Used Books CARROT | MYSTIC RHYTHMS

北の離れ 2018

古書店主が綴る日常雑記 古本屋な日々...  profile

・8月25日 神奈川県庁測定石
・7月29日 神奈川、多摩川
・7月21日 久方
・7月4日 三沢配水塔
・6月28日 ロードバイクがやって来た
・5月21日 カスク
・5月9日 ハーネス練習
・4月22日 ハーネス
・4月7日 霊園桜景
・3月12日 溶血性貧血
・3月1日 地理と歴史
・2月25日 霊園雪景
・2月21日 B型
・1月11日 霊園秋色―拾遺
・1月9日 霊園秋色―鉄塔編
・1月7日 霊園秋色―アール・デコ編
・1月4日 霊園秋色―碑石形像編


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神奈川県庁測定石
 突然だが、私がサイクリングや鉄塔巡りのテリトリーとする東京多摩地域は、明治26年(1893)に東京府(当時)に移管されるまで神奈川県に属していた。そのことを示す証の一つが、これである。

国立市、神奈川県庁測定石 国立市、神奈川県庁測定石
石柱(標高63.0m)
左正面、右側面

 「神奈川県庁測定石」を示す石柱だ。場所は、多摩のしゃれおつタウン国立市のその南部、「泉」と呼ばれる地域である。
 石柱は、田んぼや畑の広がる一帯の、一般に通行できる細道からはやや離れた、サトイモ畑の畦道奥にあるので、知らずにいると見過ごしてしまう可能性大だ。

国立市、神奈川県庁測定石
畔道を望む
向こうは「中央フリーウェイ

国立市、神奈川県庁測定石から
畔道から望む
向こうは青柳崖線(はけ)

 ただし、残念ながら、この畦にある石柱は「神奈川県庁の測定石」と記された説明用のもので、ホンモノの「測定石」は、東へ数百mほどの距離にある、青柳崖線上の「くにたち郷土文化館」(標高67.0m)に展示されている。

国立市、くにたち郷土文化館
くにたち郷土文化館(と相方)
内部は半地下式

 展示物の撮影は不可なので画像は載せられないが、「測定石」は高さ32cm、幅15cmの四角柱(自然石ではないのだ)で、正面に「神奈川縣廰」、左側面に「測定六十六号」と其々記されている。基部は、複数の小さな丸石で囲われている。
 この測定石が元あった場所(詰まり現在説明用石柱のある場所)は、ほど遠からぬ南に多摩川が流れている。文化館の展示解説によると、その多摩川の氾濫により地籍が不明となってしまわないように、測量或いは境界画定のために「測定石」が設置されたと考えられるということだ(あくまで推測)。

 「神奈川県庁の測定石」のある畑へ戻ろう。
 上の畦道から望む画像で、ビニールハウス(毎夏、市の朝顔市に出されるアサガオが育てられているので、この辺り「朝顔の里」なのだ)と細道との狭間には、ここら西へ200mほどにある谷保堰で府中用水から分かれた谷保分水が、清水川および矢川(やがわ。全長1.5km)と合流し、水量豊かに流れている。

国立市、矢川おんだし
矢川おんだし

 これは、ビニールハウス横の合流地点で、その名は「押し出し」が変化して「おんだし」となったらしい。画像左が清水川、右が矢川そして手前が谷保分水。

 分水は、崖線と中央道との狭間の田園風景の中を、直線に或いは曲線を描き流れて行く。

国立市、谷保分水

国立市、谷保分水
谷保分水

 文化財繋がりでもう一つご紹介しよう。畦道からの絵で「測定石」の北に見えた青柳崖線上に、日本初の知的障害者のための施設として有名な「滝乃川学園」がある(谷保)。

国立市、滝乃川学園
滝乃川学園(標高68.8m)正門

 当初は現在の台東区や北区(滝野川)に在したが、昭和3年(1928)現在地に移転した。元々は、大隈重信の別荘予定地であったそうだ。
 歴史ある学園であるだけに、幾つもの文化財を有している。残念ながら、いきなり見学は不可だが(見学は事前連絡が必要)正門左に、文化財リストが表示されている。

国立市、滝乃川学園
文化財リスト

 本館(現記念館)が国登録有形文化財(昭和3年(1928)建築、2009年修復)、聖三一礼拝堂(昭和4年(1929)献堂)、鐘楼付き鐘(昭和4年(1929)奉献)そしてデーリングピアノ(明治18年(1885))製造が国立市登録有形文化財となっている。この内ピアノ(ドーリング商会製造・販売)は、本体に天使の絵が描かれているので「天使のピアノ」の愛称があり、日本最古級のピアノとして有名である(映画にもなった)。

 学園の飛び込み見学は無理だが、本館(現記念館)は北面の道路から裏側を拝見することは可能だ。

国立市、滝乃川学園本館
滝乃川学園本館
フェンスの門が開け放しだよ

 歪みの多い、昔のガラスがそのまま使用されているのが、お分かり頂けるであろうか。

国立市、滝乃川学園本館
本館ガラス窓

 改修から間がないので、一見新築っぽいが、この様に窓ガラスを見ると、古(いにしえ)の建造物であることが知れる。

 石柱周辺の田園もはけ(崖線)も、その上の学園や文化館も、お薦めの散策スポットである。多摩川も近いので、特にサイクリングには最適だ。JRの駅周辺とはだいぶ異なる国立(くにたち)の、その雰囲気やその歴史・成立ちにご興味があれば、猶更である。

2018年葉月25日
(取材は8月中旬)

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参考:国立市HP、市登録有形・歴史資料(41)-1

*多摩地域:当時の西多摩郡・北多摩郡・南多摩郡が東京府に移管された(現在残る郡は西多摩郡のみ)。東京の水源がこの地域にある為と一般には言われているが、政治的思惑もあったともされる
*測定石説明用石柱:側面には、
 現在の国立市域は、明治二十六年(一八九三)に東京府に移管されるまでは
 神奈川県に属しており、ここに当時の測定石が残されていました。
と記されている
*青柳崖線:古多摩川の浸食により形成された河岸段丘である立川崖線の一部。一般に「はけ」あるいは「ママ」と呼ぶ。段丘上は青柳面、石柱のある段丘下は多摩川低地。清水川はこの崖線の湧水を集めたもの
*滝乃川学園:創立明治24年(1891)。聖三一弧女学院として発足しのち知的障害児の教育・福祉施設となる。当時の所在地北区滝野川にちなみ現名称となる。矢川はこの敷地を下り矢川おんだしへ至る

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

神奈川、多摩川
 ロードバイクに乗って、めずらしく神奈川県に入った。川崎市の多摩区だ。多摩川南岸のサイクリングロードを行けば、この辺り、川幅が大分広い。私の立つ川縁から一段高い河川敷には、まだ開店前で戸が立てられた茶屋風の建物があるが、皆さんここで、川景色を眺めつつ飲食なさるのであろうか。

多摩川(川崎市多摩区菅稲田堤)
川崎市多摩区、菅稲田堤(すげいなだづつみ)の多摩川

 滔々と水は行き、魚(種不明)が跳ねる。お世辞にもキレイとは言いかねる水ではあるが、それでも、私が子供の頃に比せば、随分と浄化された。

 川原に戻ると、突然轟音が響く。すぐ傍ら、京王相模原線が、鉄橋を渡って行く。

京王相模原線多摩川橋梁
京王相模原線多摩川橋梁
向こう岸は東京都調布市

 この鉄橋、京王相模原線の京王多摩川駅(調布市)と京王稲田堤駅(川崎市)を繋ぐもの。1971年竣功、長さ344.75m(「東京の橋」さんを参照させて頂きました)。所謂「トラス橋」である。トラスとは、直線的部材を回転自由なピンで接合し、三角形を基本単位として組み上げた構造。湾曲力に強く、屋根や橋などに多用されるものだそうだ。
 うん、確かに三角がきれいに並んで、見事な構造美をなしている。これは、トラスの中でも、ワーレントラスと呼ばれる、斜めの材が上下交互に向き剛性が強く部材が少なくて済む軽量安価なタイプの様だ。

 と、川を眺めたり橋を見学したりするのが目的ではないのだ。今回ポタリングの目的は、前回ゲットしたトップチューブバッグにカメラを入れたらどうであるか、そしてパッド付インナーパンツの履き心地はどうであるか、それを試す事である。そしてもう一つ、初めてクイックリリースレバーを使って前後ホイールを外す練習をしたので、その後のテストである。

 まずは、トップチューブバッグであるが、カメラを入れると頗る便利である。いちいちバックパックを下ろして出し入れする必要が無いのは、本当に楽である。カメラを出すことを面倒くさがって折角のチャンスを逃すのは、後々後悔することになる。トップチューブバッグ導入は、正解であった。ただ、若干膝に触れることがあるので、気になる方は気になるかもしれない。トップチューブが平べったいアルミフレームであれば安定性は問題ない。メッシュの蓋もしっかりしているので、面ファスナーさえしっかり止めておけば、カメラが放り出されるようなことは、ちょっと考えにくい。

多摩川(川崎市多摩区菅稲田堤)
多摩川と相方
ハンドル横、黒く四角いのがトップチューブバッグ

 インナーパンツであるが、薄手のパッドであるので、こんなものであろうか、と言う感じだ。クッションはお尻と股間に感じるが、どれほど痛みの軽減があるのか、はっきりとは言いにくい。普通インナーパンツは直穿きするものであるが、私は抵抗があるので下着の上に重ね履きした。全面メッシュなので、激暑の中でも特に不快感は無かった。でも、効果もあまり感じられなかった。かと言って効果なし、とも言えない。微妙である。
 いつか機会があれば、厚手パッドのインナーパンツも試してみたい。

 最後に、ホイールの調子。とくに問題は感じなかった。はじめて自分で外して自分で装着したので少々心配で、気持ち控えめに走っていたが、良かった。それにしても、ホイールの着脱がこんなに簡単だとは知らなんだ。パンク修理も、ホイールを外してやれば、随分と楽になる。

 話は変わるが、夏場こうやって堤防上や河川敷を走っていると、何時も必ず、上半身裸でベンチや芝生に寝転がる日焼けしたおじいさんを数名は見かけるが、今回も全く同様であった。取材時にしばらく続いていた、災害的激暑の中でもである。
 心配になる。見かけるとちょっとドキッとしたよ。

2018年文月29日
(取材は7月下旬)

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*トラス橋:「東京ゲートブリッジ」(恐竜橋)や箱根登山鉄道の名所「早川橋梁」(出山の鉄橋)が有名
*茶屋風の建物:調べたら「たぬきや」と言う居酒屋さんであった。まだ「菅渡船場」のあった昭和10年(1935)創業と言う大老舗である。然も相当の人気店の様である。お酒の飲めない私は居酒屋さん関連の知識がないのだ(看板猫のミーちゃんは2014年に亡くなり、今は二代目ちゃちゃまるがいるそうな)

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

久方
 以前、買おうか如何しようかと迷っていた、ロードバイク用のバックパックを購入した。いろいろネットで調べるうちに見かけ、容量10L(まちのジッパーを開くと12L)と考えていたのよりは少し小さめだが、余りスポーティーではなく、かと言って「通勤感」もない、普段着ロードバイク乗りの私にはそこそこマッチしそうなデザインが気に入ったバックパック。無名メーカーのものではあるが、背中と肩ストラップは一応汗対策が施され、工具用ポケットや携帯ポンプ用スペースも設けられ、ヘルメット収納ネットやレインカヴァーも収納されている。なかなかに至れり尽くせりのもの。ネット上での評価も、可也高い。
 良いなあ、買おうかなあ、コレ。と思っていたらば、何と、楽◯の中古屋さんにUSEDがあった。然も、私の望んでいた色である。価格もほぼ半額で環境へも低負担だ―。
 買ってしまった。
 数日後、届いた現物を見てクリビツ。何所が中古なのであろうか。ランクは中程度となっていたが、使用感は全くない。新品にしか見えない。何か、とてもいいお買い物ができた。

 という訳で、有難いことに、バックパック用の予算がほぼ半分残ったので、これで、お尻の痛みを軽減するパッドが付いたインナーパンツを購入してみようと考えた。体重が軽い所為か(40数kg)、ロードバイクの硬めのサドルでも今のところ、リーシー(お尻)は左程痛くはならない。適度にポジションをずらしたり、ペダルに体重をかけて微妙にサドルから浮かせたりなど無意識のうちにしている所為もあろうか。其れに大体、リーシーが痛くて堪らなくなるほど長い距離を走れる程の時間も無いのだ(介護があるし、猫連中も家で待ってるし)。でも、興味があるのだ、一体パッド付のインナーパンツはどれほど痛みの軽減に効果が有るのか、或いは無いのか。
 で、やっとロードで出掛ける時間ができたので、久方(ひさかた)ぶりにポタリングを兼ねて、立川市にあるサイクルベースあ◯ひさんやイオ◯バイクを訪ねてみた。通販でもいいが、実店舗で実物を見て、送料無しで購入できればそれに越したことはない―。

 あ◯ひさんには残念ながらジャストのサイズがなかった。イオ◯バイクを訪ねる前に、熱中症予防の休憩を兼ね、両店舗の間にある、幸五東公園(「さちごひがし」と読むのかしら。場所は幸町(さいわいちょう)だが)でランチ。

立川市、幸五東公園
立川市、幸五東公園

 乾いた土が、連日の激暑を物語る。
 住宅街を走行中、家々の奥にチラリと覗いたその少し鄙びた景色に惹かれ入ったのだが、樹々に囲まれた広い、良き雰囲気の公園である。東側が可也広大な農地に接しているので、印象は、実際以上の広さだ。

立川市、幸五東公園
公園でランチ
奥方向が農地

 木洩れ日が涼しげだが、実際は木陰も猛烈な熱気と湿気に充ちている。しかし、陽向よりは大分ましで、多少は息をつくことができる。

 ランチ後、無事イオ◯バイクにてインナーパンツを購入。此方は各種各サイズ在庫豊富であった。私は、「上・中・並」と三つある価格帯の内「中」を購入。デザイン的には、ごく普通の男性用ボクサーパンツである。ただ、全面メッシュ生地であるところが異なっている。どんなものか、次回のポタリングで穿いてみよう。

 さて、まだ少し予算は残っている。ので、前々から気になっていた、トップチューブ(フレームのハンドルとサドルを繋ぐ部分)に取り付けるバッグを購入しようと、国立市にあるUSED専門店サ◯クリーさんに向かう。
 可也距離はあるのだが、ロードバイクになってから、余り距離が気にならない。意識はしていないが、矢張りマウンテンバイクの時に比べ自然と走行速度がアップしているのであろう、以前マウンテンバイクで訪ねた場所をロードバイクで再訪すると、あれ?もう着いちゃった、と思うことが多い。時間に制約のある身としては、非常に有難いことである。

国立市谷保、トウモロコシ畑
国立市谷保のトウモロコシ畑
畑向こう右寄りに見える大きな四角い建物はヤクルトの研究所

 途中、広々としたトウモロコシ畑(と思うが)に出会い、思わず相方と共に撮影。シャレオツな街として有名な国立(くにたち)であるが、南部にはこうした風景も多いのである。
 この時正にそうであったが、ショルダー・バッグからバックパックになって一番困るのが、カメラの出し入れである。ショルダーの場合は、興味ある被写体に出くわした際、クルリと背中から前に回せばすぐにカメラを取り出せるが、バックパックではそうは行かない。ので、目の前にあるトップチューブにバッグを付けカメラを入れれば楽ではないか、とそう考えたのだ。ネットでも、トップチューブバッグにカメラを入れると便利であるという記事をよく見かけるし。

 で、この畑から程遠からぬサ◯クリーさんでトップチューブバッグをゲット。カメラはばっちり入る。スマフォも入ればなお良いのだが、私のスマフォは大分デカいので無理である。ネンザン。まあ中古で買えたのだから、贅沢は言わぬこととする(状態も可也良好である)。

 最後に、バックパックを実際使用してどうであったかと言えば、GOOD、である。
 空気抵抗を考え幅が狭いのだが、その為背中全体が覆われることがない。バックパック背中部分の、縦二列で且つ板チョコの様に複数個に分かれたパッドも、バックパックの背中への密着を防いでくれる。バックパック自体は、背中のカーヴに沿った造りなのでフィット感は可也あるのだが、背中に点で接しているので密着感は無いのだ。気温35度付近、湿度60%超の激暑の日であったが、暑苦しさは左程感ぜずにすんだ(ある程度は致し方ない)。肩ストラップも、パッドの無い薄いものなので、汗でぬれる傍から乾いてくれ、不快感は無い(ただし塩分で白くなる)。全体的に、一般のバックパックに比せば大分快適であった。流石に「サイクリングバックパック」と銘打たれたものだけはある。良かった。
 容量的にも、日帰りポタリング(或いはツーリング)には充分である。ショルダーバッグ使用時に入っていたものに、工具や携帯ポンプがプラスされたが、全く問題ない。帰りにスーパーで買い物をしても、まちを開けばそこそこ入りそうだ。

 そうだ、以前のカスクの記事で、装着による暑さや蒸れについて「盛夏の候となれば、どうなるかは、現時点では分からない」と書いたが、真夏の激暑い中そこそこの距離走っても、蒸れや暑さは全く気にならなかった。因みに以前の記事同様、下にごく普通のメッシュキャップを被っている状態でのことである。

2018年文月21日

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*インナーパンツ:通常ロードバイク乗りの方は、パッド付のレーサーパンツを直に履いている(下着無しということ)。しかし、カジュアルなパンツで走りたい場合は、デニムや短パンの下にパッド付のインナーパンツを履くのだ

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三沢配水塔
 ロードバイクに乗り始めたが、今までのマウンテンバイクとはライディング・フォームが大分異なる為、背中が痛い。マウンテンバイクはハンドル位置が高くやや上体が起きたフォームだが、ロードバイクは皆さんがイメージする通り前傾姿勢である。

マウンテンバイク ロードバイク
マウンテンバイク → ロードバイク

 サドル位置はほぼ同じだが、ハンドル位置はかなり違う。自転車の操作は、乗るうち徐々に遥か少年時代の記憶がよみがえり、案外とスムーズに行けたのだが、身体はもうおっさんである。慣れるまでは少々時間がかかりそうだ。少しづつ適応させていこう。

 という訳で、なるべくロードで出かけるようにしているのだが、坂上(のぼ)りをまだ経験していないので、以前鉄塔巡りで紹介した、日野市百草の丘へと行ってみた。

 だが、登坂能力がどの様なものか試したかっただけなので(坂は軽々上った。流石)、百草へ来たはよいが特にどこへ行こうという宛もない。百草園の前を通ったが、入るには入園料要るし。
 取り敢えず偶々行き着いた公園(枡井西公園)で、南方の眺望を楽しむ。右の建物は帝京大学、中央は明星大学。左方向には、東京西線只見幹線の鉄塔列が見える。

日野市、枡井西公園
公園からの眺め

 昼下がり、私の他一人として影はない。丘の中腹にある、静かな公園だ。

日野市、枡井西公園
枡井西公園(標高114.9m)
自転車を写り込ませるのを失念した

 下から吹き上げる風に汗を乾かし、水分補給し、さてここからどこへ行こうかと考える。可也蒸し暑い日であったが(梅雨真っ盛りの水無月末)、一応猫達のいる部屋は29度設定で冷房は入れて来たし、おばあちゃんは夕方までデイサーヴィスだし、何方も熱中症の心配は無いので、多少はゆっくりできる。だが、同じ百草の丘でもこの百草園南側の辺り、来るのは初めてで土地鑑がない。スマフォでマップを見るが、いま一つピンとこない。で、行き先は決めぬこととし、公園を出て、適当に曲がりくねった坂をあちらこちら上ったり下ったり。
 とその内、前方カーヴの向こう、見慣れたものが視界に入って来た。

三沢配水塔
あれは―、あれだ

 レトロなしゃれおつ感のある、エイシンメトリーな独特なフォルムとカラーリング。三沢配水塔である。
 以前、これも鉄塔巡りの記事で、多摩川の橋上から遠望したこの塔を紹介したことがある。多摩川や多摩丘陵周辺の鉄塔を経巡っていると、よく遠くからお見かけする塔である。その塔にこんな近くでお目にかかれるとは。これは是非、行かずばなるまい。

 可也の激坂、然も可也荒れたアスファルトを登り切ったその頂点に、塔は建っている。場所は「東京都三沢配水所」(標高136.9m)だ。

三沢配水塔 東京都水道局三沢配水所
三沢配水所

 配水するため一番高い所に造られたのであろうか。でも、裏手の雑木林は更に10mほどは高い(標高146m。放火事件があったため現在林へは立入禁止)。

 配水所の少し先、道は峠(標高139.7m)を越えるように一気に急な下りとなる。此方も激坂だ。でも、周囲にお家は沢山ある。ご年配の男性と女性が、挨拶を交わしながら、高温多湿の中、坂を上って来る。「コーラスに行くの」と言った女性は、「峠」を越え配水所側へ下ってゆく。高齢者の方々はさぞ、ここでの暮らしは大変であろうと思う。
 足許を見ると、道に横からつながる激階段の向こうに、下界の景色が広がっている。

日野市、三沢からの眺望
三沢の丘から
府中市・国分寺市方面

 この峠の上から、下を通る川崎街道(標高69.4m)までの、高低差約70mの下りが恐怖であった。急角度であるのみならず、カーヴも多く且つ路面が荒れている。ロードバイクで坂を下るときはブレーキレバーをしっかり握る為ドロップハンドルの下方を持つことになるが、こうなれば当然大分前傾姿勢である。ただでさえ急角度で下っているのだから、その前傾は可也のものだ。幾ら腰を後に引いて重心を後輪方向に移動させても、頭から坂下へ突っ込んでいるような感覚で、コワイ。


(標高115.9m付近)
画像でどれほど伝わるかは分からないが

 最後の最後、坂はなぜか急に煉瓦敷きとなる。然も急カーヴの連発(上のストヴュー画像の先を見て頂きたい)。もうタイヤが滑りそうである。ので、ロードバイクほぼ初心者(乗っていたのは遥か十代の頃)のおっさんは、怪我でもしたらシャレにならないので、ここからは降車して転がして下った。ロードバイクの軽さの、その有難味が分かる瞬間であった。

 然しそれにしても、ロードバイクでの初ツーリング(日帰り)で下る坂ではなかった。もっとちゃんとリサーチしなければ駄目だ。事故でも起こしたら、周りに大迷惑だ。昔(二十代の頃)、初めて乗った中型モーターバイク(スズキGSX400F)で、いきなり大垂水峠(おおたるみ)に行ってしまったことを思い出した。あの時も何も知らず、ただ適当に走っている内に行き着いてしまい、緩急織り交ぜたカーヴの連続に非常にコワイ思いをした。バンクしたとき、何度かマフラーだか何所だか分からないが、路面をガリガリ擦ったよ。所謂「走り屋」さんの行くところで、モーターバイク初心者が行く所ではないのである。安全運転主義の私は、知っていたら絶対に行かなかったはずだ。無知はコワイ。

2018年文月4日

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*大垂水峠:高尾山南西麓、東京と神奈川の境にあり甲州街道(国道20号)が通る。峠での暴走行為が社会問題化した時期(1980-1990年代)もある

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

(バイク画像は、イラストACより拝借しました)

ロードバイクがやって来た
 我が家にロードバイクがやって来た。
 「Fe塔」の記事で書いたように、長年の相方であるマウンテンバイクが可也お疲れの状態になってしまい、遠乗りは引退、普段乗り専用となったので、ポタリング&鉄塔巡りの新しい相方として迎えたロードバイクが、納車されたのだ。
 ロードバイクといえば、高級車は三桁を越える様な高価なものとのイメージもお有りになるやもしれないが、私が購入したのは、エントリーモデル、所謂初心者向けのもっとも低い価格帯のものである。今や非常に多く愛用されるようになった、同じスポーツ自転車であるところのクロスバイクと左程変わらぬ価格だ。しかも、2019年モデルがすでに出ていることもあり、定価から一割引きの2018年モデル。実はこの車種、2018年モデルと2019年モデルは、スペックはほぼ同じながらデザイン・カラーリングが大分変っており、私は2018年モデルのほうがやや好みに合っていたため、出会えたのは非常にラッキーであったと言えるかもしれない。

ロードバイク
ロードバイク

 実は、新しい自転車の必要性を感じ始めてから暫らくは、ロードバイクの購入など全く頭に無かった。ロードバイクには、ジャージ着てレーパン穿いて流線型のメット被ってかっ飛ばす―的なイメージを強く持っており(偏見です。ゴメンナサイ)、私のポタリング指向とは異なるな、と候補としては無く、しばらくは、クロスバイクのみを検討していたのだ。が然し、或る日、普段着でロードバイクに乗っておられる方を見かけ、あれ?ロードバイクもありかな。結構イケるかも―と考えるようになったのだ。
 そして思い返してみれば、もうずっと、フラットバーハンドル(真っ直ぐなハンドル)の自転車に乗っている。クロスバイクに十数年、そしてそのあとは今のマウンテンバイクに十数年と、彼是三十年近く似たようなタイプのバイクに乗っている。ドロップハンドルのバイクなど、十代の頃に数年乗ったきりだ。またドロップハンドルを握ってみたい―。こう思い始めると、もう止まらない。急激にドロップハンドルのロードバイクに乗りたくなって来た。
 しばらく前から、漫画の影響と言われるロードバイクのブームが続いていたというのは知らなかった。新しい自転車の必要性から、ロードバイクについて考え始めたのは、この一月ほどのことである。当初ロードバイクは念頭に無かったが、でも、このブームの関係でロードバイクを見かける機会が増え、知らず知らず影響を受けた可能性は、あるかもしれない。

 で、クロスバイクとどっちにするかと迷いはありつつも、結果ロードバイク購入となったのだが、そうなってみていろいろとロードバイクに関し今まで知らなかったことが明るみに出た。ロードバイクには、走ることに直接関係しないものは何も付いていないのだ。
 街乗りする為に必要なあれこれの小物が、ロードバイクには付属していないことが分かった。所謂ママチャリやクロスバイクなどでは、当然付属している小物が何にも無いのだ。同じ入門レベルのモデルでも、メーカーさんによっては、ベル、ライトそしてスタンド付属と、至れり尽くせりのモデルも有るのだが、私が購入したもには、白・赤リフレクター以外何も付いていない。
 ので、ベル、ライト、スタンドの三アイテムをなんとかせねばならぬ。幸い、覚悟していた予算が一割分浮いたので、それで賄うことができた。

 まずはスタンド。
 正確にはこれについては、もともと予算に組み込んでいたので浮いた予算の中には入らない。
 ロードバイクにスタンドぉ?と言われるかもしれないが、私は特に速く走ろうという指向も無いし、自転車を立て掛ける物とてないような田園地帯もよく行く。それに、十分注意するのは当然として、立て掛けたもの壁とか金網とかガードレールとかに万が一キズでも付けたら申し訳ない(器物損壊だし)。自転車にキズがついても勿論嫌だし。ので、購入時に付けて頂いた。

 ライトだ。
 基本的に夜は乗らないので、ライトは必要ないのだが、若しも帰りに日が暮れてしまったりなどすると、無灯火は危険だし法律違反ともなる。過去ポタリングに出かけて思いがけず夜になってしまったことなど無いが(日が暮れるのは承知で出かけたことはある)、やはりなんとかせねばならぬ。で考えた末、自転車用の小さな丸っこいライト(単五二本使用)の本体のみが一つ余っているので(ブラケットは無い)、それをシリコンバンドでハンドルに固定する形でクリアした。シリコンバンドは便利である。普通の小型懐中電灯をハンドルに固定することもできる。
 因みに、道交法では自転車のライトに装着義務はなく、点灯義務がある。つまり自転車に装着していなくても、頭や体やバッグに付けて点灯さえしていればいいという事。なお、道交法上では点滅も「灯火をつける」に含み違反とはならないらしい。ただし、点滅では各自治体の条例に定められた基準を満たさない可能性がある。例えば東京都の場合、前方10mを確認できる光度が求められている。点滅でこれを満たすのは、ちと難しそうだ。

 ベルである。
 これも鳴らすことなど無いのだが、自転車といえども法律上は車輌なので(軽車両)、「警笛鳴らせ」標識のあるところではベル(警音器。自動車のクラクションと扱いは同じだ)を鳴らさねばならない。それに、道路交通法第71条と東京都道路交通規則第8条によって設置義務がある(でも「どいてください」的に鳴らすのは違反)ので、購入したが、ロードバイクのハンドルは径31.8mmと可也太く、大方のベルは取り付け不可能であることが判明し、探すのに一寸苦労した。

 これで絶対必要なものは揃った。だが、考えてみると、いくら高級モデルとは一桁違う価格のエントリーモデルとは言え、新しいロードバイクなど盗難の危険性がすこぶる高い(見た感じ安すそうには見えないし)。余っている百均のチェーンロックだけでは心もとない。ポタリングの際に自転車を長時間止めてその場を離れることなど経験上なく、ランチの時も目の前に置いているのだが、短時間駐輪して離れることはある。で、そこそこ値段の張る結構頑丈なワイヤーロックを購入した。前輪とフレームそして後輪とフレームと、ワンバイク・ツーロックである(スポーツ自転車は簡単に車輪が外せるので車輪だけ或いはフレームだけロックしてもダメなのだ)。
 因みに「地球ロック」と言って、柵や樹木や標識や電柱やガードレールなどの地物(ちぶつ)に自転車をチェーンやワイヤーで固定することは、防犯効果は高いが注意しないと違法行為となる。公共物や私有地内の地物に固定は、基本ダメである。

 実はもう一つ購入したものがある。
 これは必要かどうかと問われると、そうでもない、と答えざるを得ないのだが、サイクルボトルも購入。別に空きのペットボトルを再利用する今までの形でもいいのだが、夏場は結構これが重いのだ。水500ml満タンならほぼ500gであるから。おっさんには結構な荷物だ。で、イタリアのメーカーから出ている、安くて且つBPA不使用・生分解性プラスチック製(日本のメーカーもこうした環境性を考慮した商品をもっと出してほしい)というかっこいいボトルを見つけたので、金属製ボトルケージ(自転車のフレームに取り付けてボトルを入れるホルダー)と共に購入。これなら荷物も軽くなって環境にも低負担だ。

 これでもう小物は揃ったな、と思ったのだが、そう甘くは無かった。大半通販で買ったこれ等が届いてはじめて分かったのだが、自転車へ取り付けるためのネジ・ボルトがみな六角レンチ(Allen Manufacturing Companyというメーカーが元祖六角レンチなのでアレンキーとも)対応なのだ。プラスドライバーでは回すことができないのである。ああ、無知であった。
 この六角レンチだが、一本あれば済むようなものではない。例えば、ワイヤーキーはブラケットで自転車本体に設置できるようになっているがその設置のためには4mmのレンチが必要、ベルには2.5mmのレンチが必要、そしてボトルケージ取り付けには4mmが必要と、いろいろなのだ。工具箱を隅から隅まで探しても、我が家には3mmと5mmと7mmのレンチしかない。ので、足りない分を数本購入。

 今度こそ全部揃った、と思ったがやはりまだ甘かった。私がバイクを購入したお店は、スポーツ自転車専門店で、納車の際1時間ほど懇切丁寧なロードバイクの乗り方やメンテナンスの仕方をレクチャーして頂けたのだが、その際、更に必要なものが分かった。空気入れ(ポンプ)だ。勿論空気入れは家にある。だが然し、ロードバイク(クロスバイクも)は空気を入れるバルブと呼ばれるパーツが他の自転車とは異なりそのままでは使えないのだ(フレンチバルブという)。バルブに関してはアダプターという便利なものがあるからまだいいのだが、問題は空気圧である。ロードバイクの細いタイヤ(私のは25c。25o幅。ママチャリは一般に35mm幅)は指で押しても全く凹まないほどの圧力でパンパンに、いやカンカンになっている。もともと空気量が少ない上にカンカンに入っているので、置いているだけで少しずつゴムの分子の隙間から空気が抜けてしまい、通常週に一回くらいは空気を入れてカンカン状態にせねば折角の高性能が発揮できないし、またパンクの原因ともなる。この凡そ7bar(バール)の空気圧を管理する為、空気圧ゲージ(メーター)付きのポンプが必要と言われたのだ。
 慣れた方はタイヤを爪で弾いた音(カンカン音がするよ)を聴くだけで7barが分かるそうだが、私にはまだ無理だ。パンクは出来得る限り避けたい。やはり初期費用が数千円かかっても、ゲージ付きポンプを買った方が賢明であろうとの結論に達した。
 ただ、ただだ。出先でパンク、というトラブルへの対処も考えねばならぬ。ロードバイクのほっそいタイヤでも、運悪く凶悪なガラス片でも刺さらない限り、空気圧の管理を徹底していればパンクはそう起こるものではない。カンカンに空気が入っていれば少々の異物は弾いてしまうし、段差でタイヤがつぶれリム打ち(路面とリムでチューブを挟んでしまう。多くのパンクはこれが原因)を起こす可能性も少ない。が然し、過去の経験からして、出先でパンク、は悲しい。辛い。なので、出先でのパンク修理(これは出来る)を考えると携帯用ポンプも必要だ。然し、ゲージ付きフロアポンプ(一般的なおっきなタイプ)と携帯用ポンプと二つを揃えるのは少々厳しい。取り敢えずは、まずゲージ付きの携帯ポンプ(地面に置いて足で固定できるタイプ。でも長さ30p弱)を手元に置き、必要性を感じたならば、ゲージ付きフロアポンプを購入しようか、と考えているところである。
 何れにしろ、ロードバイクとは長くお付き合いさせて頂くつもりなので、ケチらずに行こうとは思う。

 ああ、これで浮いた一割分は完全に消えた。ロードバイクがこんなに本体以外でお金がかかると思わなんだ。勉強不足であった。でも、一割浮いただけでも、有難い。

 最後に、ロードバイク購入を検討し始めてから思ったのだが、ロードバイクのデザイン・カラーリングの派手さはもう一寸どうにかならないだろうか。ロードバイクの性質上致し方のない事とはいえ、余りにレーシーなラインや色合いが、ポタリング・街乗り指向の私には抵抗感があり、機種選定に際し意外と障害になった。シックなデザイン・カラーリングのロードバイクもあるが、そうなるとスペック的にやや不満であったり、フレーム・サイズが合わなかったり、お値段的に無理であったりなど、選択肢が非常に狭くなってしまう。
 ロードバイクに対するニーズも多様化して、ロードバイク=レース或いはロングラン、とは限らない。街乗りや普段使いを考える人も多いと思う。私の様なポタリング指向の方もいるであろう。私は結果的にあまりレーシーでないデザイン・カラーリングのものを見つけることができたが、もう少し、メーカーさんも、その辺り考えて頂けると有難いな、と思う次第である。

2018年水無月28日

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*BPA:ビスフェノールA。外因性内分泌攪乱物質(環境ホルモン)の一つともされ、生態系や人体(胎児、乳幼児)に対する影響の指摘もある。安全性に疑問が持たれカナダでは2010年に有害物質指定され、フランスでは2015年に使用が禁止された
*生分解性プラスチック:落っことして失くしても或いは自転車レースの際空になって投げ捨てられファンに拾われることなく放置された場合でも、土中のバクテリアにより水とCO2に分解され環境に負荷を与えにくい
*ポタリング:自転車散歩を表す和製英語。ぶらつく意の「potter」に由来
*バール:1バールは100kps(キロパスカル)に相当。約1気圧。7barは大気圧の約7倍だ
*パンク防止:空気圧を適正に保つ(タイヤ側面に適正空気圧が書いてある)、段差を越える時はゆっくり且つ腰を浮かせて通過する、異物の多い路肩を避ける、等すれば多くのパンクは避けられる

参考:警視庁「自転車の正しい乗り方」

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

(画像は、写真ACより拝借しました)

カスク
 鉄塔巡りで自転車(マウンテンバイク)走行する場合、基本、住宅街の、車とも滅多に擦れ違わないような生活道路のような道をのんびりと行く。所謂ポタリングだ。だが、ショートカットしたい場合や帰りを急ぐ場合などは、やはりそれなりの速度で幹線道路的な交通量の多い道を、時に走らざるを得ない。そんな時は、正直コワイのだ。生命の危険を感ずるのだ。
 ので、ヘルメットの使用を以前から考えていた。
 だが、私は首が弱く、すぐ痛くなってしまい頭痛の原因にもなるので、ヘルメットの長時間着用は非常に心配である。そして頭髪が非常に残念な状態である為、帽子は常に着用していたい。となると、軽くて帽子の上から着用しても違和感のないものは・・・、とあれこれ調べ、これだ、となったのが、「カスク」だ。
 カスク(casque)とはフランス語でヘルメットの事で、現在の様なヘルメットが一般となる以前に使用されていた自転車用の頭部保護具である。ヘッドギア、に近いかな。

カスク カスク
カスク
サイズは後頭部の面ファスナーで調節

 後に写り込んでいる緑地は、三鷹市の国立天文台の敷地である。ご覧の如くこの日は日差しも強く、かなり気温も高かったが、カスクは隙間が多いので、キャップの上に装着しても風通しは良く特に暑かったり蒸れたりということはなかった。ただ、盛夏の候となれば、どうなるかは、現時点では分からない。

 私が選んだのは、「ドッペル◯ャンガー」さん(キャリーも愛用させて頂いている)のカスクだが、重量は185gと超軽量(でも俯くと結構重さは感じる)。折りたたんでバッグに入れることも可。キャップやニット帽の上からでもかぶれる。キャップの天ボタン(てっぺんのぽっち)が頭に当たって痛いかと思ったが、そこそこ空間があり大丈夫であった。
 そうそう、お値段も手ごろである。

 隙間も多く、プラスティックのシェル(外殻)もないので、保護機能はヘルメットには劣るが、何もかぶらないよりはましであろう(と思う)。ただ、他メーカーさんのカスクに比し、このドッペルさんのものは隙間は少なくサイド部分の面積も広いので、安全性は高そうに思える。

 ヘルメットやカスクを被ったりバックミラーを付けたりと、自転車に乗る側の安全対策は個人の責任でする必要はあるのだが、車道走行が基本である自転車とすぐ脇を走る自動車との距離(間隔)を、多くの道路で確保しにくい現状、これも何とかして頂きたい。最近増えた、自転車走行位置・方向を示す「自転車ナビマーク」、この上を走っていても、後ろから自動車が追い越してゆく際には、更に路肩側に寄らなければならない。路肩は凸凹していたりするし、縁石にペダルが当たりそうになるし、街路樹の枝が伸びていたりするし、路上駐停車中の自動車も避けなければならないし。アブナイのである。
 完全なる自転車専用通行帯(自転車専用レーン)を整備して頂くことを、切に願う次第だ。

 しかし、随分と久しぶりに自分用のものを買った。最近買っているのは、おばあちゃんの介護用品と猫関連のグッズばかりだ。

2018年皐月21日

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*カスク:「にっぽん縦断 こころ旅」で火野正平さんが被っているので見たことのある方もいるのでは。現在はヘルメットを指す語だが元来は兜を指すものだったらしい。またヘッドフォンは「カスク・オーディオ(casque audio)」と言うらしい
*ポタリング:自転車散歩を表す和製英語。ぶらつく意の「potter」に由来

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

ハーネス練習
 少し前、「北の離れ」の「ハーネス」記事で触れたように、ハーネスが超苦手なミケさんだが、最近ほんの少ーしだけ慣れてきた。
 と言っても、装着するときはめちゃオコるし、装着してもほぼ動けず固まる。
 ハーネスは、はじめ式部と巴と共用のMサイズを使っていたのだが、最小まで絞ってもどうも緩い。ので、同じ56nyanさんオリジナルのSサイズを新たにミケさん用に購入。でもこれだと最大まで緩める状態となり若干きつそうだ。ミケさんの胴回りはSとMのぴったり中間なのだ。しかし、当初は硬かったハーネスの生地も徐々に馴染んできて、やや余裕は出てきたようである。

 下は、散歩に連れ出したが、伏せて動かぬミケさん。

ミケさん

 こちらは、その伏せた状態で、横倒しになるミケさんだ。

ミケさん

 大分不満そうな気持がもろに表情に出ている。しかし、この状態から、結構気持ちよさそうにころころ転がったりはする。ゴロゴロ喉を鳴らしているので、満更ではないのかもしれない。
 今ではすたすた歩く巴さんも、当初の頃は彫像の如く動かなかった。毎日少しづつ練習すれば、歩けるようにはなるであろう(今でも若干は歩く)。装着時のオコも大分減ったし。

 何度も書くように、15年以上野良さんとして自由に生きてきたミケさんだ。好きな時に外に出られないのも、ハーネスなど付けられるのも嫌であろう。下の写真の顔を見ればよく分かる。でも、なんとか完全室内方式に馴染んで頂きたい。
 完全室内方式が両者において(特に猫において)ベストな方法とは必ずしも思わないが、現状ではベターな方法であると考える。嘗ては出入り自由方式も採用していた経験上で言えば、出入り自由に比し完全室内は、病気もケガも(事故の危険も)少なく、ご近所へ迷惑をかけることもほぼ無く、また食事や治療の管理も容易で、私(人間)としては、より良い方式であると実感している。
 猫に対しては、人間の都合で申し訳ないとは思うのだが、宜しくお願い致します、と言いたいところである。

2018年皐月9日

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*ハーネス(harness):馬具に由来するもの。ロッククライミングなどで使う安全ベルトや犬・猫の胴輪のこと

ハーネス
 溶血性貧血で長患いをしていた我が家の猫、二代目式部(しきぶ)だが、元気がよくなり、また気候も良くなったせいか、やたらと外へ出たがる。娘の二代目巴(ともえ)も同様に出たがる。特に式部だが、ずっと具合の悪かった今までの反動もあるのか、食べたがりと出たがりが激しい。毎朝五時に鳴きわめいて私を起こしに来る(一応無視するが)。これは何方かというと、出たい、よりも、食べたい、が強いのだが、昼間は、出たい出たいと鳴きわめく(元気になってからは具合の悪かった時に比べあまりかまってやらなくなったこともあるのかな)。
 が然しだ、我が家は完全室内飼い方式である。もともと出入り自由のお宅で長年暮らしてきた母娘であるから、半年(我が家で暮らすようになってそれくらい)やそこらで室内のみの生活に慣れろと言っても、それはやはり気の毒な事である。ストレスも当然たまるであろう。
 で、折衷策として採用したのがハーネス&リード装着による散歩方式である。これは先代の式部と巴の時に採用したものの継承である(当時はハーネスではなく首輪にリードを繋げていた)。これならどうであろうと、実行したのだが・・・。
 したのだが、このハーネスが曲者である。首輪には特に問題なく馴染んでくれた母娘だが、ハーネスはやはり勝手が違う。装着すると、硬直するのだ(シャレではない)。固まったまま動かない、或いはそのまま倒れる。歩くどころの話ではない。まともに動けないのだ。それでも、母の方は比較的早く慣れ、結構すたすた歩いてくれるようなったが、娘の方は随分と時間がかかった。
 最近のお散歩姿は、こんな感じだ。

 
巴(二代目)

巴(二代目)
娘:巴(二代目)

式部(二代目)

式部(二代目)
母:式部(二代目)
しっぽ長いなあ

 ふたり共に、随分と歩けるようになった。ハーネスのままアスファルトやコンクリートの上でころころしたりもする。でも、母の顔を見ると、大分不満そうではある。
 でもね、他所のお宅(特にお庭)にご迷惑かけたりする可能性もあるし、車の事故もあるし(実際起きたし)、病気やケガまた虐待その他の危険も多い。人間の都合で申し訳ないが、街で暮らす以上、なんとか、受け入れてもらわねばならぬ。

 不満と言えば、ミケさんである。例の交通事故にあったミケさんだ。彼女も出たがる。でも彼女は、お散歩ができないのだ。ハーネスを装着できないのである。着けようとすると、固まるのではなくパニックになってあばれるのだ。
 それはそうだよな、15年以上もノラさんとして自由気ままに動いて来たのだ。ハーネスなんぞ堪らんであろう。でも、散歩には連れて行ってあげたい。一応朝夕、抱っこして庭には連れ出しているが、私の腕の中で大人しく景色を眺めつつも、やっぱり不満そうである。
 難しい問題だが、少しづつ練習しよう。

2018年卯月22日

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*ハーネス(harness):馬具に由来するもの。ロッククライミングなどで使う安全ベルトや犬・猫の胴輪のこと。うちのは56nyanさんオリジナルのダブル・ブロック型Mサイズだ
*無視:可愛そうな気もするが、常に猫のペースに合わせて行動することができない以上此方のペースに合わせてもらうことも必要だ。もちろん鳴く理由を考えなければならないが
*溶血性貧血:一旦良くなっても再発する場合も多いので血液検査が欠かせない

霊園桜景
 サクラばかりが花ではなかろう、と不満の声も出そうだが、何故か気になるサクラ花。今回は、多磨霊園の桜樹・桜花の景を幾つか。

 園内のサクラ(多くはソメイヨシノだが勿論他の品種もある)は、霊園の造成に伴って計画的に植栽されたもので(「多磨霊園」による)、非常に老木・古木が目立つ。樹勢の衰え如何ともし難く、伐採予定の表示を掛けられた樹々も昨今多い。しかし、であるが故に、黒ずんだ太い幹や枝の放つ存在感は味わいのあるものである。
 そんなサクラの樹々は園内多数見かけるし、その並木も多い。だが、私が拘る「園内古(いにしえ)建造物」とのコラボを狙うと、案外無いのである。うまい具合にツーショットを得られるものが。
 それでも、園内彷徨くうちに見つけたものを以下にご紹介したい。

 秋の「秋色」、冬の「雪景」同様、やはりこのシンボル塔から訪ねた。錦を纏おうと、雪を前景に置こうと、サクラと共に並ぼうと、如何にでも絵になる塔だ。

 
府中市、多磨霊園シンボル塔
名誉霊域 シンボル塔

 次は個人的に最も好むところの、11区噴水塔。だが実は、後ろに桜樹があることには気付かなんだ。今回訪ねて初めて知った次第である。

府中市、多磨霊園11区噴水塔
11区噴水塔

 なぜかここを訪れるのは、いつも夏場か秋であった。サクラの存在を知らずにいたのも無理は無いが。

府中市、多磨霊園11区噴水塔
11区噴水塔

 鮮やかな桜色と、古びたコンクリートの塔体それに淡青の空のコントラストが、面白いではないか。

 12区水盤も訪ねてみた。

府中市、多磨霊園12区水盤
12区水盤

 水盤傍らの、支柱で支えられ、赤いコーンで根元を囲われた、「注意」の表示を掛けられている古木がサクラであったのを今回初めて知った。11区噴水塔といい此方といい、ホントに注意力散漫である。花が咲いていなくとも、樹皮や樹形でそれと分かるだろうに。

 ちょっと趣向を変えて、今度は「碑石形像」を。

府中市、多磨霊園碑石形像、新渡戸稲造像
7区 新渡戸稲造先生

 新渡戸稲造先生、ちょっとチャイチイが、サクラを入れようとすると、どうしてもこうなってしまうのだ。ご勘弁を。

 次の二つは、霊園内に建つ鉄塔。鉄塔のページ「Fe塔」でもよかったのだが、鉄塔好きの方以外にも、鉄塔を知って頂きたいので、こちらに載せさせて頂くこととした。

国分寺線55号
22区 国分寺線55号鉄塔

 私の好きな鉄塔、国分寺線の55号だ。構図的には可也無理のあるものだが、いろいろ探っても、これしかポジションが見つからなかったのだ。

久我山線17号
23区 久我山線17号鉄塔

 こちらは、久我山線の単独最終鉄塔の17号。この先は、上の国分寺線(55号の上段が久我山線だ)やその先の車返線また中富線と、他の路線の鉄塔に併架(へいが)されて、有名な神代植物公園近くの変電所まで行くのである。

 ここまで、並木に触れなかった。サクラ並木に関しては、今回の訪問時にも多くの方々が撮影していらしたので、私なんぞが紹介しなくっても沢山の良い絵がネット上見られると思われるから、いいか、とも思ったのだが、でも、この並木はやはり良いイキフンなので取り上げることにした。

府中市、多磨霊園15区サクラ並木
15区内のサクラ並木

 昨年も紹介したが(その時とは逆方向で見ている)、ここは「園路」ではなく「通路」の並木で、霊園内でもめずらしい存在だ。見ての通り可也の老樹の並木だが、狭い道を挟むため、左右の枝が重なり、見事な桜花の天蓋を形成している。未舗装の道も素朴感があって好もしい。
 この15区の使用開始は昭和15年(1940)となっているから、おそらくはその造成の際に植えられた並木であろう。とすれば、植えられてから約80年。樹齢は推して知るべしだ(植え替えが無かったらの話だが)。

 この並木の「天蓋」下を西へ進むと、このようなものに出会った。

府中市、多磨霊園15区オブジェ
15区 オブジェとサクラ
隣りのお墓でアセビも満開

 墓域内に彫像やオブジェ的なものがあるのは左程めずらしくはないのだが、このような、ステンレス鋼の輝くオブジェは、初めてお目にかかった。霊園は、はっきり言って「石と木」の世界である。無数の墓石とそれらを包む樹々の園(その)である。そこにこの金属、しかも眩い光沢。正直、大変失礼ながら、異様感は否めない。

府中市、多磨霊園15区オブジェ
15区 オブジェ

 字を覚えたての子供は、「くつく」と読んでしまいそうである。
 何を表しているのか、興味がある。ここに眠る方の、生前のご職業やご趣味とかに関係しているのであろうか。
 オブジェではないが、墓石そのものでそうしたものは多い様で、遭難した登山家の方のお墓にケルン、とあるペンの創設者の方のお墓にペン先、数学者の方のお墓に球と三角錐を組み合わせた墓石などあるそうである(「多磨霊園」より。私はまだ見たことがない)。このお墓の場合は、墓石はオブジェ右奥にあるようにごく一般的な四角柱型で、墓石とは別にオブジェがあるのだが・・・。
 気になる。

 以上、大分偏ったものではあるが、多磨霊園の桜の景、でありました。お花見候補地選定の参考になれば、幸いである(偏りのないもにつきましては此方のサイトさんなど是非ご参考に)。ただし、場所が場所でありまするゆえ、お花見実行の際は、是非「静かな」お花見を、お願い致します。
 それと、ついでに一言添えると、サクラの開花及び満開の時期だが、多摩地域は都内の開花宣言や満開予想の日付よりは多少遅れる傾向がある。正確なものではなく、あくまで私の経験的なものから来る感覚で言うのだが、例年おおよそ都内より2-3日は遅くなる傾向がある。ただしこのずれも、年により異なるので、ご訪問の際は、多磨霊園公式サイトの「お知らせ」ページや「さくらCh.」等で開花状況をチェックしてからのお出かけを、強くお薦めします。

*多磨霊園用語集霊園マップ(簡略版)霊園航空写真

2018年卯月7日
(取材は3月末)

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*オブジェ(objet):フランス語で物体の意。芸術作品中に用いられる芸術とは本来無関係の物体(石・金属・木片など)或いはその作品を指す語。一般には彫刻や飾りなど立体的造形物全般をひっくるめて指す言葉として使われることが多い。特に抽象的で何と言ってよいか分からないようなものをこの語で片付けてしまいがちな気がする

溶血性貧血
 何度かご登場願っている我が家の猫、「お母さん」こと二代目式部(おばあちゃんが「式部、式部」と呼ぶのでそうなった)。この子が、かれこれ二か月強ほど病気治療で動物病院のお世話になっている。病気は、肝機能障害と溶血性貧血である。二つの病気の因果関係は不明だが、何であれ並行しての治療が必要なので、ずっと定期的な通院と自宅での投薬が続いている(薬を飲んでくれるので助かる)。

 肝機能障害は読んで字の如く、肝臓機能の障害である。溶血性貧血は人間でも同じ病気があるが、これは赤血球の寿命(ヒトは約120日)が非常に短くなり早く破壊される状態―溶血(ようけつ)―により起こる貧血。原因は種々あるが、自己の抗体により赤血球が破壊されてしまう「自己免疫性溶血性貧血」が最も多い。これに罹ると、元気がなく食欲もなく痩せてくるなどの症状が出るが、見た目に顕著なのは、黄疸と黄色いおしっこである。破壊された赤血球のヘモグロビン(血色素)が体内で処理され、間接ビリルビンという黄色い色素になる為で、式部も、口の中や耳の内側などから赤みが消え、可也黄色っぽくなった。おしっこは、顔料を混ぜたかの如くまっ黄色である。
 元はノラさんだった所為か、なんでも食べたがり、我々の食事の際など式部から食べ物をガードするのが大変であったのが、食べたがりもせずぐったり寝てばかり。5kgあった体重も4sに減り、がりがりに痩せた姿は、気の毒であった。

 食べたがらないとは言っても、食べてもらわねばならぬので、あれやこれや様々な種類の「CIAO◯ゅーる」(一般に販売されていない動物病院専用の高カロリータイプもある)を試し、これまた様々な缶詰やおやつをあれこれ試し、何とか口にしてくれるものを探し出し、食べさせ或いは飲ませ舐めさせる日々であった。
 のだが、ここ最近やっと、血液検査で赤血球の値が正常に戻った。今まで多かった有棘赤血球もほとんど無くなったそうだ。食欲も元に近くなり、「お嬢さん」こと二代目巴(先代と色・柄がクリソツ)と母娘で家の中を追いかけっこするまでに元気も回復してきた。尿も他の猫と区別がつかないほど黄色が薄い。

式部と巴
まだ外で食事を与えているだけの頃(昨夏)の母娘
式部(左)は大分ふっくらしている

 勿論完治とは言えないので油断はできないが、これからは、肝機能障害の治療に比重が移せそうだ。貧血治療ではステロイド(副腎皮質ホルモン剤)を服薬させるのだが、この薬が肝臓に負担をかけてしまい、肝機能の回復には相反することとなるらしいのだ。でも、まあ、ちょっだけ安心である。
 ここまで来るのに大分苦労したが、動物保険に入ったあとだったのが、不幸中の(ちょっと)幸いである。

 追記:この動物病院でお世話になっていた看護師さんが、今月で退職され故郷へ戻りそこでまた動物病院で働かれるそうだ。とても気さくでやさしい方なのでそちらでもきっと動物たちに愛されるであろう。折角馴染みなったのにさみしいが、これも人生だ。
 短い間でしたが、有難うございました。ブログに猫ネタ載せるで、見てやって下さい。

2018年弥生12日

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*有棘(ゆうきょく)赤血球:金平糖状の赤血球で免疫的な赤血球異常や肝障害時に現れるらしい
*動物保険:うちは50%補償の商品だが、70%や80%補償というタイプもある。保険会社によって加入できる年齢や補償内容、更新時の条件また保険料はホントにさまざまで、選ぶのに苦労した。ヒトの保険相談の会社で動物保険も扱ってくれないであろうか

地理と歴史
 平昌冬季オリンピックは、メダル決定の瞬間をLive映像で見ることが出来たのは、女子カーリングの三位決定戦ほか幾つかしかなかったのだが、その中で一番印象に残っているのは、17日の女子スーパー大回転、チェコのエステル・レデツカ(Ester Ledecka)選手の「きょとん」金メダルだ。
 レデツカ選手は、史上初、スキーとスノーボードの両方で出場し、七日後の24日には「本業」のスノボのパラレル大回転(2017年世界選手権優勝、Wカップ6戦5勝)でも金メダルを取るという、これまた史上初の偉業を成し遂げることとなる素晴らしい選手なのだが、ご本人、まさかスキーで優勝するとは思ってもいらっしゃらなかったようで(Wカップで表彰台経験なし。映ることも無かろうと当日はノーメイク)、スコアボードの自身の表示を見ても信じられず、呆気にとられたように暫らく立ち尽くしていたのが、とても印象に残った。

スキー スノーボード

 しかし考えて見れば、これは歴史が変わる瞬間を目撃したのかもしれない。スキーとスノボという異なる競技を、どちらも捨てることなく突き詰めてトップに立つ。これから、他の種目でもこうした形を求める選手が増えてくるかもしれない。「二刀流」、面白いではないか。

 この国では、どうも、一つ事を突き詰める形が尊ばれ、いろいろと並行して行ってゆくことは良しとされず蔑(ないがし)ろにされる傾向がある。別に前者が良くないというのではない。どちらも、それぞれ良いではないか、と言いたいのだ。

 人の生き方を、「地理派」と「歴史派」に例えて表すことはよく行われる。前者は一つ一つの国に関しては深くは知らないが、その代わり多くの国の事を知っている。後者は多くの国の事は知らないが、その代わり一つ国の事は深く知る。いわば、前者は広く浅く、後者は狭く深く、と言ったところ。どちらがより世の中を知るかは、それぞれどちらも短所長所があり、一概には言えない。
 理想的生き方を言えば、「地理」と「歴史」が融合し、多くの事柄を深く知る「広く深く」が理想だが、残念ながら、その形を完成させられるほどの時間もエナジーも、普通人間は持ち合わせてはいない。
 ので、どちらか自分にあった方を選べばよいのだ。この国では求道的な「歴史派」にしか価値を見出さないような空気が支配的であるが、「地理派」でも良いではないか。それぞれ好きな方を選べば。

 ただ、今回、レデツカ選手が平昌で「地理」と「歴史」の両立が必ずしも不可能ではないことを示しくれた。誰にでも当てはまる例ではないかもしれないが、希望を感じる出来事だ。「人生100年時代」ということを考えれば、「地理」と「歴史」の両立を諦める必要は、若しかしたらないのかもしれない。いや、それどころか、端から「地理」も「歴史」も両方ねらってゆくというのも、アリなのかも。

 まあ何であれ、多様なフィールドで「二刀流」が増えると、世の中もっと面白くなる。そんな風に思えるのだ。

2018年弥生1日

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*スーパー大回転(スーパー・ジャイアント・スラローム):スピードの滑降(ダウンヒル)と技術の大回転(ジャイアント・スラローム。滑降と回転の中間)との中間的なかたちのスキー競技。1988年のカルガリー大会から採用
*パラレル大回転(パラレル・ジャイアント・スラローム):一人ずつ滑る大回転と異なり並行(パラレル)に設定されたコースを二人で同時に滑るスノボの競技。2002年ソルトレイク大会から採用

画像は、シルエットACより拝借しました

霊園雪景
 もう大分前の、1月末だが、雪残る多磨霊園を訪ねた。その頃は、東京としては可也強烈な寒波であった。我が家の庭には、植木への水やりのため置きっぱなしで水入れっぱなしのバケツがあるのだが、そのバケツの水が、表面から底まで完全に凍ったまま何時までも解けずにいた。バケツに水を入れる水道の蛇口もそこに繋げたホースも、中が凍りまったく水も出ない(水道管は幸い破裂しなかった)。結構長くこの家で生きているが、初めての事である。例年は、バケツの水も凍ってせいぜい厚さは5センチ程度であったのに。
 そんな寒さであるから、十日ほど前の大雪(これも東京としては、だが)の積雪が、庭に限らず、町の彼方此方にいつまでも消えずにいた(特にアパート周囲)。この雪を見ていて、そういえば霊園の雪景色は見たことがないなと気づき、急遽訪ねた。のだが、幾ら強力な低温とはいえ東京である。園内、流石に雪はもう大分溶けてしまい、「雪景」と言うほどではなくなってしまっていた。然し、それでも、雪残る霊園の景色はお初であるし、当然ながら紹介したこともないので、ここに留めておこうと思う。

 まず赴くはここであろう。「シンボル塔」と呼ばれる噴水塔。昭和5年(1930)から、90年近く園の中心的存在として建ち続けている塔だ。

府中市、多磨霊園シンボル塔
シンボル塔
老朽化のため接近は叶わない(整備後解放予定)

 南側はもう完全に雪は消え果てていたが、西側は大きな木立に日が遮られ、ご覧の如く、まだ「雪景色」が残っていた。
 その本来の、噴水塔としての機能は停止して久しいが、この塔の持つ、その美しさは変わる事が無い。
 周囲の樹々にも雪残る絵を、見たかったなあ(でもそんな状態の頃は、とても自転車では来られなかったであろう)。

 次に訪ねたのは、3区の机(またはソファー)型水場。


 うーん・・・、「雪景」とは言い難い。周囲はすでに雪解けでぬかるみ、私のバスケットシューズの靴底にはたっぷりと泥が付着してしまった。
 白雪の中に埋もれた黒い水場、的イメージを持って期待していたのだが、まあ、無理もない。遅きに失した。

 次は4区四角型水場。こちらは深い木立の中である為雪は多く、まあまあ、近いイメージである。


 園内、他の場所もあちらこちら探ってみたが、やはりもう、雪は残り少ない。園路も、喜ぶべきか悲しむべきか、全く無理なく自転車で走行できるレベルだ。
 やっと、それらしき絵は、例のトチノキ並木で見ることができた。
 と言っても、樹々の影に入る南側の歩道部分だけである。


 ああ、もう少し早く気づき訪ねるべきであった。
 また来年、だな(生きてれば)。

*多磨霊園用語集霊園マップ(簡略版)霊園航空写真

2018年如月25日

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*アパート周囲の雪:最近は管理人さんいないし住民の方も若い方が多くスコップなんて持ってないであろうし雪かきはむつかしいであろうけど

B型
 B型、とはお察しの通りB型インフルエンザのことである。遂にこれに罹患してしまった。
 と言っても私ではなく、私が介護している90歳超の我が家のおばあちゃんである。気を付けてはいたのだが―。週四でデイサーヴィスに行っていれば、そういうこともあるであろうとは、覚悟はしていた。2016年には、ノーウォークウィルスにも感染したし。これはやはり、致し方のないところである。

 発症したのが、運悪く連休中であった。頻りにゴホンゴホンと乾いた咳をしているので、若しやと思い検温すると、38度ぴったり。これはやられたなと、がっくり来たが、凹んでもいられないので、早速タクシーをお願いして、市の休日診療施設へGO。
 いやいや、流石に社会問題化するほどのインフル大流行。左程広くもない待合室には、マスク姿の方々がびっしり。少し視線を移せば、受付窓口前にもマスク姿の方々が長蛇の列。気の毒にというか、心配になるほど見るからに具合の悪そうな方も並んでおられる。これは参ったなと思ったが、致し方ない。
 とりあえずおばあちゃんをソファーに座らせて列に並び、用紙をもらって記入し、別の窓口に提出。暫しの待ち時間の後診察と相成ったが、この待ち時間の間におばあちゃんの容態が悪化。車いすのお世話になり何とか受診し、B型インフルエンザと診断され、タミフル五日分を処方された。
 帰りも当然タクシーをお願いし、帰宅。寝室の介護ベッド(レンタル)に直行。
 普段ならかかりつけドクターに往診を頼めばそれで済むことなのだが、随分と手間がかかってしまった。おばあちゃんにも辛い思いをさせてしまった。間が悪かったとしか言いようがない。

カプセル剤

 と、これで順調に解熱し、回復してくれれば良いが、そう願う通りには行かないのが世の中である。
 ほとんど飲めず食べられずの状態であるから、可也こまめにOS-1など飲ませてはいたが、翌日脱水状態となり、通常140前後ある収縮期血圧が90ほどに低下。意識も朦朧とし、自力で立つことも出来なくなってしまった。これはもう病院のお世話にならざるを得ないが、とても通常のタクシーに乗せられる状態ではなく、ストレッチャーが必要に思えた。だが、ストレッチャーに乗せてもらえる介護タクシーは予約制で、彼方此方確認したがすべて断られた。これは致し方なしと、通常のタクシーで病院にと思い、一昨年から昨年にかけ大腸がん洞不全症候群で入院し、現在も通院している病院にあたってみたが、インフルエンザでの入院は不可能と断られてしまった。要するに、個室での隔離が必要だが、その個室が満杯なのだそうだ。然(さ)もありなん。
 万策尽き、「119」とスマフォのダイヤルボタンを押した。かかりつけドクターにも電話で救急車を呼んでくださいと指示もされてはいたが、インフルエンザで救急車を頼むなど、非常に気が引けた。だが、他に方法が見つからなかったのだ。

 ところが、救急隊の方が彼方此方と病院を探して下さったのだが、やはり入院前提での受け入れはすべて断られてしまった。私が直接頼んだ前記の病院にも改めて頼んでくれたのだが、これも答えは同じであった。最後に、入院は不可だが診察と点滴のみであればOKという病院が見つかり、大分遠くではあったが、そこにお願いすることとなった。

 診察の結果は、やはり脱水ということで、点滴をして頂き、そのままタクシーをお願いして帰宅。

 と、これで順調に解熱し、回復してくれれば良いが、そう願う通りには行かないのが世の中である(前と全く同じだ)。
 翌々日には、また状態が悪化。かかりつけ医院は休診日である。なんと間の悪い。ただ、こんどは多少自力歩行が可能。ストレッチャーは必要なさそうなので、通常のタクシーをお願いし近所の総合病院ER(救急外来)を受診。
 ここでもやはり結果は同じく、脱水、である。ここでは、血液検査を併せて行ってくれ、結果腎機能の低下が目立つとのことであった。また点滴をし、かかりつけドクターへの連絡事項を封書で頂き帰宅。

 翌日は、発症してから五日目にしてやっとかかりつけドクターに診察して頂けた。ここでまた点滴。翌日もまた点滴(ここ数日でいったい何度タクシーをお願いしたのだろうか。家計簿を見るのがコワイ)。とにかく、飲めない、食べられないの状態なので、点滴が不可欠なのだ。
 ドクターのお話によると、通常ならそろそろ回復するはずであるが、週が明けても(最後の点滴は土曜日)状態が変わらぬようなら、入院が必要であろうとのことであった。そうなれば、インフルエンザ自体はもう完治しているし、病院も紹介できるのでご安心をとのことである。
 入院は、おばあちゃんの気持ちを考えるとできれば避けたいので、訪問看護を考えケアマネージャーさんに相談したのだが、マネージャーさんと訪問看護ステーションとのスケジュールが合わず、すぐには対応できないとのことであった。それに訪問看護を受けるには、主治医を交えてのケアプランの作成や契約などそれ相応の手続きを経なければならぬので、やはり急には無理である(ケアマネさんは心配して、終業後当方に寄っておばあちゃんとも話して下さった)。

 で、週明けである。
 残念ながら、状態は相変わらずだ。幸い血圧は平常に戻ったのだが、飲めない・食べられないは同じである。これはもう、私一人の力の及ぶ範囲外のようである。入院のための紹介をドクターにお願いし、幸いベッドに空きがあったので、即入院と相成った次第だ。
 入院がどのくらいになるのか、現時点では不明。一週間程度で済むのか、或いは思いのほか長引くのか。前回の大腸がん・洞不全症候群の際も、まさか入院が三か月に及び、なお且つそのあと更に三か月介護老人保健施設でのリハビリが必要となる等、思ってもいなかったからな。

 因みに私であるが、おばあちゃんに接触する際はマスクをし、接触後は手指の消毒をしつこいほどしていた所為か、インフルエンザ的症状は出なかった。もともと私はインフルエンザには罹った記憶があまりなく(罹ったことがないのではない)、最後に罹患したのは、もう思い出せないほど遠い昔だ。罹り難くなるような習慣を知らずに実行しているのか(鼻洗浄とか)、或いは罹っても症状が出にくいのだろうか。まあ何れにしろ、症状が出なかったのは不幸中の幸いだ。もし私がダウンしたらば、えらいことである。おばあちゃんと、猫たちのお世話が出来なくなる。油断禁物。気をつけねば。

2018年如月21日

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*B型インフルエンザ:オルソミクソウイルス科B型インフルエンザ属のウィルスによる感染症。インフルエンザウィルスにはA・B・Cの三つの型があるが、B型はヒトとアシカやアザラシにしか感染しない
*鼻洗浄:鼻うがい。これがインフルエンザ予防に効果があるのかどうか不明だが、私は中学生の頃(だと思う)から入浴・シャワーの際に欠かさずやっている。温めのお湯を掌ですくい、それを鼻の穴から吸うのだ。そしてのち、手鼻をかむように片方の穴を押さえながら「ふんっ」とお湯を出す。これを左右一二回ずつ行うのである。お湯を吸い込むときに、ツーンと来ないようあまり奥までお湯を入れないために少々コツが必要だが、非常にスッキリする。私はこれが習慣化しており、シャワー時に何時も無意識のうちに行っている。ただこれは正式な鼻うがいの方法ではなくあくまで私の自己流である。真似等なさらぬようお願い致します

(画像は、イラストACより拝借しました)

霊園秋色―拾遺
 先日、多磨霊園の秋色(しゅうしょく)を「碑石形像」、「アール・デコ」そして「鉄塔」と三編に分けご紹介したが、その三つ何れにも当てはまらなかったものを、拾い上げて纏めてみた。

 まずは、セミ時雨激しき真夏の候の姿をご紹介した、香川県は豊島(てしま)生まれの「大石灯籠」。今は、落葉間近のケヤキを背にしている。場所は、名誉霊域通り北端、15区、16区、19区そして20区の四区画の接するその交点、謂わば「フォー・コーナーズ」にある(ロータリー内)。

府中市、多磨霊園大石灯籠
多磨霊園大石灯籠(標高50.5m)

 「大石灯籠」は結構、面白い存在なので、若し興味がお有であったらば、是非昨夏の記事で詳細をご覧頂きたい。

府中市、多磨霊園大石灯籠
大石灯籠

 下は、正門西側にある、昭和37年(1962)開設の芝生墓地。

府中市、多磨霊園2区芝生墓地
2区芝生墓地(標高48.3m)

 妹分の小平霊園のそれに比せば、かなり狭いものである。壁墓地と共に、霊園全体としては西洋風であるとはいえ、墓域には「和」的雰囲気の強い園内において、幾分異質とも言える領域である。

 次には、園内にその東端部が少し含まれる、古多摩川の削り残しである「残丘」浅間山(せんげんやま。標高79.8m)。園内とはいっても、南東部の本当に端っこで、霊園好きの方にとっても、あまり印象は強くないと思う。しかし、平坦な霊園の風景にあっては、なかなかに重要なアクセントである。意図されたものかどうか不明だが、良き「借景」となっている。

府中市、多磨霊園西2号通りから浅間山
西2号通りから浅間山(霊園外の部分)

 上は、24区と25区境、西門へ続く西2号通りから、南望する浅間山の中心部。右側の木立が失われているのは、この山に自生する固有種の植物「ムサシノキスゲ(Hemerocallis middendorffii var. esculenta f. musashiensis)」の育成のため、日照確保の伐採(皆伐)が一部行われたためである。浅間山はいわゆる雑木林であるが、こうした林は「萌芽更新」と言って、一定期間ごとに育った木を伐採し、切り株から伸びた芽を育て樹林の若返りを図ることが行われてきた。薪炭として利用しやすい細い材を繰り返し得るためである。なので、今の浅間山のこうした姿、一部伐採が行われている姿は、本来の姿に近いと、言えるのかもしれない。

府中市、多磨霊園4区から浅間山
4区から浅間山

 こちらは4区、南縁西の小出入り口付近(この辺は、拡張前の領域と拡張後の領域との境目付近)から、26区越しに見る浅間山。ケヤキの葉が、風に舞っている。

府中市、多磨霊園26区から浅間山 府中市、多磨霊園26区通路
26区と浅間山

 上左は浅間山麓26区内から望む姿。この区画はつい最近通路が舗装され、新しく開設された郊外霊園のような雰囲気になってしまった。右は同じく26区内だが、浅間山と墓域の境をなすこの通路は昔のままだ。左手が浅間山の斜面である。

 次に、並木を少し。春のサクラ並木や早い秋のトチノキ並木などは以前に少し紹介したが、紅・黄葉の並木は初めてだ。

府中市、多磨霊園3区、4区境界のイチョウ並木
3区、4区境界のイチョウ並木(標高49.4m)

 これは、西1号通りと公園通りの交点(3区、4区、5区そして6区の交点でもある)、小さなロータリー内のベンチから見る、3区と4区の境をなす園路のイチョウ並木。4区水場のすぐ横だ。園内、なぜか、並木に限らずイチョは少ない。
 下は、25区のケヤキ並木。この、WW2末期から昭和30年代にかけて造成された24・25・26区辺りは、初期の頃からある区域に比し大きな木立は少ないのだが、ケヤキは成長が早い所為か、この並木はなかなか立派である。

府中市、多磨霊園25区ケヤキ並木
25区ケヤキ並木(標高51.3m)

 こちらは、南縁西の小出入り口から続く、左側の26区と右側の4区の境界をなす園路の、並木とも言えなさそうな小さな並木。26区側はケヤキ、4区側はモミジバフウだ。

府中市、多磨霊園4区、26区並木
4区、26区境界の並木(標高50.1m)

 最後に、普通に「木立」。
 浅間山麓の、小高い26区(下の園路より4-5m高い)から、25区方向(上)及び公園のある5区方向(下)の木立を望む。

府中市、多磨霊園26区から25区

府中市、多磨霊園26区から5区
26区から見る園内の木立

 今回、これほどじっくりと、霊園の秋の風景を愛でたのは初めてである(鉄塔は除く)。数えきれないほど霊園は訪れているが、なぜ今まで、こういった紅・黄葉の時期に彷徨(うろつ)くことがなかったのか、自分でも不思議だ。確かに、紅・黄葉のシーズンなどほんの一瞬で、お天気が悪かったり他に用事などあり忙しければ、あっという間に過ぎ去ってしまうので、機会がなかった、ということもあったかもしれない。でも、少し気合いを入れて狙えば、何とかなるのはこの通りだ。
 然し、何で今まで狙わなかったのであろう。やっぱり不思議だ。

 以上、この真冬に、計四回にも渡り拙い紅・黄葉の絵を載せてきたが、晩秋の錦を纏った霊園のイキフンを、少しでも感じで頂ければ、幸いである。

*多磨霊園用語集霊園マップ(簡略版)霊園航空写真

2018年睦月11日
(取材は11月末)

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*ムサシノキスゲ:ツルボラン科ワスレグサ属の多年草。ニッコウキスゲと一般に呼ばれるゼンテイカ(禅庭花)の変種。浅間山にのみ自生する。東京都レッドデータブックで絶滅危惧II類。そのレッドデータブックには、「林床管理を継続し、明るい疎林状態に保つことや、園芸目的の採取に対する取り組みを行うことが望ましい」とある

霊園秋色―鉄塔編
 鉄塔のカテゴリに書こうかどうしようか迷ったのだが、小金井門塔が手前にあるので、こちらのカテゴリに書くことにした。

 まずはその、小金井門塔と国分寺線55号のツー・ショット。

国分寺線55号と小金井門塔
国分寺線55号鉄塔と小金井門塔

 55号鉄塔(標高51.4m)は、22区北端辺りにある。小金井門のすぐ西側だ。霊園北門脇にある久我山線17号鉄塔から上段に送電線を受け、さらに霊園外に建つ国分寺線54号鉄塔から下段に送電線を受けている(参照)。

国分寺線55号
55号鉄塔

 光が収束するように、塔頂部へ向け鋭く窄まってゆく姿は特徴的である。次に紹介する隣の56号より頂部が長く、シャープな印象が強い。私の好きな鉄塔の一つだ。

国分寺線56号
国分寺線56号鉄塔(標高50.9m)

 こちらは、そのお隣の国分寺線56号鉄塔。21区、霊園北縁の東八道路沿いに建っている。バランス耐張型と言う少し珍しいタイプである。  ちなみに、56号の脚元近くには、日本での原爆開発の中心の一人となった仁科芳雄と、ノーベル物理学受賞者朝永振一郎のお墓がある(同じ墓域)。

 両鉄塔、昭和36年(1961)竣功のなかなかに歴史ある存在である。送電路線自体はさらに古く、昭和10年(1935)頃撮影された小金井門の写真にも、現在とほぼ同じように架空線(がくうせん。送電線のこと)が写っている。なので鉄塔は、二代目か三代目であろうと思われる。

 鉄塔のページ「Fe塔」では、幾度もご登場願っている国分寺線のこの55号と56号であるが、こちらの「北の離れ」では初めての登場である(と思う)。鉄塔自体もこちらではほとんど登場がないので、少し説明させて頂きたいと思う。
 国分寺線と言うのは、東京電力の送電線で、小平市の多摩変電所を発し、地上では府中市の車返変電所まで、地下ケーブルではさらに南の北多摩変電所まで続く路線である。多摩変電所から発してから36号までの間は、国分寺線・高木線・多摩橋線の三路線併架(へいが)というめずらしいパターンで続き、37号からは単路線、55号からは久我山線との二路線併架、そして63号からは車返線との二路線併架ガントリー(西武多摩川線上に連なる)と、かなり変化の多い路線である。

 おそらく、多磨霊園好きで、幾度も訪れているファンの方と言えども、鉄塔に等は注意を払っては居られないであろうと思う。多分ではあるが、鉄塔が視界に入ってはいても、意識にはのぼっていないであろう(勝手な推測です)。が、若し、若しほんの少しでも、国分寺線55・56号鉄塔(及び久我山線17号鉄塔)、霊園の風景の一部として気にかけて頂けたら、鉄ヲタ(鉄塔オタク)の一人として、喜ばしい限りである。

*多磨霊園用語集霊園マップ(簡略版)霊園航空写真 鉄塔用語集

2018年睦月9日
(取材は11月末)

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*車返線:「車返」は「くるまがえし」と読む。源頼朝の奥州征伐に関わる伝説に由来する名である(参考)。この鉄塔は「我らが少女A」をお読みの方にはお馴染みであろう

霊園秋色―アール・デコ編
 特にどうと言うことはない。何れのアール・デコ調建造物、そのコンディションは別として、お姿そのものは数十年一日の如き相変わらずのものである。しかし、秋色を纏ったその絵はまだ拝んだことも取り上げたこともなかったので、ここに紹介させて頂きたいと思う。今回も、前回に引き続き、「カエデ色」メインだ。

 まずは、ここから始めるべきであろう。

府中市、多磨霊園シンボル塔
多磨霊園シンボル塔(噴水塔)(標高48.7m)

 霊園のメインストリートとも呼べる「名誉霊域通り」のそのまたメイン、「シンボル塔」。
 周囲はマツ等常緑樹が多く、紅・黄葉とのツーショットはやや困難であったが、彼方此方ポジションを探り、山本五十六墓など並ぶ側からなんとか確保。空の青を背に、焔(ほむら)の如きカエデと共に、美しいお姿だ。
 しかし、老朽化の為整備予定とのことだが、その整備が行われている様子はまだ窺えない。柵が設けられ、立ち入り禁止となって久しいが、予算の問題であろうか。

府中市、多磨霊園シンボル塔
シンボル塔

 なんか一昨年より、塗装も痛んでいるようにも見える。
 整備が終わり柵が取り払われることを、願うばかりである。内部も拝見したいし、機銃掃射痕も確認したい。

 次は、昨夏、なぜかここのみ周囲が舗装された11区噴水塔

府中市、多磨霊園11区噴水塔
多磨霊園11区噴水塔(標高49.5m)

 園内広しと言えど、通路(区画内道路)が舗装されているのは、私が知る限りここのみだ(いや、26区は最近全面的に舗装されたな)。舗装されること自体は、墓参者にとっても散歩者にとっても悪い事ではないと思うのだが、何故ここのみ施されたのか、そこの理由は気になるところである。

 次に、12区水盤
 相変わらずの、風化危惧状態だ。

府中市、多磨霊園12区水盤
多磨霊園12区水盤(標高49.9m)

 見る度に、周囲に落下している小さな欠片が増えているように思えて、非常に心配である。

府中市、多磨霊園12区水盤
水盤

 本体の、ヒビに沿って見える白い部分は、エフロレッセンスと呼ばれるものであろうか。この「白華現象」という名もある現象は、コンクリート内部の水酸化カルシウムCa(OH)2が、内部に侵入した水に溶けて表面に染み出し、空気中のCO2と反応して炭酸カルシウムCaCO3が生成されて固まるものだそうで、構造物の強度などには問題なく、また生成物の有害性もないということだ。ただ、ヒビ割れから大きく目立って発生している場合などは、そのヒビ割れや水の侵入・移動自体は問題なので注意が必要だそうである。
 外観的な事もあるし、出来得れば、全面的なメンテナンスの施しを、早急にお願いしたいところである。

 順番通りに進み、次は13区給水塔

府中市、多磨霊園13区給水塔
多磨霊園13区給水塔(標高50.1m)

 寄りだと、周囲は常緑樹のため紅葉はわずかしか見られないが、南面の小ロータリーからは、この通りだ。

府中市、多磨霊園13区給水塔
給水塔とカエデ

 でも、本体は暗いね。
 こちらは、塔自体のコンディションは左程問題にはならないように見えるが、周囲の状況はあまり望ましいものではない。もう少し、目立つ様にしてあげられないものであろうか。木の伐採は、倒木の危険でもない限り行わないで頂きたいが、11区噴水塔の様に、剪定は是非行って頂きたい。あちらは、西側のカエデの大枝を剪定した後は、非常にすっきりと拝みやすくなった。建造物に対する親しみも、より湧こうと言うものである。

 今度は水場だ。

府中市、多磨霊園4区水場(タイルなし)
多磨霊園4区水場(タイルなし)(標高49.9m)


 4区、「タイルなし」の水場。カエデをバックに、すっきりとして見えるが、実は水場の後方はごみの山である。普通に立ったままのアングルだと、どうしても白いレジ袋の塊が写りこんでしまうので、苦肉の策としてしゃがんだのだが、かえってこの方がカエデも多く入り良かった。

府中市、多磨霊園4区水場(タイルあり)
多磨霊園4区水場(タイルあり)(標高49.5m)

 同じく4区、「タイルあり」の方。素焼きのタイルが薄い枯葉色なので、秋景色には良く似合う。ちなみに、こちらはごみ対策ではなく、空を多めに入れたくてしゃがんだのだ。

 最後は小金井門周辺。

小金井市、多磨霊園小金井門塔
多磨霊園22区小金井門塔(標高50.9m)

 広場は、すっかりと枯芝。
 左に見えているのは、小金井門とそこから続く参道の街並みである。

小金井市、多磨霊園小金井門水場
多磨霊園22区小金井門水場(標高50.9m)

 門横の水場も、すっかり秋景色だ。
 水場の向こうには、常緑樹とカエデの赤が混ざり合う中に、墓群が白く光っている。

 今回取り上げられなかったものを含め、霊園内古(いにしえ)建造物群。補修・整備或いは復旧され、昔を今へそして将来へと繋げて行けるようになることを、本年も願うばかりである。

 次回は、鉄塔編。

*多磨霊園用語集霊園マップ(簡略版)霊園航空写真

2018年睦月7日
(取材は11月末)

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*秋色:文中では「あきいろ」だが、タイトルは「しゅうしょく」(秋の景色、秋の趣き)と読んで頂きたい
*アール・デコ:1910年代から1930年代にかけ流行した美術工芸の様式。単純・直線的デザインが特徴
*エフロレッセンス(efflorescence):生成物は、削ったり、酸性洗剤やクエン酸で落とすことができるそうだ

霊園秋色―碑石形像編
 年も明けたというに、今更紅葉でもなかろうと思うが、最晩秋の頃に取材した多磨霊園の記事を書き上げるのに手間取ってしまった。何せ、丁度紅葉ピークの頃、介護(人間のおばあちゃんと猫のおばあちゃん)の合間を縫って、鉄塔と紅・黄葉のツーショットを求めて取材したり資料を整理したりなどで、ついつい記事を書くのが後回しになってしまったのだ。
 しばらくは、昨秋の紅・黄葉ネタが続くこととなるのだが、そこは寛大なお心で、お許しを願いたい。

 冒頭と重なるが、東京多摩平野部は、全般的に見れば11月終わりころから12月初め頃が紅・黄葉のピークだ。もちろん樹種により或いは場所により多少の違いはある。あくまでも私個人の経験と感覚で言うのだが、どうも多磨霊園は、隣接する武蔵野公園や、やや北に位置する小金井公園と共に、紅・黄葉のピークがやや早い。その緑地全体の広さがゆえに、周囲より気温が低いのであろうか。周辺の小公園や街路樹或いは住宅街の木々などに比し、色づくのも散り落ちるのも、若干早いような気がする。今回の霊園訪問も、一昨年はわずかにピーク前か、という感じが若干あったので、そろそろいい頃合いかなと昨年はやや遅めに訪ねたのだが、あにはからんや、周辺ではほぼピークのケヤキなどは大方散りかけ、このあたりでは一番遅く本番を迎えるカエデさえ、すでに盛り或いは盛りを幾らか越えかけという状態であった。

 と言うことで、霊園の秋色は、多く「カエデ色」となった。

 広大な園内、秋景色を求め種々訪ね歩き、一応私なりに多く収穫はあったので、幾編かに分け、ご紹介して行きたいと思う。
 まず今回は、碑石形像。

 数ある碑石形像の内で、私が特に好きな二つの、その景色を。

憶 鳥居龍雄君
府中市、多磨霊園碑石形像、鳥居龍雄

府中市、多磨霊園碑石形像、鳥居龍雄
2区 鳥居龍雄(1905-1927)(標高48.9m)

 秋色に、白い花崗岩が映えるが、その白さ故、露出が難しい。紅葉に合わせると、碑石が白飛びしてしまう。

海軍大佐水城圭次君碑
府中市、多磨霊園碑石形像、水城圭次
6区 水城圭次(1883-1927)(標高49.0m)

 こちらも露出が難しい。逆光なので、碑石に合わせると紅葉が白け、紅葉に合わせると碑石が暗い。難しい。私のウデの限界だ(画像ソフトで補正し誤魔化しました)。
 何れにしろ、どちらの碑石も、晩夏に訪れた時とは、かなり雰囲気が異なる。ほんの三か月ほどの違いなのに、季節変化の大きさ豊かさを、改めて感じる。

 次の二つは、お初の紹介だ。

関直彦胸像碑
府中市、多磨霊園碑石形像、関直彦

府中市、多磨霊園碑石形像、関直彦
2区 関直彦(1857-1934)(標高48.2m)

 和歌山出身。明治−昭和の政治家。東京日日新聞、大阪日日新聞、帝国石油社長を歴任。弁護士としても活動し、東京弁護士会会長も務めた。衆議院議員として当選10回、自由主義議員として活躍。貴族院議員。

 正門ロータリーから、園中央を斜めに走る「みたま堂・壁墓地通り」に入りすぐの右手にある。可也立派な造りであるが、碑文・レリーフなどはすべて失われており、詳細は不明である。「歴史が眠る多磨霊園」さんによると、昭和9年(1934)10月30日の建立であるそうだ。
 後のカエデが、木洩れ日を浴びて美しい。
 だが、私が知る碑石形像中では、少々さみしいコンディションだ。このすぐあと、同じ通りを少し北西に進んだ場所にある、新渡戸稲造像の前を通ったのだが、どういうご関係の方々か不明であるが、四五人のおばさま方が賑やかにおしゃべりしながら、楽し気に像を磨いたり周囲を掃き掃除したりなどしていらした。こちらの寂れた雰囲気とは、非常に対照的な光景であった。
 彩(いろどり)があでやかであるだけに、現在の状態がより残念に感じられる。

小橋一太君碑
府中市、多磨霊園碑石形像、小橋一太

府中市、多磨霊園碑石形像、小橋一太
16区 小橋一太(いちた)(1870-1939)(標高50.1m)

 熊本出身。明治−昭和の内務官僚、政治家。原敬内閣で内務次官、清浦奎吾内閣で内閣書記官長、浜口雄幸内閣で文部大臣など歴任。昭和2年(1927)立憲政友会結成に参加。昭和4年(1929)に発覚した、越後鉄道疑獄事件で容疑がかかり文部大臣を辞任。懲役10か月の有罪判決を受けるものちに無罪となり、昭和12年(1937)東京市長として復帰した。

 場所は、名誉霊域通り北端辺り、以前紹介の「大石灯籠」右手の、かなり繁った木立の中で、少々分かり難い。左隣がご当人のお墓である。碑文末には、「昭和十六年十月二日 貴族院議員正三位勲一等法学博士水野錬太郎撰」とある(「撰」は実際は言偏)。碑文は可也の長文で詳細だが、「昭和四年文部大臣ニ任ス十一月野ニ下リ」云々とあるのみで、さすがに疑獄事件に関しては触れていない。

府中市、多磨霊園碑石形像、小橋一太
小橋一太君碑アップ

 次回は、「アール・デコ」編。

*多磨霊園用語集霊園マップ(簡略版)霊園航空写真

2018年睦月4日
(取材は11月末)

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*越後鉄道疑獄事件:越後鉄道(現JR越後線・弥彦線)国有化にかかわる贈収賄事件

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