Used Books CARROT | MYSTIC RHYTHMS

北の離れ 2020

古書店主が綴る日常雑記 古本屋な日々...  profile

・7月25日 白鳥は楽しからずや
・5月28日 COVID-19―波
・5月19日 霊園彷徨―パンデミックの春 II
・5月18日 霊園彷徨―パンデミックの春 I
・5月17日 一本杉
・5月5日 COVID-19―リモート面会
・4月29日 COVID-19―来ないで
・4月25日 COVID-19―差別
・4月24日 COVID-19―不顕性感染
・4月23日 COVID-19―集団免疫
・4月20日 COVID-19―伴侶動物どうする?
・4月17日 COVID-19―ソーシャル・ディスタンシング
・4月10日 COVID-19―道長き
・4月3日 COVID-19―外出自粛
・4月1日 COVID-19―感染源にならない
・3月30日 リフレイン
・3月29日 「第二種」
・3月24日 エコ・サイクリング
・3月9日 大型サドルバッグ
・3月8日 池ノ上、池ノ谷
・2月27日 玉川上水川下り―浅間橋歩道橋
・2月25日 玉川上水川下り―浅間橋
・2月23日 COVID-19
・2月11日 シブい、シブすぎる
・2月1日 歪な五角形
・1月29日 HAD
・1月14日 哲人ドラマー
・1月10日 霊園掃苔―登山家
・1月7日 八高線多摩川橋梁
・1月1日 年末ER


*多磨霊園

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白鳥は楽しからずや
 何年振りであろう、久方振りに、三鷹市と武蔵野市に跨る「井の頭恩賜公園」を訪ねた。東京は記録的な長雨で、サイクリングに行けず、すっかり梅雨不調でぐったりした心身に活&喝を入れようと、ほんの僅かな雨の切れ目に、出掛けた次第だ。ずっと室内で雨をしのいでいた相方(ロードバイク)も、やっと出番である。
 グレーの曇り空では鉄塔巡りも出来ないので(曇り空バックの鉄塔撮りはとても難いのだ)、カメラも持たず、ぶらぶらと井の頭公園に行き着いた。なぜ井の頭公園なのかは、偶々、であるとしか言えない。

 約42万8千平方mの公園の大半は、神田川源流でもある「井の頭池」が占める(約42万平方m)が、私がその水際に立っているのは池の西北端付近。吉祥寺通りやその向こうの「井の頭自然文化園―動物園」も近い辺りだ。
 ここからだと、池の対岸との間に突き出した、井の頭自然文化園の分園「水生植物園」が間近い。
 水面に、植物園の樹々の影が映り込んでいる。

三鷹市、井の頭池
井の頭恩賜公園、井の頭池西北端
以下撮影は全てスマフォ

 ちょっと、絵画の様なイキフンではないか。モネっぽい。
 私の近くで、ゴツイ一眼レフを構え、私同様池を撮影されていた可也ご年配のおじさまが、撮影後ベンチに座り、別の小さなコンデジで自撮りされていた。私もそれに倣い、同じベンチでセルフィー。

三鷹市、井の頭池
マスクを外して

 おじさんの顔を晒しても需要は無いので暈(ぼか)させて頂いたが、実は、美人に写るエフェクトがオンになっており、妙な絵になってしまっている。おっさん(私)の肌ツルツルは、何かキモいぞ。

 今回被っているサイクルキャップ(USEDで購入)は、ツバ裏に

三鷹市、井の頭池
アップ

「RIDE FAST!!」と書かれている。だが、私は全くファストではない。せいぜい20km/hまでしか出さない(出せない)。「RIDE SLOW」である。最近、中古で見付けたGPS型のサイコン(サイクル・コンピューター)を導入し、自分がどのくらいの速度で走っているか初めて知ったが、普通に住宅街など走っていると11-12km/h程度、ちょっと力こめると15-17km/h程度、そして幹線道路的な場所で早く走ることを意識してやっと20km/h程度だ。一度何処まで出せるか、前後に全く自動車もおらず、歩行者や自転車の飛び出しの心配もない直線道路でチャレンジしたら、何とか25km/hが表示された。が、ほんの一瞬である。瞬間最大速度だ。
 こんな程度である。「FAST」はキャップだけだ。

 池の縁沿いに少し歩くと、しっとりとした緑に埋もれる様に建つ、野口雨情(1982-1945)の歌碑に遭遇。十代の頃から幾度となく訪れた公園だが、初めて存在を知った。

三鷹市、井の頭恩賜公園、野口雨情歌碑
野口雨情歌碑

 「井の頭音頭」の一節、

 「鳴いてさわいで 日の暮れごろは 葦に行々子(よしきり) はなりゃせぬ」

が刻されている。ここで言う「行々子(ぎょぎょうし)」とは、夏鳥のオオヨシキリ(Acrocephalus orietalis)の事。その鳴き声が「ギョギョシ、ギョギョシ」と聞こえることからそう呼ばれる。
 雨情は、松本清張の名作「球形の荒野」のエンディングで涙を誘う「七つの子」や、「赤い靴」「シャボン玉」「こがね虫」などの童謡で有名な詩人である。1924年(大正13年)から二十年の間、吉祥寺(当時は武蔵野村)に住んでいたという。彼は、1944年(昭和19年)に戦火を避け栃木県宇都宮郊外に疎開し、その地で没しているので、ほぼ、最後まで住んでいたと言えるのではなかろうか。碑は1952年(昭和27年)に建立(東京両情会による)。
 序の話だが、「七つの子」の歌詞「山の古巣へ来て見てごらん」の「ふぅうるすへ〜」を、子供の頃の私は「古巣」とは分からず、「フールスへ〜」と聞いてしまい、「山のおバカさん達へ来て見てごらん」て何なのだろう、とずっと不思議に思っていた。私が子供の頃は、エイプリル・フールを「四月バカ」と言っていたので、「フール」はおバカの事だとは知っていた。「ス」が付くと複数形になるのも何となく知っていた。ので、「おバカさん達」と思い込んでしまったのである。其れがとんでもないカン違いであることを知ったのは、二十歳にもなる頃だ。私こそ、とんでもないおバカである。

 と、余談はさておき。更に、池中央付近まで、雨続きでぬかるんだ池畔の道を行く。お昼時なのでランチする方も多い。行き交う人も多いが、マスク着用率はほぼ100%。ニュースで見る、イギリスやアメリカの映像とはだいぶ異なる風景だ。国民性や文化の違い、という事なのであろうか。欧米では口元を見て相手の感情を読み取り、日本人は目元を見て相手の感情を読み取る傾向があるとも言うし、日本人にはもともと、かぜやインフルエンザの季節になると多くの人がマスクを装着する「マスク文化」があったけれど。何かとても、不思議な気がする。何れにしろ、COVID-19対策は日常の普通のこととして習慣付けなくてはならぬであろう。

 などとすれ違う人たちを眺めながら、北の岸と植物園を繋ぐ「七井橋」を渡る。池は嘗て、幾つもの湧水があることから「七井(なない)の池」と呼ばれていたのだ。
 途中、「チコちゃん」で最近取り上げられたスワンボートが、前方のボート場桟橋に大量に停泊しているのが見える。

三鷹市、井の頭池
スタッフのおにいさんは暇そうである

 流石に梅雨寒の平日、乗る人は少ないが、それでも幾羽かは池に漕ぎだし、曇天の下、楽し気な若者の声が響いている。

三鷹市、井の頭池
楽しからずや

 橋袂付近にはアシ(Phragmites australis)(だと思う)の群生も見られる。

三鷹市、井の頭池
アシ群落

 池は、水辺再生の目的で2014年(平成26年)から数回に渡り「かいぼり(掻い掘り)」が行われ、以前は多かった外来の生物たちの姿は、今はほとんど見えない。水質も、随分と改善されたため、冒頭の様な「絵」も現れる様になった。

 公園を出て、個性的なお店の並ぶ界隈も少し歩いた。古着屋さんを一寸覗き、このご時世、何所も大変であろうから何か購入させて頂こうかとも思ったのだが、如何せん根が貧乏性。良いな・・・と思うものはあるのだが、どうにも、購買意欲がわかない。多摩随一のシャレオツ・タウン吉祥寺を訪ねて、何一つ買わないとは―、申し訳ないと思うばかりである。

 最後に公園と池の古航空写真を、ご参考までに。

井の頭恩賜公園航空写真(1941)
井の頭恩賜公園航空写真
1941年(昭和16年)7月4日陸軍撮影

 「nu」は野口雨情歌碑、「n」は七井橋、「b」はボート場、「k」は神田川起点、そして「ks」は中央線吉祥寺駅。駅から斜め下に伸びるのは井の頭線。多摩でもこの吉祥寺辺りになると、この頃から結構「街」だ。池や公園自体は、おそらく今と左程には変わっていないのであろう。

(この度の長雨・豪雨による被害を受けた方々に、心よりお見舞い申し上げます)

2020年文月25日
(取材は7月中旬)

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*井の頭恩賜公園:1917年(大正6年)開園。元は宮内省御用林であったが1913年(大正2年)東京市に下賜された。池の他、御殿山、ジブリ美術館のある西園等のエリアに分かれる。多くが三鷹市に含まれる。「井の頭」は湧水のトップ、という意で、鷹狩りで訪れた徳川家光の命名ともされる
*神田川:起点は井の頭池南東端付近。両国橋付近で隅田川に合流する。全長約24.6kmの都内では有数の川。江戸時代はこの上流付近は「神田上水」と呼ばれた
*野口雨情:本名、英吉。茨城県磯原村の廻船問屋に生まれる。東京専門学校(早稲田大学)中退後、実家を継いだり樺太・北海道に渡り等しながら詩作を続けた。北海道時代に石川啄木と知り合い交友があった。吉祥寺の旧居は書斎部分が「童心居」として井の頭自然文化園内に移築されている
*オオヨシキリ:ヨシキリ科ヨシキリ属の夏鳥。行々子は夏の季語
*かいぼり:ため池などで水を抜き土砂を浚う等する管理方法。現在は水質改善や外来生物駆除の目的などでも行われる
*スワンボート:1887年(明治20年)創業の「スナガ」により1981年(昭和56年)誕生。サイクルボート(足漕ぎボート)の内ハクチョウ型のものを言う。三人乗りSW-3で全長3.50m、全幅1.60m、重さ190kg
*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい) ――――――――――――――――

・単独でのサイクリングと言う野外活動は、フィジカル・ディスタンシングを守る前提のもと、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染リスク(感染しない・感染させない)の極めて低い行動と考え行いました。出先で長居はせず、食事は人気のない場所で一人で行い、家を出てから戻るまで店舗等への立ち寄りは最低限にとどめています
・公園ご訪問の際は引き続き新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大防止にご配慮をお願い致します

COVID-19―波
 先日(25日)、新型コロナウイルスによる感染症―COVID-19―拡大に伴う緊急事態宣言が、全国的に解除された。ほっと一安心―と言ったイキフンも漂うが、まだまだ油断は禁物であろう。感染症の拡大が収束したと言っても、それは「一旦」の付くもので、夏から秋、また冬にかけての第二波或いは第三波の到来は覚悟しなければならいと思う。
 日本は、新型コロナウイルス感染者数・COVID-19発症者数は可也少ない(死亡率も低い)。何故かは分からぬが、先進国・主要国等と呼ばれる国々の中では、可也に少ない。理由はどうあれ、そういう意味では封じ込めに成功したと言えるのかもしれない。でも、これを逆に見ると、日本は免疫獲得者・保持者が極端に少ないという事になる。免疫を持たず感染する可能性のある人(感受性を持つ、と言うらしい)が、大半という事だ。
 詰まりは、世界的に見れば収束はまだまだ先のことであるから、一歩間違えるとエライことになり得る、非常に危うい、触れば崩れてしまう様な、非常に脆(もろ)い「成功」であるかもしれないという事である。

 緊急事態宣言解除=新型コロナウイルス消滅、的な空気になりそうだが、ウイルスは変わらず生活空間の中に存在している訳で、これからは如何にか上手く、ウイルスと折り合いをつけて暮らしてゆく工夫を、それぞれが考えながらやって行くしかないのだろう。
 外出・遠出をなるべく控える、三密を回避するなどは引き続き必要だろうし、人と会う時や人中でのマスク着用、こまめな手洗い、そしてフィジカル・ディスタンシング・・・などは、意識しなくても出来るようにしなければならいであろうと思う。確実視されている第二波・第三波を、少しでも小さな波としてやり過ごすためにも。

COVID-19対策
まだ暫らくはこれかな・・・

 以前自主制定した、パンデミック下でのサイクリングの条件を少し緩和した「新」条件に従えば、サイクリングの本格再開も可能そうではあるが、如何したものか、現在思案中である。

■COVID-19パンデミック下でのサイクリングの新条件
・一人で行う
・すれ違う時は適切な距離をとる
・マスクを着用する
・途中でのお店への立ち寄りは最小限にとどめる
・人の少ない曜日や場所を選ぶ
・食事は人気のない屋外で一人で摂る
・公園等では遊具、手摺等に極力触れない
・訪問先はなるべく人の生活区域を避ける
・訪問先であまり長居をしない
・あまり長距離の移動をしない
・帰宅後は入念に石鹸・洗剤で手洗いする

 やがて新薬やワクチンが開発され、集団免疫も獲得され、COVID-19がインフルエンザや一般の風邪同様の「普通」の感染症となる日が来るであろうけれど、それまでは、まだ、いろいろ辛抱は続きそうだ。

2020年皐月28日

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)
コロナ専門家有志の会

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・イラストはあっきーさんによるものをイラストACからお借りしました

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである
*フィジカル・ディスタンシング(phisical distancing):物理的距離確保。ソーシャル・ディスタンシングと同義だが「社会的」に距離をとる必要はないという事でWHOが言い改めた

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

霊園彷徨―パンデミックの春 II
 霊園正門に近い、2区の「焼却炉」と思しき建造物。


 ずっと屋根に被されていた合板の蓋が脱落して(画像右下)、内部が見えそうだ。

府中市、多磨霊園
屋根が・・・

 チャンス。
 覗きこむ―。

府中市、多磨霊園
内部奥方向

府中市、多磨霊園
内部手前方向

 今まではあくまでも推測で「焼却炉」と呼んでいたが、見たところ、焼却炉は確定であろう。真っ黒に炭化したものが堆積しているし。内壁に貼り付けられたレンガも、明らかに熱を受けたような痕跡がある。

府中市、多磨霊園
奥方向アップ

 陶器の欠片やお弁当の「バラン」など見えるので、普通にゴミ置き場としても使われたようだ。
 これで、これからははっきりと「焼却炉」と呼べる。

 スッキリしたので、少し東に寄り「名誉霊域」から、シンボル塔を望む。


 が、ほんの僅かマツとスギの大木の狭間に見えるのみ。

 16区の水場へと寄る。


 背中側からとなるが、広い墓域と共に。ここと10区水場の二つは、明らかに他の水場とはテイストが異なる。作られた時期も多少異なる様だし、設計者さんが交代したのであろうか。
 これら水場に限らず、園内の種々建造物の設計者さんは、おそらく、所謂名のある建築家の方ではなく当時の東京市公園課の職員さんであり、特定は無理であろうが、出来得れば歴史の表層に掬い上げたいものである。こんな個性豊かで好ましきもの達を、残してくれたのだから。

 シメは、霊園北西の小金井門傍の小金井門塔。


 サクラの多い霊園内だが、なぜか小金井門周辺には、サクラが無い。なので、塔南の園路のサクラとツー・ショット。塔が小さいのはその所為である。ご勘弁を。

小金井市、多磨霊園
塔と広場

 小金井門側、つまり北側からのショット。塔の建つ広場は、常に芝がきれいに手入れされている。何時訪ねても、ほぼこの様な状態だ。ベンチもあるので、休憩にはお勧めだ。

 園内、どれほど彷徨いていたであろう。今自分が、将来確実に教科書に載る大事件―COVID-19パンデミック―の中に在ることを、しばし忘れた。常にも増して人気少なき霊園、良い時間を過ごせた。

*当記事が、外出自粛生活の一助となれば幸いです(サイクリングについて

2020年皐月19日
(取材は4月初頭)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・霊園ご訪問・ご探訪の際は、マナーを守り節度ある行動をお心がけ頂けますよう、お願い致します

・この場所は府中市・小金井市、最寄り駅は京王多磨駅・西武多摩川線新小金井駅です

*バラン:本物は「ハラン(葉欄)」と言うキジカクシ科スズラン亜科植物の葉っぱであるがプラスティックの造り物は「バラン」と呼ばれるのだそうな
*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

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・単独でのサイクリングと言う野外活動は、フィジカル・ディスタンシングを守る前提のもと、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染リスク(感染しない・感染させない)の極めて低い行動と考え行いました。出先で長居はせず、食事は人気のない場所で一人で行い、家を出てから戻るまで食堂や店舗にも立ち寄りません(生活必需品購入は除きます)
・霊園ご訪問をお考えの場合は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大防止に十分なご配慮をお願い致します

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)
コロナ専門家有志の会

霊園彷徨―パンデミックの春 I
 人類が初めて経験する、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)による感染症、COVID-19のパンデミック(世界的大流行)。世はパニックだが、ここ多磨霊園に眠る人々には、関わることのない事柄である。

 正直、私も少々パニック気味だが、死者の世界を彷徨って、少し心落ちつけよう。

 春に染まる広大なる園内、

府中市、多磨霊園
西2号通り(24区と25区境)

お参りや散策をする人影は疎らで、

府中市、多磨霊園
壁墓地通り(西2号通りとの交点から)

フィジカル・ディスタンシング(物理的距離確保)は容易だ。気になるポイントを、一つずつ訪ねよう。

 13区の給水塔は樹陰に建つので、本当にコントラストの差が激しく非常に撮りにくい。


 12区水盤のイタミが、何か目立つな気がする。以前の写真と比較しても実際は特に大きな変化は無く、心成しかもしれないが―。


でもこれじゃホントに、風化するぞ。是非今のうちに、11区噴水塔の様にメンテナンスをして頂きたいと、切望する。

府中市、多磨霊園
補修してあげて

 その11区噴水塔。一昨年の春、見事に咲いていた傍らのサクラは疾うに散っていたので、遥か向こうのサクラと。


 ここでふと思いつき、私と霊園建造物との、初のツー・ショット。何で今まで、撮らなかったのだろう。

府中市、多磨霊園
ツー・ショット

 5区、公園内の水場。


案内板には「記念碑」と記されているが、どう見ても水場である。ただし、「元」。おそらく、水場としての機能が失われた後、案内板が建てられる際、以前の姿を知らぬ方々が「記念碑」としてしまったのではなかろうか。そう、推測する。

 公園向いの碑石形像「藤山雷太翁顕彰碑」。


 以前に紹介したのち、周囲の樹々が強剪定されたが、ようやく自然な姿となりつつある。サクラも大分枝が伸びた。

 4区「装飾付き」水場。


もう、カエデの若葉が元気いっぱいに緑光を放っている。

 いくつか残る古いの水場の中では、めずらしい「現役」の3区水場。

府中市、多磨霊園
3区水場(現役)

 こちらは、ヤマブキの花盛り。

 つづく

*当記事が、外出自粛生活の一助となれば幸いです(サイクリングについて

2020年皐月18日
(取材は4月初め)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・霊園ご訪問・ご探訪の際は、マナーを守り節度ある行動をお心がけ頂けますよう、お願い致します

・この場所は府中市多磨町、最寄り駅は京王線多磨駅・西武多摩川線新小金井駅です

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

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・単独でのサイクリングと言う野外活動は、フィジカル・ディスタンシングを守る前提のもと、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染リスク(感染しない・感染させない)の極めて低い行動と考え行いました。出先で長居はせず、食事は人気のない場所で一人で行い、家を出てから戻るまで食堂や店舗にも立ち寄りません(生活必需品購入は除きます)
・霊園ご訪問をお考えの場合は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大防止に十分なご配慮をお願い致します

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)
コロナ専門家有志の会

一本杉
 思いがけず出会った只見幹線561号鉄塔の取材後、ランチ場所を探して辿り着いた「一本杉公園」。鉄塔からは僅かの距離(約1.5km)である。

多摩市、一本杉公園
多摩市、一本杉公園
東隣は恵泉女学園大学

 地元(多摩)であるにもかかわらず、存在を知らなかった。「フラッシャー自転車」を乗り回していた子供の頃から、結構彼方此方走って来たのに。お恥ずかしい限りだ。ついでに、この「フラッシャー自転車」について少々説明すると、これは昭和の頃に大流行した「自動車」っぽい少年用スポーツ自転車の事である。トップチューブにギヤチェンジのシフトノブがあり、ヘッドライトは二灯式、ブレーキランプとウインカーが装備されていた。これに更にスピードメーターを装着したそれは、子供らにとってまさに「自動車」であった。子供用自転車とは異なる「セミドロップハンドル」と言うのも、また憧れる一つの要因であった。
 LEDなど当然無い時代であるから、ウインカーやブレーキランプ(フラッシャー)は可也電力を必要とする。一般のダイナモだけでは電源として弱すぎるので、後部キャリアー下に単一乾電池を6本(だと思う)を入れたバッテリーが搭載されていた。なので、子供には可也重たい自転車であった。
 当時は普通に「サイクリング車」と呼んでいたが、今思えばどう考えても普通ではない。可也特異な、そして短命なそれでも少年の心を強く掴んだ、おじさんにとっては、それに纏わるあれやこれやの想い出もひっくるめ、懐かしさてんこ盛りの存在なのである。画像検索すれば沢山出て来るので、是非、どの様なものであったか見て頂きたい。

 などと、大分寄り道が激しくなってしまった。戻ろう。
 一本杉公園は、車道から深い木立の陰下を潜り抜け、開けた中心部に通じる。そこには、大きな池。周囲には、サクラも彩を与えている(上画像)。池畔の芝地にはテントなども見え、親子連れ中心に少々人が多い。が、密集と言うほどではない。けれど、ランチは他の場所を探した方が良さそうだ。

多摩市、一本杉公園
よこやまの道

 案内板を見ると、ここもまた、多摩丘陵の尾根に付けられた散策路「多摩 よこやまの道」の一部であった。

多摩市、一本杉公園
よこやまの道

 全長約10kmのこの道の、凡そ半ばあたりに私は立っている様だ。

 人気のないランチ場所を求めていると、何やら古めかしい建物が視界に入った。どうも、古民家の様だ。これは―捨て置けない。

多摩市、一本杉公園

多摩市、一本杉公園
旧加藤家

 同じ多摩市の落合にあったという、旧加藤家の古民家。1981年(昭和56年)に市に寄贈されたものを、移築復元したものであるという。茅葺屋根を銅板葺きに改めたほか、一部新材を用いたりもしているらしいが、基本は18世紀後半の建築がそのままだそうだ。

多摩市、一本杉公園
土間(台所)

 建築年代は不明なのだが、様式・構造などから18世紀後半のものと推定されると言う。桁行7.5間(13.69m)、梁行3.5間(6.35m)で、単純に計算すると約87平方mで凡そ26坪。現代の一般的二階建て住宅の坪数は35坪(115.5平方m)ほどだそうだから、それの一階部分(17.5坪)よりは大分広いか。

多摩市、一本杉公園
座敷
奥に見えるのが「おく」

 入母屋(いりもや)造りで、間取りは広間三間(ひろまみま)取り型。「おく」は茶室利用(有料予約制)もできる様に、改造している。

 南向きの前庭隅に、小さなニワトリ小屋があり、住人たちは表で元気に遊んでいる。

多摩市、一本杉公園
小屋の大きさの割に大勢だ

 内一羽は、コケコッコー、と可也しつこく繰り返す。

多摩市、一本杉公園
アップ

 君だよ君、そこのまっ白な君。賑やかだねえ。

 もう一軒、旧加藤家よりは少し古い(18世紀前半)旧有村家の古民家がある。こちらは学習体験(有料予約制で囲炉裏や竈も利用可)や茶室としての利用もされている旧加藤家と異なり、市指定有形文化財で、可也忠実に復元されているらしいが、残念ながら寄れなかった。パンデミックが落ち着いたら、南多摩線鉄塔の訪問時にでも改めて訪ねたい。

 公園南部、炭焼き小屋を見下ろす階段付近に、人気無い場所を見つけ、ランチとする。

多摩市、一本杉公園
階段から炭焼き小屋

 フクタラとなったところで、炭焼き小屋を見学させて頂こう。まだ大分離れているが、独特の匂いは可也強い。園芸でお馴染みの、あの木酢液(もくさくえき)の匂いである。人により異なるであろうが、私的には、イヤな匂いでは、ない。

多摩市、一本杉公園
炭焼き小屋

 日の当たる気持ちの良い小さな平地に、三つばかり小さな建物が見える。中央が、窯だ。

多摩市、一本杉公園
炭焼き窯

 「岩手式標準窯」。炭化時間約90時間、製炭量約15俵(225kg)、内寸は天井高1.3m、床は幅1.8m・縦2.65m。伝統的造りだが新しい素材(耐火レンガ・耐火セメント・セラミックウール・珪藻土など)を用い、熱効率が良いそうだ。多摩ニュータウン30周年記念事業の一環で1998年(平成10年)2月13日完成、翌日に初火入れをしたと言う(解説板より)。
 市内のクヌギ・コナラ・ケヤキ・サクラ等の剪定・伐採木で作られた炭は「たまニュー炭(たん)」の名で、防災備蓄に使用されているそうだ。炭製作は、市内外の方々による「炭やき倶楽部」によると言う(柱に貼られた新聞記事より)。

 偶然、良き公園と出会えた。これもサイクリングの醍醐味の一つである。
 なお、当公園は「一本杉公園通り」を挟み北側のエリアと南側のエリアとに分かれている。今回訪ねたのは南側。北側は野球場やテニスコートまたジョギングコースなどある、大分イキフンの異なる場であるので、お間違えの無いように。

*当記事が、外出自粛生活の一助となれば幸いです(サイクリングについて

2020年皐月17日
(取材は3月下旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この場所は多摩市南野、最寄り駅は京王相模原線多摩センター駅・小田急多摩線多摩センター駅or唐木田駅です

*フラッシャー自転車:ナショナル(現パナソニック)、ミヤタ、ブリジストン、丸石など各社から発売された。当時としてはめずらしいディスクブレーキ搭載車種もあった
*よこやまの道:多摩丘陵が嘗て万葉の時代「多摩の横山」と呼ばれたことに因む
*桁行(けたゆき)、梁行(はりゆき):前者は屋根の棟に平行な向き、後者はこれに対し直角な向き
*木酢液:炭焼きの際に出る煙を冷却して作る。土壌改良・虫よけ・たい肥の発酵促進等に使用される
*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

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・単独でのサイクリングと言う野外活動は、ソーシャル・ディスタンシングを守る前提のもと、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染リスク(感染しない・感染させない)の極めて低い行動と考え行いました。出先で長居はせず、食事は人気のない場所で一人で行い、家を出てから戻るまで食堂や店舗にも立ち寄りません(生活必需品購入は除きます)
・公園ご訪問をお考えの場合は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大防止に十分なご配慮をお願い致します

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)
コロナ専門家有志の会

COVID-19―リモート面会
 脳梗塞でリハビリ入院中の我が家のおばあちゃんだが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染防止のため病院は全面面会禁止であり、もう2か月程おばあちゃんに直接会えていない。病院には週二回、洗濯物の入れ替えのため行っているが、今は受付までも入れないなので、玄関口で看護師さんと洗い物の入ったビニール袋と洗濯済みの服が入ったビニール袋を交換するのみである。感染防止の為、おばあちゃんの様子をごく簡単に伝えてもらう他は、「有難う御座います」「お願いします」くらいしか言葉を交わすこともない。万が一私を通して院内感染が起これば、大変であるから致し方ないことではある(この病院では院内感染防止の為「発熱外来」として敷地の駐車場内にテントが設置されている。患者さんが来ると防護服のスタッフさんが対応するのである)。

 面会禁止で患者さんと家族その他の方々が会えないのは、他の皆さんも当然同様である。ので、病院側がインターネット電話ツール「Skype」を使ったリモート(遠隔)面会サーヴィスを始めてくれた(ビデオ面会と言ってもいいか)。TV番組でのリモートな出演はもうすっかりお馴染みになったが、自分が似たようなことをすることになるとは思わなんだ。大体「スカイプって何だヨ」程度の私である。名前は聞いたことある様な気がするが、何の事やらよく分かっていなかった。ので、使えるようになる迄少々苦労した。
 病院側では看護師さんが一人患者さんに付き添う事になるので、負担は大きいであろうに、折角始めてくれたサーヴィス。何とか利用させて頂こうと、ガンバッタのである。
 面会するには、まず電話で予約を入れ、指定時間にこちらから病院に発信し、病室でスタンバっている看護師さんとおばあちゃんとビデオ通話するのである。上記のように病院側は一人看護師さんが付ききりとなるので、週一回、一回10分と言う制限はある。あるが、意思疎通があまり上手くは行かない状態であるので、時間的には不足はない。向こうの様子も分かるし、おばあちゃんに猫達の顔を見せることもできる。ただでさえ人手も少なく、多忙であり、またCOVID-19予防に神経をすり減らしているであろう中、対応して下さる病院スタッフの方々には本当に頭が下がる。

ビデオ通話

 おばあちゃんの入院期限は、あと2か月である(トータル5か月が上限)。現在の状態など説明を頂き、また自分で現在の状態など見(リモート面会で)等する限りでは、自宅に戻り生活するのは、少々困難さを感じるのが、正直なところである。要介護度も3から4になり、可也いっぱいいっぱいであった以前よりも、更に自宅での生活が大変になるのは確実である。それに、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染予防と言う、入院前には無かった大きな要素も加わった(入院は昨年末)。
 以前のように、私と生活しながらデイサービス・ショートステイを利用しつつ自宅で暮らしていても、介護施設に入ってお世話になっていても、トータルで見れば、おばあちゃんの感染リスクは左程に変わることは無いかもしれないが、問題は私がもし感染し、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)を発症し入院となった場合だ。ネコの所でも書いたが、お世話は如何する?おばあちゃんは介護者である私の濃厚接触者であるから、臨時のショートステイも利用は出来ない。介護施設であれば、介護士さんが仮に発症しても普通に考えれば代わりとなって頂ける方が存在する。しかし、私の代わりはいないのだ。
 それと、私自身の今まで以上の負担増に、私が堪え得るかどうかの自信も、正直、有るとは言えない。

 介護施設、特別養護老人ホーム(特養)か介護付有料老人ホームかだが、こうした所への入所を選ぶなら、なるべく早く手配しなければそうそう簡単には見つからぬ。
 前者特養は、公的施設で料金は安いが、その代わり入所を待っている「待機高齢者」数が、少ない所で10数人、多い所では200数十人であり、入所は実質ほぼ不可能と言える。後者の介護付有料老人ホームは民間施設で料金が(何でこんなに?と思う程)高いが、その分探しやすいと言える。とは言え、それでも、多くは満室で空室がある所は少ない。
 出来れば、もう一度自宅で生活させてあげたいと思うのだが―。早く決断せねばならない。今が、考えどころなのである。

2020年皐月5日

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・イラストはハナベニさんによるものをイラストACからお借りしました

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである
*リモート面会(ビデオ面会):他の施設でも実施されてるところがぽつぽつある様だが、やはり週一回・一回10分程度であるようだ
*特別養護老人ホーム:社会福祉法人や地方公共団体運営の公的施設。入居一時金¥0、月額費用は¥10万前後と安い。だが入居待ちが多数でほぼ入れない
*介護付有料老人ホーム:民間運営の施設。比較的入り易いが、入居一時金¥800万ほど、月額費用は¥26万ほど(東京の相場)かかる

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COVID-19―来ないで
 何時もなら、どうか我が県に、我が村に、我が島に来て下さい、とそう頭を下げる人々が、今は、どうか来ないで下さい、とそう頭を下げる。その姿に、何を勝手な、手の平を返すように観光客を追い返すのか、とそんな印象をお持ちの方も、若しかしたらいらっしゃるかもしれない。
 しかし、だ。そうした姿の向こうに、切実な新型コロナウイルス拡散への危惧、COVID-19感染拡大への危機感がある事、切実な思いがあることを読み取らなければならないだろう。普通に考えれば、地方には高齢者の方も多いし、医療体制も都市部ほどには充実していない場合が多いであろうし。どうか来ないでほしい、そう考えるのはもっともな事である。

 心から、我が山に、我が海に来てほしいと願っている方々が、来てくれるなと言わざるを得ない、その苦しさは如何ばかりか。

海と灯台
行きたいけどねえ・・・

 観光客が訪れて密集が起きぬ様、公園のバラやユリ、チューリップなどの花をすべて刈り取るなどは、正直やり過ぎの感は抱く。しかし、そこに感染拡大への地元・周辺住民の方々の強い不安があることは、やはり汲み取らねばならないのであろうと思う。

 東京では、一日当たりの感染者数が若干減少の傾向を見せ始めているが、あくまで「傾向」に過ぎないし、それにごく僅かだ。素人考えだが、感染者数が一日当たり数人程度と言う状態が続くようになるまでは、引き締めは緩められないと思う。やはり、医療は崖っぷちだ。緊急事態宣言の延長は、避け得ないだろう。

 なるべく早くこのパンデミックを収束させるためには、まだまだ「引きこもり」を楽しまねば。経済はキビシイが、通販やお取り寄せ、音楽や映画の配信サーヴィス利用などなど、家に居てもお金は使える。(使える人は)なるべくお金を使うようにするのも、「世のため人のため」と言えるかもしれない。

 何れにしろ、まだまだ油断は禁物、である。

 禁物と言えば、自粛の強要などもそうと言えるであろう。営業するもしないも、ステイホームするもしないも、観光地へ行くも行かぬも、それは全て個々の人が自ら考え判断すべきこと。ウイルスや感染症に対する不安や恐怖が根底にあるとは言え、相互監視や思想統制にも利用された「隣組」の悪しき側面的なイキフンが蔓延するのは、住みづらいのである。

2020年卯月29日

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・イラストはK-factoryさんによるものをイラストACからお借りしました

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである
*隣組(となりぐみ):日中戦争下の1940年(昭和15年)に制度化された国民統制のための末端組織。町内会に属し近隣10戸前後が単位となった。配給など相互扶助的な側面と同時に相互監視・自警団的側面があった。1942年廃止

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COVID-19―差別
 感染症と差別の縁は深い。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)も例外ではない様だ。中国系・アジア系住民、患者さんやその家族の方々、またそれらに関わる医療関係の方々などに対する偏見に基づいた差別的行為(誹謗、中傷、嫌がらせなど)が存在すると、そう報じられている。

 感染症と差別の問題では、ハンセン病に対するものが今も存在し、それについては多くの方がご存じと思う。本ブログでも、以前ハンセン病療養所「多磨全生園」訪問記などで触れた(こちらこちら)。病気に対する誤った知識や、行政の誤った対応(隔離政策)がその主な原因とされている。しかし、差別の根本は、病気そのものやそれを引き起こす病原体(ハンセン病の場合はらい菌)に対し人々が持つ恐怖、であろう。

 感染症(この場合COVID-19)そのものに形は無い。病原体(この場合新型コロナウイルス)は目に見えない。人々の、これ等に対する恐怖心は行き場を失い、新型コロナウイルス感染者・COVID-19発症者及びその家族またその治療に当たる医療関係者という、目に見える「形あるもの」に向けられる、という事なのであろう。対象が、いつの間にかすり替えられてしまうのだ。

 感染症(COVID-19)に対し恐怖心を持つのは、それは人情である。それは万人が持つもので、ヒト(或いは生物)としての本能とも言える。誰にも責める事は出来ない。そういった意味で言えば、この恐怖心によって偏見や差別が生まれることも、同様責められるべきものではない、とも言える(かもしれない)。
 そう、差別的行為を行った人を責めるべきではないのである。そんなことは求められてもいないし、必要でもない。ハンセン病やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者に対する偏見や差別に関する問題を見れば、必要とされることは、正しい知識の普及、正確な情報・報道、あやまった言説や情報(噂・デマ)の否定等であろうと思う。こうした一つ一つの事柄の積み重ねが、偏見や差別を退けて行く上で重要な事なのだと、そう思う。

No Discrimination
Sabetu, Dame, Zettai

 ヒトは、差別をしてしまう生き物である。誰もが、恐怖心に囚われて差別する側になるかもしれないし、逆に差別を受ける側になるかもしれない。そんな想像力を持つことも、差別を生まないためには必要ではなかろうか。

 人と人とが、物理的距離を取らざるを得ない現状、孤独感・孤立感は生まれやすい。其れは、不安を増幅するものでもあろう。不安はまた、恐怖同様差別の温床ともなる。気を付けねば、アブナイ。

2020年卯月25日

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・参照:新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!〜負のスパイラルを断ち切るために〜(日本赤十字社)

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言っては絶対ダメなのである
*ハンセン病:「らい病」とも呼ばれた。らい菌によって引き起こされる感染症だがCOVID-19と異なり感染力は非常に低い。遺伝はしない。嘗ては不治の病とされされたが特効薬「プロミン」もあり現在では外来通院で完治できる

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COVID-19―不顕性感染
 「不顕性(ふけんせい)感染」。感染しても無症状な感染を指す言葉だが、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)を引き起こす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染はこの割合が多いのだと言う。為に新型コロナウイルス感染者本人が気付かぬうちに、感染を広めてしまうリスクが高い。でも逆に言えば、知らず知らず免疫を獲得する人が多くなるという利点もあるという。これは、前回書いた「集団免疫」の獲得には有利だ。

 とは言っても、やはり急激な感染者増加は、現状甚だキケンだ。医療は崩壊寸前である。普段ならICUに入れる患者が入れない、普段なら入院できる患者が入院できない。この様な状況は、避けねばならぬ(ICUに入れない・入院できない患者は近い将来の自分自身かもしれないのだ)。医療従事者の方がた(心より感謝しております)も、甚だ疲弊している。なんとしても、自分は感染しない、自分は感染源にならない、との意識が引き続き必要であろう。

 では、具体的にどうすれば、「感染しない・感染させない」を実現できるか。いろいろ考えたが、一番良いのは、一人一人が自分も「不顕性感染者」いわゆる無症状感染者(サイレント・キャリア)かもしれないと、そうイメージして行動することであろう。
 これは、「感染しない」の部分とはちょっと矛盾する気もするが、「感染させない」の部分で言えば、効果絶大だと思う。自分は不顕性感染者なのだ、自覚は無いが感染しているのだと考えれば、自然と外出も遠出も控えるだろう。人との接触も避けるであろう。接触せざるを得ない場合は自ずと距離を取り(ソーシャル・ディスタンシング)マスクも着けるであろう。

 うん、これだ。

Stay Home

 私は「不顕性感染者」。そうイメージしながら、行動しよう。

 ただこれは、あくまで素人である私個人の考えであります。正確な情報・科学的知識の把握努力や冷静さが前提とはなるけれど、それぞれの人はそれぞれの考えに基づき判断し、行動すべきであろうと思う。不況の方がよほど怖いから自粛や「Stay Home」より経済を回せとお考えの方もいらっしゃるであろうし、屋外活動は問題なかろうと考える方もいらっしゃるであろうし。
 「こうであらねばならい」的な空気や監視社会的な空気の醸成は、甚だアブナイのである。COVID-19より余程キケンと、或る意味言えるかもしれない。

2020年卯月24日

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・参照:茨城大学「新型コロナウイルス感染症の拡大防止に関する基礎知識」他

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*不顕性感染(inapparent infection):細菌やウイルスの感染を受けても感染症状を発症しない状態。症状が無いので本人は当然無自覚である

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COVID-19―集団免疫
 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)を引き起こす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大が、何時収まるか。其れは未知数だ。専門家の方々にも分からないことが、トーシローの私に分かるはずもない。が、単純にイメージすれば、一か月や二か月の外出自粛などでは如何ともならず、一年程度は今の状況或いは今に近い状況が続く、と思っている。と言うか、続けねばCOVID-19感染拡大は収まらないであろうとそう考えている。道は長いと、そう思うのだ。

 ここで、「収まる」とはどういう状態かと言えば、それは人類が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対し「集団免疫」(herd immunity)を獲得する状態である。集団免疫とは一般に、数字には多少ばらつきがあるが、凡そ人口の50-70%程度がCOVID-19に感染するかワクチンを接種するかして新型コロナウイルスに対する免疫(抗体)を持つ様になる状態を指す。これによって感染者は減り、免疫のない人も感染リスクが減り間接的に守られる。この様な状態になって、やっとCOVID-19感染拡大は収まり流行は終息するのである。
 こう考えると、ワクチン開発には時間がかかるから、「感染しない・感染させない」に全く反する事とはなるが、COVID-19を発症するしないは別としてなるべく多くの人が新型コロナウイルスに感染した方が良い、とも言える。

抗体
抗体

 感染者の増加が爆発的で急激な方が、収束までの時間は短くなるそうなので、どんどん皆が感染した方が早く収まるのである。ソーシャル・ディスタンシングも、余り連続しては逆効果という説もある(ハーバード大学研究チーム)。が、だ。COVID-19感染者が急激に増加したらばどうなるか。それは、「医療崩壊」である。これが起これば、治療に手が回らず、普段なら助かるべき者も助からなくなる。これは如何にしても、避けねばならぬ。

 医療崩壊が起きる事によって、助かることができなくなる者が、自分自身或いは自身の家族であるかもしれない、そうイメージすることが必要であろう。なるべく感染者増加のピークを低くして感染拡大速度を下げ、ワクチンや治療薬が開発されるまでの時間稼ぎをせねばならない。

 やはり、「感染しない・感染させない」と言う意識は、強く求められるのだ。人の移動がウイルスの移動を齎す事を理解し遠出を控え、ソーシャル・ディスタンシングを守り、そして手を洗い、よく眠る。これしかないのである。

(以上はあくまで私の素人考えです)

2020年卯月23日

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・イラストはpintaさんによるものをイラストACからお借りしました

・参照:茨城大学「新型コロナウイルス感染症の拡大防止に関する基礎知識」他

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*数字:他に、1/2から3/4(50-75%)、60-70%等の数字が見られる
*免疫:体内に進入した異物や体内に生じた不要成分をを排除するシステム。リンパ系細胞による細胞性免疫と抗体生産による液性免疫がある。ワクチン接種は抗体を作るもの。COVID-19に対する免疫がどの程度の期間持続するかは未知
*ワクチン開発:史上最速で承認されたと言うおたふく風邪ワクチンは開発に四年かかったそうだ(ナショナルジオグラフィック)

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COVID-19―伴侶動物どうする?
 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に関して、個人的に非常に気になっていると言うか心配になっていることがある。それは我が家の猫たちだ。ネコやイヌへのCOVID-19感染も報告されているが、それは悉くヒトが感染させたものと考えられているので、私が気を付けてさえいれば問題はない。問題は、私がCOVID-19に感染し、隔離や入院が必要となった場合だ。軽症なら自宅療養で結構だが―。
 私が家を離れた場合、猫達の世話は如何するのか?と言う問題だ。私が生活していた家であるから、ご近所の方に家に入ってお世話してもらうのは、避けねばならないパターンだ。万が一、その方に感染が起これば大変である。となると、動物病院か動物ホテルにお願いせねばならない。この際、料金に関しては致し方ない。何とかしよう。ただ、預かりをお願いしたときに、預かってもらえるかどうかだ。感染の問題は、アルコールで体毛を拭く、シャンプーするなどでクリアは可能であろうが、預かり施設に余裕が無ければ無理だ。一応かかりつけの動物病院さんには、若しもの場合は、という事でお願いはしてあるが、治療入院のニャンコ・ワンコで満室だったらダメである。
 若し預けることが出来なかった場合は、最悪玄関にトイレを置き、上がり口に水と食事の容器を置いて、家の中に入らずにお世話してもらえるようにセッティングして、ご近所の方にお願いするしかない、か・・・。
 ただ、ここで心強い存在を知った。アニコムホールディングスの「#StayAnicomプロジェクト」だ。

#stayanicom
#stayanicom

これは、COVID-19に感染した人の犬や猫などの伴侶動物(所謂「ペット」)を無償で預かって頂けるというもの。飼い主が隔離施設にいる間或いは入院している間、アニコムの施設内で、獣医さんや社員の方々がお世話してくれるそうである。何とも有難い、プロジェクトである。泣けてくる。申し込みは、専用フォームからできる(問合せ含め電話はNG)。

ミケさん
我が家の長老ミケさん(推定18歳)

 ただ、預かって頂けるのは本当に有難いが、預かりの施設までは伴侶動物を「感染者と濃厚接触のない人」が連れて行かねばならない(当然だ)。ここが、私には可也難しい。どうにか、考えねば。

 プロジェクトについてはTwitterが随時更新されているので、うちの子達どうしようとお考えの方は是非ご確認を。

 最後に、COVID-19感染の、我々ヒトとイヌやネコ達との関係について。
 冒頭にもある様に、ヒト→イヌ・ネコへの感染例が海外で報告されている(トラもあったな)。が、逆の例、イヌ・ネコ→ヒトへの感染例は現時点では知られていない。また、感染した動物はネコでは呼吸器・消化器症状があったというがイヌでは明確な症状は無いという。
 動物たちとの接触は、基本的には人と人と同様で、適切な距離を取る「ソーシャル・ディスタンシング」(近すぎず、適切な距離でおつきあい)に尽きるであろう。それと、こまめな手洗い。この二点をヒトが注意していれば、伴侶動物たちを危険に晒す確立は低いと思われる。
 あと、イヌ・ネコなど動物たちによる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)拡散の証拠はないと言え、飼い主自身がCOVID-19無症状感染者(サイレント・キャリア)である可能性がゼロではない点を考え、自分の家のニャンコをひとりで外に出さないとか(被毛にウイルス付着の可能性あり)、よそ様のワンコ・ニャンコに触らない(ウイルスを付着させる可能性あり)、などの気遣いはエチケット・マナーとして必要と思われる。(あくまで私の素人判断です)

2020年卯月20日

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)
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・参照:日本獣医師会、厚生労働省、BBC.COM「ペットは飼い主にとってリスクにならない」(イギリス獣医学協会)、OIE(国際獣疫事務局)他

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*伴侶動物:「コンパニオン・アニマル」の訳。最近は「ペット」とは呼ばないのである
*犬・猫のCOVID-19感染:OIE(国際獣疫事務局)によるとこれまでの調査ではネコが一番罹りやすくネコ→ネコ感染もあるという(実験室内で)。フェレットもネコほどではないが罹りフェレット→フェレット感染もあるという(実験室内で)。イヌはネコやフェレットほど影響は受けないという

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COVID-19―ソーシャル・ディスタンシング
 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大防止には、

「3密回避・接触8割減・外出1回」

が効果的で、これを守っていれば、普通の生活での感染リスクは低いとされている(コロナ専門家有志の会)。基本自宅仕事の私は、「3密」とは縁がないし、人との接触も極めて少ない。後は外出だ。私の外出と言えば、郵便局での発送、おばあちゃんの入院する病院への洗濯物交換、スーパーへの買い出し、猫の通院と散歩、そしてサイクリング&鉄塔巡り。
 最後のサイクリング&鉄塔巡りは、まあ趣味の事柄で正に不要・不急の最たるものであるから、感染リスク(感染しない・感染させない)の低いオープンエアの活動とは言え、極力控えようと考えている。しかし、前の四つはどうにも避け得ない。でも、三番目と四番目は減らすことは可能なので、買い出しは以前は週三回ペースであったのを、3月初めくらいから週一に減らしている。持病持ちの猫の通院も減らせないが、散歩は一日一回に減らしている。暖かくなると、外出自由で育った三頭(大人になってから我が家に来た保護猫)であるから、皆お散歩アピールが激しくなる。しかし、散歩で表に出れば、どうしてもご近所の方々と顔を合わせ、お話をする機会が増える。ご高齢の方や猫好きの子供も多いので、私が無症状感染者(サイレント・キャリア)であった場合感染させてしまう可能性が出て来る。ので、少々我慢してもらっている。
 おばあちゃんの洗濯物交換は減らすのは難しいが、病院では人と人の接触を極力減らす方策を取って頂いているので安心である。

 緊急事態宣言後の、閑散とした都内の風景はニュースでよく見るが、ここ東京郊外の多摩では、公園やスーパーなど、人出は以前とほぼ変わらない。おばあちゃんの病院へ行く際通りかかると、公園では子供を連れたパパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、そして保育園・幼稚園・療育施設などの子供たちで結構いっぱいである。遊び盛りの子供たちは元気を持て余しているだろうから、そうなるであろう。
 まあ、オープンエアの場であるし、密度もそんなにぎゅうぎゅうではないのでそれ自体は左程問題はなかろうと思うが、ママ友さん達が、四人五人と固まっておしゃべりしているのはちょっと気になると言えば気になる。人と人の間隔を凡そ2m隔てる「ソーシャル・ディスタンシング(対人距離確保)」は、マスク着用より余程効果的であるとされるが、飛沫飛距離が一般に1-2mなので、理にかなったことである(「3密回避・接触8割減・外出1回」も広義にはソーシャル・ディスタンシングだ)。これは、出来れば守りたい事柄だが、ただ、どうしても相手に失礼になるのではないかと考えてしまいなかなかやり難いことではある。お話する時、少し距離とりましょう、とは確かに言い出しにくい。勿論、離れさえすれば完璧、と言う訳ではないが、効果は大きいと思う。良い方策は、なかろうか。
 それと、保育園・幼稚園・療育施設などの集団でのお散歩だが、10人20人程もいる子供同士の間を常に2m空けるなどは、実質不可能な話だ。これなどは、引率の皆さん苦労されていると聞く。此方も、良い方法はないであろうか。

ソーシャル・ディスタンシング
ソーシャル・ディスタンシング
今は離れよう

 スーパーの方だが、こちらもお客さん側にこれと言った変化は見られない。いや、親子連れ・家族連れが増え、普段よりも若干混み合っているかもしれない。買い出しはなるべく一人で行く、家族で行ってもレジは一人で並ぶなど、工夫が必要であろう。
 これに対し、お店側には幾つか明かな変化、と言うか工夫がみられる。まず、一番人と人の距離が縮まりアブナイのがレジだが、ここは凡そ1m間隔ほどで床にテープが貼られ、並ぶお客さんの間隔を広げるようにしている(お互い向い合うのではないから2mは要らないという事だろう)。これは良いと思う。それにしても、このテープに関し私の行きつけのスーパーでは特に説明書きもないのに、皆このテープの間隔を守って並んでいるのがすごい。あとレジでもう一つの変化は、お客さんと店員さんの間に、透明のビニールシートが張られている事。これは無論飛沫阻止の為であるが、これも良い。お互い安心だ。このシートを見て「客を感染者扱いしている」等のクレームは、流石に今の現状、出ないであろうと思う。不安を抱えながら働く、スーパー(お店全般だが)従業員の方がたを守らなければならない。

 最前線で行動する医療従事者の方々、最前線で働く介護・保育そしてお店の方々に、心より感謝しております。

 今の状況が半年続くか一年続くか、私には分からないが、少なくも一か月や二か月で元に戻るとは到底思えない。余り頑張り過ぎず、ペースを考えて生活する必要があるであろう。山歩きやサイクリングと同じである。幾つも峠があり、ピークがあるのだろう。飛ばし過ぎれば絶対バテる。バテて緩んだら、台無しだ。感染防止に最も効果的とされるソーシャル・ディスタンシング(接触しない・外出しないも含む)を、強く意識しなくても自然と出来るようにするのが理想である。
 ハーバード大学チームの論文(4月14日サイエンス誌)では、COVID-19による医療崩壊を防ぐには2022年まで断続的にソーシャル・ディスタンシングを続ける事が必要という。ソーシャル・ディスタンシングを連続して続けると効果が強すぎて集団免疫が殆んどできず逆効果となるので、一定期間を設けて断続的にソーシャル・ディスタンシングを実施することが必要なのだそうだ。
 論文が正しいかどうか、トーシローの私には判断がつきかねるが、あと2年は必要と言うのは、仰る通りと言う気もする(あと2年じゃ東京オリパラ、ヤバいな)。離れるのがエチケット・マナー、として定着させる必要があるのだろう。

2020年卯月17日

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・イラストはboonさんによるものをイラストACからお借りしました

・参照:AFPBB News「断続的なソーシャル・ディスタンシング、2020年まで必要 米ハーバード大」

*COVID-19:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症。「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*適切な距離:咳やくしゃみで口・鼻から出る水滴である飛沫は通常1-2mの範囲に到達する(比較的大きな飛沫。小さなものはもっと遠くまで飛ぶ)。感染拡大防止に人との距離を保つソーシャル・ディスタンシングが重要とされる。6フィート(約1.8m)と言われるが日本ではピンと来ないので2m
*ソーシャル・ディスタンシング(social distancing):社会的距離確保とも
*集団免疫:或る感染症に対し十分な数の人が軽く発症するかワクチンを接種するかして免疫を持つこと
*無症状感染者:感染しているが症状がない人。インフルエンザなどでも一定割合(無症状比率)存在する。COVID-19での割合は15-60%と種々の数字があって明確ではない
*外出1回:1日1回、と言う意味であろう
*エチケットとマナー:前者はフランス語、後者は英語。ニュアンス的には前者より後者の方が社会的・集団的な感じはするが、何方も礼儀作法の意で違いが分からない

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

COVID-19―道長き
 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染拡大防止の為、七地域を対象に緊急事態宣言が出された。大分遅いが、今更言っても仕方がないのでそれは良しとしよう。ウイルスはヒトが拡散するので、人の移動や行動を制限するのは非常に効果的であると思うので、外出自粛措置は当然と受け止める。
 しかしここで気になるところは、自粛中であっても「健康維持のための散歩と運動」は認める、或いは首相のコメントにもある様に「散歩やジョギングは問題ない」と言う部分。この運動にサイクリングは含まれるであろうか、ジョギングが良しならサイクリングはどうか、と言う問題である。前回記事でも触れたが、自転車を趣味とするサイクリストの端くれとしては、気になるところだ。社会を構成する人間の端くれとして、「感染しない・感染源にならない」と言う強い意識のもと、責任と自覚をもってCOVID-19感染拡大防止に当たるのは当然として、やはり気になる。長期戦になるであろう感染拡大防止対策の中で、ココロとカラダの健全性を保つためにも、考えねばならない問題である。

 日本よりは外出の制限が可也厳しく、またサイクリング先進地域であるユナイテッドキングダムの、「road.cc」と言うサイクリスト向けサイトの「cycling dos and don'ts in a time of pandemic - how to be a responsible cyclist(パンデミックの時代にすべきことすべきでないこと―責任あるサイクリストになるには)」(by TONY FARRELLY)と言う3月30日付の記事を一部読んでみた(自動翻訳で)。そこには、
「健康のためのレクリエーションサイクリングが引き続き許可されています。(略)ロックダウン中は一日一回の屋外運動をすることが出来、一人または家族と共にサイクリングする限り許可されており・・・」
云々。また、
「一日一回以上自転車に乗ってレクリエーションやトレーニングには出掛けないでください、これについて政府のアドバイスは非常に明白です。距離に関して規則はありませんが(略)通常より多く走るべきではない」
云々、ともある。
 他国での対応についてもある。
「イタリア、スペイン、フランスではすでにレクリエーションサイクリングが禁止されており、新しい現実に注意を怠ったサイクリストは更なる制限に繋がるでしょう」
と記し、イギリスでもソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)を無視するようなサイクリストが多ければサイクリングは禁止されかねないと書いている(と思う。英語力自信なし)。

 精神面含め健康の維持の為に、免疫力を低下させない程度の適度な運動は、確実に必要である。これには異論はなかろう。但しそこには、COVID-19感染拡大防止に求められる種々の前提がある。
 其の辺りを考慮して、サイクリングがどの様な条件下で行われれば、今の日本の社会の状況で許容されるか個人的に考えてみた(あくまで私の素人判断です)。

■COVID-19感染拡大下でのサイクリングの条件
・一人で行う
・他者と接触しない
・他者との適切な距離をとる(凡そ2m以上)
感染させないためマスクを着用する
・途中でお店などに立ち寄らない(生活必需品購入は除く)
・食事は人気のない屋外で一人で摂る
・住宅地は極力通らない
・歩行者の少ない幹線道路などを走る
・公園等では遊具、手摺等に触れない
・訪問先は人の生活区域を避ける
・訪問先で長居をしない
・免疫力低下を招くほどの激しい走行はしない(元々してない)
・医療施設の負担増になる様なケガをしない
・行動範囲は今いる地域内にとどめる
・帰宅後は入念に手洗いする

 ここで訪問先とは、私の場合主に鉄塔であるから、住宅地に建つものは避け、河川敷や雑木林、農地や公園等に建つ鉄塔を訪ねるという事となる。のんびりサイクリングの私であるから、出来得れば幹線道路など自動車の多い道は避け、住宅街の静かな道を行きたいが、近隣の方々の不安を思えば、遠慮すべきであろう。
 上記の条件を守る限り「三密」とは無縁で、感染リスク(しない・させない)は極めて低かろうと思う。しかし、自身が、COVID-19感染者中15.5-20.2%の割合で存在するという「無症状感染者」である可能性もあることを考えれば、サイクリングなどしないのが一番良い。のであるが―、果たしてそれでこの長丁場を乗り切れるかどうか、個人的には不安だ。

サイクリング&鉄塔巡り
サイクリング&鉄塔巡り
(取材は3月末、鉄塔は只見幹線559号)

 サイクリングに限ることではないが、要は個々人が、自身も社会の構成要素である、という自覚と責任をもって判断し行動することである。それが、COVID-19感染拡大を抑制し、また以前の生活を取り戻す最短の近道である。
 ただし、近道と言っても(おそらく)その道は長い。気長に、なるべく「普段」通りに、デマ・差別・偏見に囚われぬ様、そして決して監視社会にならない様、心して行きましょう。

2020年卯月10日

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)

コロナ専門家有志の会

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・参照:サイクルスポーツ「コロナウイルス(COVID-19)禍によるサイクリストの行動」、Boriko Cycleさん「緊急事態宣言で自転車乗りはどうなる?」、フォーブスジャパン「研究が明らかにした「新型コロナ感染者の17.9%は無症状」」(4月2日)他

*COVID-19:「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*適切な距離:咳やくしゃみで口・鼻から出る水滴である飛沫は通常1-2mの範囲に到達する。感染拡大防止に人との距離を保つソーシャル・ディスタンシング(社会的距離確保)が重要とされる
*ジョギング:ロックダウン措置遵守の為パリ市では日中のジョギングが禁止された。自宅から半径1km以内は単独の散歩・ジョギングはOKであったがルール違反が多かったそうだ
*無症状感染者:感染しているが症状がない人。インフルエンザなどでも一定割合(無症状比率)存在する。WHOは感染は主に発症者からのもので無症状者からは少ないと発表している(4月2日)

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

COVID-19―外出自粛
 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染拡大により、最早オーヴァーシュート(爆発的患者急増)寸前と言える状況となった。色々と、覚悟を決めねばならぬ状況である。例えば、ロックダウン(都市封鎖)や「緊急事態宣言」。ロックダウンは、定義はあいまいそうだが、一般的には、対象エリアの人の移動の制限や企業活動の禁止、という事。東京都では、一定期間の駅・空港・高速道路、店舗などの閉鎖を行う強硬措置、と言う捉え方の様だ。「緊急事態宣言」は、改正新型インフルエンザ特別措置法(新型コロナウイルス特措法)に基づいて首相が対象区域と期間を定めて発令するもの。それを受けて、各都道府県知事が住民に対し、

・外出自粛
・学校、保育所、老人福祉施設等の使用停止
・イベントの開催制限
・映画館、デパート等の休業
・臨時医療施設開設の土地・建物の同意なき使用
・政府への医薬品・食料品売渡し

などを「要請」または「指示」できる様になる。「要請」はお願いだが、「指示」は法的履行義務が生じる(罰則はなし)。上四つに強制力はないが、下二つにはある。
 普通に考えると、一般市民誰にでもに大きくかかわるのは、一番上の「外出自粛」だ。

 人の移動によってウイルスは拡散する。のであるから、COVID-19感染拡大防止の為、外出の自粛(或いは禁止)は必要と思う。が、「むんむん・ぎゅうぎゅう・がやがや」(密閉・密集・密接)とは一切関わらない外出、感染リスク―感染しない・感染させない―の極めて低い活動は行った方が良いのではなかろうか。野外活動の事である。散歩(伴侶動物とのものを含める)、ジョギング、ウォーキング、サイクリングなどなど。症状がなく、且つ他者と適切な距離(互いに手を伸ばして相手に届かない程度。約2m以上)を保つ(ソーシャル・ディスタンシング)、比較的近距離内にとどめる等と言う前提が守られれば、良いのではなかろうか。
 運動不足やストレスは、最も大事な免疫力を低下させる。特に高齢者の方などは、運動不足による筋力低下や様々な病気の発症リスクが高まる事など懸念される。他者との接触を極力少なくする、他者との適切な距離を保つと言う事が守られれば、人の密集の無い場所での屋外運動は良しと、私は考えるのだ(あくまで私の素人考えです)。

サイクリング
サイクリング
(昨秋、八王子市にて)

 という事で判断すると、私の行う「サイクリング&鉄塔巡り」は如何であろう。
 一人で、家を出てから戻るまで何のお店にも寄らず、出先でも一切人と会話せず(サミシイ)、人気のない住宅地(平日昼前などホントに人気がない)や公園・雑木林で鉄塔周囲を彷徨いたり、人気のない公園や河原などでランチする以外ずっと自転車で走りっぱなしだ。問題はないと、そう考えるのだが―。感染拡大防止的観点からは、如何なのであろう、専門家の方にこういった野外・屋外での活動・行動についても、是非ご解説頂きたい。

2020年卯月3日

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)

コロナ専門家有志の会

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・参照:日経ビジネス記事(3/30)、東京新聞記事(4/1)

*COVID-19:「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*適切な距離:咳やくしゃみで口・鼻から出る水滴である飛沫は通常1-2mの範囲に到達する。感染拡大防止に人との距離を保つソーシャル・ディスタンシング(社会的距離確保)が重要とされる

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COVID-19―感染源にならない
 日本のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染者数は、欧米のような急激なカーヴは描いていないとはいえ、確実に増えており、ジワリジワリと、オーヴァーシュート(爆発的患者急増)やロックダウン(都市封鎖)の危機が迫っているのを感じる。まだまだ日本は大丈夫、それに疲れちゃった―、と言う油断が一番コワイ。これは、自戒も込めているのだが、何事も、慣れて来た時が一番事故が多いときである。油断が一番コワいのである。ここでいう「事故」とは、勿論COVID-19への感染の事だ。
 ついつい気が緩んで手洗いが疎かになり、ついつい飽きてきて「むんむん・ぎゅうぎゅう・がやがや」(密閉・密集・密接)忌避を忘れて出掛けてしまう―などなど。やはり、ここは今一度気を引き締めて危機感を抱き、自分が感染しない、自分が感染源にならない、の二つを肝に銘じて日々行動したい。もし私が発症し、重症化したら(おじさんだからねえ)猫達がどうなるのか、入院中のおばあちゃんはどうなるのか、と考えて、慎重に暮らしたいものである。

手洗い
睡眠・栄養・手洗い

 ここで、入院リハビリ中の我が家のおばあちゃんだが、相変わらず面会は厳重に禁止され、暫らく会えずにいるが、洗濯替えで病院を訪れると受付は非常にピリピリとした緊張感に満ちている。スタッフのみなさんは二重にマスクをし、PCに向かってお仕事をされている。入口で手指消毒をした後、私が用件を伝えると電話でナースセンターに連絡して下さる。その際、都度アルコール消毒する体温計を渡され検温し、発熱がない事を確認される。面倒と言えば面倒とも言えるが、逆に安心はする。もし院内感染が生じれば、大事に至るのであるから。スタッフの方々も大変ではあると思うけれど、宜しくお願い致したい所である。
 ところで、ふと考えたのだが、この先もしオーヴァーシュートが発生し、感染入院患者が激増して指定医療機関が病床不足となった場合、一般医療機関でも受け入れが行われ、急を要さない入院患者は強制退院という事も起こり得るかもしれない。もしそうなれば、我が家のおばあちゃんもその対象となろう。一応、その辺りの事も念頭に入れておいた方が良いかもしれない。
 まあ、そのような事も含め「医療崩壊」を起こさぬ様、個々人が

「感染しない・感染源にならない」

を、今一度意識して日々暮らし、感染者数グラフのカーヴを出来るだけ緩やかにして終息を迎えられるようにするしかなかろう。今は、人類的危機と言っても強ち大袈裟ではない時なのである。
 でも、あまり強く意識しすぎると疲れてかえって油断が生まれるから、どんなに頑張っても感染リスクはゼロにできない、と覚悟を決め、或る意味開き直ってなるべく「普通」に暮らすことも必要かもしれない。あと、色々自粛が続きまた感染への不安が募りどんどんお財布のひもが固くなって「COVID-19不況」が本格化してしまうから、マスク・消毒アルコール・食料等の買占めや必要量以上の買いだめは論外としても、なるべくお金を使う様にする事も意識しなければいけないかもしれない。

マスク
感染源にならない!

 最後に、相変わらず品不足で医療機関・福祉施設などでも問題が深刻なマスク(サージカル・マスク)だが、「感染しない」と言う予防目的でのマスク装着は無意味とは言わないまでもあまり効果がなく気休め程度と前回記事で書いた。ただ、「感染させない」と言う面では大いに効果があると考える。自身の口から出るウイルスを含んだ飛沫のすべてを防ぐ事は出来なくても、その大半を封じ込めることはできる。よって、比較的近い距離(互いに手を伸ばしたら届く2m程度の距離)で他者と会話を交わす必要がある場合などは、自身が無症状感染者である可能性もゼロではないことを考えれば、マスク着用がエチケットと言えると思う(あくまで私の素人考えです)。

追記:COVID-19感染による肺炎で先月30日に亡くなった、志村けんさんのご冥福を心よりお祈り致します。子供の頃、沢山笑わせて頂きました。有難う御座いました。R.I.P

2020年卯月1日

新型コロナウイルスと闘う日本の医療従事者と医療を守ろう (Change.org)

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・イラストはAiBONさんによるものをイラストACからお借りしました

*COVID-19:「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。新型コロナウイルスへの感染により引き起こされる。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない。「中国ウイルス」等と言ってはダメなのである
*手洗い:せっけん・洗剤の界面活性剤はコロナウイルスの「エンベロープ」と言う脂質の膜を壊すことが期待出来る。ただし、界面活性剤の効果は近縁のSARSコロナウイルス(SARS-CoV)では確認されているが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対しての実験による確認は現時点では無い
*マスク:一般に販売されているものは「サージカル・マスク」と呼ばれるものが多く文字通り手術用マスク。着用者による汚染から患者を守る・患者による汚染から着用者を守るもの
*マスクの予防効果:ウイルス付着の可能性のある手で鼻や口を触らない様にするなど全く予防効果が無いとは思わないが、潤沢に供給されている時なら無問題でも極端な不足状況にある今はマスク使用は医療・福祉従事者や症状のある人が優先されるべきと思う

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リフレイン
 メタル馬鹿でクラヲタの私も、例外的にユーミンは聴く。と言うか、ユーミン大好きだ。基本的には、ユーミンでも郊外の匂いがする初期のものが好きだ(ユーミンは多摩地域出身)。大分都会的になった1980年代後半くらいには、新作は聴かなくなってしまったが、それでも、偶にユーチューブでMVを観たりする。

 そんな流れで、最近「リフレインが叫んでる」のMVを初めて観た。曲は知っていたが、MVはお初だ。1988年リリースの「Delight Slight Light KISS」アルバム収録の曲であるから、正に、私がユーミン離れしていた時期の作品で(古い作品は変わらず聴いていた)、知らなかったのも無理はない。
 で、MVを観、泣いてしまった。冷血人間で涙知らずのおじさんだが、涙を止めることが出来なかった。「DOWNTOWN BOY」の時と全く同じだ。ユーミンに泣かされたのは、これで二度目である。
 「DOWNTOWN BOY」の時は、純粋に歌に泣かされたが、今回はそれプラス、映像だ。画面に登場する楽し気な幾組かのカップル。懐かしいファッションとヘアスタイルの彼と彼女達のその姿に、当時の事が妙にリアルに思い出され、悶死寸前である。
 オフィシャルのMVであるから、登場の男女は当然モデルさんだが、いっぱい居たよ、当時こうした彼氏彼女達。私は当時ロン毛のメタル野郎で(髪の毛いっぱいあった)、ここに出演の彼氏たちとは大分違うが、当時身近に居た女友達や好きだった女の子はこんなスタイルであった。


松任谷由実―リフレインが叫んでる
(再生されない場合はこちらを)

 これだけでも、切なくて胸がヤバいが、

 どうして どうしてできるだけ
 やさしくしなかったのだろう
 二度と会えなくなるなら

と歌われたるのだから、堪らない。勘弁してくれよ、ユーミン。

 MVも、今の眼で観れば何とも素朴な内容で、クサイといえばそう言えないこともないのだが(ディスりではありません)、冒頭のカップルがラストにもう一度登場し、真顔でカメラを見つめる演出は、ヤラレタ。
 泣かすなよ。

2020年弥生30日

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*リフレインが叫んでる:シングルとしてのリリースは無いがCMとドラマに使用された
*冒頭のカップル:途中でも少し登場する

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「第二種」
 この2月(2020年)から、日本に生息する希少野生生物63種が新たに「国内希少野生動植物種」(「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に基づく)に指定され、新たに保護の対象となった(全体では現在350種が指定)。
 これについて、今までと異なる変化が二つあった。
 一つは、一般市民やNPOなどが国に対して、どんな種を法の対象とするかを提言・提案できる「提案募集制度」が導入されたこと。で、今回この制度による提案を踏まえて63種が選定されることとなった。これは、各地域の市民目線で見た実態・状況を法に活かせるなかなか画期的な事である。
 もう一つは、「特定第二種国内希少野生動植物種」(以下、第二種)という新カテゴリーが創設されたこと。このカテゴリーの特徴は、「販売目的」の業者等による大量捕獲等以外であれば捕獲は法的に禁じられない、という事。詰まりは、子供たちが飼育目的などで捕まえるのはOK、という事だ。今回これによって、以下の三種が指定された。

■トウキョウサンショウウオ(Hynobius tokyoensis)
有尾目サンショウウオ科サンショウウオ属。主に群馬県を除く関東と福島県の丘陵地や低山地の雑木林などに生息する固有種。絶滅危惧II類(VU)

■カワバタモロコ(Hemigrammocypris rasborella)
コイ科カワバタモロコ属の小型淡水魚。静岡以西の本州、四国・九州の一部に分布。平野部の小川、池沼、ため池、用水路などに生息。絶滅危惧IB類(EN)

■タガメ(Kirkaldyia deyrolli)(田亀)
カメムシ目コオイムシ科タガメ属。日本各地、台湾、朝鮮半島、中国など東アジアに広く分布。水田、池沼、ため池、用水路などに生息。絶滅危惧II類(VU)

タガメ
タガメ
せいじんさんによるイラストACからのイラスト)

 これら特徴を見て頂けばお分かりの通り、三種は皆、人手が加わりながら維持されている人工的な「二次的自然」環境、所謂「里山」的な場所に生息するもの達だ。こうした環境は、東京で言えば多摩丘陵や狭山丘陵など、近年環境が著しく改変されて減少しつつある環境である。つまり、その生息地が消滅或いは状況が悪化している環境だ。
 そしてまたこれらの種は、生息環境は悪化しつつあり個体数も減少し絶滅の危険性はあるものの、個体数の減少はそれほど著しくはなく、且つ環境改善など行われ、繁殖が可能であれば個体数増加も見込まれるものである。

 具体的に「第二種」の定義を書くと、
■種の個体の主要な生息地若しくは生育地が消滅しつつあるものであること又はその種の個体の生息若しく生育の環境が著しく悪化しつつあるものである事
■種の存続に支障を来す程度にその種の個体数が著しく少ないものでないこと
■繁殖による個体の数の増加の割合が低いものでないこと
■国際的に協力して種の保存を図ることとされているものでないこと
となっている。

 今回の二つの変化、良いものではあると思うのだが、日本の環境保護政策(或いは文化財保護政策)では、指定のしっぱなしで実際に具体的・効果的なことがなされず、実効が見られないというパターンが多いので、その辺りは注意が必要である。
 保護の対象となったからと言って、安泰とはならないのは、明治、大正また昭和初期と可也早くから保護鳥或いは天然記念物に指定されて来た、トキやコウノトリが絶滅してしまったことを見れば明らかだ。

2020年弥生29日

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・参照:日本の希少種63種が新たに法律上の保護対象に(WWFジャパン)、特定第二種国内希少野生動植物種制度の概要について(環境省)

*特定第二種国内希少野生動植物種:国内希少野生動植物種の内、販売目的の捕獲・譲渡等のみを規制する。農地や雑木林などの二次的自然に分布・生息する生物を想定
*絶滅危惧カテゴリー:何れも環境省レッドリストの分類。IB類は近い将来野生絶滅の危険が高い、II類は絶滅危険度が増大、をそれぞれ意味する
*トキ、コウノトリ:コウノトリは1894年(明治27年)にトキは1908年(明治41年)にそれぞれ保護鳥となり、その後コウノトリは1921年(大正10年)にトキは1934年(昭和9年)に天然記念物に指定されたが、日本ではコウノトリは1971年にトキは1981年に野生絶滅した

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エコ・サイクリング
 自転車と言う、走行時には化石燃料も(一部を除き)電力も使わず、呼気に含まれるCO2しか排出せず、環境負荷の少ないエコロジカルな乗り物としては最たるもので行うサイクリングと言う行為は、それ自体非常にエコな趣味と言わば言える。なのに改めて「エコ」をサイクリングに冠するのは、一寸しつこい様にも思えるが、でも、エコなるものを更にエコに、的なニュアンスである。

海辺の秘境駅
海辺の秘境駅(行ってみたい)
イラストACからお借りしたまんもすさんによるイラスト)

 具体的には如何するか―、例えば、ライト類は充電池式にする、飲料は繰り返し使える水筒に入れる、道具・用具類全般なるべく金属製でなお且つリユース品・ユーズド品を探す、などなどである。
 で、私の相方(ロードバイク)の装備をアレコレ見ていると、ライト類と言うのがやはり電力を消費するものとして、少々気になった。法的なこともあるが、安全面からライト類はサイクリングをするにあたり昼夜問わず必要不可欠で外す事は出来ないアイテムだ。安全性を考えると、どうしてもライトは増える。ライトが増えれば当然電力消費も増える。私の家は、再生可能エナジー利用の電力会社さんと契約してはいるが、それでもやはり気にはなる。
 昼間は別だが、夜にライトを増やさず目立とうとするなら、反射材だ。以前スタイル・デザインを崩さず反射材を増やすため、黒い反射テープをあちこち貼ったと書いたが、同様に、見た目をあまり変化させずに今度は後ろ限定の「赤」の反射材を増やすには何処に貼ったらいいかと、つらつら自転車を眺めた。すると、ドロップハンドルのエンドプラグ(エンドピン)に目が行った。ここは、真後ろに向いているし、自身の身体で隠れることもない。ここに赤い反射シールを貼ったら、それなり効果がありそうに思えた。おばあちゃんの入院絡みで、病院の玄関に並ぶ沢山の車椅子を見ていたら、半分近くの車椅子のグリップに赤いリフレクターが付いている。これだ、とそれを見ても思った。昔のママチャリは大抵ハンドルグリップに赤いリフレクターが付いていたが、最近あまり見かけない。でも、あったらいいのではないか?
 実際、ネット検索すると、ロードバイク用エンドプラグには赤とは限らないがリフレクター付きのものがそこそこ存在する。これを購入してもいいのだが、送料を含めるとそれなりの出費だし、それにプラスティック製であることも気になる。ので、赤い反射シールを買ってそれを丸く切り抜いてエンドプラグに貼ることにした。テープはホームセンターの計り売りで、僅か100数十円だった(他にも使うかもしれないので25mm幅を長さ20cm買った)。3M社製なので品質に問題はなかろう。

エンドプラグ(反射シール) エンドプラグ(反射シール)
エンドプラグの赤反射シール
右側のみ貼った

 このテープを直系20mmの円に切り抜いたのだが、まん丸く切るのがこんなに難しいとは思わなんだ。紙切り芸人さん、すごい。

 残念ながら、自身でこのバーエンドプラグの赤リフレクターがどれほど自動車から見えるのか確認できないが、無いよりはましであろう。
 それと、足首に付ける反射バンドも追加した。他の自転車を見ていると、日中でもくるくると回転するペダルや足は目立つ。よって夜間用に反射バンドを付け加えた。昼間はあまり意味が無いので、普段はサドルバッグやバックパックに巻き付けておいて、暗くなったら足首に装着するのだ。でも、この足に関しては昼間でも目立つのだから、何か工夫は出来そうだ。

 もう一つ導入したものがある。それは、三角のリフレクター、通称「おにぎり」だ。これは蛍光イエローの反射材で三角を作り、中心にリアライトが透け見えるように赤橙色ネットを縫い付けた、文字通りおにぎり型の反射材である。これを、サドルの下やサドルバッグの後部、或いはバックパックなどにぶら下げるのである。私は一度だけ、使用しているロードバイカーさんを昼間に見掛けたことがあるが、よく目立っていた。反射材であるから、夜間も目立つのは言うまでもない。

三角反射板(おにぎり)
おにぎり装着
真ん中の三角がスケスケ

 リンプロジェクトさんのもの(商品名:三角反射板)だが、これを装着すれば、私の黒っぽい(メタルっぽい)恰好でも目立つ。
 サイクリング時には、フロントライトとリアライトを昼間も点けているのだが(デイタイムライト)、リアライトに対し正面から陽射しが当たると、ほぼ点滅が見えない。太陽光に負けてしまうのである。それで考えた。太陽光に負けず、なお且つエコなるものは・・・、で思いついたのがこれである。これなら、陽射しが当たれば猶更に目立つ。前々から気にはなっていたのだが、送料が以外と嵩むので躊躇していた。しかしワイズロードさんの実店舗で見付けたのでゲット。1,300円ほど(税込み)したが、安全には代えられない。
 一回り大きなものも含めR250さん(商品名:おにぎりリフレクター)他から同様のものが幾つかリリースされているが、リンプロさんのものはカスクやヘルメットに装着することも想定されたデザインだ。私は、一寸頭に付けるのはためらうので、バックパック使用の際はバックパックの下部かサドル下に、大型サドルバッグ使用の際はサドルバッグの後部に、それぞれ装着。電力・バッテリーいらずの、非常にエコロジカルな安全対策である、と思っている。ただし、夜間走行の際は、これにリアライトをプラスする。

2020年弥生24日

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*反射材、リフレクター:白い(黒の反射テープも白く光る)反射材、リフレクターは前後左右何処に付けても良いが、赤は後ろ向き限定である。黄色・オレンジは基本的に後

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大型サドルバッグ
 前回紹介した、調布市深大寺南町の池ノ上神社の近くには、この様な小さいが気持ちの良い公園もある。

調布市深大寺南町、けやき広場
けやき広場(公園15号地)と相方

 何故かベンチが一つも無い、この「けやき広場」。ここでランチにしようかと思ったが、座れないので諦めた(まあこの辺りはランチできる様な公園には不自由しない)。ここも、例によって「公園〇号地」の名称もあり、15号と記されている。

 上画像、相方のそのサドル下に何か付いている。これは、大型サドルバッグ。サドルバッグと言っても、自転車好きでない方には馴染みがないと思うので説明すると、サドルの下に付ける大型のバッグ、のことである。そのまんまだが、そのまんまなので他に言い様がない。
 手ごろな大きさのものが、USEDで見つかったので今回から導入してみた。
 導入したその理由は、ズバリ「肩こり」である。元来肩こりには若い頃から悩まされて来た身だが、ロードバイクでサイクリングするようになってからは、時に可也キツイ肩こりが来るようになったのだ。おそらくはその独特の前傾姿勢とバックパックとの相性が余り宜しくないためであろうと、個人的には分析している。バックパックは非常に便利であるのだが、左程重くないとはいえ、肩への負担はゼロではない。
 調子の良いときは、40-50q走ってもまったく何ともなかったりするが、肩こりが少々ある状態で走ると、30q程度の距離でも帰り道の後半など肩の痛みを気にしながらのライドとなり、シンドイ。それと、夏場は背中の汗がゴイスーだ。これも、結構ツライ。で、背中も肩もまったくフリーとなる大型サドルバッグを、試みに導入した次第だ。

 ただこの大型サドルバッグ、汗と肩こり対策には宜しそうだが、実は大きな問題点がある。それは、サドルと後輪の間の距離がある程度確保されないと、装着そのものが出来ない、ということなのだ。
 背の高い方なら無問題だ。しかし、私の様にチャイチイ人間(身長164cm)には大問題だ。各メーカーの種々の商品(サドルバッグ)詳細に記載されている、装着に必要なサドル−後輪間の距離(クリアランス。隙間のこと)を見ると、私が求める容量で且つ相方に装着可能なものは、二択か三択であった。あれこれ散々調べたが、デザインや使い勝手など含めて総合的に判断すると、二つ三つしかなかった。で、その内の一つが、中古で出ていたのだ。これはもう、迷う事もない。ほぼ、即決であった。
 R250さんの「サドルバッグ スモール ブラック(R25-L-SADDLEBAG-S)」。ロールアップ式で容量は5-10Lと場合により変えることが可能。私としては容量7L前後が必要なので、この容量でなお且つ相方に装着可能というのは有難い。
 ちなみに相方のサドル−後輪間の距離は約18cm、サドルポストの出代は約13cm、BB中心からサドルトップまでは約63cm。これで、十分余裕であった。

 これからは、サドルバッグがメインでの使用となると思うが、バックパックは引退ではなく、背中の汗が気にならない季節の比較的短距離のサイクリングで使おうと考えている。
 ただ、バックパックから大型サドルバッグに換えて、これで肩こりが完全に解消されるとは考えていない。肩こりの原因はバックパックが100%ではなく、やはりライディング・フォームの問題などもあろうと思う。でもしかし、スーパーへの買い出しの際など重くなったバックパックを背負って帰宅すればやはり肩は痛くなる。ので、バックパックも幾らかは肩こりの原因とはなっているはずだ。サドルバッグにして、肩こりが1割でも2割でも減ってくれればそれで良い、そう考えている次第だ。

2020年弥生9日
(取材は1月中旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この場所は調布市深大寺南町、最寄り駅は京王線柴崎駅です

*BB:ボトムブラケットの略。ペダルの付いたクランク軸周辺の部品の事

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池ノ上、池ノ谷
 調布市の深大寺は近頃全国区的に有名で、ご存知の方或いは訪問済みの方は多いと思う。が、そのすぐ近くになかなか良いイキフンの余り知られていないポイントもあるので、ご紹介したい。

 深大寺から、その前を通る深大寺通りを東に向かい、直交する三鷹通りを渡る。交番横からそのまま住宅地に入り、南に進むとこの様な少し懐かし気な風景に出会う。

調布市深大寺南町
深大寺南町風景
お寺は深大寺元町

 更に道なりに行けば、中央高速を渡る「池ノ上橋」に出る。

調布市深大寺南町、池ノ上橋
池ノ上橋から下り方向

 ここを渡らず、右に折れると、小さな神社が正面左に見える。
 池ノ上神社(標高51.1m)だ。

調布市深大寺南町、池ノ上神社
池ノ上神社

 こじんまりとした、愛らしい神社。

調布市深大寺南町、池ノ上神社
祭神は池ノ上大神

 境内は可也手狭ではあるが、丁寧に掃き清められ、地域の人びとに大切にされている事が伝わる様に思える。
 神社のすぐ後ろはすとんと切れ落ち、そのまま切通(きりどおし)となっている中央道(池ノ上橋画像で右手の法面上が神社)。嘗ては、拝殿の後方に鎮守の森が広がっていたのであろうか。
 1941年の、古航空写真を見てみよう。

池ノ上神社航空写真(1941)
池ノ上神社航空写真
1941年(昭和16年)7月27日陸軍撮影

 いや、畑の中に神社はぽつんと建ち、もともと森的なものは無かったようだ。「A」はお馴染みの深大寺、「文」は深大寺小学校。
 では、現在(いま)は―。

池ノ上神社航空写真(2009)
池ノ上神社航空写真
2009年(平成21年)4月28日国土地理院撮影

 あぶなっ、ギリギリじゃん。中央道は神社スレスレ。態と神社をかわしたのか或いは偶々か、それとも神社が少し移動したのか。その辺りは不明だが、何れにしろ神社が残って良かった。ここで「B」は池ノ上橋、「C」は池ノ谷橋、「A」と「文」は昔と変化なし。なお、古写真で神社右方向の谷に水田があるが、ここは現在、都立農業高校の「神代農場」となっており、これも往時とはさほど変化が無い。
 因みに、「A」の下に広がる緑地は、水生植物園と深大寺城跡だ。

 相変わらず、ここ数十年の環境変化の大きさに呆れるが、この神社周辺のみに関して言えば、変化は比較的少なく、今も植木畑など農地も広がり、

調布市深大寺南町
神社横の農地と相方

歩いていると、中央道から響く音も、不思議と消えて行く。

 ここから、神社東側の谷合に広がる「神代農場」を迂回し行くと、今度は「池ノ谷橋」と言う一寸紛らわしい名の橋がある(直線距離では350m程東)。2009年航空写真の「C」だ。

調布市深大寺南町、池ノ谷橋
池ノ谷橋から上り方向
深大上野原橋と新鶴見線22号が見える

 この橋の池ノ上橋寄りに、こうしたものがある。

調布市深大寺南町、絵堂のカゴノキ
絵堂のカゴノキ(標高50.8m)

 中央の解説板の奥、大きな常緑樹がカゴノキ(2009年航空写真参照)。場所は中央道のすぐ脇だ。絵堂(えどう)と言うのは嘗てのこの地域の名(350m程東に「絵堂橋」がある)で、池ノ上神社はこの部落の鎮守であったという。
 この木のあるお宅は、代々この地域で名主を務めていたそうだ。
 ところで、カゴノキとは、正直馴染みのない木だ。私は今まで知らなかった。クスノキ科ハマビワ属の常緑広葉樹で、本州の関東以西、四国、九州、及び朝鮮半島南部に分布するという。漢字では「鹿子の木」で、樹皮がはがれ小鹿の様な白いまだら模様が現れる為そう呼ばれる。確かに、込み入った枝の向こうに、バンビの様な白斑点が確認できる。

調布市深大寺南町、絵堂のカゴノキ
解説板

 樹下にある解説板によると、この木は目通り(目の高さ)の幹囲2.88mで樹齢は凡そ300年で、この地方に自生は少ないという。ここのお宅がこの場所に移ったのが元禄年間(1644-1703)と推定されるので、おそらくはその頃に植えられたのではなかろうか、ともある。

 深大寺を訪ね、其の後この辺りを歩けば、高速道路のできる以前のこの地域の、里山としての姿を、イメージすることが出来るのではなかろうか。

2020年弥生8日
(取材は1月中旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト

・この場所は調布市深大寺南町、最寄り駅は京王線柴崎駅です

*池ノ上神社:創建は不明だが1907年(明治40年)に稲荷神社二社を合祀したそうなのでそれよりは古いのであろう
*池ノ上、池ノ谷:「池」とか「谷」とかは今の神代農場辺りの地形に由来するのであろうか

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

玉川上水川下り―浅間橋歩道橋
 昔の浅間橋の姿を求め、古航空写真を見る。
 1963年(昭和38年)の航空写真だ。未だ中央自動車道もない大分長閑(nおどか)な風景だが、しかしなんと、今の浅間橋の場所には橋らしきものは無い。
 だが、その200mほど東(下流)に橋はある。現在「富士見ヶ丘通り」と呼ばれる通りが玉川上水を渡るその場所だ。これが元の浅間橋か。

浅間橋航空写真(1963)
浅間橋航空写真
1963年(昭和39年)6月26日国土地理院撮影

 最近の航空写真を見てみよう。

浅間橋航空写真(2017)
浅間橋航空写真
2017年(平成29年)5月30日国土地理院撮影
右下から左下へカーヴする中央道
上水を挟みながら左上へ伸びる東八道路

 現在この橋があった場所は、上水は暗渠となり上を東八道路が通り、更にその真上を中央道が通っている。そして富士見ヶ丘通りが東八に接続するその場所、つまり上の古航空写真で元の浅間橋と思われる橋があったその場所に、「浅間橋歩道橋」がある。前回の最後で、下流方向に見たあの薄青い歩道橋だ。
 行ってみる。

杉並区、浅間橋歩道橋

杉並区、浅間橋歩道橋

杉並区、浅間橋歩道橋
浅間橋歩道橋
下が東八道路、上が中央道
この南には浅間橋公園もある

 古航空写真に写る、元の浅間橋らしき橋のその同じ場所にある歩道橋に「浅間橋」が冠されている。偶然とは思えない。古航空写真で富士見ヶ丘通り上に写る橋が、元の「浅間橋」であったと考えても良いのではなかろうか。歩道橋から東方500mばかりの場所に、第六天神社があり、そこに末社として1897年(明治30年)に字(あざ)前山(上高井戸村)から遷座された浅間神社があるそうだ。字前山が今のどの辺りであったか不明だが、おそらくはこの浅間神社が元の浅間橋を渡る道の傍らか近くにあったのであろう。

 しかしだ、この浅間橋歩道橋が元の浅間橋の位置だとして、なぜ200mも離れた今の地点が浅間橋となったのであろう。
 ここでまた、古航空写真を見る。

浅間橋航空写真(1975)
浅間橋航空写真
1975年(昭和50年)1月20日国土地理院撮影

 上は中央道工事真っ只中の1975年(この区間は翌年完成)のものだ。これを見ると、現在浅間橋と呼ばれている場所の辺りに、可也小さいが橋?の様にも見える何かがある。芥留(あくたどめ。ごみフィルター)、であろうか。もう一枚、14年後の写真を見よう。

浅間橋航空写真(1989)
浅間橋航空写真
1989年(平成元年)10月20日国土地理院撮影

 上と同じ場所に、何か、が同じ様にある。橋ではなく芥留の様に思えるが―。

 然し、浅間橋が嘗ては今の浅間橋歩道橋部分にあったのは間違えなかろうと思うのだが、なぜ「浅間橋」が200mも上流へ移動したのだろう。やはり上水暗渠化ののち、「新」浅間橋的なものがそこに存在したのであろうか。―謎だ。

 以上は、あくまで素人(私)の気紛れな推測なので、何も確言は出来ない。これを読んで頂いている読者諸賢の皆さんに敢えて言う必要など無かろうとは思うが、あてになどなさらぬ様に、是非ご注意頂きたい。

 最後に、浅間橋の西側、一つ上流の岩崎橋も訪る。

杉並区、玉川上水岩崎橋
岩崎橋

 耐震化と歩道空間確保のため2016年(平成28)に架け替えられたばかりの、新しい姿。
 昔は「庄ちゃん橋」と呼ばれていたらしい。庄太郎さんと言う方が丸木橋を掛けたのが始まりだから、と言う事の様だ。のち樋口橋と名を変え、1939年(昭和14年)に岩崎通信機の工場がこの南に建てられたので、現名称となった。

杉並区、玉川上水岩崎橋
烏山分水取水口

 橋の下流側右岸に、且つての烏山分水取水口が残っている。拡大すると、上部の笠石に「水分山烏」と彫られているのが分かる。現在の水面より大分上にあるが、嘗ては今よりずっと水量が多かった事を示しているのであろう。嘗ての「樋口橋」は、この取水口(水を通す管である「樋(ひ)」の口)があったための名であろうか。

杉並区、玉川上水岩崎橋
案内板
地図のシールは「鳥山」になっている

 玉川上水は、羽村取水堰から四谷大木戸まで続き、浅間橋で終わりではないのだが、やはり開渠の終わる浅間橋で終点感が強い。
 しかし、今更遅いが、何故に全て開渠で残さなかったのかと悔やまれる。上水が暗渠化された1960年代から70年代は、環境など省みる余裕もなく日本全体が「成長」に向け突っ走っていた時代ではあった。あったが、返す返すもネンザンである。

杉並区、玉川上水岩崎橋
岩崎橋から上水(上流側)

 と悔やんでも昔の上水は戻らないので、浅間橋より先に僅かに残る部分的な開渠部(京王線代田橋駅・笹塚駅付近、代田橋・稲荷橋・第三号橋の三か所)も、何時か機会があったら訪ねてみよう。

2020年如月27日
(取材は1月初め・2月中旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト

・この場所は杉並区久我山、最寄り駅は京王井の頭線富士見ヶ丘駅です

*玉川上水:羽村取水堰から新宿区の四谷大木戸迄およそ43q続く上水路。人口増激しい江戸に多摩川の水を引き入れる為計画され1653年(承応2年)4月4日に着工し11月15日竣功。上水の水は武蔵野を潤したのち江戸市中で様々に利用された
*開渠部:その大部分は浅間橋で終わりだが、この先京王線代田橋駅から笹塚駅の辺りに三か所部分的に開渠となっている
*第六天神社:「第六天」神社。第六天(他化自在天)は欲界大魔王、第六天魔王(織田信長が名乗ったともされる)の住処
*烏山分水:開削期は不詳。烏山村、粕谷村(徳富蘆花が住んでいた)、世田谷村など10村を流れていたという
*岩崎通信機:1939年烏山に工場、1943年久我山に本社が作られた。WW2中は秘密電話機やレーダーの開発・製造を行った。創業者岩崎清一氏は国学院久我山中学校・高等学校の創設者でもある

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

玉川上水川下り―浅間橋
 昨晩秋、玉川上水を遡り、羽村取水堰(取水堰第一・第二水門)と言うその始点にまで達した。ので、今度は上水の開渠部分の終点を訪ねた。浅間橋(せんげんばし)、である。

杉並区、玉川上水浅間橋
玉川上水緑道
右は東八道路(上り)

 場所は、杉並区久我山。男子ラグビーやサッカーで有名な国学院久我山高校から、東南東に900m少しの地点。
 上水開渠部分も、画像の緑道も、清流復活区間も、羽村の取水口方向を始点方向と見ればここで終点。国の史跡指定(2003年)の大半も、ここで終わりである。

 しかし、だ、橋って何処?

杉並区、玉川上水浅間橋
上水案内板

 案内板には「浅間橋」と明示されているが、らしきものが見えない―。
 案内板イラストに示されている通り左手を見ても無いし、

杉並区、玉川上水浅間橋
上水浅間橋付近
右の木立の下が上水

もっと先、交差点へ行っても、橋は無い。

杉並区、玉川上水浅間橋
上水浅間橋付近交差点
左が東八道路(上り)、右の高架が中央道

 そう、今回ここを訪ねて判明したのだが、「浅間橋」と言う橋は存在しない、のだ。
 上下線が左右に分かれ上水を挟む形となって行く東八道路(都道14号線)と、南西へとカーヴする中央自動車道が上下位置で重なっているその僅か上流側、そこが浅間橋だが、そこに橋などは無い。ただ、玉川上水の流れが、道路下へと消えゆくのみなのだ。

杉並区、玉川上水浅間橋
玉川上水開渠の終わり(標高48.4m)

 画像中央左に、上水の水が芥留(あくたどめ。ごみを濾すフィルター)に吸い込まれて行く。つまり画像左が下流側で、ここから先、上水は暗渠となる訳だ。
 嘗て、上水を渡る浅間橋が存在したかと思われる場所の辺りは、歩道となり、開渠側(上流側)はフェンスで囲われ行き止まりとなっている。
 上の案内板イラストに沿い、浅間橋と思しき辺りを南側から見ると、この様な感じ。

杉並区、玉川上水浅間橋
開渠終焉部
南側から

 画像左端の木立が上水開渠部、その右白い車止めが見えるのが行き止まり部分。この行き止まり部分やその右側の横断歩道の部分(ワンコお散歩中)などは、もう暗渠部だ。

杉並区、玉川上水浅間橋
開渠終焉部
北側から

 これを北側から見る。画像右端の木立が上水開渠部。その左白いガードレールのある所が行き止まり部分。その辺りから左側が上水暗渠部となる。

杉並区、玉川上水浅間橋
行き止まり部分から

 行き止まりの部分から、上水を見ている。奥方向が上流方向。手前のコンクリートの下に、水が吸い込まれる芥留。
 こうして、暗渠化する上水のその上をただ東八道路と中央道が通るのみとなる。

 そうなのだ、今は、浅間橋と言う名の橋はなく、浅間橋はこの地点・場所の名称としてのみ残っているのだ。ただ、浅間橋がどの様な橋で、何時まで存在していたのかなどは、残念ながら不明である。
 でも、ヒントはありそうだ。
 浅間橋から暗渠となった上水下流方向を見ると、

杉並区、玉川上水浅間橋
下流方向の歩道橋

薄青い歩道橋の姿が、ちらりと見える。この中央道と東八道路に上下から挟まれるようにある歩道橋、この名が「浅間橋歩道橋」なのだ。
 少し、ツッコんでみよう。

 つづく

2020如月25日
(取材は1月初め・2月中旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・この場所は杉並区久我山、最寄り駅は京王井の頭線富士見ヶ丘駅です

*玉川上水:羽村取水堰から新宿区の四谷大木戸迄およそ43q続く上水路。人口増激しい江戸に多摩川の水を引き入れる為計画され1653年(承応2年)4月4日に着工し11月15日竣功。上水の水は武蔵野を潤したのち江戸市中で様々に利用された
*国の史跡:指定範囲は羽村取水口から四谷大木戸までの開渠部分(約30.4km)。よって浅間橋より下流も一部開渠となっている部分は史跡。逆に浅間橋より上流でも一部暗渠となっている部分は指定外
*清流復活:1986年(昭和61年)下水高度処理水を流す形で流れが復活した

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

COVID-19
 新型コロナウイルス感染症―COVID-19―が可也拡大し、誰が何時何処で感染してもおかしくはない状況となった。全国的に、病院や高齢者施設での入院患者や入所者への面会が禁止される傾向がある。これは、当然と思う。COVID-19は、特別重症化し易いものでも死亡率が高いものでもない様だが、やはり体力・免疫力の低い高齢の方や病気療養中の方は、危険だ。院内感染が起こればエライことだ。
 という事を受け、我が家のおばあちゃんが入院リハビリ中である病院も、面会禁止となり、洗濯替えは看護師さんを通して行う事となった。
 私と顔を合わせ、話したりすれば、多少なり認知機能回復の一助となろうと思うけれど、致し方はあるまい。

 COVID-19は、全体的に見れば重症化率も死亡率も高くはなさそうだけれど、感染力は侮れない。おそらく、表には出ない軽症の方や無症状感染者或いは何時の間にか治癒している方など、もう全国に多くいるのであろう。
 感染予防対策は、それぞれの方がそれぞれ考える所があろうけれど、私は、COVID-19は「新型の風邪」と考え、今まで長年やってきた風邪・インフルエンザ予防法を徹底したいと思う。まずは人混み忌避、そして睡眠、栄養、手洗い、消毒。だ。

手洗い

 花粉症が本格化してきた。マスクが無いと困る方は多いと思うのだが―ホント、売ってないね。医療関係者や感染者など本当にマスクが必要な人々にマスクが行き渡らないのは、困る。ウイルスは直径約0.1マイクロメートルと直径約30マイクロメートルの花粉などより桁違いにちゃいちいので、一般的なマスクは、予防に関してはあまり効果は無いと思う。ウイルスが付着した指で口や鼻を触らなくする効果はあろうけれど、無感染者のマスク着用によるCOVID-19予防効果は、気休め程度なのでなかろうか(あくまで私の素人考えです)。

2020年如月23日

追記(弥生15日):一般にコロナウイルスは「エンベロープ」と呼ばれる脂質の膜を持っておりアルコールや石鹸・洗剤に含まれる界面活性剤でこれを壊すことが出来る。よってアルコール消毒しなくても石鹸・洗剤で洗えばウイルスは不活性化する。今回の新型コロナウイルスにも同じ効果が期待できるとされる(但し現時点では実験による確認はない)

追記(弥生5日):WHOは3日、COVID-19の致死率は(世界全体で)約3.4%で、季節性インフルエンザの1%未満を大きく上回ると発表した。ただし感染力はインフルエンザより弱いとしている

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・イラストはAiBONさんによるものをイラストACからお借りしました

*COVID-19:「coronavirus disease 2019」で「2019年に報告されたコロナウイルス感染症」の意。特定の人名や地名と病気のイメージが結びつかない様、今は病名に報告者名や発生地名などは冠さない
*マイクロメートル:1マイクロメートルは1000分の1mm

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

シブい、シブすぎる
 そのすぐ後ろを鶴見川が流れる、町田市は下小山田町の「大泉寺」バス停(標高81.2m)。

町田市下小山田町、大泉寺バス停
大泉寺バス停

 待合所、と言った方が正確か。
 それにしても―、シブい、シブすぎる。南多摩線鉄塔訪問中の通りすがりに、思わず二度見してロードバイクを止めた。
 以前、「戦車道路」を走った際、ここも通ったはずなのだが、憶えていない。バス停前は狭い道路ゆえ、対向車があって注意が削がれたのかもしれない。

町田市下小山田町、大泉寺バス停
正面

 縁側の様な作り付けの木のベンチ(奥)といい、コ〇・コーラ、スプ〇イトのベンチ(右)といい、ビールケースを使った手作りベンチ(左)と言い、堪らん。

 しかし何と言っても、ここの見どころは看板だ。何と味わいのある看板たちであろう。現代の、カラフルで賑やかな―主張の強い―看板に比し、白地に黒ペンキの筆書きと、地味極まりないのだが。色はあるにはあるが、赤と青と、グリーンが若干。それだけだ。

町田市下小山田町、大泉寺バス停
左側

 左のベンチは、ビールケースにスキー板を載せ、その上にバスマット(?)を敷いている。

町田市下小山田町、大泉寺バス停
右側

 Spriteのロゴも、今では懐かしい。

 看板に書かれた電話番号は、「渕の辺〇∝♯番」とか「町田▽×☆番」など、現在は使われていない、電話が少なかった時代のものが多い。調べれば、今も現役でやっておられるお店もあるのだろう。
 この待合所、いつ頃のものなのか。文字を追ってみると何とはなしに、時代が見えて来るような気がする。「新原町田駅」という昭和2年(1927)から昭和51年(1976)まで使われていた、現在の町田駅(小田急電鉄)の旧称が見える。また助産院の看板には、現代の日本では見ることのない「家族計画指導員」の文字がある。
 ネットで検索すると、やはり私の様に気になった方は多い様で、この停留所の記事は幾つも拝見できる。バス停名にもある大泉寺は大きなお寺だし、サイクリングや谷戸或いは小山田緑地散策でこの辺りを訪れる方々も多いので、目に止める方は相応にいらっしゃるだろう。其うした記事の一つに、「昭和三十八年四月改修」と記された表示の写真があった。ポンコツの私は気付かなんだが、入口上にあったのだ。昭和38年と言えば1963年、今から57年前だ。改修がこの時という事は、建てられたのはそれよりはそれなり前であると考えられる。看板に見られる種々の文字と併せてみると、戦後間もない頃か或いは戦中のものと考える事も可能かもしれない(素人考えです)。

大泉寺バス停航空写真(1941) 大泉寺バス停航空写真(1948) 大泉寺バス停航空写真(1979)
大泉寺バス停航空写真
左、昭和16年(1941)7月24日陸軍撮影
中、昭和23年(1948)2月25日米軍撮影
右、昭和54年(1979)10月1日国土地理院撮影

 三枚何れも画面中央がバス停位置(右写真矢印)。周囲は屋並の様子以外はあまり変化がなく、中央左から右下へ蛇行しつつ流れる鶴見川はほぼ同じだ。1979年の写真には現在と全く同じ場所に待合所が見える。1948年ではバス停らしきものも見えるが、その左にもっと大きな建物がある様にも見える。1941年では、今よりも少し左寄りに待合所かどうかは不明だが、「何か」がある。
 どうも古航空写真からは、かなり昔からあったようにも見える。まあ、何れにしろ、私なんぞより可也のパイセンであることは、間違えない。

町田市下小山田町、大泉寺バス停
昔の電話番号

 この様なバス停、と言うよりは「停留所」、残っているのがミラクルの様に思うが、地域の人々の生活に一体化した文化遺産と言わずして何と言おう。観光地や都市部に残る古い建造物だけが、文化遺産ではないのだ。
 是非にこのまま、残り続けてほしいと、私としては切に願う次第だ。

2020如月11日
(取材は12月中旬)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・航空写真画像出典:国土地理院ウェブサイト

・このバス停のある場所は町田市下小山田町、最寄り駅は小田急多摩線唐木田駅です

*待合所:段ボールなど資源ごみ集積所でもあるようなので訪問の際は気をつけたい

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歪な五角形
 あの、国立駅舎(標高75.0m)が戻って来る。平成18年(2006)、中央線高架化と共に失われた三角屋根の駅舎が戻ってくるのだ。

 完成は令和2年(2020)4月(予定)。だが、久しぶりに大学通りから遠望すれば、もうほぼ、昔の姿だ。多摩の市民の一人として、喜ばしい限りである。

国立市、国立駅舎(2019)
大学通りから

 この辺りをサイクリング時に通ることは、時折あるのだが、あの三角屋根の無い駅を見るのが辛く、ずっと視線を向けずにいた。だが、今回紅葉の様子を見る為視線を向けたら、あったのだ。あの、三角屋根が。

国立市、国立駅舎(2019)
歩道橋から
向こうは国分寺線21号鉄塔

 部材は保管されていた元のものが使用されるとはいえ、一度失われたものが同じ姿で帰るはずはない。のだが、それでも昔慣れ親しんだ(私は国立で長年仕事をしていた)、その姿を見ることが出来るというのは、シンプルに嬉しいのだ。
 なお、復元されるその姿は、解体当時のものではなく、大正15年(1926)の創建当時のものだそうだ。解体当時は、屋根にある三つの半円形の窓がなかった。それと、以前よりほんの少し西寄(画面左)に移動している。元は、駅舎中心が大学通り中央分離帯より若干東(画面右)にズレていたが、今は中心と中央分離帯がほぼ一致している様だ。

 よく見るとこの駅舎の形、非常に歪(いびつ)である。画像では街路樹に隠れ見にくいので拝借画像を載せるが、

国立市、国立駅舎(2005)
旧国立駅舎(2005年撮影)
Sotheiさんより拝借

正面部分は随分と変な五角形だ。でも、国立市の地図を見ると―、ははーんと納得、出来るような気がする。
 下の古航空写真を見て頂きたい。駅を頂点にして、南東に伸びる「旭通り」と南西に伸びる「富士見通り」そしてその二つに、一橋大学の南を東西に走る「学園通り」が形作る図形を見ると、あら、クリソツ。

国立駅周辺航空写真(1947)
国立駅周辺航空写真
昭和22年(1947)11月8日米軍撮影
中央縦は大学通り

 富士見通りが旭通りと角度が異なるの、富士山が見えるようにするためと言う。なお、各通りは、今も1947年当時と全く変わりはない。
 駅舎設計の河野傳(つたう)氏(1896-1963)は、イギリスの田園都市の住宅をモチーフにしたそうだが、この形の一致、意図したものかどうか記録はないそうだけれど、偶然とも思えない。氏の遊び心であったとしたらば、私としては、歓迎だ。

2020年如月1日
(取材は12月初旬)

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・参照:国立「三角屋根の駅舎」復活までの長い道のり(東洋経済ONLINE)、トラベルセレクション「復元めざす旧国立駅舎 三角屋根と左右非対称の謎」(日経電子版)

*河野傳:宮崎県出身。フランク・ロイド・ライトに師事し帝国ホテル設計に参加。のち国立を開発した「箱根土地」(現プリンスホテル)所属

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

HAD
 昨年暮れにわが家のおばあちゃんが、脳梗塞で緊急入院したと書いたが、無事に急性期は脱し回復期となったので、リハビリテーションがメインの病院へと転院した。救急で入った病院は急性期病院なので、本当はもっと早くに回復期病院に転院させたかったのだが、今の寒い時期はどこも病院は満床状態で、なかなか行き先が決まらなかった。

 変な言い方だが、入院すると衰える。入院は病気を治療することが優先されるので、ほぼベッドで寝たきり。高齢者の場合それが誘因となってADL(日常生活動作)低下が起きる。筋肉を使わないので筋力が落ちて歩けなくなる。運動もしないからお腹も減らず食欲が落ち、痩せて体力も落ちる。全体に脳の受ける刺激が少ないから、認知機能が下がる―、などなど。若い人や元気な高齢者では左程問題にはならないが、元から自立困難であったり認知症があったりする高齢者はこういう全体的なクォリティの低下が起き勝ち。ADLの低下が著しい場合などは「入院関連機能障害(HAD)」と呼ばれ、最近はとくに問題視されている様だ。私も今回の入院の際には、機能の衰えが出るのでリハビリが必要となると思います、とドクターの説明を受けていた。以前の大腸がんインフルエンザでの入院の際にも、実際経験していたので、おどろきはしないが、それでも、およそ一か月の入院でここまで衰えるか、と若干のショックは隠せない。90歳も疾うに越え、一年一年種々の機能は目に見えて低下しているから、当然と言えばそうなのだが―。
 毎日ベッドから出てリヴィングで過ごす、週数回のデイサーヴィスで人と会い体操したり歌ったり折り紙したり料理したりなどする、そういった行為・行動が、どれほど重要であったかよく分かる。これ等の事を、たった一月休んだだけでこの衰えだもの。

リハビリテーション

 毎日、作業療法、言語療法そして理学療法をそれぞれ40分づつ行うという、なかなかハードなリハビリのスケジュールだ。食事も食堂へ移動し、大勢で一緒にする。刺激は、大分増えるであろう。大腸がんと洞不全症候群を連発した際は、三か月入院してその後三か月介護老人保健施設でリハビリ生活をし、なんとか自宅に戻れた。
 しかし、今回はあの時より全体のレベルは確実に下がっているし、緊急入院が年末年始と重なり急性期病院でのリハビリ開始が遅れたりもしたので、リハビリはもっと必要となろう。これからどれほどリハビリ生活が必要となるかは、未知数だ。果たして、自宅に戻ることが可能となるのか、それともどこか施設へお願いせざるを得なくなるか、そこもまた、未知数だ。

 まだ新たな病院へ転院して間が無いので、何とも言えないが、スタッフさんにお話を聞くと結構よく食べているそうなので、それだけでも大きな変化ではある。

  2020年睦月29日

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・イラストはsumi.kさんによるもの。イラストACからお借りしました

*急性期:危機状態或いは病気のなり始めの時期
*ADL(Activities of Daily Living):日常関連動作。普段の生活を行う上で不可欠な基本的行動
*入院関連機能障害:HAD(Hospitalization-Associated Disability)。ADL低下が著しく入院前の生活に戻れなくなる様な状態
*介護老人保健施設:医療を受けつつ居宅復帰を目指したリハビリをする施設。介護保険適用サーヴィス

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哲人ドラマー
 カナダのプログレッシブ・ハード・ロック・バンド、ラッシュ(RUSH)のドラマーである、ニール・パート(ピアート)が亡くなった。死因は脳腫瘍。享年67。

 彼の死は、1月7日の事と言う。私は年明けから暫らく、実はラッシュのアルバムをよく聴いていた。彼の死を知る前からである。彼の死を知ったのは、12日にたまたま視聴していたYouTubeで、「Rush drummer Neil Peart dead at 67」の文字を見て驚き、その映像を見たためである。カナダのニュース番組であった。英語なので部分的にしか分からなかったが、「ブレイン・キャンサー」と言う言葉ははっきり聞き取ることができた。
 年齢的に、私が憧れていたミュージシャン達もみな大分高齢である。最近は、他に幾人ものプレーヤーの死の報に接している(キース・エマーソンやジョン・ウェットンなど)。なので、左程には動揺はないが、それでもやはり暫し茫然とはする。

Power Windows

 ラッシュと言っても、ニール・パートと言っても、一般に日本での知名度は低くご存じでない方が多いと思うが、バンドはプログレッシブ系ハード・ロックのパイオニア的存在で、母国やアメリカ、英国、オーストラリア等では非常に人気は高く、多くのプラチナ・ディスクやゴールド・ディスクなどを得、2013年にはロックの殿堂入りも果たしている。また、一般の評価・人気が高いだけではなく、多くのプロ・ミュージシャンにも敬愛される所謂「ミュージシャンズ・ミュージシャン」でもあった。中でもニールは殊に、そうした存在だった。「史上最高のドラマー」的ランキングでは、常に上位に入っているのを見てもそれが分かる。テクニック、センス、個性そしてパワーが高次元で融合し、唯一無二の孤高のドラマーであった。
 ニールはバンドの作詞も担当しており、初期にはSF的・ファンタジー的、後には内省的なものや社会的な内容が多く、文学的にも評価されていた。「哲人ドラマー」と呼ばれる所以である。
 ドラマーとしても、ソングライターとしても、私の最も愛する存在であった。

 ラッシュは、離合集散の激しいロック界で、40年にも渡り不動のメンバーで活動してきた、ニール、ゲディ・リー(vo,b,key)そしてアレックス・ライフソン(g)によるトリオ・バンドであった。1997年に娘さんを、そして翌年には奥さんを続けて亡くしたニールが、精神的ショックから長いバイクの旅に出、バンドは休止を余儀なくされる事態もあったが、そうした困難も乗り越えて来た三人だ。しかし、ニールは、2015年、すでに健康上の理由からツアーを引退しており、2018年の1月には、もうツアーやレコーディングの予定はないとアレックスは語り、10月にはゲディもツアー計画はないと語り、バンドは実質の解散状態となっていた。

 十代・二十代の頃に知り、今も変わらず聴き続けているアーティストは私には多くあるが、ラッシュはその中でも最もよく聴くバンドであり、あなたの一番好きなアーティストは?と問われれば、迷わず「ラッシュ」と答える様な存在だ。
 素晴らしい音楽を有難う。そうとしか、言葉が無い。

 R.I.P

2020年睦月14日

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*ラッシュ紹介ページ。彼らにもし興味を覚えたら、是非その作品を聴くことをお薦めする。そのご参考になれば、幸いである。画像のアルバムは11作目の「パワー・ウィンドウズ」(1985)で、この頃はハード・ロック/ヘヴィ・メタル色は薄れ一般的なロック・ファンの方にも違和感はないと思う。ポップな楽曲と高度な演奏力そして詞世界を味わえる佳作

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霊園掃苔―登山家
 木暮理太郎(1873-1944)墓である。

小金井市、多磨霊園、木暮理太郎墓
多磨霊園、木暮理太郎墓(木暮家)

 場所は22区(1種44側)、霊園北部の小金井市エリア。小金井門塔のすぐ東側だが、やや墓域奥にあるため、探すのには可也苦労した。

小金井市、多磨霊園、木暮理太郎墓
墓所周辺

 多くの方は、この木暮氏の名を聞いてもピンと来ないことと思う。がしかし、山好きの方なら―すごく若い人は別にして―まず、見聞きしているはずである。深田久弥の、超有名な「日本百名山」に度々名が出て来る、日本登山界また山岳研究のパイオニア的存在の登山家だ。

小金井市、多磨霊園、木暮理太郎墓
墓碑

 日本山岳会の、三代目会長も務めている(社団法人としては初代会長)。

 十代の頃、登山少年であり、「百名山」を愛読書にして読み耽っていた私には、この木暮氏の名は可也深く刻み込まれていた。しかし、なかなかその著作に接する機会が無かった。しかし、深田久弥の著作を通し、彼に対する幽かではあるがある種の憧れの様なものは、私の中に醸造され、ずっとあった。まだ登山者も少なく、今よりもずっと深かった日本の山々を歩き回ったこの偉大なるパイセンは、一体どんな本を書いていたのであろうと、ずっと頭のどこかに存在していた。
 それが最近になって、木暮氏の作品を「青空文庫」で読めることが分かり、しばらく続けて読ませて頂いている。
 その中で「冬の山」と題された随筆の一節が引っ掛った。

「目前の利益の為に自然を破壊するが如き行為は、厳に警(いまし)むべき」

 これは、氏の求める「登山の民衆化」に関わっての発言であるが、この今から100年近く前の大正の時代に書かれた文章の中に、自然の破壊を批判する言葉が出て来るとは、正直意外であった。他にも、都市化や大気汚染を嘆き人と自然の将来を憂う言葉も見える(「望岳都東京」)。私の無知蒙昧の所為かもしれぬが、この時代の文章に日本で斯うした言葉を見ようとは。

小金井市、多磨霊園、木暮理太郎墓
墓石

 木暮氏に関して有名なのは、「望岳都」と言う言葉であろう。これは「望岳都東京」と言う著作に由来する。氏は、まだ高層建築も少なく自動車も少なく、遥か遠方も見晴るかせた大正の頃、東京市内、愛宕山の愛宕塔や、浅草凌雲閣、また目黒や赤羽の高台など彼方此方から望める山々を見付け、それを文章にしてまとめた。それが「望岳都東京」。東京など山から遠く、山には縁は無いと思われがちだが、案外と、南アルプスはじめ様々な山が見えることを人びとに知らしめた。私も、この「望岳都」の言葉に刺激され、少年時代、彼方此方から望んでみたが、時代が違い過ぎてそうそう見ることは叶わない。しかし、北方に群馬の赤城山や、日光の男体山が可也はっきりと良く見えることは確認できた。これは、非常にうれしかった。この二つの山は、今でも、少し高い場所からであれば、空気の澄んだ冬の午前中など、遮るものとてない平野の向こうに結構良く見える。

 赤城山が出てきて丁度良いが、氏は群馬県新田郡強戸村(現太田市)に生まれ、その赤城山に六歳で登ったそうである。その後、今から比べればまだ人跡稀とも言える日本アルプスや秩父の山々を歩き世に紹介した。彼の登山スタイルは、山名・地名の考証をしたり歴史や自然美などにも触れるなど、スポーツ的と言うよりは人文的な色が濃い。故に「山岳研究」のパイオニアとされる。
 よって氏の著作は、人文科学的な雰囲気があり、それはそのまま「日本百名山」へと繋がっていると感じられる。ただ、古い時代のものだし文学者の筆ではないから―、と仰る向きもあろうと思う。けれど、山好きの方には氏の著作は一読をお薦めしたい。その道を究めたパイセンの言葉には、やはり重みがあるし、それに単純に古き時代の日本の山々の姿を想起できる。そうしたイメージは、傷ついた今の山々を復元するに良き参考となろう。

 木暮氏を記念するレリーフが、彼の愛した奥秩父の金峰山山麓、金山平にある。

 合掌。

 お墓を離れ、少し自転車を転がすと、大廻り東通りを挟んだ隣の21区で、イチョウが色付き、地面を染めていた。

小金井市、多磨霊園21区
21区のイチョウ

 霊園は、市街に比べて気温が低い所為か、例年周囲より黄・紅葉は早めだが、今季(2019)は全体的に秋の高温の影響で黄・紅葉が遅い。霊園も、やはり例外ではなかった。なので幸い、この風景に間に合った感じだ。

 ・・・・・・

 この多磨霊園に、木暮氏と縁の深い登山家の方々がほかに二名眠っておられる事を後日知り、年が明けたとある極寒の曇り日に訪ねた。

 一人目のお方は、木暮氏と同じ大学(東京帝国大学)の後輩で、氏を慕い共に多くの山々を歩き、氏と共に日本登山界に大きな影響与えた人物、田部重治(たなべじゅうじ)(1884-1972)である。

府中市、多磨霊園、田部重治墓
田部重治墓(田部家)
9区(1種18側)

 お墓はやや、園路から奥まっている。傍らに大きなマツの木があるが、こうしたマツの木は園内他にも多いので、目印にはならないだろう。

府中市、多磨霊園、田部重治墓
墓所前通路

 墓所には大分草木が繁り、墓石左手の墓碑はナンテンとそれに絡みついたつる草とでほぼ覆い隠されている。

府中市、多磨霊園、田部重治墓
墓所

 失礼して、ナンテンの葉をかき分けると、重治氏の名が確認できた。

府中市、多磨霊園、田部重治墓
墓碑

 氏は現在の富山市の生まれ。田部家の養子であり、旧姓は南日(なんにち)。英文学者であり、イギリスの詩人、ウィリアム・ワーズワース(1770-1850)の詩集の翻訳が岩波文庫からから出ており、私も中学生の頃愛読していた。東京帝国大学在学中に木暮氏と知り合い、氏と同様その著作により日本アルプスや秩父の山々を人々に紹介した。
 氏を記念するレリーフが、木暮氏同様彼の愛した奥秩父の甲武信ヶ岳近くの西沢渓谷にある。

 合掌。

 もう御一方は、槇有恒(まきありつね、ゆうこう)(1894-1989)である。

府中市、多磨霊園、槇有恒墓
槇有恒墓(槇家)
13区(1種6側)

 日本山岳会で、木暮会長の時に副会長であり、木暮氏急逝の後、会長となったお方だ。

府中市、多磨霊園、槇有恒墓
槇家墓石

 正面の墓石は、銀行家であったお父上個人のもので、槇家のお墓は左手に建つ。

 槇氏に関して最も有名な事柄は、昭和31年(1956)に日本登山隊(第三次)がその初登頂を成し遂げたヒマラヤの8,000m峰、マナスル(Manaslu)(8,163m。世界第8位)のその登山隊長を務めた事であろう。
 このマナスル初登頂という出来事は当時、日本登山界に於いて画期的なもであることを超え、国民全体を巻き込んで社会現象化し、今のブームとは次元の違う大規模な登山ブームを生んだようだ。WW2敗戦からまだ9年と言うその時代に、相当大きなインパクトと自信を、当時の日本の人々に与えたのであろう。
 なお、マナスルは日本と縁が深く、1974年には日本隊が世界初の女性による8,000m峰塔頂も成し遂げている。

 墓域左隅に、墓碑。

府中市、多磨霊園、槇有恒墓 府中市、多磨霊園、槇有恒墓
墓碑
左が上部、右が下部

 ご家族と共にその名が刻まれているが、ご長男(有恒氏は次男)の智雄氏(教育者)と共にひと際大きい。「崇嶽」の文字が、氏を表している。

 合掌。

 このお三方、今は全く登らないが、嘗ては登山少年であり、今もPCやスマフォの壁紙は四季折々の山の画像ばかり使っている私にとっては、やはり一寸特別な存在の方々である。

2020年睦月10日
(木暮氏取材は11月末、田部氏・槇氏は1月初め)

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・取材の際はマナー遵守を心掛け十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します

・霊園ご訪問・ご探訪の際は、マナーを守り節度ある行動をお心がけ頂けますよう、お願い致します

・この場所は小金井市前原町・府中市多磨町、最寄り駅は西武多摩川線多磨駅です

*日本山岳会:明治38年(1905)設立の倶楽部。登山中心に山に関する種々なることを趣味とする方がたの集まり。この名称となったのは明治42年(1909)。昭和6年(1931)より会長制となる
*愛宕塔、浅草凌雲閣:前者は港区にある標高25.7mの愛宕山に明治22年(1889)に建てられた五階建て八角形の高さ30mの塔。関東大震災で倒壊後東京放送局の電波塔が建てられた(設計は東京タワー設計者の内藤多仲)。後者は明治23年(1890)に浅草に建てられた十二階建て高さ52mの塔(通称、十二階)。こちらも関東大震災で崩壊しその後陸軍により爆破解体された
*マナスル:ネパールヒマラヤの中部にある。日本山岳会が中心となり1952年より遠征が行われ第三次隊により世界初登頂に成功した。これは日本人による初の8,000m峰登頂でもあった

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八高線多摩川橋梁
 夕暮れせまる昭島市の多摩川河川敷、JR八高線多摩川橋梁(長さ約560m)の下流側、「くじら運動公園」の一角に赤錆びた列車の車輪が置かれていた。

昭島市、くじら運動公園、八高線列車事故モニュメント
昭島市、くじら運動公園(標高87.3m)

 すぐ上流側を渡る、JR八高線多摩川橋梁(鉄橋)上で起きた、列車事故のモニュメントだ。

昭島市、くじら運動公園、八高線列車事故モニュメント
解説板

 この事故が起きたのは、昭和20年(1945)8月24日。WW2日本降伏の僅か9日後の事である。
 拝島駅を出た上り列車と小宮駅を出た下り列車が、その日の朝7時40分頃この多摩川を渡る鉄橋上で正面衝突した。当日の豪雨の中での通信不通や、信号故障またダイヤの大幅な乱れ等が重なる中で、双方駅間の連絡不備が原因で起きたとされている。

昭島市、くじら運動公園、八高線列車事故モニュメント
解説板地図

 両列車は、激しい雨で前方視界が極めて不良な中、互いを直前まで認めることが出来ない状態であったそうだ。

 列車は双方ともに、8850型蒸気機関車に牽かれた客車5両編成。事故当時乗客はどちらも満員で、通勤通学者の他に多くの復員兵や疎開先からの帰宅者が乗車していた。衝突により、両列車も一両目の客車が粉砕され落下。衝撃或いは増水した川に流される等し105名の方が死亡したとされている。しかし、実際は当日の豪雨による濁流にのまれ、確認不能となった方々も数多くいるのでは、ともされている。

 互いにめり込む形となり橋上に残った機関車と転落を免れた客車の内、一部は移動させたが、機関車と移動不可の客車は結局クレーンでも動かすことが出来ずに、そのまま川に引き落とされた。車輪は、そうして事故の後も放置されていたものを2001年に引き上げ、2004年にこうして設置された。当該車両の車輪とは確認はできないが、事故由来のものとしか考えられないため、そう認められているという。

昭島市、くじら運動公園、八高線列車事故モニュメント
事故列車のものとされる車輪

 事故が起きた橋梁は、夕空をバックにモニュメント左手に見えた。

昭島市、八高線多摩川橋梁
八高線多摩川橋梁

 暮れ方の冷たい木枯しに指が悴(かじか)み、カメラの操作ミスで、アートショットになってしまった。でも、いい絵なので、そのまま載せたいと思う。

 話は変わるが、ここから150m程南、多摩川橋梁の11番橋脚から36m程下流(範囲は南北11.0m、東西5.0m)の川縁に、以前に紹介したアキシマクジラの出土地がある。なので、ここは「くじら運動公園」であり、またモニュメント脇には、こうしたものが建っている。

昭島市、くじら運動公園、アキシマクジラ解説板
アキシマクジラ解説板

 昭和36年(1961)8月、ほぼ全身骨格のクジラの化石が、橋梁下の河川敷、約200万年前の地層から発見されたのだ。全長13.5mのヒゲクジラの仲間で、出土場所から「アキシマクジラ」と命名された。そして発見から57年目の平成30年(2018)1月、新種であることが確認され、「エスクリクティウス・アキシマエンシス(Eschrichtius akishimaensis)」の学名が与えられた。

 本年(2020)3月には、青梅線脇の昭島市立教育福祉総合センター内に、アキシマクジラの実物大レプリカが展示予定だ。ぜひ見に行きたい。
 ちなみに、この教育福祉総合センターの愛称は「アキシマエンシス」。アキシマクジラの学名に由来するのは、言うまでもない。

2020年睦月7日
(取材は11月下旬)

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・参照:ブログ「在りし日」さん、ブログ「心身一如」さんほか

・このモニュメントのある場所は昭島市宮沢町、最寄り駅はJR八高線小宮駅です

*八高線多摩川橋梁:衝突事故の二年後には、橋梁通過中の列車に横田基地所属のA-26インヴェーダー攻撃機が墜落し四名が死亡する事故も起きている
*アキシマクジラ:コククジラ(Eschrichtius)属。177-195万年前に生息。現在一属一種のみのコククジラが北太平洋に生息しているが、これとは異なる種とされた

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年末ER
 昨年末、暮れも押し詰まった日だが、夕方、おばあちゃんに食事をさせようと、左手に茶碗を持たせたら、どうも上手く持てない。力が入らないし、腕がすぐに下がってしまう。これは若しや―と思い、チェック。
 おばあちゃんに両腕を掌を上にして前に突き出してもらうと、左腕だけが下がって来る。これは、もう完全に脳梗塞である。顔の左側は変化が無いし、呂律にも問題はないが、脳梗塞が起こっている可能性は非常に高い。脳梗塞は脳の血管が詰まって組織が壊死するもの。時間が経てば経つほどダメージは大きくなるので、なるべく早い治療が必要だ。脳梗塞は時間との勝負なのである。よって様子など見ることなく、即ER(救急外来)へ―。

emergency room

 ERでCT画像を撮ると、右脳の運動野に脳梗塞があることが判明。現状、軽症ではあるが、重症化や再発の可能性もあるので、即入院治療とあいなった。

   その日は、種々の検査や入院手続きののち、救急病棟の病室に入り、翌日改めて本病棟の病室へ移動することとなった。全てが終わり、私が家へ戻ったのは明け方の3時。ドット疲れた。

 で、おばあちゃんは年末年始は病院暮らし。私は、言ってみれば突然の休暇(介護の)。なんか、折角時間が出来たのに呆気に取られて、何も頭に浮かばない。サイクリングに行こうかとも思うが、如何も気持ちが落ち着かない。高齢者が家にいることで、何時何が起きるか分からない、という事は常に念頭にあり、左程慌てはしないし、幸い命に関わる事でもないのだが。困ったものだ。

 しかし、年に何度ERのお世話になっているのだろう(救急車は呼んでいない)。おばあちゃんを診察して頂いている間、ドクターはご多忙で、時々、済みません一寸、と言って他の患者さんの許へ行く。確かに、次々と患者さんはやって来る。
 ドクターを待っている間診察室の中をアレコレ眺めていると、一枚の関係者向けの貼り紙が目に付いた。そこには、
「脳梗塞かなと思ったら、即脳外科医へ」
と、太文字で書かれてあった。やはり、脳梗塞は時間との勝負なのだ。迷わずERへ来てよかった。

 ER、いつも本当に有難く思っております。

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 謹賀新年

 本年も「MYSTIC RHYTHMS」を、宜しくお願い致します。

2020年睦月1日

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*脳梗塞:水分不足だと血流が悪化し血管が詰まり易くなるので、脳梗塞予防にはこまめに早めに水分摂取するのも重要

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