MYSTIC RHYTHMS

Heavysphere  その十一

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メタル、ハード・ロック、プログレそしてクラシック等について語らせて頂きます  Profile

KILLSWITCH ENGAGE:アライヴ・オア・ジャスト・ブリージング
AEROSMITH:ゲット・ユア・ウィングス
MOTORHEAD:エース・オブ・スペイズ
RAINBOW:デイフィカルト・トゥ・キュアー
BRAHMS:ピアノ協奏曲第1番
TESTAMENT:ザ・ニュー・オーダー
DIO:ホーリィ・ダイヴァー


§索引
§凡例
§ハード・ロックとヘヴィ・メタルの違い

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ALIVE OR JUST BREATHING/KILLSWITCH ENGAGE
アライヴ・オア・ジャスト・ブリージング/キルスウィッチ・エンゲイジ(2002) order

アライヴ・オア・ジャスト・ブリージング

 「メタルコア」と呼ばれるラウドな音楽スタイルの代表的バンド、だそうである。だそうである、と言うのは、私はメタル好きとは言え可也のおっさんメタラーなので、新興タイプのバンドやジャンルには、はっきり言って無知なのだ。只今学習中なのである。
 よって、蒙昧を晒すことになると思うが、広いお心で読んで頂きたいと、思う次第で御座います。

 私はメタルコアに関しても、このバンドに関しても、現時点ではこの作品しか知らないので、不明なことだらけなのであるが、この作品―セカンド・アルバム(メジャー・デビュー・アルバム)を聴く限りにおいて書かせて頂くと、全編に漂う、洗練を感じさせる都会的な冷徹感は、「メタルはダサイ」とお思いの方々(多いのだろうな)にも、あまり抵抗なくお聴き頂けるのではなかろうか、と思う。どことなくシャレオツなのだ。そして、北欧メロ・デス譲りとも呼べそうな繊細で抒情溢れる旋律と激しい咆哮の合間に歌い上げられ流れるクリーン・ヴォーカルは、「メタルは暑苦しい」と仰る方々(これも多いのだろうな)にも、比較的受け容れてもらい易いようにも思える。「メタルはダサイ、暑苦しい、クサイ(?)」と仰る皆さんにこそ、聴いて頂きたい作品と感じる。リンキン・パークやリンプ・ビズキットが聴けるなら、こちらも左程の無理はなく聴けるのではないかと、個人的には思う。これ等よりは大分「メタル」だけど、ハード・ロック的グルーヴ感やポップ・ミュージック的明解さ等、親しみやすい要素もその底流にはそれなり感じられる。

 ショート・ヘアで普段着的服を着たバンド・ショットを見なければ、普通に「メロデス(メロディック・デス・メタル)」或いは、スラッシュ・メタルとデス・メタルとの中間的タイプを指す「デスラッシュ」のバンドと思ってしまう。音は、大分「メタル」、と上に書いたが、可也「メタル」である。いや、と言うより「メタル」以外の何物でもない、と私には聴こえる。確かにメタルの特徴の一つである、目立つギター・ソロは皆無であるが、そうしたスタイルは、フィア・ファクトリーなど可也前から知っているし。グロウル或いはガテラル(所謂デス・ヴォイス)とクリーン・ヴォーカルの組み合わせも結構前からあるし。
 起伏の多い曲構成、整合感に充ちた音像、多用されるバス・ドラムの連打、そしてシャウトを織り交ぜつつもほぼほぼデスなヴォーカル。・・・メタルだ。
 ただ、「メタル」として聴くと、ギター・ソロが無いというところもそうなのだが、メタルらしいドラマ性(大袈裟さ、と言ってもいいかな)が全体的に希薄なので、若干のあっさり感は否めないかもしれない。速さを含め、音の激烈度もそう言えばやや低い。でも逆に言えば、そういったドラマ性や激烈さを、暑苦しい、鬱陶しいと感じる方々には、好ましいと思えるのではなかろうか。

 メタルコアと呼ばれるこのスタイル、ハードコア・パンクというパンク・ロックをよりアグレッシブに尖鋭化させた音楽に根を持つという事の様なのだが、そのハードコア・パンクを全く知らない私は、この作品を、大分パイセンのメロ・デス・バンドである、アット・ザ・ゲイツやソイルワーク的に聴いてしまう(これ等のバンドとは互いに影響し合っているらしいが)。別にどのように聴こうと、メタルでもクラシックでも、音楽など好きに楽しめばよいのだが、バックグラウンド、音の向こうにあるものを知って聴くのとそうでないのとでは、やはり味わいが異なる。もっと修行せねばならんなと、こうした新たなタイプのアーティストと出合うと、思うのである。
 私が長年愛聴しているスラッシュ・メタルが、そもそもハードコアとヘヴィ・メタルの融合であるのだから、そのあたりからアプローチしてみようか。先ずは、メタリカスレイヤーに影響大と言うディスチャージのアルバムを聴き込もう。

 2017 5/1

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭♭ 技巧度:♭♭♭ 旋律度:♭♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭
〔アメリカ合衆国はマサチューセッツ州出身の当時四人組(このジャンルのオリジネイター的バンドは、マサチューセッツ出身が多い様)。創設メンバーのアダム・デュトキエヴィッチがプロデュース、ギターそしてドラムを兼任。後ドラム専任メンバーが入り五人組。アルバム・ジャケットはベースのマイク・ダントニオの手による〕

*フィア・ファクトリー、アット・ザ・ゲイツ、ソイルワーク:フィア・ファクトリーはアメリカのインダストリアル・メタル・バンド。サンプリング多用のデス・スラッシュ的メタル。後二者は、ともにスウェーデン出身のメロ・デス・バンド。アット・ザ・ゲイツはメロ・デス黎明期から活動し、キルスウィッチ・エンゲイジなどアメリカの新世代メタル・バンドに影響を与えたとされる。ソイルワークは伝統的メロ・デス・スタイルに囚われないモダンな作風でこちらも多くのバンドに影響を与えたとされている
*ディスチャージ:UK出身ハードコア・パンク・バンド。1977年結成、1982年アルバム・デビュー。楽曲は反戦・反核・反暴力など社会的メッセージ色が強い

GET YOUR WINGS/AEROSMITH
ゲット・ユア・ウィングス/エアロスミス(1974) order

ゲット・ユア・ウィングス

 NWOBHMムーヴメント勃発以降、それまで「ハード・ロック」と一括りにされていた、アグレッシブでヘヴィな音楽が、新たに「ヘヴィ・メタル」と言う流れを迎え入れ、ハード・ロックとヘヴィ・メタルと言う似てはいるが明らかに異なる二つが混ざり合い或いはぶつかり合いながら、激しい奔流となって多くの重音楽フリークを巻き込み、1980年代、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル(HR/HM)黄金の時代を築いていった。そして、ヘヴィ・メタルの側は尖鋭化が進み、スラッシュ・メタル、デス・メタルなどのエクストリームな支流を分け、その触手で更にコアな重音楽フリークを捉えていった。
 と、これがHR/HMの1980年周辺からのごく大まかな推移だが、1980年辺りの分岐点あるいは転換点が訪れる以前、重音楽フリークを熱狂させていたのが、キッスクィーンそしてこのエアロスミスであった。勿論他にも、元祖メタルのブラック・サバスUFOなども多くの支持は得ていたが、彼ら三者、ハード・ロック御三家などと呼ばれもするほど、当時1970年代半ばから後半、その人気は図抜けていた。
 斯く言う私も、大が付くほどの「御三家」好きであった。エンターテインメント性を前面に押し出し一見虚仮威し的でありながらその実高い作曲能力や音楽性を持つキッス、貴族趣味なフレディ・マーキュリーとインテリ・ロックン・ローラーのブライアン・メイを中心に多種多様で華麗な音楽を創造するクィーン、そしてワイルド且つどこか妖しげな雰囲気を漂わすエアロスミス。どれも私を虜にするアーティスト達であった。当時の私にとっての三者それぞれの魅力を一言で言い表せば、キッスは「楽しさ」、クィーンは「美しさ」、エアロスミスは「不良っぽさ」、であったと言えようか。
 ヴォーカルのスティーヴン・タイラーが長いスカーフをヒラヒラと巻き付けたスタンドマイクを、リード・ギターのジョー・ペリーに差し出し共に歌うショットに、少年期の私は感動したものである。

 彼らの音楽は、レッド・ツェッペリン的ハード・ロックとザ・ローリング・ストーンズ的ロックン・ロールという、ブルース・ベースのブリティッシュ・ロックをアメリカ的に解釈したものと、言えるように私には思えるのだが、実はブルースが非常に苦手な私も、無理なく聴ける。おそらくは、ブルースに限定されない幅広い音楽性を、彼らがその根底に持っているからなのであろう。

 1971年に現メンバーとなり、翌々年にデビュー。薬物問題やメンバーの脱退、オリジナル・メンバーの復活、低迷そして再ブレイクと、波乱に満ちたバンドの今に至る歴史であるが、本年「フェアウエル・ツアー」を行うと言う発表が、昨年11月にされている。本当に、40数年にわたるその活動に幕を下ろすのであろうか。ツアーそのものは5月から始まるようだが、ツアー後に解散するのかどうか、本当のところはまだ分からない。気になるところではある。

 そんな彼らの作品だが、一般に3rdアルバムの「トイズ・イン・ジ・アティック」、4thアルバムの「ロックス」が代表作とされることが多いが、私はこの2ndアルバム「ゲット・ユア・ウィングス」が現時点では最もお気に入りだ。Top40入りし(全米11位)バンド人気を確定させた、代表曲「ウォーク・ディス・ウェイ」を含む3rdも良いし、一気にメジャー感が増し「大物」的風格の早くも漂う4thも勿論良い。完成度で言えばこれら二作の方が遥かに高い。だがしかし、この2ndに漂うプリミティヴな荒々しさ、その粗削り感、私にはこの上なく魅力的である。噴出寸前の滾(たぎ)るエナジーを、音の向こうに感じることができる。
 ポップさの滲むスピード感が心地良い「S.O.S.(To Bad)」、彼らが敬愛するブルース・ロック・バンド、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック等のスーパー・ギタリストを輩出したヤード・バーズがカヴァーした「ザ・トレイン・ケプト・ア・ローリン」の再カヴァー、この二曲が一押しだ。

 冒頭に書いたように、止め処なく尖鋭化して行くヘヴィ・ロックであるが、時にはこうした「素朴」なルーツ的ヘヴィ・ロックも如何であろう。ブルータルなデス・メタルも好きだし、極限を求めるようなスピード・メタルも好きだ。だが、偶にはこうした作品を聴くのも良いのではなかろうか。現在のリスナーの耳には余りにユルイものと感じられるであろうが、HR/HMの世界には不可欠の要素であるところの、モトリー・クルーやガンズ・アンド・ローゼス等に受け継がれるバッド・ボーイズ・ロックの系譜のルーツがここにある。歴史の流れを概観して後聴くHR/HMは、きっと新しい視点で捉えることができるものとなっていることと思う。
 それに第一、作品が良い。ちっとも古臭さが無い。流石エアロ、である。

 2017 1/17

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お気に入り度:♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭ 硬度:♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭♭
〔1970年に誕生(現ラインナップは翌年誕生)。今では世界を代表するオッサン・バンドの一つ。2012年の最新作まで15のオリジナル・アルバムをリリースし、総売り上げは1億5千万枚以上とされている。スラッシュ・メタルのテスタメントもアルバム「ザ・ニュー・オーダー」で彼らの曲(ノーバディズ・フォールト)をカヴァーしている。影響力は多大なのだ〕

*NWOBHM:New Wave of British Heavy Metalの略。1980年前後に英国で起こり世界へ広がったHR/HMの一大ムーヴメント
*御三家:家康の子を藩祖とする尾張徳川家、水戸徳川家そして紀伊徳川家。転じてある方面の有力な三者を指す
*ザ・トレイン・ケプト・ア・ローリン:タイニー・ブラッドショウというブルース・ミュージシャンが1951年にリリースしたのがオリジナルらしい

◆★ACE OF SPADES/MOTORHEAD
エース・オブ・スペイズ/モーターヘッド(1980) order

エース・オブ・スペイズ

 1970年代末期、NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)の勃興により、HR/HMの世界はがらりとその様相を変えることとなるが、その中で大きな転換点となったのは、「メタル・エンペラー」アイアン・メイデンがメジャー・デビューした1980年であるように思えるのだが、どうであろう。この年には、後ワールド・ワイドな成功を収めるデフ・レパードや、メイン・ストリームとはなり得なかったが、アンダーグラウンドで後続に影響を与えたエンジェル・ウィッチ、のちスーパー・ギタリスト、ジョン・サイクスを世に送り出すこととなるタイガース・オブ・パンタン、独自のメロディアス路線を開拓したプレイング・マンティス(1981)、メタリカからリスペクトを受けるダイアモンド・ヘッド(メジャー・デビューは1981年)、またデビューは前年だがこの年2ndでブレイクしたサクソンなどなど、多数の若手バンドがシーンに登場し、正に、雨後の筍状態である。
 このNWOBHMムーヴメントがマグマの如く地殻を押し上げ、今では信じがたいことだが、HR/HMがのちポピュラー音楽界の主役となっていったそのことに、多大なエナジーを与えたのである。その性質上、このムーヴメントを語るとき、アイアン・メイデン他のニューフェースばかりが取り沙汰されてしまうのは致し方ないのだが、実は、1970年代後半のHR/HM厳冬期に地道にコツコツ活動し、謂わばNWOBHMの育つ土壌を作った偉大なるパイセン達の存在・活躍も、非常に重要で、忘れてはならないのである。
 一寸、アルバムのリリース年など調べると解るのだが、1980年辺り、こうしたおっさんバンド達、名盤・名作を連発しているのである。以下に思い付くものを挙げてみる(独断です)。

ジューダス・プリースト:ブリティッシュ・スティール(1980)、スクリーミング・フォー・ヴェンジェンス(1982)
「メタル・ゴッド」の教科書的作品。前者全英8位、後者全英11位、全米17位
ブラック・サバス:ヘヴン・アンド・ヘル(1980)、ライヴ・アット・ラスト(1980)
前者はロニー・ジェイムス・ディオを迎えての新装開店盤で全英8位。後者は1973年のライヴだが全英5位
■オジー・オズボーン:ブリザード・オブ・オズ(1980)
ブラック・サバスを前年に脱退してのソロ・デビュー盤。全英7位
■マイケル・シェンカー・グループ:ザ・マイケル・シェンカー・グループ(1980)
UFOを前々年に脱退し、ドラッグ・アルコール中毒リハビリ後の復活盤。全英8位
■AC/DC:バック・イン・ブラック(1980)
ボン・スコット死去後、新ヴォーカル、ブライアン・ジョンソンを迎えての再スタート盤。全英1位、全米4位
ディープ・パープル:ディーペスト・パープル(1980)
レコードで60分超収録と言う当時としては画期的ベスト盤。全英1位
■レインボー:ディフィカルト・トゥ・キュアー(1981)
賛否有るが新境地開拓で新たなファンを獲得。全英3位
■スコーピオンズ:ブラックアウト(1982)
全英11位、そして全米10位の大出世作
■ゲイリー・ムーア:コリドーズ・オブ・パワー(1982)
全英30位だが日本では大ブレイク。本作の成功でお蔵入りのダーティー・フィンガーズ(1981)もリリース
■シン・リジィ:サンダー・アンド・ライトニング(1983)
ジョン・サイクスを迎えたスタジオ盤としてはラスト作品。全英4位

 「聴け、若造。これがメタルだ、これがハード・ロックだ。お前らにこれが作れるか!」と言わんばかりの名盤・名作のオンパレードだ。しかもここに挙げた13作品中9作が全英トップ10入りし、「バック・イン・ブラック」と「ディーペスト・パープル」に至ってはチャート1位である。
 これに対し新人勢では、アイアン・メイデンのデビュー盤は全英4位、サクソンの2nd(1980)は5位、デフ・レパード、タイガース・オブ・パンタンも健闘し同じくデビュー盤は前者15位後者18位だ。
 どうであろうか。若手、ベテラン相俟ち、在来ハード・ロック、新興ヘヴィ・メタル入り混じり、訳も解らないケイオス状態の中、如何にシーンが沸騰していたかが分かろと言うものではないか。
 こうした流れを受け、続くアーティスト達も次々と現れた。英国からは元祖エクストリーム・メタルのヴェノム(1981)、おバカメタルのレイヴン(1981)、モーターヘッドの弟分タンク(1982)等が産まれた。そうして熱波は世界を包み、アメリカからは、LAメタルの代表格モトリー・クルー(1981)や孤高のクイーンズライク(1983)等が誕生し、メタリカ、スレイヤーも早やメジャー・デビューを迎えることとなる(1983)。お隣カナダからはアンヴィル(1982)が産まれた。また欧州では、ドイツで以前から活動していたアクセプトが注目され、「レストレス・アンド・ワイルド」(1982)などの名作を送り出すこととなる。ドイツ以外では、オランダのヴァンデンバーグ(1982)、スウェーデンのヨーロッパ(1983)、同じ北欧デンマークのマーシフル・フェイト(1983)等々、名バンドがシーンに参戦。英国外も雨後の筍状態に。

 そして今回紹介の本作も、こうした世の動きの中放たれた。英国産元祖爆音バンド、モーターヘッド全英4位の一作である。マイペースで我が道行く彼らではあるが、ベテランによる、当時のHR/HMシーンへ向けられた回答の一つ、と捉えることも出来るかもしれない。参加メンバーは、レミー・キルミスタ-(vo,b)、エディ・クラーク(g)そしてフィル・テイラー(ds)(ジャケ写で言えば、左がフィル、右がエディそして中央がレミーだ)。
 モーターヘッドは、HR/HMムーヴメント只中の当時、まだスラッシュ、デス、ブラックなどのエクストリーム・メタルが隆盛を迎える前だが、AC/DCやアクセプトと並び、最も喧しいバンド、として、メタル・ファンの中でも、好悪の別が顕著な存在であった。しかしそんな中にあっても、本作と全英1位となった翌1981年リリースの傑作ライヴ盤「ノー・スリープ・ティル・ハマースミス」は、モーターヘッドを余り好まない連中も、「これは・・・良いね」と言わざるを得ない、良質な激音楽と認められていた。少なくも私の周りではそうであった。実は私も、このバンド、好きではなかったのだが、ライヴ盤に対する皆の評価には首肯せざるを得なかった。レミー(b,vo)のギターだか何だか良く分からない、激しく歪んだベースで始まる「エース・オブ・スペイズ」に「やるな・・・」と唸らされ、そのベスト盤的内容も相俟って、私の愛聴盤の一つとなった。
 だがしかし、いろいろ巡り合わせもあり等し、スタジオ・アルバムを聴く機会がその後長く無かった。ヘヴィ系音楽を語るにおいて、これではイカンなと、最近になって某ショップで(貯まったポイントを使い)レンタルし、彼らの最高傑作ともされる本作を、やっと聴くことができた。
 タイトル曲こそ、非常にモダンなヘヴィ・メタリック・ナンバーであるが、基本彼らは、ロックン・ロールである。それも筋金入りの。キッスやAC/DC等と系列的には近いと個人的には思う。バンドの中心、レミー自身、ロックン・ロールであることに拘り、メタルなんぞよりパンクに親しみを感じると、そう仰ってもいるようだ。しかし、その疾走感と爆音は明らかにヘヴィ・メタルのそれに近しい。ご本人達の意向に反し、スラッシュ・メタルの元祖的扱いを受けたりするのも分からないではない。メタリカやスレイヤーからリスペクトを受けているというのも十分頷ける。
 バンド自身のベクトルが何方を向いているかは別とし、やはり、この骨太で汗くさい轟音は、メタル魂の鋼線に激しく共鳴する。HR/HMを語る上では、絶対に避けては通れない存在である。

 前にも少し触れたが、当バンドの看板、ベース&ヴォーカルのレミー・キルミスターは、2015年12月28日、末期がんにより亡くなりました。享年70。ロックン・ロールを生きたアーティストである。R.I.P

 2016 9/30

追記:フィル・テイラーはレミーより先、2015年11月11日に肝不全により亡くなりました。享年61。そしてエディー・クラークは2018年1月10日に肺炎にて亡くなりました。享年67。所謂「黄金期」の三人はすべて鬼籍に入ってしまいました。R.I.P

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お気に入り度:♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭♭ 旋律度:♭♭ ポップ度:♭♭
〔メンバー・チェンジが多いがこの当時が一般に黄金期とされる。「モーターヘッド」とはレミーが以前在籍したホークウインドの楽曲名で、薬物常用者の意である。他にバイク好きと言う意味もあるようだ。ドラッグ使用中の頭の状態、の意味だとも聞いたことがある。1980年頃、モーターヘッドは、ハード&ヘヴィ系音楽で、海外では人気があるが日本ではちっとも売れない三大バンド、としてAC/DCラッシュと共に名を挙げられたりもしていた〕

*NWOBHM:New Wave of British Heavy Metalの略。上記の様に多くのバンドが生まれたが、商業的成功を収めた存在は少なく、今も一線で活躍するバンドは、アイアン・メイデンとデフ・レパードくらいなのではなかろうか。因みにデフ・レパードはNWOBHM括りで捉えられることを好ましく思っていないとも言われているそうだ

ペット災害対策推進協会

DIFFICULT TO CURE/RAINBOW
ディフィカルト・トゥ・キュアー/レインボー(1981) order

ディフィカルト・トゥ・キュアー

 正直、ガッカリした記憶があるのだ。「こ、これがレインボー?リッチー、貴方は何処へ行こうとしているの?」と、待ちわびたリリース直後、この作品を聴いて思った。こんなポップになってしまって・・・。

 レインボーのポップ化は、何もこの作品から急に始まったことではない。前作「ダウン・トゥー・アース」(1979)も十分ポップであったし、前前作の「ロング・リヴ・ロックン・ロール」(1978)にしても、大分コンパクトでポップな曲は挿入されていた。リーダーのリッチー・ブラックモア自身、アメリカでのラジオ・オン・エアーを意識したと語っていたし。だが、前前作には「キル・ザ・キング」、「ゲイツ・オブ・バビロン」そして「レインボー・アイズ」という、歴史浪漫薫るドラマティック・ナンバーが存在したし、アメリカンな明るさが漂う前作にも、「アイズ・オブ・ザ・ワールド」と言うダークでヘヴィな大曲があった。ポップではあっても、全編通じて十分にハードであり、旧来からのファンも、ある程度納得することはできた。
 ところが、である。リッチーの目指すアメリカでのブレイク、そのストレート&ポップな音楽へと向かうベクトルの変化により、嘗て三頭政治を担ったロニー・ジェイムス・ディオが、そして次にはコージー・パウエルが脱退し、その黄金期(と私は思う)のダークさもハードさも消え失せてしまったのだ。そのことを、残酷にも、はっきりと眼前に突き付けられた気がしたよ、このアルバムを手にしたときに。
 新ヴォーカリストのジョー・リン・ターナーは、既に30歳ではあったが、甘い顔立ちのアイドルの様なルックス。声も甘い。歌唱力は高いとは思ったが、何故にこの人がレインボーのヴォーカルに・・・、と思ったのが、ロニー・ジェイムス・ディオをHR/HMヴォーカリストの神的存在と崇め奉っていた当時の私の、正直な感想であった。
 「ダウン・トゥー・アース」も、上に書いたように、すでにかなりポップではあった。しかし、グラハム・ボネットの短髪、グラサンにスーツと言う出で立ちに多少の違和感はあったが、そのヴォーカルはパワフルであり、本質的なハードさは作品から失われてはいなかった。それに何より、まだコージーのドスの効いたドラムを聴くことができた。
 でも本作にはもうそのコージーも居ない。レインボーはもう終わったのだ。バンドは存在するがもう、あの輝かしかった虹(レインボー)は消え去ったのだ、と当時の若き私は深い諦念を抱いたのである。

 ・・・なんか、ネガティヴなことばかり書いてしまった。がしかし、それは当時の私の、初期レインボーに対する強い思い入れの存在があったが故のこと。ご勘弁ください。けっしてこの作品を貶しているのではないのです。
 貶すどころか、本作はHR/HM史に残る名作の一つと、現在では考えているのだ。ジョーのヴォーカルも、リッチーの志向(彼のアメリカ志向も今では理解できる)にピッタリ適役だと思うし、彼自身非常に優れたヴォーカリストだと思う。それに何より曲が良い。「アイ・サレンダー」、「マジック」という外部ソング・ライターを起用した二曲は一緒に歌える名曲だし、前者のエンディングで聴かれるギター・ソロはリッチーの名演の一つと思う。アーチ・エネミーの来日公演時、開演前に会場に流されるこの曲を舞台袖で聴いていたマイケル・アモットが、「このギター・ソロは良いから聴いとけ」とクリストファー・アモットに言った、と言う記事を読んだ記憶があるが(記憶違いだったらゴメンナサイ)、然もありなんの、メロディアスにギターが泣く、良く纏まった名ソロだ。
 他にも、ギターとのユニゾン・ソロも含むドン・エイリーのキィボードが非常にクールで、チルボド等にも影響を与えたのではなかろうか(確証はない)とも思える「スポットライト・キッド」、哀切極まりないインストゥルメンタル・ナンバー「メイビー・ネクスト・タイム」、そして、後の武道館ラスト・ライヴで東京フィルハーモニー交響楽団と共演し、われわれの度肝を抜いてくれた、リッチーがギターを弾き捲くる、ベートーヴェン第9交響曲パロディ「ディフィカルト・トゥ・キュアー」。佳曲・名曲、名演揃いである。

 リッチーのポップ志向・アメリカ志向の強まりが、古くからのファンを失望させた本作だが、余りコアなものを好まない多くのリスナーには受け入れられ、新たなファン層を開拓したのもまた本作である。彼はこの、自ら導いた変化の結果生まれた作品を、そしてその変化を求め導いた自身を、どう捉えていたのであろう。満足していたのであろうか。
 エンディングに響く、「笑い袋」の狂ったような笑い声が、「しょうがねえなあ、「治療不可(ディフィカルト・トゥ・キュアー)」だな。どう仕様もねえな、コイツ」という彼の自嘲のようにも、私には聞こえるのだが。

 2016 9/11

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お気に入り度:♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭ 硬度:♭♭ 暗度:♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭
〔ギターのリッチー・ブラックモア、ベースとプロデュースのロジャー・グローヴァー、キィボードのドン・エイリー、ヴォーカルのジョー・リン・ターナーそしてドラムスのボブ・ロンディネリの五人組。ジャケットはお馴染みヒプノシス。裏ジャケではドクターたちが驚きや諦めの表情で手術台を見下ろしている。なお、この当時以降、ライヴには二人組の女声バック・コーラスがついており、それも一寸個人的にはガッカリだったのだ(あくまで個人的には)〕

*三頭政治:古代ローマ共和制末期、ポンペイウス、クラッスス、カエサル(シーザー)の三名の盟約に基づいて行われた独裁政治。リッチー、ロニーそしてコージーを中核とした当時のレインボーをこれになぞらえて語る場合が多い
*外部ソング・ライター:「アイ・サレンダー」は「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」と同じラス・バラード、「マジック」はブライアン・モーラン
*パロディ:一般には著名作品を滑稽化・風刺化しからかうものだが、からかいを目的としないものもある。クラシックでは「改作」、「転用」などもパロディと呼ばれる。バッハなど非常に多い。因みにリッチーは大の付くクラシック好き・バッハ好きである

ペット災害対策推進協会

Piano Concerto No. 1 in D minor, Op. 15/Johannes Brahms
ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15/ヨハネス・ブラームス(1858)  order

クリフォード・カーゾン、ジョージ・セル アルトゥール・ルービンシュタイン、フリッツ・ライナー グレン・グールド、レナード・バーンスタイン ヴィルヘルム・バックハウス、エイドリアン・ボールト

 冒頭、激しくロールするティンパニに導かれる様に、大仰でドラマティックなオーケストラ・サウンドが重厚に響く。主役のピアノが、囁くように登場するのは、開始から3分以上経過して後である(グールドに至っては4分以上後)。

 何も知らずに聴いていれば、交響曲と思うかもしれない。大体全体に於いて、協奏曲的華やかさよりは、交響曲的ヘヴィさが目立つ作品だ(些か皮肉っぽく「ピアノ演奏付き交響曲」などとも呼ばれたらしい)。ブラームス(1833-1897)と言えば髭もじゃオールバックのおっさん的イメージが強いが、本作完成時彼はまだ二十代半ば。髭も無い若きイケメンの頃である。苦悩、激情、煩悶と言った、若さゆえのダークなエモーションが渦巻き、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きには、非常に親和性が高い。ヘヴィ系好みの方にはお薦めのクラシック作品だ。

 そんな、メタル耳の持ち主方にも訴えかけるであろう、ピアノ協奏曲の名品であるこの曲、実は、当初よりピアノ協奏曲として構想・作曲された訳ではないのだ。
 もともとの原型は、二台のピアノのためのソナタ。それに行き詰って交響曲として練り直すも、また行き詰る。そして作曲開始より約一年後、1855年に協奏曲にすることを思いつき、友人のヨーゼフ・ヨアヒム(ヴァイオリニスト)と、密かに恋心を抱いていたともされるクララ・シューマン(作曲中に亡くなった恩師ロベルト・シューマンの夫人でピアニスト)のアシストを受けつつ、足掛け五年を掛け試行錯誤。結果、ブラームスにとって初めて産みだした協奏曲として完成とあいなった。
 初演は1859年1月、ハノーファー(ドイツ北部の都市)にて自身のピアノ演奏で行われた。
 当初の評価は本人にとってあまり思わしいものではなく、初演五日後のライプツィヒ(ドイツ中東部の都市)でのライヴは野次の渦で、散々だったとか。第1番の不評にはご当人相当凹んだようで、これに次ぐ作品、ピアノ協奏曲第2番作品83が完成・初演されるまで22年もかかってしまった(第2番は当初から大評判)。
 がしかし、現在では、指摘される技術的・精神的な未熟さを補って余りある、粗削りなダイナミックさなどの魅力を持つ初期の代表作として、多く演奏・録音されている人気曲だ。「若さの芸術」(と私は思っている)であるロック音楽が好きな私などには、瑞々しくも狂おしい感性の発露など、ロック音楽的要素が強く感じられ、非常に好ましい。
 私は、クラシックを聴き始めて暫くは、ブラームスは何か掴み処なく苦手であった(あとマーラーとワーグナーも。マーラーは今は好きだが、ワーグナーは今も苦手)。後期ロマン派と呼ばれるその世代の割には古臭いし、かと言って彼の心酔・敬愛していた古典派のモーツァルトベートーヴェンに比せば過剰なまでにロマン派的こってり感が濃いし、どうも馴染めなかったのだ。が、今では彼の古典派的手法でロマン派的表現を求めるというその世界が、多少(ほんと幾らか)なり理解できるようになり、好きな作曲家の一人となっている。その好きになる切っ掛けが、本作であった。アルバムは上画像左の、クリフォード・カーゾンの硬質で力強いピアノと、ジョージ・セルの緊迫感漲る指揮と言う組み合わせ(オーケストラはロンドン交響楽団)。これを聴いて後より、他の作品、交響曲やヴァイオリン協奏曲、またヴァイオリン・ソナタや弦楽六重奏曲など、今まで聴いていても、特に引っかかるところも無く何時の間にか終わってしまっていた曲曲が、全く新たなものとなって、耳に響いてきた。新鮮な驚きと喜びである。
 こんな経験も、音楽を聴くことの醍醐味の一つだ。

 ちなみに、ブラームス(またブルックナーやマーラー)の様な音楽スタイルを、新古典派と呼ぶことがある。ベートーヴェンと同じフィールドを歩き、そこで勝負するようなスタイルとも言えようか。同時代を生きた音楽家で、ブラームス同様大変ベートーヴェンを敬愛していたフランツ・リスト(1811-1886)(ベートーヴェンの全交響曲をピアノ編曲した)が、新たなるフィールドを開拓し進み、ベートーヴェンと同じフィールドは歩かなかったのとは対照的である。
 この両者の作品を聴き比べてみるのも、また面白いかもしれない。

 2016 6/13

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭♭ 硬度:♭♭ 暗度:♭♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭♭
〔ブラームスはハンブルクの生まれ。BACH、BEETHOVENと共にドイツ「三大B」と称される。
そんな彼の若き日の名曲である本作に於いては、私は、上にも挙げた、クリフォード・カーゾンとジョージ・セルによる1962年盤(左画像)が力強くて最も好きだ。
他に、アルトゥール・ルービンシュタイン&フリッツ・ライナーによる1954年盤(左から二番目画像)は全体に大人しめであるが、その分聴き易くていいかもしれない。
クセが強いが、グレン・グールド&レナード・バーンスタインによる1962年ライブ盤(右から二番目画像)は有名だ。グールドとバーンスタインが曲の解釈(テンポ)をめぐって揉め、両者の不一致(結果的にグールドの解釈に合された)につきバーンスタインが演奏前聴衆に向かって態々説明したのだ。そのコメントもそのままにアルバム収録されている。確かに少々個性的な解釈なので、興味のある方は面白いかもしれない。
1932年と可也録音が古いので余りお薦めは出来ないが、ブラームスには定評のある、ヴィルヘルム・バックハウスのエイドリアン・ボールトとのコンビによる演奏も捨てがたい(右画像)。晩年の演奏とは大分異なる華麗なピアニズムを味わえる。ノイズの多さやモノラルであることは気にならないという方には宜しいかも。
カーゾン&セル、ルービンシュタイン&ライナー及びバックハウス&ボールトはパブリックドメイン(こちらこちら)となっているので、興味のある方は是非聴いて頂きたい(前二者はステレオ)〕

*ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907):当時の人気ヴァイオリニスト。ブラームスの親友。ヴァイオリン協奏曲作品77の初演者。多くの作曲家からヴァイオリン協奏曲の献呈を受けている
*ロベルト・シューマン(1810-1856):ロマン派の代表的音楽家の一人。ブラームスは彼を敬愛していた。彼もブラームスを称賛していた
*クララ・シューマン(1819-1896):シューマンのピアノの師、フリードリヒ・ヴィークの娘さん。当時絶大な人気を持っていたピアニスト。ロベルト夫人。ブラームスとは終生深い親交があった。因みにブラームスはクララの亡くなった翌年没している
*レナード・バーンスタイン(1918-1990):カラヤンと人気を二分した二十世紀後半を代表する指揮者の一人。グルード本人そのものは高く評価していたらしい
*リストとブラームス:当時、リストやワーグナーに代表される、音楽と文学など他芸術とを融合させた「標題音楽」を推し進める「新ドイツ派」と、音楽は音楽そのものの美を追求すべきと「絶対音楽」を推し進める一派とが激しく対立した。後者の代表がブラームスであった。基本派閥間の対立であって必ずしも個人間の対立ではない

ペット災害対策推進協会

THE NEW ORDER/TESTAMENT
ザ・ニュー・オーダー/テスタメント(1988)  order

ザ・ニュー・オーダー

 核戦争後の世界を描いた、コンセプチュアルなアルバム。明るさなど微塵も感じられない、非常にダークな仕上がりとなっている。
 無数の核爆発やそれによる火災により舞い上がった、大量の微粒子に覆われることによって地球に訪れる「核の冬」。その薄闇の世界をイメージさせるような暗さに、全編が包まれている。中程とエンディングに配された、絶望と慟哭を暗示するような二つのインストゥルメンタル・ナンバーが、象徴的である。

 アルバム全体を概観してみよう。
 「俺達は「THE NEW ORDER」で、現実のもの、あるいは現実と思われるものについて書こうと決めた」とは、ヴォーカルのチャック・ビリーの言葉(2012年インタビュー)。この様に、リアルな世界、それも核戦争後の世界と言う悲劇的な世界を、コンセプチュアルに描くと言う、この作品の性質上からか、「スラッシュ・メタル」と言う視点から見ると、ストレートさや激烈さに些か物足りなさが残るのは否めないかもしれない。
 しかし、「ヘヴィ・メタル」と言う、より高位な視点から見ると、ドラマティックで起伏に富む構成・展開など、トータルなレヴェルとしては、メタルの名盤の一つと数えても左程の異論は出ないのではなかろうかと思えるほどの高さである。
 と、この様に見てくると本作、余りスラッシュ然とはしていない、オーソドックスなヘヴィ・メタルのスタイルに近い作品と見做すことも出来るかもしれない。そしてそう見れば、スラッシュ・メタルに余り馴染みの無い方にも、比較的聴き易い作品と言えるのではないであろうか。
 「スラッシュ・メタルって聴いてみたいけどぉ、何聴いたらいいかわかんなぁい」
 若しそうお思いの方(何故ギャル前提?)がいらしたらば、まずは、メタリカメガデスを聴き、その次辺り、この作品など宜しいのでは、と思う。左程の違和感なく聴くことが出来る、皆さんお馴染みの、エアロスミスの曲(「ノーバディズ・フォールト」)も収録されているし。
 そんなハイなレヴェルで且つ(スラッシュ)ビギナーさんにもお薦めのこのアルバムの、最大の聴きどころは、メイン・ソングライターでもあるアレックス・スコルニックのギター・ワークであろうと、個人的には思う。
 流麗でテクニカル、そして、そんじょそこらのネオ・クラシカル系ギタリストなど、パン一で逃げ出す(?)ほどのドラマティックなプレイである。でも、エクストリーム系のアグレッションも、しっかりと備わっており、石礫(いしつぶて)の如くこちらの耳に激しく降りそそいで来る。この系統のギタリストとしては、ジェームズ・マーフィーと並び、なかなか稀有な存在ですよ、このお方。
 アレックスは、テスタメントを1992年に脱退した後には、正式にジャズを学んだり、ジャズ・フュージョン系バンドで活動したりなどしていらっしゃるらしいが、さもありなん、と納得できるほどの懐の深さを感じさせるプレイだ。(アレックスは後にテスタメントへ復帰している)

 しかし、アレックス・スコルニック、この作品当時、弱冠二十歳。私も、引きこもっていた十代終わりの頃、一時、何を血迷ったか、プロのメタル・ギタリストになりたい・・・などと、今思えばアホみたいなことを考えていたが、こういった方々(他にデビュー当時のクリストファー・アモットアレキシ・ライホ等)の当時の私と大して異ならない年齢の頃のプレイを拝聴すると、正直、恥ずかしくなる。
 だが、当時の私は真摯(マジ)であったのだ。少年の夢、笑うなかれ。

 2016 6/4

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭
〔1987年のデビューで、メタリカ、メガデスそしてスレイヤー等の所謂第一世代に次ぐ第二世代ということになるのであろうか。フォビドゥン、エクソダス等と共に、ベイエリア・スラッシュの代表とされる。現在も活動中で、2ndアルバムとなる本作を含め計11枚のアルバム(スタジオ盤)をリリースする大ベテラン offical

*核の冬:核戦争後、大量の煤煙や粉塵が太陽光を遮り、地球規模の気温低下現象を起こすとする仮説。1980年代はじめに提唱された
*ベイエリア・スラッシュ:サンフランシスコ周辺の湾岸地域で活動していたスラッシュ・バンドたち

ペット災害対策推進協会

HOLY DIVER/DIO
ホーリィ・ダイヴァー/ディオ(1983)  order

ホーリィ・ダイヴァー

 ジミー、貴方もか・・・。

 迂闊にも、全く見落としていた。
 ハード・ロック/ヘヴィ・メタル界で長年に渡り、多くの優れたプレイや楽曲を我々に提供してくれた、ベーシストのジミー・ベインが、今年1月23日に亡くなったと言うニュースを、先日初めて目にした。たまたま、ジミーが嘗て在籍した、レインボーの作品を聴きながら、彼についてネットで検索をしていて知ったのだ。一瞬息が詰まったよ。

 NME、BARKS他によると、彼は、最後の所属バンドとなった、ラスト・イン・ラインでのライヴ(デフ・レパード主催)のために乗船したクルーズ船のキャビンで亡くなったそうだ。死因は肺がんとのこと。享年68。2月の、ラスト・イン・ラインとしての1stアルバムのリリースを見ることは叶わなかった。

 ジミーは、1947年スコットランドの生まれ。名を広く知られるようになったのは、1976年にレインボーの名作「ライジング」に参加して以降。少々遅いデビューである(勿論以前から活動はしていた)。
 その後、レインボーは解雇されることとなるが、元シン・リジィのブライアン・ロバートソンとのバンド、ワイルド・ホーシズを経、1982年、元レインボーのロニー・ジャイムス・ディオと共に、ニュー・バンド、ディオを結成。翌1983年5月、ディオは本作でデビュー。
 1983年といえば、まだスラッスュ・メタルが黎明期で、メタリカも、スレイヤーも1stアルバムが出るのは本作リリースの後である(メタリカは同年7月、スレイヤーは同年12月リリース)。そんな頃であるから、当時、レイヴンもヴェノムもまだ知らぬ、特にマニアックではない普通のハード・ロック/ヘヴィ・メタル・キッズであった私は、本作オープニングの「スタンド・アップ・アンド・シャウト」の速さにクリビツであった。
 オープニング・ナンバーのみならず、アルバム全体を通じて、まだ無名だった、ヴィヴィアン・キャンベルの、空間を切り裂く如き鋭くスピィーディなリフもソロも、ブラック・サバス時代よりも重さ、スピード、手数・足数を増した、ヴィニー・アピスのドラムも、また初リーダー・バンドで開放感に満ち溢れた様に歌い上げる、カリスマ、ロニー・ジェイムス・ディオの伸びやかなヴォーカルも(「コート・イン・ザ・ミドル」を聴いてほしい)、全てが私には輝かしく思えたのを記憶している。そしてそうした中、驚いたことがあった。それが、ジミーのベースであった。
 ガチガチのレインボー崇拝者であった私であるから、当然その時代のジミーのプレイを知っている。しかし、レインボー時代の彼のベースは、コージー・パウエルの激ドラムに掻き消され気味で、あまり目立つことは無かった。はっきり言って地味であった(シャレではない)。が、ディオに於いて聴くそのプレイは、サウンドの屋台骨をがっしりと支え且つ目立っているではないか。その硬質なベースは足下から響くように重厚であった。当時の、ヴィニー・アピスとのコンビは、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル界でも屈指の名リズム隊であったと、今も思う。

 本アルバムは、ロニーが豊富なキャリアの中で身に付けて来た、レインボー的ファンタジーやブラック・サバス的ヘヴィネスと、モダンなヘヴィ・メタル・スタイルとを融合させ、メタル史に残る名作となった。ベテランのロニー、中堅のジミー、そして若手のヴィヴィアンとヴィニーとが、安定と革新の絶妙なバランスを形成している。新旧の血が混ざりあって生じる化学反応が、ヘヴィ・メタル音楽の精華を聴かせてくれているように、私には感じられる。いま一つな曲が無いとは言えないが、名曲も多い。骨太な音像(音質ではない)も魅力だ。完成度では次作「ラスト・イン・ライン」が上回るであろうが、本作には、デビュー作独特の勢いが充満している。皆楽しげである。

 ・・・イヤフォン付けて、「レインボー・イン・ザ・ダーク」を大音量で聴いていたら、なんか、泣けて来たよ。
 ロニーも貴方も、もういないんだね。

 グッバイ、ジミー。

 R.I.P

 2016 5/1

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お気に入り度:♭♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭
〔ジャケットに関しては、当時は別に何とも思わなかったが、今見ると「やっちまったな」と思う。リリース当時と言えば、レーコド(CDじゃないのよ)のライナーで、某評論家さんにジミーはぼろくそに言われていた。曰く、人間性に問題がある、コンポーザーとしての力もゼロ、酔っ払い、才能無い、プロと名乗る必要なし、などなど。実際のジミーのプレイを聴き、なぜそれ程に言う?と、意外に思ったことを記憶する。
なお、音質については「軽い」「スカスカ」等の評価があるが、私の聴いたリマスター盤(二枚組「Deluxe Edition」(2011年UK盤))ではそうした印象は特にはない。あくまで私見だが offical

*ロニー・ジェイムス・ディオ:ハード・ロック/ヘヴィ・メタル界きってのカリスマ・ヴォーカリスト。2010年5月胃がんにて死去
*ラスト・イン・ライン:初期ディオのメンバー、ヴィヴィアン・キャンベル(デフ・レパード)、ヴィニー・アピスそしてジミー・ベイン等によって結成。チーム名はディオの2ndアルバム名に由来。元来は亡きロニーのトリビュート・プロジェクトであった

ペット災害対策推進協会

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