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北の離れ―古本屋な日々

古書店ownerが綴(つづ)る日常雑記 古本屋な日々...

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self introduction
メタル野郎。ポジションは主にピッチャーかライト。幼少時は外房漁師町に育つ。元登山少年。飛行機好き
武蔵野の辺境、東京郊外の浅茅が宿に、アンモナイトと一緒に、草木に囲まれて暮らしています。
古本屋(現在はオンライン古本屋)の仕事を始めて≒20年。続けてこられたのも、家族はじめ多くの人達のアシストのお蔭です。感謝しています(ホントに)。


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'10 文月二十三日 優先

 今月17日、臓器移植法が改正され、脳死状態となった本人の臓器提供意思が確認できない場合も、(本人が生前移植を拒否していない限り)家族の判断(承諾・同意)で提供できるようになりました。又同時に、臓器提供できるのは15歳以上という年齢の制限が撤廃され(生後12週未満は除く)、子供からの提供も可能となり、従来海外で行うしか方途のなかった子供達の臓器移植も国内で可能となりました。ただ、飽くまで「可能」となっただけで、実際に出来るか如何かというと話は別のようです。設備やマニュアルの整備、また大人より脳の回復力も高く、「長期脳死」と言う例が稀とは言い存在する子供の難しい脳死判定への対応、また虐待の有無の判定など、様々な問題をクリアできない施設が全体の4割弱と多く、まだまだ準備段階を抜け出ていない、といわざるを得ないようですが。

 臓器移植の話となると、移植の前提となる「脳死」の話も、当然出てきます。
 脳死とは、大まかに言って、脳幹(大脳・小脳を除いた部分。呼吸・循環など生命維持に必要な機能の中枢)を含む脳全体が不可逆(元に戻れないの意)的に活動を停止した状態。通常は、脳幹が活動停止に至ればやがて心肺停止となりますが、人工呼吸器を使用した場合、脳幹機能停止後も心肺機能がある程度の期間維持され、酸素を含んだ新鮮な血液が各臓器に送られ続けます(詰まり臓器が「新鮮」な状態に保たれる訳です)。これが臓器移植に絡んで問題とされる所謂「脳死」状態で、人工呼吸器が一般に使用されるようになって以降、人工呼吸器が使用されている場面で起こる、ある意味「特殊」な状態と言えるかもしれません。
 このような「脳死」を人の死、とするか否かは賛否があるのですが、私は個人的には、脳死を「私」の死としてもらって結構、最早私に不要となった臓器、使えるものは全部使ってください、というスタンスなので、≒10年以前より、「提供」に○を付けた「臓器提供意思表示カード(ドナー・カード)」を所有し、更に数年前からは、日本臓器移植ネットワークにインターネット登録をしID入りカードを携行するようにしています(インターネット登録した場合「臓器提供意思登録カード」。IDにより検索し、より確実に私(本人)の意思確認が出来る)。
 今回の法改正を受け、日本臓器移植ネットワークより、カードの登録変更の必要を知らせるメールが届きました。変更は良いのですが、変更作業途中で、はたと手が止まりました。「私は、親族優先提供を希望します」にチェックを入れるかどうか、判断に迷ったのです。
 今回の改正に先立ち、旧法では見合わせられていた、臓器提供に際しての親族への優先提供が、親子及び配偶者に限り認められる、親族優先提供規定が本年1月17日より施行されているので、「私は、親族優先提供を希望します」の項目がカード登録の際に追加されたのです。
 臓器移植に際し、親族への提供を優先するという例は他国には類を見ないものだそう。同じ臓器提供するならば身内に...できれば血族の体に...と言う人情として極当然・自然な感情を掬(すく)う意味合いなのでしょう。そういった面から見れば、何事も身内で完結する傾向の強い、極日本人的な感覚が生きている極日本的な規定と言えるかもしれません。それ自体、私に特に異論はないのですが、何故か覚える違和感。何故、私は、「私は、親族優先提供を希望します」にチェックを入れるのを躊躇(ためら)い、結果チェックを入れなかったのか。
 親族優先提供については、賛否あるようです。「賛」は判ります。上記のような、家族・血族に対する愛着・愛情等から生まれる極自然で普遍的な心情がありますから。また、臓器提供の意思表示を促し臓器提供が広がる切っ掛けになるのではという意見もあるようです。では、「否」はどのような意見があるのか?私の躊躇いの理由を見つけるヒントにならないかと思い、様々なサイト(記事)を調べてみました(参考とさせて頂いたサイトさん、有難う御座いました)。以下に挙げてみます。

1 親族への提供目的の自殺が増える(自殺を疑われる事案は除外された)
2 本来臓器移植は無償の人類愛に基づくもので特定の人間への提供はそぐわない
3 家族・親族の感情が入り込むことで新たな問題が生じかねない
4 移植機会の公平性に背く
5 優先度は医学的な緊急性を元に判断すべき
6 移植目的の結婚・養子縁組など臓器売買に繋がりかねない(養子は除外された(特別養子縁組(戸籍上実子と同等)を除く))
7 事実婚の判定は現場では難しい(事実婚は除外された)
8 移植医療を狭い範囲に閉じ込め普及の妨げになりかねない
等など
(番号は便宜上のもので順位などの意味は在りません)

 この中で、5番目にあげた理由、これが私の躊躇いの主な理由のようです。一番しっくり来ました。意味合いから言えば4番目も通ずるところがあります。他に挙げれば、私の場合、親は大分高齢で、移植が必要となるようなことはこれから一寸考えにくいということ、そして結婚は可也難しく、将来的にも矢張り難しそうだし(残念ながら...)、当然そうなれば子供をもつこともないし、ということも、理由としてありそうです。

 ところで、皆さんは、臓器提供の意思の有無を示すものを何かお持ちでしょうか?全国的には、「臓器提供意思表示カード(ドナー・カード)」やシール等、自身の臓器提供意思の有無を示すものを所持している方の割合は8〜9パーセント程、その所持しているカードなどに意思の有無を記入していない方が50パーセント程いるそうです(2008年内閣府調査より)。
 誰しも、何時自身が脳死状態になり、家族が臓器提供の意思の有無を問われる場面に遭遇するやもしれません。そのとき動揺の中にある家族の負担を少しでも軽減できるよう、提供意思が有るも無いも、カードであれ言葉であれ、家族に示しておくことを考える必要があるかもしれません。
 死と言う現象は、自然科学的な意味と同時に、社会的な意味も持ちます。生命は個体(個人)のものであると同時に、家族や社会(又地球生態系)に共有されているものでもある。よって、生命現象と一体の死と言う現象も同様、個体(個人)の問題であると同時に家族の問題でもある。家族にそれとなく話しておくことも必要でしょうね。硬い話になりがちで、一寸難しかったりするかもしれませんが...。

 何れにせよ、法律がどう変わろうと、最優先されるべきは、本人の意思。提供するもしないも、これをはっきり示しておけば、家族の負担も減り、問題も起こりにくい。ただ、臓器移植の問題そしてその根底にある脳死を如何考えるかということは、人の死生観・宗教観、その他諸々の価値観に関わる可也ディープな問題。上に、自身の臓器提供意思の有無を示すカード等を所持しながら、何も記入していない人が半数ほどもいると書きましたが、記入しない主な理由は、40パーセント近くの人が「意思が決らないから」を挙げているそうです。
 まだ暖かい身体にメスを入れ臓器を切り出すなんて...、人間の体を材料として見るようで如何も...、救命措置が不十分になる恐れがあるから不安...、脳死をもって人の死、とすることに賛成しかねる...、人の死を国や法律が決めるなど納得がいかない...、臓器移植と言う医療行為そのものに疑問を感じる...、と言う方も居られるでしょう。死後の体は謂わば抜け殻、他に必要が有らば使ってください...、生命も肉体も自然からの謂わば借り物、肉体・生命を形作る物質は宇宙の中で廻(めぐ)り廻る、臓器も同じようなもの(私はこれに近い)...、と考える方も居られるでしょう。様々な思いが浮かび、難しいですよね、如何判断し、決めるのか(或いは決めないのか)。でも、これも考えなきゃいけない事の一つですね。何の因果か今の時代に生きる者として、環境問題や核やテロの問題と一緒に。

 それでは左様なら、お先に失礼...、と簡単には死ねないのですね。人間には、あれやこれやと、絡みつく問題が多くて...。

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*脳死臓器提供医療施設:厚生労働省が臓器提供への対応を認めた大学病院・救急救命センター・小児専門病院などは≒350施設。内小児対応可能施設が≒4割。他は、小児対応体制不備・虐待防止体制不備・小児脳死判定困難等の理由から成人のみの対応となっているとか(毎日新聞調べ)。また小児専門病院でも≒4割が、院内合意が取れない、自院で対応が出来ず応援依頼も難しい等の理由から、脳死判定や臓器提供に対応できないとしているそう(読売新聞調べ)
*脳死(Brain Death):多くの国(具体的な数字は調べましたが解りませんでした)で脳死を個体の死としているが国により多少定義は異なる。所謂「植物状態」は、大脳は機能を失っている(もしくはそれに近い状態)が脳幹は機能しているので呼吸・循環系は正常(もしくは正常に近い状態)に働いている。よって脳死とは根本的に異なる。日本で一年間に亡くなる方は≒110万人(2003年に100万人を突破.高齢化などの影響で年々増加傾向にある)で内1%弱の方が脳死となる
*長期脳死:一般に30日以上脳死状態が続く例。通常数日から一週間程度しか続かない脳死状態が、長い例では数年以上続く場合が知られている。多くは小児(大人での例もある)で日本では50〜60人程度存在する。脳は活動を止めているが心臓は動き成長し髪も爪も伸びる。但し意識回復した例は知られていないらしい
*虐待の有無:虐待を受けていた児童(18歳未満)からの臓器提供は認められていない
*人工呼吸器:
人工呼吸を自動で行う機器。心臓は自立性が高いので呼吸が行われていれば(酸素が供給されていれば)一定期間動き続ける。自発呼吸が停止している場合人工呼吸器を外せば呼吸が停止し酸素供給が断たれ数分で心臓は停止する
*親族優先提供:親族のみ(或いは○○さんのみ)に提供し他には提供しない、等提供先の限定は出来ない。そうした場合提供そのものが出来なくなる
*公平性:脳死になった人の親或いは子或いは配偶者が臓器移植を必要としている(移植希望登録している)パターンは、確率的には可也低そうなので、親族優先規定は移植の公平性のを妨げるものでは無いとの意見も
*臓器提供意思表示カード:「ドナー・カード」とも呼ばれる。上にもある内閣府調査によると、持たない人の持たない理由として、カード等の入手方法が解らないから、というものが24パーセントほどもある。お役所の窓口、運転免許試験場、コンビニ(全てではない)などにあります。また新しい運転免許証と保険証の裏面には意思表示欄が設けられています。詳細は此方で。因みに、ドナーとは臓器移植等での提供者の意。受ける側はレシピエントと呼ばれる。因みにカードには「私は、臓器を提供しません」と表示することも出来ます

'10 水無月二十二日 八大竜王一休み

 梅雨真っ只中。多くの場合敬遠されがちな季節ですが、個人的には非常に好ましい季節(関東平野部の比較的穏やかな梅雨しか知らないので言えるのかもしれませんが)。しっとりと緑が美しく、暑からず寒からず、落ち着いた雰囲気が何より好き...、とは言い、出掛けたいときと洗濯したいときは、確かに困る。洗濯は最悪部屋干しが出来るのでまだ良いのですが、自転車で一寸遠くへ行きたいときはホントに困る。よって、右下の画像の様な晴れ間、元来の「五月晴れ」は洗濯は当然として自転車での遠出にも滅多に無いチャンス。原っぱ
 先日、この希少な「五月晴れ」の機会に、隣の隣の町、千尋やポニョの生まれた町として有名なK市まで、自転車で出掛けました。
 右画像の原っぱは、東京都の街路樹や公園樹を育て或いは工事の際など一時預かるといった役割を担った某公園内のもの。広々と気持ちの良い滅多にお目にかかれない存在で、私の好きな場所のひとつ。画像上で言うと右手詰まり南側には運転免許試験場が隣接しているので、ご存知の方も多いかとも思います。
 この画像上での左手詰まり北側には、「はけ」と呼ばれる崖線(がいせん)が東西に伸びています。下の5月16日分の児童公園の写真に背景として写り込んでいる崖線の右手延長上にあたります。その、多く緑に覆われた崖線の急な坂を上がると、台地(崖線は河岸段丘を上下二つの段丘面に分けるものなので画像の原っぱがある台地の一段上の台地となります)上に市街地が広がり、その中に、今回の遠出のお目当てである、図書館があります。
 本来、隣の隣の町の図書館など、行ったところで資料を貸出してもらうことなど叶わぬのですが、最近、有り難い事に、周辺自治体間で図書館の相互利用関係が進み、私の住む町では、周辺9市の図書館資料を貸出し利用できるようになりました。周辺とは言っても可也遠い街もある為、実際利用可能な図書館は限られますが、それでも、各図書館所蔵の資料には其々良く言えば個性、悪く言えば偏りがある為、複数の図書館を利用できるのは、ほんに有り難い。
 私の場合、図書館で利用するのは主にクラシックCD。周辺自治体の方々に「御宅の市はお金持ちだから...」と言われる地元自治体の図書館は、流石に資料豊富で聴きたいと思った作品はまず所蔵されています。今のところ、聴きたい作品自体が無かった、ということはありません。しかし、作品自体はあっても、聴きたいアーティスト(演奏者或いは指揮者)のアルバムが無い、ということは多々あります。こうした場合、以前は、まぁしゃあない、と諦めざるを得なかったのですが、現在は相互利用可能な周辺自治体図書館HPを幾つかあたり検索すれば、結構お目当てのアルバムが所蔵されている。暇を見つけて自転車で出掛けて借りる...。自転車好きなので、近隣の町の多くの道は結構通り抜けた事がありお馴染みだったりしますが、図書館は流石に入館は初。其々の図書館の匂い或いは空気を感じ、窓の向こうの景色を見、CD棚を物色...。最近一寸ハマッテます。
 相互利用に似たシステムで、「相互貸借(たいしゃく)」というものがあります。例えば、最寄図書館に目当ての資料が無い場合、利用者が図書館を通じてその資料を所蔵する他図書館に利用を申し込み、最寄図書館へ資料を輸送してもらい貸出或いは館内利用をする、というもの。公立図書館であれば同一都道府県内の図書館間で行われます(もっと広く他都道府県の図書館或いは大学図書館との間で相互貸借を行う場合もあるようです)。これも有り難いのですが、地元自治体を例に挙げれば、リクエスト(予約)手続きが必要で且つ日数がかかる。私のような気まぐれで行動が行き成りな人間には一寸利用し難い感が否めない。気が向いたときにふらりと出掛けて借りられる相互利用のほうが、利用出来る資料は限られても、私には嬉しい。
 因みにK市図書館では、こんなCDを借りました。
 ・パガニーニ:24の奇想曲 サルバトーレ・アッカルド
 ・パガニーニ:24のカプリース イツァーク・パールマン
 ・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ('81) シギスヴァルト・クイケン
 ・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ('67) ヘンリク・シェリング
 ・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ('80) ギドン・クレーメル
 ・J.S.バッハ:インヴェンション&シンフォニア グスタフ・レオンハルト
 ・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8・14・23番 グレン・グールド
 ・ベートーヴェン/リスト:交響曲第5番「運命」ピアノ版 グレン・グールド
 等...
 何れも以前より聴いてみたかったのですが、我が町の図書館には所蔵がなかったので、諦めていたものです。

 図書や音楽CD等或いは図書館そのものは、知的な資源とも言えるかと思うのですが、こうした資源も富の如く偏在が在るのは哀しき事実。所蔵資料の多寡や質、或いは施設そのものの充実度等各自治体の財政状況に左右される部分が大きいのであろうことを思えば、富の偏在≒知の偏在という側面も否めない。そういった意味でも、周辺自治体図書館間の相互利用システムは歓迎できるサーヴィス。読みたい本、聴きたい音楽、見たい映像等など、個々人の知的な財産になり得るべき存在が身近に利用可能の状態でない、という理由で、優れた文学・音楽・映像作品等々との出会いの機会が失われてしまうのは、悲しい。私くらいの歳になると、聴きたいクラシックCDが、利用出来れば出来たでそれも良し、利用出来なきゃ出来ないでそれも良し、等と訳の分からぬ納得の仕方も可能ですが、若い人には出来得れば、聴きたい音楽は是非聴いてほしいし、読みたい本は是非読んでほしい。一生の間にそうは無い、強烈な知的飢餓感・好奇心に満ちた時期の、様々な本や音楽との出会いは、その後の人生に於いて大事な財産になり得るもの。自身の越し方を顧みそう強く感じるのです。近頃ね。だから、知的資源の偏在も、富の偏在と同じく、解消されるべきものと、思うのです(国内外問わずね)。
 図書館資料の相互利用、もっともっと進んでほしい(PRももっとしてほしい。私も結構最近まで知りませなんだ)。出来得れば、他自治体図書館で借りた資料を地元の図書館で返却できると、もっと嬉しい。借りに行く時は浮き浮き気分で、行くこと自体も楽しくて良いのですが、返しに行く時は結構しんどい。ま、余りに身勝手・我が儘な考えですね...。

 K市に納税などしていない私が、その図書館所蔵資料を利用するのは気が引けるなぁと思ったのですが、K市の住民の方も私が納税している地元自治体図書館を利用するのだから、お互い様、で良いのですよね...。

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*八大竜王:仏法守護の八体の竜神。釈迦が悟りを開いた際守護したとされるインドの半人半蛇の「ナーガ」神を起源に持つ。古来雨や水に関するとされ雨乞いの神として祭られることが多い
*五月晴れ:陰暦(旧暦)5月は現在の6月にあたり本来梅雨の晴れ間を指す語であったが現在は5月頃に続く晴天を指すことが殆ど。季語としては本来の意で用いられる場合いが多いとか
*はけ:関東から東北にかけての方言・古語で崖・崖線を指す。この地域に関して言えば、古多摩川が形成した河岸段丘の上下の段丘面を分ける高低差数mの崖及びその連なりを指す。処々に湧水、緑地、寺院、神社、公園また趣きある坂等ある

'10 皐月十六日 金光明四天王護国之寺

 齢(よわい)九十に手が届こうか、という我が家のおばあさんが、最近、初期のアルツハイマー病である、との診断を受けました。
 暫く前から、歳相応とは言い切れないような物忘れが散見されていたため、これは一寸相応な病院での受診が必要かな...と思いつつも、なかなか本人に切り出せないでいました。ところが或る日、一寸そこまで、と出掛けたきり2時間以上も帰宅しないので、如何したのであろうか?と彼是考え、もしや迷子になったのでは...?と思った瞬間、ハッとしました。近頃気になっていた物忘れの多さと「迷子」が符合したのです。終に来たか...認知症...。慌てて雨の中、彼女が行きそうな場所を彼方此方と探し、若しや帰宅しているかなと一応念のため自宅に戻り、鍵が閉まったままであることを確認し、これは交番へ行くか...と考えていたら、その交番からケータイに着信。お宅のおばあさんを保護しています、と。
 お世話になった交番に迎えに行ったその足で、近くのクリニックを受診しました。本人も納得してくれましたので。
 長谷川式知能評価スケールの評価を受け、カウンセリングを受け、明日にでも(同ビル内の)脳神経外科でMR検査を受けましょう、ということとなりました。
 くも膜下出血により読売ジャイアンツの木村拓也内野守備コーチ(享年三十七)(R.I.P)が急に亡くなられ、脳の病気がメディアで多くとり上げられていた頃でしたので、検査予約が殺到しており、MR検査を受けられたのは数日後でした。
 その検査後、MR画像を見せられたときは、正直ショックでした。覚悟はしておりましたが、素人目にも脳室(脳内部の空間。その拡張は脳の萎縮を表す)の広がり、側頭葉の萎縮(アルツハイマー病では側頭葉(記憶・言語などに関わる)の萎縮がまず顕著となる)は歴然。アルツハイマー病であることは確実だろう、とは思っておりましたが、矢張り、画像を見、医師に「アルツハイマー型認知症で間違えないと思います」と面と向かって言われますと、流石に、ガツンと来るものが御座いました。ニ三日は、一寸、半ば呆然としながら生活しているような状態でした。
 まあ、考えても仕方ない。一番辛いのは本人。私が凹んで如何する。と、やや開き直った状態が、現在。大分と落ち着いてきました。

 上記の如くアルツハイマー病と診断された我が家のおばあさんですが、幸い現時点では日常児童遊園地の暮らしに特別な支障は無く、足腰も達者ですので、新緑麗(うるわ)しいこの時節、脳の刺激にもなるし有酸素運動にもなるしと言うことで、近所にある国分寺遺跡へと、自転車で、先日行って来ました。
欅大樹 我が家の周辺は、ここ数十年大分と姿を変えました。私の幼少時多く存在した農地―主に畑とそれに隣する雑木林―や空地(原っぱ)は殆ど消滅(まだ有るには在りますが)し住宅街に変貌...という言ってみれば郊外では極有り触れた変化ですが、人間よりは樹々や昆虫や野鳥達やらに親しみを感じやすいタイプの私にとっては、結構堪える変化。でも、そんな中で、私の幼い頃より殆(ほとん)どと言っても過言ではないほどに変化を見せていないのが、この国分寺遺跡界隈。右上画像は遺跡に隣する児童公園及びその向こうの崖線(がいせん。河岸段丘の二つの段丘面を分ける高低差数mの崖の連なり。此方では「はけ」と七重之塔跡呼ばれる)の雑木林ですが、全然と言ってよいほど、記憶の中の姿と変わっていません。左上画像は公園前の欅(けやき)の大樹。樹高・直径(何度か強い剪定をされている様なので高さは左程ではない)から推測される樹齢(おそらく50年は超える)を考えれば、近くの池にザリガニ釣りに私が通っていた昔からここに立って居ったのでしょう(御免。憶えてない)。
 この地域は、自治体が可也気合を入れて遺跡を中心とした一帯の公園化を推進しているため、周辺農地の買収が進み(農地は多くの場合後継者難のため代替わりの際宅地に転売されてしまうのでそうなる前に、ということなのでしょう)私が子供の頃より、或る意味緑地は増えているくらいのものです。右中画像は七重之塔跡地ですが、周囲の果樹園(柿)等が付加されたのだと思います、私がチャリンコで駆け回っていた頃よりは少し広くなっています。
神社の狛犬。昭和八年十一月十五日奉納とある 遺跡の周辺には、元来の国分寺が中世に戦火で焼失して後再建された、言ってみれば「新」国分寺や隣接する神社(左下画像)、国分寺と対に造営された国分尼寺(こくぶんにじ)跡、また鎌倉の幕府へと続いていた道路の名残とも伝承される切通し切通し(右下画像。切通しとは山丘を掘削して通した道)等、絶好の散歩スポットが散在しています。私も餓鬼んちょの頃はこの辺り一帯、遊び回っておりましたが、近頃は用足し時、自転車で通過するのみ、となって久しい。のんびり見て歩くのも偶(たま)には良いものと、感じた次第です。夏場はおばあちゃんにはチョトしんどいでしょうから、また秋頃にでも散歩に行きたいと、思っております。(国分寺・国分尼寺、全国に造営されましたが、皆さんのお近くに、在りますか?)

 これからアルツハイマー病との長い(であろう)付き合いが始まります。進行を止める事は叶わない病ですので、将来に関し正直不安はありますが、焦らず力まず、上手くお付き合いできるよう、まずは、アルツハイマー病とは如何なるものかと、そのメカニズム辺りから、勉強しておる次第です。

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*アルツハイマー病:独逸の精神科医アロイス・アルツハイマー(1864-1915)により1906年の学会において初めて報告された。一度発達した知能がAβ42(アミロイドベータ蛋白質(アミノ酸42個により構成されている))とτ(タウ蛋白質)の蓄積により徐々に障害されて行く病気。神経細胞(脳細胞)の減少により脳が萎縮する。認知症(痴呆)の原因の多く(≒60〜70%とも言われる)を占める。記憶を司る「海馬(かいば。タツノオトシゴに形が似るためと言われる)」や側頭葉、そして空間的認識に関わる頭頂葉から萎縮が始まるため「物忘れ」症状や「迷子」等が初期から出現。塩酸ドネペジル(商品名:アリセプト。日本で開発された)と言う治療薬が使われ症状の緩和や進行抑制効果がある。これは神経伝達物質「アセチルコリン」を分解する酵素「コリンエステラーゼ」の作用を阻害するもので、神経細胞の減少を阻んだりアミロイドベータ蛋白やタウ蛋白の蓄積を防ぐ等の根本的治療に繋がるものではない。現在根本的治療法・薬は無い
*長谷川式知能評価スケール:広く医療現場で用いられている認知症評価スケール。一種のペーパー・テスト
*国分寺・国分尼寺:天平十三年(741)二月十四日聖武天皇・光明皇后が国情安定を願い各国に建立(こんりゅう)を命じた寺院。国分寺には「金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)」を、国分尼寺には「妙法蓮華経(法華経)」を其々収めた(国分寺ではお経は七重之塔に収められた)。国分寺は「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」、国分尼寺は「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)」が正式名称。国分寺総本山は東大寺、国分尼寺総本山は法華寺
*鎌倉の幕府へ続く道:鎌倉の幕府から諸国へ通づる主要道路には「上の道」「中の道」「下の道」があり、上記の道は相模国より出で上野(こうずけ)国・信濃国方面に至る「上の道」の一部と伝えられているが、真偽は不明

'10 卯月六日 クロマグロ −食と言う行為−

 ワシントン条約締約国会議(カタール)で、地中海・大西洋産クロマグロの禁輸措置提案(付属書1へ掲載)が否決され、国内的には喜びと安堵感一色に列島が染まり、国際的には日本はやっぱり環境は二の次なのねと評判を落とした感のあったのは、3月の事でした。ちょっと古...という感もあるやも知れませんが、暢気者ownerゆえご容赦下さい。
 ワシントン条約と言えば、対象となる生物は、ジャイアントパンダやジュゴン(普天間基地移設で揺れる名護市辺野古の海域はその生息地の一つ)、ゴリラ、トラ、シーラカンス等で、食料資源として利用されるような生物は、普通対象とはならないので、クロマグロ(ホンマグロ)がワシントン条約リスト登録か、という話に違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか。何故に、そうなったかというと...。
 そもそもマグロ類の資源としての管理は、世界中の海を五つの組織が其々海域を定め行っています。今回ワシントン条約で問題になった地中海・大西洋のクロマグロは、ICCAT(大西洋マグロ類保存国際委員会)と言う組織が担当し、科学的に資源としての評価を行い、国ごとの漁獲量や獲っても良いマグロの大きさまた漁期などを定め、違反に対する勧告などを行っています。詰まり本来、大西洋産のクロマグロの管理はワシントン条約ではなくこのICCATが行うべき事柄なのです。なのですが、どうもこのICCATが正常に機能していないらしいのです。ICCAT加盟諸国は、所属科学委員会の示す、資源枯渇の可能性がある、と言う警告を無視してより大きな漁獲枠を要求し、また定められた漁獲枠を守らない或いは違法な操業が続出。ICCATの管理能力が疑われる状態となってしまいました。よって、このICCATの健全化を促すため又ICCAT建て直しまでの期間一時的にワシントン条約で規制(禁輸)しよう、という提案になった訳です。
 ICCATの効力を失わせるようなこの過剰漁獲や違法操業は、じゃあ何故起こるのかと言えば、クロマグロが高値で買ってもらえるから。高値で買うのは誰かと言えば、主に日本(人)、ということらしい。
 では、日本(人)がどの程度マグロを消費して(食べて)いるか、それを見る為に、世界でのマグロの漁獲量とその中での日本の消費量の割合に関する数字を、下に記載してみます。
 まずは、世界全体でのマグロ類の消費量中、日本での消費量がどれほどの割合を占めるかといいますと、2004年度でのデータですが、

世界での消費量:208万トン
日本の消費量(生産量(輸出量は引く)+輸入量):58万トン

 詰まり日本(日本人)は世界全体のマグロ類の≒27%を消費していることになります。
 次に、マグロの代表的5種で、種別に世界全体の消費量中に占める日本での消費量の割合を示します。2002-2004年平均値です。

ミナミマグロ:≒100%
クロマグロ:≒80%(公式統計のみによる推計。違法漁獲分は含まない)
メバチ:≒60%
ビンナガ:≒25%
キハダ:≒20%
(以上数値はWWFオフィシャルHP(マグロの漁獲量と消費量)に記載された、FAO FISHSTAT出典、財務省統計のものを拝借しました)

 お刺身としては5種全てが対象となりますが、ミナミマグロとクロマグロは所謂「高級」なお刺身。そして所謂「ツナ缶」の中身は主にビンナガ(高級ツナ缶)とキハダです。
 ミナミマグロ・クロマグロ・メバチの三種が日本での消費割合が多い理由はお刺身(また御寿司)での利用が主もしくは多い為、ビンナガ・キハダの二種での消費割合が少ないのはツナ缶として世界中で消費されている為です。尚ビンナガは唯一日本から輸出もされており輸入は非常に少ない種です。
(因みに上記五種はすべて、ランクは異なるが、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリスト(絶滅の恐れのある野生生物のリスト)に記載されている)

 今回問題となった、地中海・大西洋産クロマグロが、日本国内でのクロマグロ消費量≒4万トン中、どの程度の割合を占めるかについては、≒半分(二万トン)と言う数字から≒80%(三万トン)言う数字まで有り、定かではありませんが、何れにしろ可也の量であることに変わりはありません。
 ICCATによると、クロマグロ資源量は、1970年代の≒30万トンから近年は≒10万トンにまで減少し、特に1990年代「蓄養(ちくよう)」が盛んに行われるようになってからの減少が激しいとか。
 「蓄養」とは、マグロの幼魚を捕獲し生簀(いけす)で大量のえさを与え太らせ、「トロ」部分を増やして売る、というもの。当然最大の蓄養マグロ消費国は日本。日本では蓄養マグロは「養殖マグロ」と表示されるため、養殖なら問題ないじゃん、と思われがちなのですが、卵から育てる本当の意味での「養殖マグロ」は、近畿大学が生産しているもののみで他は全て「蓄養」だそうです。こちら「蓄養」は天然の稚魚・幼魚を捕らえて行うのですから、当然資源量に大きく影響する訳です。
 以下に、2008年度4.3万トン(農林水産省「漁業・養殖生産統計」による)のクロマグロ供給量中の蓄養クロマグロの輸入量内訳を記します。財務省貿易統計(国名及び魚種から養殖(蓄養)生産と推計)による2008年度のものです。クロマグロ消費量中≒38.8%が地中海から輸入された蓄養クロマグロということになります。尚、括弧内は1998年度のデータです。2008年度と比較すると十年で輸入量全体が≒2.9倍に増加しているのが判ります。

スペイン:0.39万トン(0.32万トン)
マルタ:0.45万トン(0.02万トン)
キプロス:0.07万トン(-)
イタリア:0.18万トン(0.11万トン)
ギリシャ:0.04万トン(0.03万トン)
ここまではEUで、計1.13万トン(0.48万トン)
トルコ:0.23万トン(-)
クロアチア:0.13万トン(0.02万トン)
チュニジア:0.18万トン(0.07万トン)
パナマ:-(-)
以上地中海全体で、計1.67万トン(0.57万トン)
他に、太平洋で
メキシコ:0.24万トン(0.00万トン)

 マグロ類全体の日本での供給量(消費量と考えて良いと思います)は41.1万トンで国内生産量は21.5万トン(2008年農林水産省「漁業・養殖生産統計」、財務省「貿易統計」に基づく推計)、詰まり≒47.7%は輸入されているということになります。可也の量です。
 我々は、自分達の行動(ここでは主に食に関する行動)が、世界の環境・生態系、他の生物、他の国・地域の人々にどのような影響を与えているかについて、余りに無頓着であるのかもしれません。
 例えば、マグロを美味しく頂きながら、マグロ漁で混獲(こんかく)され無駄に捨てられる多くの魚があること、釣針にかかり或いは網に絡(から)めとられ生命を落とす、海鳥やウミガメ・イルカ等の海棲動物が多く存在することに思いを至らせる人は多くは無いでしょう。混穫と言う事柄自体余り知られていないのが実際かもしれません。
 又、マグロ漁とは直接関係はありませんが、自分の行動が他に与える影響、と言うことでいえば、安くて助かる...といって有難がっている(確かに有難いんだけど)食品(或いはもっと広く商品)が、何故安いのか?と考えることも、余りに少ないのではなかろうか。若しかしたら、原産地や輸出国の環境や生態系への悪影響など全く省みず生産されたから、或いは、環境対策などお構いなし、労働者の権利・健康などお構いなしの工場で加工されたからお安いのではなかろうか...?等、多くを輸入し消費している私達は時折立ち止まって思いを至らせる責任があるのではなかろうか。

 毎日食べているお米や野菜、それらを育て収穫する過程で、多くの昆虫が、害虫と言う名の下に殺され、多くの鳥や野生動物が駆除と言う名目で命を奪われている。また「雑草」と十把一絡(じっぱひとから)げに呼ばれ駆除される植物も無数に存在している。勿論、そうした事には致し方の無い部分はあるけれど、食べると言う行為は、作物や家畜、魚など無数の植物・動物の生命という存在の上に、又それらを包含する環境・生態系の上に成り立っている行為である、と言うことを、我々は余りに忘れている、余りにそのことに無頓着になっているのではなかろうか。

 今回のクロマグロの一件が、食と言う行為或いはそれに纏(まつ)わる、漁業(或いは農業)・流通・消費等々を、又食と環境・生態系との関わり等々を、一歩下がって見直すきっかけになることが望ましいと思うのだけれど、あぁまた安心してマグロが食べられる。良かった...。で、終わっちゃてるのじゃなかろうか。禁輸措置提案が否決されても、マグロ大量消費国(者)日本(人)の責任が消えたわけではない。「違法なマグロは食べん」或いはもっと拡げて「持続可能な形で漁獲された魚(例えばMSCラベル付きの)しか食べん」くらいの、気構えが必要かもしれません。

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*クロマグロ(Thunnus thynnus):スズキ目サバ科。体長250〜300cm、体重300〜400kg。タイセイヨウクロマグロ(Thunnus thynnus thynnus)とタイヘイヨウクロマグロ(Thunnus thynnus orientakis)とがある(一般に両種は亜種とされるが同種或いは完全な別種とする場合もある)。嘗ては輸入量は少なかったが蓄養がさかんとなった1990年代以降急激に輸入量が増えた。因みに1990年の輸入量は≒7,000トン、2006年は≒29.000トン、2008年は≒22,000トン。ホンマグロとも
*ワシントン条約:「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」が正式名。1973年ワシントンでの会議で採択された。野生生物の国際取引が種の存続を脅かさないよう規制するのが目的。だからクロマグロがその対象とされても不思議は無いのだよね。絶滅危険度により、付属書1(商取引禁止)、付属書2(商取引に輸出国の許可が必要)、付属書3(2とほぼ同じで原産国が独自に取り決める)に掲載が分かれる
*ICCAT:大西洋まぐろ類保存国際委員会。世界の海域ごとにマグロ類の資源管理のルールを定める国際条約機関の一つ。他の海域では、インド洋はIOTC(インド洋マグロ類委員会)、東部太平洋はIATTC(全米熱帯マグロ類委員会)、西武太平洋はWCPFC(西部太平洋マグロ類委員会)、海域を定めないものにCCSBT(ミナミマグロ保存委員会)があり其々毎年会合を開く。日本はすべての機関に加盟している。つまり世界中でマグロを獲り、世界中からマグロを買っているということ
*FAO:国際連合食料農業機関。世界経済の発展と人類の飢餓からの開放を目的に1945年設立。本部ローマ
*混獲:漁業で目的外の生物を誤って獲ってしまうこと。海鳥、イルカ・クジラ、ウミガメまた商業的価値の低い魚類など多くの生物が犠牲になっており生態系への影響も懸念され、混獲を防ぐ様々な工夫が試みられている
*蓄養:マグロを1kg太らすのに20〜30kgのイワシがえさとして必要だとか。この大量のえさ消費も問題となっている
*輸入・輸出:輸出した国は漁獲した船の船籍がおかれた国と言うことになる為、輸出国名からそのまま漁獲された海域を特定することはできない。例えば、輸出国が「台湾」となっていても漁獲海域が示されていなければ台湾付近で漁獲したものかどうかは判らない。違法なマグロの流通を防ぐためにも表示の見直しが求められる
*MSC(Marine Stewardship Council):海洋管理協議会。本部倫敦。持続可能な漁業を行う漁業者を認証する制度を運営する非営利団体。認証された漁業からの製品には「MSCエコラベル」(青い魚)が表示される
*近畿大学の養殖クロマグロ:近畿大学水産研究所が32年掛け完全養殖(人工孵化した稚魚を親魚に育てそこから採卵し人工孵化させ...という全プロセスの人工化)に成功。販売はアーマリン近大が手がける

'10 弥生三日 ...And Juastice for All

 何か事件(犯罪)が起こったとき、多くの場合人は、無意識のうちに被害者の立場になって考え、その気持ちをイメージする。又同時に、被害者の家族(遺族)の気持ちを思う。もし自分がこの犯罪に巻き込まれた被害者であったら、或いは自分の家族が犯罪被害に会ったらならば...。気の毒に...無念であったろう...と、自身と被害者を重ね、その事件(犯罪)を見る。加害者の立場に自身を重ね、その気持ちを思うことは、普通多くはない。
 犯罪を行う者、詰まり加害者となる人間より、犯罪の被害者となる人間の方が圧倒的に多く、加害者より被害者(又はその家族等)にシンパシィを感じ、同情的となるのは、或る意味当然の事でしょう(特に児童虐待の場合など被害者が子供であるだけによりそうなり易いであろう)。自身が犯罪の加害者になる可能性
より、被害者となる可能性の方が、高いと考えるのが一般でしょう(人に拠るでしょうけれど飽くまで一般に)。一般どころか、自身が何時か、若しかしたら犯罪加害者になるかもしれない...等とは、考えることすら無いのが、殆どではないでしょうか。
 被害者・加害者、両者の側から考えられれば、それに越したことはありませんが、被害者側に傾きがちとなるそのこと自体は、特に責められる様な問題では無いと思います。ただ、若し、裁判員に選任されたら、話は違ってきます。裁判は矢張り、公正・公平でなければならない。中立の立場で、その事件(犯罪)を客観するには、被害者の立場に立ってその気持ちを思うと同時に、同じ様に、加害者(刑事裁判の場合被告人。但し必ずしも、被告人=加害者とは限らない)の立場に立ってその気持ちを思うことも必要となってくる。
 他者の気持ち・思い或いは考えと言うものを、真に理解し共有することは、私は不可能と考えますが、そうあろうと務める、或いは少しでも近づこうとする努力は、意味の無いものとは思いません。結構大切な事柄、と考えます。

 他者の立場になって考える...言うは易く行うは難(かた)い事ではありますが、貧弱なイマジネーションを鍛えることを、心掛けたいと思います。裁判員に選任され裁判に直接関わるとなれば、それは他者の人生に直接関わると同義ですから、其れなりの心構えも努力も必要となる。裁判員制度に諸手を挙げて賛成という訳ではありませんが、何時選任されても、狼狽(ろうばい)せぬよう準備はしていたいと思いますし、裁判員云々を別としても、被害者側に同情的となり偏る傾向は人情として致し方ないとしても、加害者(または加害者と目されている人)或いは被告人の側からも、見る・考える、と言う努力・心掛けは、必要なことではないか、と思うのです。
 市民の被害者側寄りとなる偏りが、速やかな事件解決・犯人逮捕を求める無言の圧力となって、捜査側に焦りを生ませ、杜撰(ずさん)な、或いは強引な捜査に繋がり、無実の逮捕者を生む、などと言うことも、あるのかもしれません。冤罪を防ぐ為にも、偏りをなるべくなくすことが望ましいのではないか、とも考えるのです。

 何れにせよ、自分が裁判員に選任され、他者の人生に大きく関わることがあるであろう...という心構えは、持って居りたい。人は人を裁けるのか?という問いは、十代の頃から常に付いて回るものではあるけれど、裁判員の裁くべきは人ではなく罪、裁判員の見極めるべきは検察である(検察も間違えることは有る訳です)、と捉えることも出来る。
 直接には縁も所縁(ゆかり)も無く人生を送って来た数人の人々と、数日、同じく直接には無縁の被告人や被害者の人生に、裁判を通し向き合い関わる。其れなり世界は広がり深まるであろうと思えども、矢張り、他者の人生に大きな影響を及ぼすであろう行為に正直、気の重さを感ずることを否定できない。然し、避け得ない事であるならば、自然体で気負わず誠意を持って対したい。そう出来る様、準備しておきたいものです。

 私なんぞは、よくぞ今まで裁かれる側にまわらなんで済んで来た、と言うような人間で御座います。まぁ、そんな私は置いといても、将来何時(いつ)何時(なんどき)何が如何(どう)なって自身が裁かれる側の人間(加害者或いは被告人)になるやも知れません。こんな事を言っては、気を悪くなされる方も居るやも知れませんが、でも、人の運命等読めるものでも御座いません。真っ当に生きていても、真っ当な事を主張していても、社会によっては、囚われ裁かれることもあるというは、過去の日本(戦前・戦中)を見ても判ること。又、誤認逮捕・冤罪という事があるというも現実。近頃、裁判関連のニュースやドキュメンタリ番組など見ていて思うのです。被害者・被告人、どちらの側にも立って考えられるよう、先入観を持たず、ユスティティアの天秤の如くありたいな、と。

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*...And Justice for All:ご存知の方はピンと来る、METALLICAの4thアルバム('88)のタイトル(アル・パチーノ主演の同名映画('79)に由来)
*ユスティティア(Justitia):「正義の女神(Lady Justeice)」。羅馬神話の正義を司る女神。希臘神話のテミス(Themis)とよく混同されるが、一般に司法・裁判の公正を表す象徴とされるのは、ユスティティアと言われている(「テミス」像とする場合も多い)。右手に「力・権威」を表す剣(正邪を断ずる、の意とする場合も)、左手に「公正・公平」を表す天秤を持ち(左右逆も有る)、先入観・予断の否定を表す為に目隠しをしている(していない場合もある)。因みに最高裁判所の女神像は、円鍔(えんつば)勝三(1905-2003)氏作の一寸仏像的デザインのもの(1979)で目隠しは無い。上にあげたMETALLICAの4thアルバムのジャケットにもこの女神像が描かれている
*被告人:刑事訴訟で検察により起訴された者。検察が捜査の結果被疑者(起訴前)が犯罪を犯しており刑罰を科すのが相当と判断した場合裁判を求め起訴を行う
*裁判員:6人。3人の裁判官と共に被告人の有罪・無罪、量刑を審理・評議する

'10 如月十七日 丁寧

 近頃、頭の中―イメージ的には右前部斜め上辺り―に或る言葉が、扁額(へんがく)の様に常に懸かっている。その言葉は、「丁寧(ていねい)に生きる」。
 何時何処で目にした言葉か、判然としませんが、おそらく、数ヶ月前(もっと前かも)新聞記事の一節で目にしたのだと思います。どのような記事であったかは、全く記憶にありません。ただ、この言葉だけが印象に残り、消えません。消えないどころか、最近では、日々の心掛けになってしまいました。

 「丁寧に生きる」。ぼんやりとはイメージできますが、具体的にはどいうことなのか。まぁ、私の過ぎ越し方を振り返るならば、その逆を考えれば良いかな...。全ての事柄を基礎からこつこつと積み上げ、等閑(なおざり)にせず、また思慮深く、一足一足近道せず、道を行く...的な感じ、ヴィジュアル的に言えば、深い深い天蓋の下、アップダウンを繰返すロングでワインディングな荒れた道に、薄いけれども柔らかなカーペットを転がしながらゆっくりと敷き詰めてゆく感じ、でしょうか。余り具体的ではないな...。
 考えてもどうも全体像が具体的によく見えて来ませんので、具体的な日々の行動を考え、「丁寧」を実践する事と致しました。以下に思いつくものを挙げてみます。
 例えば、
・仕事を始めるときPCのカヴァー(何故か中日DRAGONSの応援用タオル(私は読売GIANTSファン))を畳んでデスクの横に置く

・脱いだ服をきちんと椅子の背凭(もた)れに掛ける(ハンガーもハンガーを掛ける場所も少ないので)
・自転車の雨除けカヴァーを丁寧に掛ける
・野菜を揃えて切る
・食器を丁寧に洗い濯(すす)ぐ
・洗濯物を丁寧に干す、畳む
・靴、スリッパを揃えて脱ぐ
・注文控え等文字を丁寧に書く
・新聞等を斜め読みしない
等など。
 須(すべか)らく日常の些細な事柄ですよ(大人ならコレくらい出来て当たり前だろ、とつっこまれそうなものばかりです)。でもね、その日常の些事雑事(さじざつじ)の集積が、日々の暮らしであり、日々の暮らしの堆積が、人生なのですから。

 丁寧。ていねい。この語について改めて調べると―古代中国の軍隊で用いられた、警戒や注意を知らせるための金属製の楽器の名。其処から転じ、注意深く念入りである、細部にまで注意の行き届いていること(さま)を、表すようになった。等と多く記されている。
 なるほど...注意深く念入りで細部にも注意の行き届いた...ですか。行き当たりばったりのその場凌(しの)ぎ人生、の私とは正に相反する。耳が痛い。
 今更ながら、十代二十代の頃に、「丁寧に生きる」と、こんな風に考えていることが出来たならば、人生少しは変わっていたろうにな...とも、正直思いますけれど、呼べど帰らぬ過ぎし歳月、後悔してもせんのないこと。せめてこれから、天と地の間で世界と宇宙を五感に受けて、残りの人生、丁寧に生きたい、と思う次第です。

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*扁額:屋内外に掲げる主に横長の額。外でよく見掛けるのはお寺や神社の本殿や鳥居に懸かるもの、屋内では茶室など
*丁寧の意:上に挙げた他、動作・言葉遣いが礼儀正しく心が篭っている、の意もある

'10 睦月十二日 教育

 一昨年くらいからと記憶しておるのですが、毎日一回、某企業のサイトで、クリック募金をしています。CSR(Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任))に基づく活動の一環として行われているもので、「世界の医療支援」「途上国の教育支援」「地球環境の保全支援」の三つの中から何れか一つ、クリックする毎に一円が企業から当該NPOに寄付されるシステムとなっています(クリックは一日一回のみ)。
 医療や教育、特に医療に関しての支援はおそらく多くの人がクリックするであろうけれど、環境に関する支援は少なそうだな、と考えた為、また私自身一番関心が強いのが環境問題である為、主に「地球環境の保全支援」をクリックし、他の募金サイトで環境保全関連にクリック募金できる場合は、二番目に少なそうな「途上国の教育支援をクリックしています。
 ところが、各寄付総額を見ると意外な結果。医療がトップなのはまぁそうだろうと思いましたが、環境が小差で二番目で、教育が他二つに比し可也少ない三番目。意外。
 以下が、現在の各寄付総額詳細。

世界の医療支援:2,244,198円
途上国の教育支援:1,751,480円
地球環境の保全支援:2,192,273円
 *2010年1月現在HP上で報告されている金額です

 教育支援は医療支援の≒78%、環境保全支援の≒79.9%。明らかに少ない。環境保全に関する支援が多いのは、環境問題に対する関心が高まっていることを表していると考えて良いと思うので、喜ばしいのですが、教育支援は一寸少なすぎないか?
 医療支援がトップなのは判る、と書きました。今現在、栄養失調や様々な伝染性疾患等で多くの子供を中心に死に行く人々が億の単位で存在すると言うことを我々は知っています。例えそれが、眼前で起こっている事では無いと言い、この同じ時間の中で、同じ星の上で、十分な医療行為を受けられず多くの子供達が死んでゆくと言う事実を知っている以上、放っては置けないと思うのは、人情です。
 でも、主に所謂「途上国」の現状である、十分な医療行為を受けられずに多くの人々が...云々と言うは、結局、貧困や劣悪な衛生環境、不十分な公共サーヴィスまた環境破壊等、社会全体に起因するもの。医療支援を通じ、「今」の死を逃れることが出来ても、社会全体が変わらなければ、同じ子供達、幼くして死に行く子供達(乳幼児死亡率は先進国は概ねIMR0-10程度だが途上国では30-60、60-90、90-130等が多い)が毎年毎年新たに生まれるだけではないのか?
 乳幼児の死亡率の高さの背景には、栄養不良、劣悪な衛生環境及び親の知識不足等があるとは、よく言われることです。で、これ等背景の更に背景にあるのは、貧困、ではないのか?
 貧困から脱却するには、偏見・差別をなくし、人々が健康で、安定した職につき収入を得られるような社会にしなければならない。其の為には、環境に配慮しつつ農業を始めとする産業を発展させ、社会全体の経済力や文化的レベルを押し上げて行かなければならない。そのために必要な事と考えれば...教育、と言うものの重要性が見えてくるように思うのですが。
 安定した職につくのにも、自身や子供の健康を保つにも、人口問題を知るのにも、環境・生態系保全の重要性を知るのにも、差別・偏見をなくすにも、核兵器の真実の姿を知るのにも(最近核保有した国々の人々の多くは核兵器の真の姿を知らされていない)、人材を育てるのにも、教育が重要ではなかろうか(勿論教育だけが重要な訳ではないけれど)。少なくも、基礎的な教育が受けられなければ、識字と言う重要な能力、知識と言う重要な道具を、得られる機会が圧倒的に少なくなってしまう。
 教育が果たして100%肯定的なものかどうかは、判りません。私自身が受けてきた、格子なき牢獄の如き、癖の無い扱い易い「社会人マシン」を大量生産するが如き日本の学校教育については、反発したくなる部分も多々御座いましたし、実際反発も致しました(先生方には多大なご迷惑をお掛け致しました。それに付きましては、大変申し訳なく思っておる次第です)。又それとは別ですが、識字教育を含む教育が、多数者による少数者(少数民族)への圧力となる場合もある(多数者の文化を強制し少数者への支配を強める。嘗ての日本による朝鮮半島・台湾・南洋諸島等に対する統治・植民地支配に見られるような、宗教や言語、習慣等の強制等の様に)、途上国においては基礎的教育の普及が期待されるほど社会のレベル・アップに影響していない、等の指摘も、其々あるそうな。
 しかし何れにしろ、学校へ行きたいけれど行かれない、読み書き出来る様になりたいけれどその機会が無い、と言うようなことは、望ましい姿とは、私に思えないのです。

 募金額が医療支援と環境保全支援に少々偏っていることから、上のようなことを考えたのですが、貴女・貴方は、医療支援・環境保全支援・教育支援、この三つの内どれをクリックしますか?(貴女・貴方が趣旨に賛同できるNPOに寄付して下さい(クリックしないという選択も勿論あります))

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*Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任):企業は社会的存在であり、自社利益のみならず、ステークホルダー(利害関係者)全体の利益を考慮し行動すべきと言う考え方。企業は、法令遵守(じゅんしゅ)のみならず、環境保全、人権擁護、消費者保護等など様々な分野に責任を有し、市民、地域、社会等の要請に応える責任があるとされる
*世界の医療支援→
世界の医療団(メドゥサン・デュ・モンド):「国境なき医師団」出身者らにより1980年設立。各地に医療等の専門ボランティアを派遣するNGO。阪神淡路大震災時日本での活動を発端に日本支部が設立された
*途上国の教育支援→
プラン・ジャパン:1937年スペイン内戦時の孤児支援活動から生まれ、後各地に広がり1983年日本に事務所設立。子供の視点や意見を中心に地域開発を進めるNGO
*地球環境の保全支援→
WWFジャパン
:1961年「世界野生生物基金(World Wildlife Fund)」として発足。当初は名称の通り野生生物の保護が中心であったが後自然環境全体の保全へと活動を拡大し、1986年「世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature)」と改称。日本支部は1971年設立
*乳幼児死亡率:生まれた子供が5歳までに死亡する確率。IMR(Infant Mortality Rate)で表す。IMR50は生まれた子供1000人中50人が5歳までに死亡する事を表す。因みにユニセフによる2006年推定値を以下に載せておきます(抜粋)。100を超えるような上位の多くはサハラ以南の阿弗利加諸国です。

シエラレオネ 270(1位)
アフガニスタン 257(3位)
コンゴ 205(9位)
ギニアビサウ 200(11位)
中央アフリカ 175(15位)
ギニア 161(17位)
カメルーン 149(19位)
ソマリア 145(21位)
コートジボアール 127(26位)
ガーナ 120(32位)
タンザニア 118(34位)
マダガスカル 115(36位)
ミャンマー 104(40位)
パキスタン 97(42位)
印度 76(49位)

南アフリカ 69(55位)
朝鮮民主主義人民共和国 55(65位)
イラク 46(68位)
エジプト・墨西哥 35(81位)
インドネシア 34(83位)
中国・エクアドル 24(101位)
ロシア・アルゼンチン 16(125位)
オマーン・マレーシア 12(138位)
バーレーン 10(146位)
亜米利加・アラブ首長国連邦 8(151位)
英吉利・加奈陀・濠太剌利 6(161位)
韓国・イスラエル・阿蘭陀・瑞西 5(167位)
日本・独逸・伊太利亜・仏蘭西・西班牙 4(175位)
アイスランド・スウェーデン・シンガポール 3(189位)


・データは此方
(PDF)を参考としました

*識字:国・地域により定義が異なるようですが、ユネスコ(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization:国際連合教育文化機関)では「日常生活で用いられる簡単で短い文章を理解し読み書きできる」と定義されている。こうした能力を持つ人々を「識字者」持たない(持てない)人々を「非識字者」と呼ぶ。以下に主な識字率データを掲載します(抜粋。アルファベット順)。データは、ユニセフの2000-2006年の期間内に入手された直近年次のもので、15-24歳の識字率(%)です。但し国により識字の認識・定義が異なります故単純な比較は難しいようです。

アフガニスタン 51(男性(以下同)) 18(女性(以下同))
アンゴラ 84 63
アルゼンチン 99 99
バングラデシュ 67 60
ブルキナファソ 40 27
カンボジア 88 79
中央アフリカ 70 47
チャド 56 23
中国 99 99
コンゴ 98 97
コンゴ民主共和国(旧ザイール) 78 63
コートジボワール 71 52
エジプト 90 79
赤道ギニア 95 95
エチオピア 62 39
ガーナ 76 66
ギリシャ 99 99
ギニア 59 34
ホンジュラス 87 91
印度 84 68
インドネシア 99 99
イラン 98 97
伊太利亜 100 100
ケニア 80 81
ラオス 83 75
マダガスカル 59 57
モンゴル 97 98
モロッコ 81 61
ミャンマー 96 93
ナミビア 96 93
ネパール 81 60
ナイジェリア 87 81
パレスチナ自治区 99 99
パキスタン 77 53
フィリピン 94 97
ポルトガル 100 100
ロシア 100 100
セネガル 59 41
シエラレオネ 60 37
スーダン 85 71
タイ 98 98
トルコ 98 93
ウガンダ 83 71
アラブ首長国連邦 98 96
ベネズエラ 96 98
ジンバブエ 98 98


・要約
サハラ以南の阿弗利加 76 64
東部・南部阿弗利加 75 64
西部・中部阿弗利加 76 64
中東と北阿弗利加 92 83
南亜細亜 81 65
東亜細亜と太平洋諸国 99 98
ラテンアメリカとカリブ海諸国 96 97
CEE(中東欧)/CIS(独立国家共同体) 99 98
開発途上国 90 84
後発開発途上国 74 59
世界 91 85

・データは此方(PDF)を参考としました

尚、日本、英吉利、独逸、仏蘭西、亜米利加、瑞西、韓国などはデータが公表されておりません

*NPO(Non Profit Organization):非営利団体。ボランティア活動等による社会貢献等営利を目的としない団体。非営利とは配当をしない意味で収益を行わないということではない。利益(収入から費用を差し引いた分)を関係者に分配しない(職員さんのお給料は別。お給料は費用の内)と言う事

'10 睦月一日 ちゃんと

 恭賀新年

 昨年一年間、お店も当ページもお世話になり、有難う御座いました。本年もまた、どうぞ宜しくお願い致します。

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 昨今、どうも惰性っぽく生きてるなぁ...と自身を客観視すると感じる。加齢による肉体(精神を含む)の衰え・不調を言い訳にし、或いはそれに甘え、大分と自身に対しユルイし、外界のあれやこれやに対しても、少々考えを巡らすことをサボっている。それに、第一感性自体が鈍っているのを感ずる。
 これではいかん、と、人類の一員又地球生態系の一構成要素として、如何に生きるべきか、如何在ることが望ましいか、本年、自身そして世界も、見つめ直し、この新たな一年を送りたいと、考えて居る次第です。もう一寸、「ちゃんと」生きよう、と。
 「明日生きている保証は無い」。判りきった事ではありますが、この一事を改めて銘じ、何時死する事になっても、うろたえぬ様、悔い無きよう、でも、力まずに、やって生きたいと思っております。
 まぁ、根っからの暢気者ゆえ、例によって、のんびりやります (^ ^)v

§本年の座右の一字:穏
§本年の目標:ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲聴き込み

 皆さんにとって、この一年が、良き年となりますように...

†・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・∽・†

・旧タイトル(ownerの業務日報)はFUKAFUKA-EHONの「店員の業務日誌」から頂きました。こちらも楽しいので是非
・多くのwebサイトを、いろいろ参考文献(?)とさせて頂いております(Wikipedia他)
・日付けは其の侭に、偶に加筆・訂正をする事が有ります

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北の離れ '09年版 
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