓の付いた封筒が、前から気になっていたのです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*ポリ塩化ヴィニル(Polyvinyl Chloride):主原料を塩素とエチレンとする塩化ヴィニルの重合体。添加剤であるフタル酸エステル類の安全性の問題が指摘されている
*ワックス:油性のものではなく水性ワックス加工のものは比較的リサイクルされやすいらしい(「文具・事務用品」購入ガイドラインによる)
*グラシン紙:グラシン紙は紙としてリサイクルできるもこれが混ざっているとグレードの高い再生紙にはし難いらしい(「文具・事務用品」購入ガイドラインによる)
*古紙リサイクル:最近は異物除去技術も進みまたプラスティック等を除去できるリサイクル施設も増えているとか(「文具・事務用品」購入ガイドラインによる)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 卯月二十二日 悪夢
 拙作の詩集"ρ −Rho−"に幾つか「悪夢」と言うタイトルの作品がありますが、あれらは実際に見た悪夢がモチーフになっています(「悪夢」とは付いていませんが「サロメ」「月闇」、「影」等も同様です)。しかしそれら悪夢は、年間を通じ普段に見る通常(?)の悪夢。ここで取り上げる悪夢は、春先、3月くらいから4月中辺りに見る、謂わば時期限定のもの。一寸見る原因が異なる。普段の悪夢は、疲れているとか、体調が悪いとか、「バイオハザード」的な映画をTVで見たとか、読んだ本の影響とか、凡そそんな原因。しかしこの時期に見る悪夢の原因はそういったものとは全く異なる。何かと言えば、ズバリ、毛布の掛け過ぎ。
 今時分は、日中はロンT重ね着でもなんとかいけるくらい暖かな日があっても、夜はそこそこに冷えたりする。よって就寝時、寒くって明け方目が覚めるのはイヤよねぇ、とつい毛布を一枚多くしたりしてしまう。それが当たった場合は良いのですが、外れて思いのほか気温が高いと、暑さに弱い私は、うなされる。そして悪夢を見る。
 こう言う場合見る悪夢には、私の場合顕著な特徴があります。通常の悪夢は、詩を見て頂くとわかるのですが、パターン或いはシチュエーションは様々。なのですが、この時期限定悪夢は2パターンでお決まり。
 如何いったものかと言うと、一つは、学校又は職場に遅刻しそうになって慌てる、という有り勝ちなもの。シチュエーションや細部のバリエーションは結構多様で、場所は地元だったり見知らぬ街だったり、学校は中学だったり高校だったり、職場は昔働いていた実際の職場だったり、全く実経験のない職場だったり。登場人物も多様で、実際の同級生や同僚だったり、TVタレントさんだったり(特にファンと言う訳ではないアイドルや女優さんが登場するのが不思議なのですよね)。ただ共通するのは、ヤバイ間に合わんっ、と走れども走れども前に進まないもどかしさに苦しむ、という状況。鉛のブーツを履いたかのように足は重く、道端の塀や電柱に手をかけ体を前進させようともがき、果ては地面に爪を立てて這ったりなどもする。そして汗びっしょりになって目覚め、あぁ、夢でよかった・・・と安心。おそらく多くの方が似たような夢を見ておられるであろうパターン。
 子供の頃から朝が苦手だった私は、学生時代も勤め人時代も遅刻がなかなか克服できずに可也苦労したので、トラウマの様になっているのでしょう。時間厳守社会で落ちこぼれ、遅刻の心配のない職業(時間フリーのバイトや現在の自営古本屋)にチェンジして相当長いのに、いまだにこうした夢を見る。
 で、もう一つですが、これは「クモ地獄」パターン。ゴキブリでも平気(メルマガ2011年7月5日号参照)で手で捕えられるのにクモのイラストも直視できない、クモが大の苦手な私ならではの夢かもしれません(でもないか)。こちらは遅刻系のものとは違い、シチュエーションや細部のバリエーションは殆ど異なることがない。
 ・・・薄暗い部屋の中、私は一人居る。部屋はさして広くはなく、6畳程。洋間っぽかったり和室っぽかったりはするが、私のいる場所とは対角の位置にドア程の大きさの開口があり、薄明かりが斜めに差し込んでいるのは何時も同じ。初めは慣れぬ暗さに漫然と室内を見ているのですが、ある瞬間びくっとする。なななんと、部屋中クモだらけではないか。床も壁もそして天井も、無数のクモ、クモ、クモ。然も何故かみな巨大。小っちゃくて可愛らしい(とは思っている)ハエトリグモも子供の拳ほどあり、ジョロウグモやオニグモは手のひらサイズ。もともとデカいアシダカグモはさらにデカい。それらが床に蹲(うずくま)り或いは壁に張り付きまた天井からぶら下がる。上四隅に張られた網は絡まり合い一体化し身動きできる隙間とてないように思われる。うわぁ、如何しよう・・・何とかあのドア(?)から抜け出さねば・・・、と焦る焦る。有難いことに皆じっとしているクモ達を刺激せぬ様、また踏まぬ様、そーっとそーっと明かりをめざし踏み出す。慎重に慎重に僅かずつ歩を進める。でも網に触れてしまいそう・・・。もうこの時点で汗だく(夢の中で)。やっとの思いで開口部から外に出るも、あぁなんと、そこはまたクモに充ち満ちた暗い廊下。部屋の中と状況は全く変わらない。ただ、数m先のドアは開かれ、その向こうには明るい光に満ちた緑眩い庭が輝いている。ああ、何とかあそこまで行かねば・・・、と大抵ここで目が覚める。当然汗びっしょり。寒いほどです。
 この夢は凹む。同じ生きる者としてのシンパシーは持っていますが、出来得ればあまり関わらずに生涯を終わりたいと思っているクモさん達の残像が消えない。夢であったことにホッとはしますがね。

 幸い、この春は今のところ時期限定悪夢は見ていません。出来れば見ずに初夏を迎えたい(5月過ぎて見た記憶はないんだよな)。まあ、どんな悪夢も「現実」と言う悪夢に比べれば、どうということもありませんですが。

(最後の纏め方が一寸恥ずかしいよ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*ジョロウグモ(Nephila clavata):ジョロウグモ科。極東に広く分布。円形ではなく馬蹄形の網を張るのが特徴。時に複数の網が一体化しジョロウグモ・マンション(北の離れ2112年11月7日分参照)を構築する場合があり強烈。人畜無害
*オニグモ(Areneus ventricosus):コガネグモ科。日本全土に分布。昼間は物陰に隠れ日暮れの頃出動し網を張り明け方には網を食べて片付ける場合が多い(地域などにより片付けない場合もあるらしい。我が家の庭に現れるオニグモは夜になると網を張るのを良く見掛ける)。人畜無害
*ハエトリグモ(蝿虎):ハエトリグモ科(Salticidae)に属するクモの総称。小型の徘徊性で世界に5000種程が広く分布。日本には確認されているだけで100種近くいるそうですが人家で身近に見るのは数種とか。ハエ等主に小型の昆虫を捕食するが草食の種も知られている。突然机の上とかに現れてドキッとさせられる。人畜無害
*アシダカグモ(heteropoda venatoria):アシダカグモ科。インド原産で熱帯から温帯に広く分布。日本へは19世紀に入ってきたと考えられ、福島県以南に広く分布している。網を張らない徘徊性。ゴキブリハンターの異名を持つ。デカくて速いためヴィジュアル的インパクトは強烈だが人畜無害

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 弥生十九日 梅の里
 我が家の梅もようやっと見頃となりました。結構なご老木ですが可也元気が良く、毎年選定には苦労するのですが、子供の頃からの馴染みなので、元気であるのは嬉しいことではあります。
 近所でも様々な品種の梅を様々な場所で多く見掛けますが、何故か梅並木って見ないですね。公園等にはあったりしますが街路樹としては余り聞かないし、実際にも一か所しか知らない。その一か所も住宅街の中のほんの短い距離で、住民の方以外ほとんど通らないような道路。私も自転車で一寸迷い込んで初めて知った次第。
 梅は比較的横に広がり易い樹形なので視界が妨げられやすいとか、結構大きな果実が多く付落ちるので自動車の走行に支障が出やすいとかあるのかもしれない。桜に比べるとアリマキ(アブラムシ)やカイガラムシがつきやすいので手入れが大変とかあるのかな。また、もしかしたら桜と異なり農作物でもあるという側面があるからなのかもしれません。
 東京西部、青梅市で、プラムポックスウィルス(PPV.ウメ輪紋ウィルス)による梅の病気が大規模に発生し、梅の生産及び観光業に大きな被害・影響が生じています。梅の名所がかつてない困難に直面しているのです。農林省では蔓延・根絶の為青梅市やその周辺地域を防除区域に指定し緊急防除を行っています。このウィルスに感染すると、梅では葉に斑点や輪紋が生じたり花弁に斑(ふ)が入る(ブレーキング現象)等の症状が現れ、また場合により果実の変形が生じます(モモやスモモでは成熟前の落果等も起こる)。ウィルスは主にアリマキによって媒介され、また接ぎ木や苗木の移動などで感染が広がるのだそうです。
 私の住む地域は少し離れているので規制対象にはなっていませんが、周辺には梅畑や梅園も結構あるので、心配されている方は多いと思います。因みに我が市の「市の花」は梅です。

梅花  都内最大の梅の名所「吉野梅郷」のある青梅市では、PPV発生以降伐採等対策を施してきましたが、これ以上の感染阻止のため代表的梅園「青梅市梅の公園」では、今月末の「梅まつり」終了後、園内の≒1260本全てを伐採することになりました。植物防疫法により三年間感染が認められないことを確認できなければ新たに植樹することは出来ません(潜伏期間が三年程度とされるため)。名所復活には、少なくも10年は要するであろうとのこと。
 日本ではPPV対策として、果樹園では感染樹が10%以上でサクラ属の全伐採、10%未満なら感染樹と隣接樹の伐採、公園・庭木では感染樹のみの伐採という形がとられていますが、この様な方法では根絶が難しいとの批判もあるようです。確かに、梅生産の立場からはウィルス根絶の為伐採・抜根が望ましいですよね。でも、梅観光の立場ではそれは望ましくは無い。非常に難しい事柄ではあると思います。しかし、梅生産(農業)と梅観光がこれからも並行して存在し続ける以上、やはり「根絶」を最上位に置いて対策を講じる必要があるのではないでしょうか(全国的な蔓延を避けるためにも)。梅生産(梅農家)と梅観光の両輪で「梅の里」が作られてきたのでしょうから。
 農業への影響また観光産業への影響は甚大と思います。補償(伐採・抜根の場合都から補償金が支払われるが観光面での補償はない)等の問題だけではすまない部分も多々あるでしょうけれど、是非ケア、影響を数値で表し難い観光関連業へのものも含め、ケアはしっかりと考えて頂きたいと思います。

 私は青梅市とは直接の関係もないですし、正直、観梅に行ったこともありません。けれど、子供の頃から「青梅=梅の名所」は頭に入っていますし、同じ東京多摩地区であるし、また遠足(御岳(みたけ)山929m、日の出山902m)、登山(大岳(おおたけ)山1266m(隣の檜原村だが青梅から登った)、高水三山793m)その他(御岳渓谷、玉堂美術館)で何度も訪れているので、PPVによる「梅の里」の危機、気になるのです。

 伐採対象となった梅達に、合掌。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*ウメ(Prunus mume):バラ科サクラ属の落葉小高木。原産は中国。日本には奈良時代以前に渡来
*青梅市:東京多摩地区西部の市。梅の名所「吉野梅郷」や吉川英治記念館また玉堂美術館がある(吉川英治も川合玉堂もWW2当時当地に疎開し戦後も居住)。山も多く登山・ハイキングも盛ん。人口≒138,000人。平将門が挿した梅の枝(馬の鞭)が根付きいつまでも青く落ちない実がついた、と言う伝説が市名の由来とか。「モヤさま」の狩野アナの出身地です
*梅生産:梅郷地区は農地の70%が梅を含む樹園地。市全体の梅の結果樹面積(果樹を収穫できる面積)は40haで50haの八王子市に次ぐが収穫量は84tで八王子の46tを大きく凌ぐ(データは青梅市による2005年度)
*プラムポックスウィルス:ウメのほかモモやスモモ、アンズ等広くサクラ属(Purnus)の樹木が感染する。1915年ブルガリアで発見され世界各地へ拡大。2009年青梅市内で梅への感染が初確認され、現在は各地で見られ多くは青梅市から苗木や穂木(接ぎ木や挿し木に使う枝)が持ち込まれたことによるものと考えられている。ヒトや動物には無害(実を食べても大丈夫)であるが感染すると果実の商品価値はなくなる。治療・予防法はなく、対象植物の伐採・抜根・焼却、生植物持ち出し禁止等の対策がとられる

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 如月十八日 被災地の歴史的遺産
 あの日からもうじきに三年が経ちます。徐々にではあっても、復興が進み高台への移転事業も同様進んでいるようですが、その中で遺跡の存在が問題視される場合があります。
 一日も早い高台移転実施が必要だと思いますが、安全性の高い高台には古くから人々が住み遺跡も多く存在しています。そうしたものの調査・発掘は、過去の津波で海岸部から移転して形成された集落の遺跡などあれば防災研究にも役立つ。震災遺構同様、一度破壊されてしまったら永遠に失われる文化財。文化庁や他自治体からの専門職員さん達の派遣等もあり、全体としては、発掘調査は進んでいるようですが、まだまだ、遺跡の存在又その調査が復興の遅れにつながるのでは、との懸念も多いようです。そうした言わば「風評被害」を防ぐため、調査と並行して一部の区画を引き渡し期間短縮に繋げたり、遺跡破壊の懸念がない場合は調査をしないなどの工夫もなされているそうです。
 過去の遺物と今に生きる人の暮らしとどちらが大切なのか、言う声もあるでしょう。でも遺跡に代表されるような歴史的遺産は地域の共有財産、明らかになった歴史や遺された遺跡(或いは遺物)が地域の繋がりを深めるにもきっと役立つと思います。歴史的遺産は、数百年数千年の時を超えてその時代を知らぬ者に、その土地その場所で起こったこと、その土地その場所で生きた人々の暮らしを語ってくれるものですから。
 地域に残る遺跡など含め、歴史・文化に関わる有形無形の存在を大切にする中から生まれる雰囲気は、郷土を愛する思いを醸成します。私の住む地域は昔から高台など良好な住環境があり旧石器時代から多くの人々が暮らし、またかつての国府及びその周辺地域に当たるため、国衙や国分寺関連他の遺跡や埋蔵文化財が豊富。子供の頃からそうした歴史的な「空気」を味わってきたので、そう実感しています。
 其々の地域で護られ継承される歴史的文化的存在(或いは自然)を身近に感じる中で育まれた、或いは上記の様な雰囲気や「空気」によって形作られた、謂わば自然発生的な郷土愛は、「自然な」愛国心へと続いて行くようにも思われます。教育によって「作られた」愛国心は危険。そうしたものが偏った或いは歪んだものとなり易いのは、それを証明する例を、歴史上また現在世界に幾つも見る。
 斯様に、地域の文化的歴史的遺産は重要な存在と思いますが、それらの調査・発掘或いは保存は困難を伴うものでしょう。移転を望む被災者の方々は、当然ながら一日も早い移転実現を望んでおられる訳ですから。埋蔵文化財の発掘・調査またその存在そのものを肯定的にとらえてもらえるよう、理解してもらえるよう、関係者の方々が地域住民の方々に働きかける努力は不断に必要と思います。大変なことは理解できますが、歴史遺産などの文化財は地域の、村の、町のそして人類の財産。そして復興・再建へのエナジー源ともなる郷土への愛着を育む一助。何卒宜しく御願致します。

 以上、被災地の遺跡問題につき私見を書かせて頂きましたが、被災地のもう一つの歴史的遺産である、震災遺構についても触れたいと思います。
2011年7月石巻  遺跡と震災遺構とは同じか?と言われるかもしれませんが、私は、震災遺構も遺跡等と同様な歴史的遺産の一つと呼べるように考えます。震災遺構も、維持管理がなされれば、長きに渡り震災を語ってくれるはずです。震災を知る者すべてが去った後も。
 ただ、遺構の保存及びその維持は大変だと思います。今、被災地で生きる方々の理解を得る努力も勿論必要ですが、後世世代にも維持管理が任される訳ですから、彼らにも理解してもらえるようにせねばなりません。原爆ドームは保存の決定まで二十一年を要しました。保存か解体か・・・その決断を今被災地に求めるのは、震災から三年では性急に或いは酷にすぎるとも感じます。震災遺構?・・・それどころではない、と言うのが多くの被災地或いは被災者の方々の本音かもしれません。遺構の存在が復興の妨げになるという面もあるかもしれませんが、結論を「棚上げ」にして醸成期間を設けることも必要に思います。言葉は悪いですが、取り敢えず「放っておく」、それも選択肢の一つとしてアリではないでしょうか。
 震災遺構は大きな悲劇を象徴するものですから、原爆ドーム同様その存在に対しては、様々な想いまたご意見があると思います。が、原爆ドームが若し解体されていたら?と考えると、私はその喪失の大きさに(心情的なものとは異なる)深い空虚を覚えます。そうした(史的な、とも言える様な)空虚を後世に遺さぬことが必要なのではなかろうか、と震災遺構に関し私は考える次第です。

 高台遺跡も震災遺構も、復興の足枷、再建の妨げ、とそう捉えられるかもしれません。然しどちらも、その土地その場所での出来事と暮らしを形に留める存在。重要とは見えぬかもしれませんが、やがて成長し雪となる氷晶の核である微小な粒子にように、長期的には、復興・再建へと向かう内的核ともなるべき存在のように思えます。

(最後、唐突に雪の例えとなったのは、このところ東京は続けざまに記録的大雪となったためだと思います)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*高台遺跡:岩手・宮城・福島各県の移転予定地に縄文時代、古墳時代、平安・鎌倉また戦国期など多様な時期の遺跡が多数見つかっている。高台は一般に、見晴らしが良い、日当たりが良い、水はけが良い、水害が起こりにくい、(海辺であれば)津波が避けられる等、好条件が揃う場合が多い
*国衙:律令制の時代(7世紀後半から10世紀頃)に置かれた国のお役所。国府はその所在地
*震災遺構:津波を含む震災により被害を受け、その記憶を後世に伝えるような建物などの構造物
*原爆ドーム:市民による保存運動を経て1966年(昭和41年)に広島市議会で保存が決議された
*核である微小な粒子:氷晶核(ひょうしょうかく)。微細な氷の結晶である氷晶の核となる大気中の微粒子(粘土鉱物が多い)。氷晶が成長し雪の結晶となる
*東京の大雪:8日と14日の関東甲信を中心とした大雪。14日22時半頃に積雪を計ったら表の生活道路で≒19cm(車の通らない中央部)、庭の深い所で≒30cm程ありました。深夜も降り続き朝方には雨に変わりましたが、15日10時頃では庭の特に深いところは≒52cmありました。長靴埋まったよ。東京平野部ではくりびつの積雪量です。
大雪の被害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます

(画像は、yutti photoさんよりお借りした、2011年7月の石巻の光景です)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

二千十四年 睦月一日 エネルギー基本計画
 明けましておめでとう御座います。本年もまた、お店共々宜しく御願致します。

 これからの一年が良きものとなりますように。

゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∈゜∋゜∋゜∈゜∋゜∋゜∈゜∋

 新年を迎え、ここ東京も本格的な冬景色。坂を上がれば、真白な富士の嶺が大室(おおむろ)山の向こうに眩い。富士山、大室山と送電線鉄塔
 こうなると暖房フル稼働となりますが、高齢者とネコの居る我が家では、もうだいぶ以前から暖房は電気。灯油系など火を使うものは安全面から使いずらい状況となっています。なので、電力に関する事柄はやはり気になる。
 昨年末、経産省の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」が、原発を「重要なベース電源」と位置付けた「エネルギー基本計画」の素案を承認しました。原発依存度を可能な限り低減させる、としながらも、安定供給やコスト削減またCO2削減等の観点から、安全性確保を大前提にしつつ中長期的に一定規模の原発は維持する、方針だとか。ベース電源とは一日中稼働し電力を供給し続ける電源、まさに「ベース(基盤)」となる電源の事。原発の新増設は行わないとの文言も消え、民主党時代の「原発0」は正式に撤回されたことになります。
 あの事故が自民党政権時に起きていたら・・・どうでしょう、こうした計画を立案できたでしょうか?
 まあ、それはさて置き、私個人的には、政府の原発を巡る一連の動き、どうも気になる。例えば、昨年11月のCOP19(国連気候変動枠組条約第19回締約国会議)で日本政府が示した削減目標。この会議で政府は、2020年までの温室効果ガス削減目標に、2005年比3.8%減(1990年比3.1%増)という数値を掲げました。この、参加各国を失望させた低い数値も、原発が止まっているからこの程度の削減目標しか出せない、もっと削減率を上げるには原発再稼働が必要ですよ、と言いたかったからなのでしょうか。原発再稼働、今後の原発推進を念頭に置き挙げた数値だった、という事と思えます。
 原発問題は、経済・産業また環境、安全、将来世代(世界)への影響(高レベル放射性廃棄物の処理)など様々な側面を持っています。どうバランスをとって行くかが重要と思いますが、どうも政府は、経済・産業の方に大分とお偏りのご様子。もう一寸安全や将来世代(世界)への影響を考えて頂きたい。
 原子力発電を継続するにしろ、卒業するにしろ、どの道、高レベル放射性廃棄物の最終処分場を国内に作らねばなりません(国が候補地を示す、としている)。「エネルギー基本計画」では、核燃料の製造・再処理・廃棄という一連の過程である核燃料サイクルは「引き続き着実に推進する」としていますが、使用済み核燃料を再処理して通常の原子炉(軽水炉)で使用できるMOX燃料にしても、最終的に残る核廃棄物の放射線量が天然ウラン並になるのに≒8,000年が必要とされています。
 8,000年ですか・・・。再処理なしの「ワンス・スルー方式」の10万年に比すれば相当短縮されますが、これとて相応に長い歳月。文明の定義が如何なるものか不勉強で或る故、文明の誕生を何時とするのか判断しかねますが、農耕・牧畜の開始を文明の誕生とすれば≒10,000年ちょい前、都市の形成をそれとすれば≒5,000年前、といったところでしょうか。何れにしても、この間、10,000年以前或いは5,000年以前からの人類或いは世界の変化は余りに大きい。8,000年とはこれら歳月に近い或いは勝る歳月。8,000年前と言えば日本列島では縄文時代早期(≒7,000〜10,000年前)ですぜ。ご先祖が、その頃形成され始めた集落で、竪穴住居に住み縄文土器を使って暮らしておられた訳です。今以降の8,000年と今以前の8,000年とを同列に語ることは出来ませんが、8,000年後の世界、矢張り相応の変化は考慮せねばなりません。8,000年もの間、危険な遺産をちゃんと管理できますか?地殻変動激しきこの列島で。
 MOX燃料を軽水炉で使用することを「プルサーマル」と呼びますが、これを行うことによって、ワンス・スルー方式に比し廃棄物体積は≒4分の1に減り、ウラン資源も1〜2割節約できるそうです。ただ反面、プルサーマルそのものについて、経済的・技術的また安全性に課題も多いとの記述も見ます。

 原発を維持して行けば、確実に高レベル放射性廃棄物は増え続けます。確かに原発を卒業しても、最終処分場は必要となります。既に有るものはもうどうにも仕方がないですから。ですが、卒業すれば廃棄物が一定以上に増えることは無い。この違いは、小さいものでないと思いますけれど。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

*大室山:山梨・神奈川県境にある標高1,588mの山。東京多摩地区の一部から見ると丁度富士山の手前に重なった位置となる。ピラミダルな形姿で印象的。西寄りの地域ではより大きく見えるため「富士隠し」と呼ばれる
*ベース電源:専門用語では「ベース・ロード(base load)電源」とか(基本的には同じもの)。福島の事故前は水力・火力・原子力が主で、事故以降は原子力部分を火力で代替している。このベース電源に対し一日のうち需要の大きな時間帯を受け持つものをピーク電源と言い主に揚水式水力発電や火力発電が賄う
*MOX燃料(Mixed Oxide Fuel):再処理で取り出されたウラン238とプルトニュウムで作られた混合酸化物燃料。これを熱中性子炉(軽水炉.減速材に普通の水を利用した一般的な原子炉)で使用することをプルサーマル(プルトニュウムとサーマルニュートロンリアクター(熱中性子炉)からの造語)と呼ぶ
*8,000年前:世界的にはチーズやワインが利用され始めた頃とも言われている
*ご先祖:在来系の縄文人と2〜3,000年前に大陸からやってきた渡来系の弥生人とが混血しつつ現在の本土人の主体となり、渡来系弥生人の影響が少なかった北海道のアイヌと沖縄の琉球人がそれぞれ独自文化を築き、この三民族集団により日本人が形成されている、と言う考えがある

(参照資料:資源エネルギー庁 「高レベル放射性廃棄物処分について」)

(1月13日画像追加)

――――――――――――――――――――――――――――――――――

・どうぶつ救援本部 http://doubutsukyuen.org/
・福島県動物救護本部 http://www.fuku-kyugo-honbu.org/

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

北の離れTop  "Mystic Rhythms" Home