MYSTIC RHYTHMS

Heavysphere その十二

◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼

メタル、ハード・ロック、プログレそしてクラシック等について語らせて頂きます  Profile

AC/DC:ハイウェイ・トゥ・ヘル
KORN:コーン
THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE:アー・ユー・エクスペリエンスト?
CREAM:ホイールズ・オブ・ファイア
IRON MAIDEN:パワースレイヴ
CORONER:パニッシュメント・フォー・デカダンス
DREAM THEATER:イメージズ・アンド・ワーズ

§索引
§凡例
§ハード・ロックとヘヴィ・メタルの違い

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ハイウェイ・トゥ・ヘル/エイシー・ディーシー order

ハイウェイ・トゥ・ヘル
HIGHWAY TO HELL/AC/DC (1979)

 天国へ行くのが階段なら、地獄へ行くのはハイウェイだ。
 私が史上最高のハード・ロック・バンドと考える、我らがAC/DCの6枚目のアルバムにして初期の最高傑作、「ハイウェイ・トゥ・ヘル」。今回は、それのご紹介である。

 彼らAC/DCを、世界的なバンドへと押し上げたのは、全英1位・全米14位となった次作「バック・イン・ブラック」(1980)(現在世界で三番目に売れたアルバムらしい)だが、その下地を作ったのは全英8位、全米17位の本作「ハイウェイ・トゥ・ヘル」である。勿論、デビュー以来の地道な努力もあるとはいえ、粒ぞろいの楽曲と尋常ならざるハイ・エナジー、ハイ・クオリティであったこの作品あったればこその、大ブレイクである。それと、当時世界を席巻しつつあった、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルのムーヴメントの怒涛が、上手く同期したのだ。

 冒頭に「初期」と書いたが、現在まだ進行中の長いAC/DCの歴史を考える上で、私は便宜上「初期」と「後期」と二分している。一般的には区分がどの様になされているのかよく分からないが、私はこの様にしている。そしてこの「初期」と「後期」の境目を、本作と次作の間に置いている。何故なら、バンドの重要な顔であるところのヴォーカリストが、交代しているからだ。
 このバンドの「看板」は、強烈無比な個性の持ち主であるリード・ギタリストのアンガス・ヤング(ジャケット写真で言うと右から二番目)だが、「顔」は、これもアンガスに負けず劣らずの強烈個性のヴォーカリストである。それ自体は、初期も後期も変わるところがない。
 その「顔」であるが、初期がボン・スコット、後期がブライアン・ジョンソンである。当然ながら、本作の顔はボンだ(ジャケット写真で言うと右端)。
 はっきり言って、彼は悪声である。別に上手い訳でもないし、表現力が豊かである訳でもない。でも何であろう、このボンの歌の魅力。ワイルドでセクシー。胸毛丸出しの上半身裸スタイルで、歌うその姿、その声、泥臭く汗臭く、まさにハード・ロックン・ロールを歌うために生まれて来たような人である。次作でブレイクしワールドワイドな人気者となるAC/DCだが、そこへ至る道、それまでのバンドの人気を、アンガスと共に中心となって牽引してきたのが、ボンである。もうあと一歩、世界制覇までもうあとほんの少しのところまで来ていたのに―。残念ながらボンは、世界の頂点からの景色を見ることなく、バンドでのキャリアを終えねばならなくなってしまった。同時に、人生も。
 本作がリリースされた1979年7月の、およそ7か月後、1980年2月21日、ロンドン、イースト・ダルウィッチに駐められた友人所有の車の中で、ボンは死亡した。泥酔し、睡眠中におう吐物を気管に詰まらせて窒息したのが、死因とされている。33歳であった。

 ボンの死により、ここでAC/DCの歴史は終着地に着いていたかもしれないのだが、ボンのお母さんの後押しもあり、バンドは継続する道を選んだ。新たに、ブライアンと言うこれまた稀代(きたい)のヴォーカリストを迎え、ボンの死から5か月後、彼の死を弔う鐘の音で幕開けする、歴史的名アルバム「バック・イン・ブラック」をリリースし、見事世界を征服したのである。
 で、その征服成功の下地或いは礎となったのが、この「ハイウェイ・トゥ・ヘル」である、とその様に私は思うのである。
 この作品、何といっても曲が良い。正直次作には多少劣るが、それでもミドルな曲からアップな曲とヴァラエティに富み、良質なポップ・センスも窺えるクォリティの高い曲の目白押し。全体として、ノリのよいおバカ(陽気)な曲が切れの良い演奏、芯のあるサウンドで存分に堪能できる。音も曲もやや重さを強調し、若干ヘヴィ・メタル色の強い次作よりは、一般的ロック・ファンの方には聴きやすいのではなかろうかとも思う。ただし、しっとりとした叙情性やバラードなどは皆無。歌も演奏も只管(ひたすら)にハイテンションに喧(やかま)しく、凡そ40分を駆け抜ける。そういう意味では、聴くに人を選ぶ作品(と言うかバンド)かもしれない。
 「バック・イン・ブラック」や全米No.1を獲得した「フォー・ドーズ・アバウト・トゥ・ロック(ウィ・ソリュート・ユー)」(1981)がリリースされ、それ以前の作品も注目されるようになり、日本でもAC/DC熱が上昇した時期があった。バンドも二年連続(1981年、1982年)で来日し、二度目最終日には、日本武道館でも大砲持ち込みのド迫力ライヴを披露してくれた(私もその場にいた)。が、そうした時ですら、私の様なAC/DCバカとそうでない人々との間には、かなりの温度差があったのを記憶している。しかも、温度の低い人が大方であった。そうした人々に彼らの作品は、「ウルサイ」の一言で一蹴されてしまったのだ。しかも、そう言う方々の中には、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きの方も少なからず含まれていた。アンガスをアイドルとし、彼と同じギブソンSG(のコピー・モデル)を入手すらしていた私は、確かにウルサイのは認めるがそんな毛嫌いするほどの事はなかろうに、と密かに思っていたのであった。

 最後になるが、ジャケットで、左端に立つアンガスの兄、マルコム・ヤング、彼は2017年に病没している(享年64)。認知症となり、2014年に引退していた。ハード・ロック/ヘヴィ・メタル界では、スコーピオンズのルドルフ・シェンカーと共に双耳の高峰をなす名サイド・ギタリストであった。その強靭でシャープなリフはバンド・サウンドの要であり、マルコム自身はバンドのまとめ役であった(そうだ)。派手に駆け回る弟の後ろでいつも黙々と、マシンの様に正確に、グレッチのギターを鳴らしていた。
 マルコムもボンも、オフィシャル・サイトではメンバーとして写真と名前が掲載されている(R.I.P)。
 是非このアルバムで、ボンの歌とマルコムのリフを聴いて頂きたい。そして、極上のハード・ロックン・ロール地獄へと、ハイウェイで驀地(まっしぐら)して頂きたい。

 2018 8/16

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭
〔1975年アルバム・デビューの老舗。多くのミュージシャンにリスペクトされる、オーストラリア出身のスター・バンド。ボン・スコット(vo)、アンガス・ヤング(g)、マルコム・ヤング(g)、クリフ・ウィリアムス(b)、フィル・ラッド(ds)の五人(当時)。ボンもヤング兄弟もスコットランドからの移民。1980年代初めに二度来日しているが、日本では何故が人気がなくその後約20年来日が無かった。アンガスはブレザーに短パンにギブソンのSGがトレードマークだが、「スクール・オブ・ロック」の先生は可也アンガスを意識しているね。
そうそう、今思い出したが、サッカー男子ワールドカップロシア大会開催の頃、コ◯・コーラの「四年もあったのに」CMで使われていた曲はAC/DC(「アー・ユー・レディ」)ですよ official

*天国へ行くのが階段なら:レッド・ツェッペリンの超々名曲「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン(天国への階段)」(1971)のことである
*世界で三番目に・・・:一番はMJの「スリラー」、二番はピンク・フロイドの「ザ・ダークサイド・オブ・ザ・ムーン(狂気)」。「スリラー」に次ぐ二位であるとの記述もある
*認知症:マルコムは64歳で亡くなっているので若年性認知症(65歳未満で発症)と言えるが、比較的短期間に亡くなっていることなど考えると脳梗塞や脳出血などが原因となる脳血管性認知症の可能性が高そうに思う(素人の推測です)
*グレッチ、ギブソンSG:グレッチは1883年創業のギター・ドラムの老舗。マルコムはこのギター(ホワイトファルコンやジェット・ファイヤーバード)を常に愛用。ギブソンSGは1902年創業のギブソン製のギターでアンガスはこれを常に愛用

コーン/コーンorder

コーン
KORN/KORN (1994)

 ヘヴィ・ミュージックの新たな地平を切り開いたコーンの、デビュー・アルバム。ヘヴィ・ミュージックそのものを建立したブラック・サバスの、その記念すべきデビュー・アルバムを彷彿させる、暗鬱さだ。ミドルなテンポが主体で、ジャズ的センスのドラムや、全体に漂うハード・ロック的グルーヴ感も、矢張りそこに共通するものを感じる。だが、その暗鬱の質が異なる。ブラック・サバスの場合、勿論その底流には、1970年の世界、またその中に生きる若者が抱えていた暗鬱があるとはいえ、そのバンド・サウンドに関して言えば、多分に「演出」がある。だが、コーンの場合は違う。その暗鬱は、生身の人間の体温を伴った、「マジ」ものである。少なくも、私にはそのように感じられる。ので、正直、なかなか手が出せなかったのである。現代に生きる人間が抱えた、その測り知れぬ深い闇が、そのジャケットからして濃厚に感じられ、少々気味が悪く、なかなか聴くことができなかった。
 結構最近である、このメタル音楽に衝撃を与えたと呼ばれる伝説のデビュー作を聴いたのは。
 で、聴いた感想はと言えば、やっぱり、暗鬱。暗い音楽大好物な私でも、気が滅入りそうになる。

 然し、である。聴けば気が滅入り、そうそう何度もリピートする気になれない作品ではあるが、虚心になれば、何ともハイなレベルの名作ではないか。音数多くも重いドラム、そのドラムと一体に、お腹に響くような低音で空間を満たすベース(5弦)とギター(7弦)、演奏力も可也高い。そして、何と言っても特筆すべきは、ジョナサン・デイヴィスのヴォーカルである。感情タップリに叫び或いは咆哮しまた囁くそのエキセントリックな歌は、泣いている。此方の心の深いところに突き刺さって来る(彼のプレイや作品には彼が受けた種々の虐待の経験などが反映しているという)。何度も聴く気にはなれない、と言うその原因は、この「重い」歌である。と同時に、この作品を素晴らしいと感じるのもまた、その歌によるところが大だ。
 「歌」といっても、こうした音楽に馴染みのない方にとっては、これの何所が歌なの?と思われてしまうかも知れいないのだが、これもまた、立派な一つの「歌」なのだ。

 冒頭書いたように、メタル音楽に衝撃を与え、無数のフォロワーを産み、既存のバンドにも多大な影響を与えたとされる本作であるが、さもありなん、と思う。リリース当時の事は全く知らないが、さぞこの音、衝撃的であったであろうとは、想像に難くない。音像は完全にメタル、既に当時ある意味市民権を得ていたデス・メタル的でもあるし、これも冒頭触れたように、元祖メタルの初期ブラック・サバス的でもある。でも、この中音域をカットしたシャリッとしてパーカッシブなベース、ヒップホップ的なヴォーカル、ギター・ソロもヘヴィ・メタル独特なドラマ性・様式美もない楽曲、また妙にねっとりとしたグルーヴ感など、一つのスタイルとして硬直してしまったところがないとは言い切れない当時のヘヴィ・メタルの世界を、ハッとさせるだけの新鮮さがあったであろうと思う(ルックスも含めて)。彼らの音楽が、「オルタナティブ・メタル」や「ニュー・メタル」と呼ばれ他と区別されたのも、分からないではない。
 旧来のハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きには、私の様になかなか手が出せなかった方も多いのではなかろうか。コーン、或いは同年デビューのマリリン・マンソン、また系統的に同じ或いは近いと思われるスリップノット、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、リンキン・パーク、リンプ・ビズキットなどのファンの方も、一般的なハード・ロック/ヘヴィ・メタルのファンとは余り重ならないような印象もある。
 でも、私的には、これもメタルだ。ハード・ロック/ヘヴィ・メタルを知ろうと思えば、避けては通れぬ作品であろうと思う。ただし、これを聴くには、ド級の陰鬱とどす黒い混沌の奔流を受け容れる覚悟、自身の内奥に存在する「ダーク・サイド」と対峙する覚悟、それが要りますぞ。

 2018 8/3

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭
重度:♭♭♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭ ポップ度:♭♭
〔ジョナサン・デイヴィス(vo)、マンキー(g)、ヘッド(g)、フィールディ(b)、デイヴィッド・シルヴェリア(ds)の五人。カリフォルニア出身。ジョナサンはバグパイプも上手で作品中でも披露している。バンド名は「KOЯN」とRが左右逆になる。
3rdアルバム「フォロー・ザ・リーダー」(1998)で全米No.1。「リーダー」とはコーンの事で、ジャケットで崖の先端から飛び降りんとする少女がコーンを、その後ろに続く色を持たない無数の者達が彼らのフォロワーを、其々に表しているのであろう。1stよりはポップな色合いが濃くプロダクションも良好で聴きやすいと思う official

*オルタナティブ・メタル、ニュー・メタル:1990年代から2000年代にかけ隆盛。前者はオルタナティブ・ロックの影響を受けたハード・ロック/ヘヴィ・メタルの一ジャンル。後者はそのサブ・ジャンルでヒップホップや伝統的ハード・ロック/ヘヴィ・メタルなどが融合したスタイル。全体的に、ファッション(短髪でストリート系とか)を含め旧来のハード・ロック/ヘヴィ・メタルのスタイルとは一線を画したところが目立つ。日本でも人気はあるが、本文にも書いたように旧来のハード・ロック/ヘヴィ・メタルのファンには余り受け入れられなかった様な印象を受ける(あくまで個人的印象)
*5弦ベース、7弦ギター:共に低音側に一本弦を追加したもの。ノーマル・チューニング(通常の調弦)で言うと、ギターの7弦は2弦(B)の1オクターブ下、ベースの5弦は更にその1オクターブ下
*ド級(弩級):ドレットノート級の略。昔「ドレットノート」と言う名のイギリスの戦艦(1906年就役)がありまして、これが当時革新的な存在であったので、並外れたレベルのものをこう呼ぶようになった

アー・ユー・エクスペリエンスト?/ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス order

アー・ユー・エクスペリエンスト?
ARE YOU EXPERIENCED/THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE (1967)

 ジミ・ヘンドリックス。特にファンではない方でも、ロック音楽に多少なり興味がお有りであれば、その名或いは「ジミヘン」という愛称はご存知であろう(ユーミンの「LAUNDRY-GATEの想い出」にも出て来るぞ)。言わずと知れた、ロック・ギターの礎を築いた、「天才」という言葉を冠される、或いは「神」と呼ばれるような存在のギタリストである。クラシックで言えば、「ヴァイオリンの魔人」二コロ・パガニーニだ。彼同様、革新的なプレーヤーとしてまた広く音楽家として、時代を熱狂させ、多くの音楽を目指す若者を「狂わせ」、時代を変革したのである。二人共に、楽器に命を吹き込み、自ら歌わせたのだ。そんな存在は、長い音楽の歴史の中でも、そうそうあるものではない。

 ジミはアメリカ人であるが、デビューはイギリスだ。「だ〜れのせいでもありゃしないぃ」(「悲しき願い」)でお馴染みのイギリスのロック・バンド、アニマルズのベーシストであったチャス・チャンドラーに見出され渡英し、オーデイションで選ばれたベーシスト、ノエル・レディング(ギタリストだがこれを機に転向。ジャケットでは赤いシャツ)と、ドラマー、当時二十歳のミッチ・ミッチェル(ジミの陰に隠れがちだが素晴らしいドラマーだ。一次を除きジミの死まで行動を共にする。ウッドストックでプレイしているのは彼)と共に、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成。そして1967年5月に、本作でアルバム・デビューを果たしたのだ(シングル「ヘイ・ジョー」は前年末に出ている)。ジミ、二十四歳の時である。

 前回のクリーム同様、ジミを取り上げたのは、彼(彼ら)の音楽が「ヘヴィ」であるというよりは、その音楽の中に、のちのハード・ロック/ヘヴィ・メタルの胎動を強く感じたからである。彼らまた彼らの音楽が存在しなければ、ハード・ロックもヘヴィ・メタルも生まれなかった(かもしれない)と、強く感じるからである。
 バンド・サウンド的なトータルなものを言えば、クリームの方がハード・ロック/ヘヴィ・メタルへの影響は大きいように思えるが、ことギターに関して言えば、これは完全にジミである。友人でもあるクラプトンとは同じブルース系のプレイではあるが、強く歪んだその音、元来想定されていたものとは全く異なるストラトキャスター(フェンダー社のギター)のシンクロナイズド・トレモロ・ユニットによる激しいアーミング、狂気を孕んだようなエキセントリックなプレイなどなど、直接に、或いはリッチー・ブラックモアブライアン・メイウリ・ジョン・ロートまたイングヴェイ・マルムスティーンなどのジミヘン・フリークを介して、どれほど大きな影響をハード・ロック/ヘヴィ・メタル系のギターに与えているか。ジミを聴いた後、改めてハード・ロック/ヘヴィ・メタル系ギタリストのプレイを聴くと、そこかしこにジミの姿が透け見える。
 ギターをぶち壊す、或いは燃やす、或いは歯で弾くなどのパフォーマンスが目立ち、虚仮威し的プレイヤーと思われたりもするが、ギターのプレイのみならず、楽曲の多くを自ら作りまた歌う、コンポーザー、シンガーとしてのセンスも特筆すべきもので、ギタリストという範疇では掴み切れない、アーティストとしての懐の深さを感じさせる稀代のミュージシャンである。彼の作品を聴いていると、1966年12月のシングル・デビューから僅か四年弱の活動で、たった三枚のアルバムを残して、そして二十七歳という若さで、音楽界を、そして人生を駆け抜けてしまったがジミが、死後半世紀になろうとする今も、多くの人々に愛され影響を与え続けているのが、よく理解できる。「夭逝伝説」を差し引いても(難しいが)、やはり非常に優れた、歴史的存在のミュージシャンであると思う。

 なお、今回私が取り上げたアルバムはアメリカ盤で、イギリスでリリースされたオリジナル盤と、収録曲が異なっている。
 本作は、イギリスで5月にリリースされた後、翌月のカリフォルニア州モントレーで開催された「モントレー・ポップ・フェスティヴァル」でのジミのプレイが注目され、それを受けてアメリカ盤がリリースされたのだが、その際、オリジナル盤から三曲が外され代わりにシングル曲三曲が収録されたのである(ジャケットも異なる。上画像はオリジナル盤)。
 序を言うならば、ジミのプレイを聴くなら、本作の様なスタジオ・アルバムと同時に、是非ライヴ・アルバムを聴くことをお薦めする。ジミをアメリカに逆輸入させることとなった上記モントレー・ポップ・フェスティヴァルのプレイも「Jimi Plays Monterey」(1986)として公式にリリースされているし、その他にも無数と言ってよいほどのものがリリースされている。私はまだ「Jimi Plays Monterey」と「Live at Winterland」(1987)(1968年10月のライヴ。クリームの曲も演っている)しか知らないが、ジミの音楽が、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルのルーツ的存在であることは、クリーム同様ライヴ演奏の方が理解しやすいとも感じる。前者の最終曲「Wild Thing」(メジャー・リーグで有名)での、また後者の「Purple Haze」での超爆音プレイなど、ヘヴィ・メタリックこの上ない。
 「古っ、ジミヘンなんて知らねえよ」等と言わないで。温故知新、覧古考新、そんな言葉もあるではないか。余りにブルース、余りにサイケで、一般的なハード・ロック/ヘヴィ・メタルのイメージを持って期待すると、吉本新喜劇なみにコケるかもしれない。然し、聴いてすぐにはピンと来なくとも、何時かきっと「?」が取れる時が来る。
 て言うか、ジミの音楽は、ちっとも古くないぞ。

 2018 4/19

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭ 硬度:♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭
〔2003年及び2011年(改訂版)の「ローリングストーン誌が選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」で一位。1942年、マリナーズで有名なワシントン州シアトルの生まれ。本名はジェームズ・マーシャル・ヘンドリックス。父方の祖母はネイティブアメリカンである。所謂アフリカ系の彼は同じアフリカ系の人々から、白人と組んで金儲けをする裏切者、と見做されることもあったという。
来日は叶わなかったが、1970年8月に開催が計画されていた「富士オデッセイ」という今見ると可也無茶な野外フェスにジミを招聘する予定があったそうだ。が実現することはなかった。
最後に序を言わせて頂くと、スタジオ・アルバムとしてはジミ最後の作品、「エレクトリック・レイディランド」収録の「ヴードゥー・チャイル」もすんごいので聴いてください。15分に及ぶスタジオでのジャム・セッション(プレイヤーが集まって自由に即興演奏をすること)で、前回の「ホイールズ・オブ・ファイア」のライヴ・サイド同様、壮絶なインプロビゼーションの嵐を体感できる。ただし一発録りではなく3テイク録音されたらしい〕

*ユーミン:八王子のお嬢さんだったユーミンは十代の頃、横田基地や立川基地(何方も米軍基地)のPX(売店)でジミやクリームなどのアルバムを漁っていたそうな
*たった三枚:生前公式にリリースされたものは計五枚だが、スタジオ・アルバムは「アー・ユー・エクスペリエンスト」(1967)、「アクシス:ボールド・アズ・ラヴ」(1967)、「エレクトリック・レイディランド」(1968)の三枚のみ。他はベスト盤「スマッシュ・ヒッツ」(1968)とライヴ盤「バンド・オブ・ジプシーズ」(1970)
*ジミの死:1970年9月ロンドンに於いてだが、飲酒と睡眠薬の服用後、睡眠中に嘔吐物を喉に詰まらせ窒息死したとされている
*夭逝伝説(ようせいでんせつ):私の勝手な造語だが、若くして亡くなったアーティスト(或るいは早くに解散したバンド)や歴史上の有名人等は、その悲劇性と想像力を働かせる余地(もっと生きていたらどんな作品や業績を残しただろう、とか)の所為か、どうも伝説化・美化されがちな傾向がある
*モントレー・ポップ・フェスティヴァル:ウッドストックなど後の大規模野外ロック・フェスティヴァルの先駆けとされる。当時アメリカで無名だったジミの出演を後押ししたのはポール・マッカートニー。この時のライヴ盤は上記のとは別に「Live at Monterey」(2007)と言うものもあるが、演奏そのものは同一で、冒頭にザ・ローリング・ストーンズのリーダーであったブライアン・ジョーンズによる紹介がある
*ヴードゥー・チャイル:ベースにジャック・キャサディ(ジェファーソン・エアプレイン)、オルガンにスティーヴ・ウインウッド(トラフィック)、ドラムはミッチ・ミッチェル。1968年5月、ナイト・クラブでの演奏後近くのスタジオで朝録音された。翌日改めてエクスペリエンスのメンバーで録音され「ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)」として同じアルバムのラストに収録された
*シングル曲三曲:「Hey Joe」「Purple Haze」「The Wind Cries Mary」。外れたのは「Red House」「Can You See Me」「Remember」

ホイールズ・オブ・ファイア/クリーム order

ホイールズ・オブ・ファイア
WHEELS OF FIRE/CREAM (1968)

 「クリームはヘヴィ・メタルでもハード・ロックでもないだろう」と、仰られると思う。ご尤もである。彼らは私の愛するハード・ロックでも、私が魂を売り渡したヘヴィ・メタルでもないと思う。ないと思うのだが、ここに取り上げたくなったのだ。なぜならば、彼らの音楽のその向こう側から、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルのルーツ的なものが聴こえて来たのだ。空耳かもしれないが、私には、聴こえたのだ。

 この1968年リリースの作品は二枚組で、一枚はスタジオ録音、もう一枚はライヴ録音と変則的な内容。でも、全米一位を獲得している(初の二枚組でのプラチナ・ディスク)。
 一聴して、ジャズまたブルースの色合いが濃厚である。二枚中で計四曲、ブルースのナンバーがカヴァーされている。他はオリジナルだが、ジンジャー・ベイカー(ドラム)とジャック・ブルース(ベース/ハーモニカ/ヴォーカル)のプレイはジャズ色が強く、20代前半の若きエリック・クラプトン(ギター/ヴォーカル)のディストーションの効いたギターは非常にブルージーでエモーショナルだ。現代のロック音楽は、一般にジャズやブルースのフレーバーは希薄なので、初めて聴くとあまりに大きなその味わいのギャップに戸惑うかもしれない。おっさんの私でもそうであった。私の好むハード・ロックは、それでもまだジャズやブルースの匂いは感じられるのだが、ヘヴィ・メタル、特に1980年代以降のそれとなると、ギターやドラムのテクニックやセンスにジャズ的(或いはそこから派生したフュージョン的)なものは感じられても、ジャズやブルースのフィーリングはほぼ皆無なので、致し方のないところではあるが。

 このアルバムの聴きどころであるが、それは、何と言ってもライヴ・サイドである。整然としたスタジオ・サイドも勿論素晴らしいのだが、ディープ・パープルの「ライヴ・イン・ジャパン」同様、此方を知ってしまうと、スタジオ録音の方は物足りなく感じてしまうのは否めない。それほどに凄味のあるインタープレイの連続なのである。
 この時代、レッド・ツェッペリンでもディープ・パープルでもそうだが、ライヴでのインプロビゼーション(いわゆるアドリブ)の応酬が聴き物である(なので曲がやたら長くなる事が多い)。クリームも同様で、三者がそれぞれに、これでもかこれでもかと全員リード楽器となってテクニックをぶつけ合い渡り合う様は壮絶である。然も大爆音だ。然も、上記のツェッペリンもパープルも生まれる前だ。ここに私は、後のハード・ロック/ヘヴィ・メタルのルーツ的要素を感じてしまうのだ。当時三人の心は完全に乖離し、ライヴはバンドとしての一体感など無い見栄の張り合いだったそうだが、それが、緊張感あふれるハイテンション・ハイエナジーな見事なプレイに昇華したと言う事であろうか(同時期の凄ライヴは解散後リリースされた「ライヴ・クリーム・ヴォリュームII」でも聴くことができる)。
 1970年代前半辺りを最後に、こうしたライヴでのインプロビゼーションの応酬というスタイルは消え、ほぼレコード(後にはCD)通りの演奏に終始するのが当然のスタイルとなるが、それでも、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル(特にヘヴィ・メタル)の世界では、アルバム内でインプロビゼーションの応酬的プレイ、例えば二人のギタリストが掛け合いで弾き捲るいわゆる「ツイン・リード・ギター」のスタイルや、ギタリストとキィボーダーがリード・プレイを掛け合うなどのスタイルが普通のものとなっており、それが連綿と受け継がれ行われて行くのだ。「メタル・ゴッド」ジューダス・プリースト然り、「メタル・キング」アイアン・メイデン然り、もう一寸新しい所ではチルドレン・オブ・ボドム等も然りである。スラッシュ・メタルや、デス・メタルではギターやキィボードに代わりドラムが前面に出てきたりする場合もあるが、やはり、これでもかとテクニカルなプレイをしつこくかましてくるのは同様である。

 1966年デビューのクリームより少し後に現れる、レッド・ツェッペリン(1969年デビュー)、ディープ・パープル(1968年デビュー)、ブラック・サバス(1970年デビュー)、キング・クリムゾン(1969年デビュー)、イエス(1969年デビュー)、ピンク・フロイド(1967年デビュー)など、クリーム同様、後続たちに多大な影響を及ぼしたバンドが持っていた、新たな音楽、新たなスタイルを創り出そうという様なスタンスは、このクリームにはあまり感じられず、豊かな才能を持った三人がエゴをぶつけあったら、結果的に革新的なものが生まれた、という印象を私は持った。浅薄者ゆえ、彼らの上っ面しか聴いていないとツッコまれるかもしれないが、印象としてはそうしたものであった。
 勿論、彼らの事を批判しているのではない。どころか、このある意味時代が産んだエゴ集団を、心奥からリスペクトしたい。今までちゃんと聴いてこなかったことを、今更ながら後悔しているのである。
 今回、このクリームを取り上げる切っ掛けになったのは、我が家の猫がお世話になっている動物病院の院長さん(ブルース・ファン)がクラプトンが大好きだというお話を聞いたことである。いろいろ音楽の話をしているうち、そういえばなんでクラプトンを今まで聴かなかったのであろうか、と思い、PCのライブラリにありながらも殆んど聴かずにいたこのアルバムを、改めてじっくり聴き込み、これは、素晴らしい作品ではないかと、遅ればせながら気付いたのだ。
 同時代のギタリストで、クラプトンと共にロック・ギターの礎を築いた存在であるジミ・ヘンドリックスもジェフ・ベックも、其れなりに聴いて来たのに、なぜクラプトンを、そしてこのクリームを聴いてこなかなかったのか。それは、おそらくはクラプトンに「歌のおじさん」的イメージが強かったからなのだが・・・。もう少し早く彼らを聴いていたら、この薄っぺらな私ももう少し、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルに対する理解が深まっていたかもしれないのに。
 皆さん、聴かずは嫌いは勿体ないですよ。機会をつくって、広く聴きましょう。どんな音楽にもルーツがあり、その根は目に見えぬところで至る所と繋がって、その地上に枝を広げ花を付けているのです。一聴なんの縁も所縁もないと思われるもの、例えばハード・ロック/ヘヴィ・メタルでいえば、ジャズやブルース或いはクラシックと、意外な接点を持っていたりするのです。仏のような広い心で、様々聴きましょう。

 最後、一寸説教くさくなって申し訳ないが、これが今の私の正直な思いなのだ。

 2018 4/13

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭
重度:♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭♭
〔三人ともにイギリス出身。有名ミュージシャンが集結した所謂「スーパー・グループ」の走り的存在。もともと犬猿の仲であったジンジャーとジャックをクラプトンが危うく繋ぎ止めていたような状態であったが、彼ら自身がそう語るように、やがてはエゴの衝突如何ともしがたく僅か2年余りの活動で分解。だがと言うかであるが故にか、広くロック音楽界で後続達に多大な影響を与えた存在として半ば伝説化している(1993年、ロックの殿堂入り)。因みに、実はジャズ起源だがハード・ロック/ヘヴィ・メタルでスタンダードなスタイルになったツイン・バス・ドラムをロック界に最初に持ち込んだのはジンジャーともされている。ただご本人はクリームがヘヴィ・メタルに影響を与えたのは認めるがヘヴィ・メタルは大っ嫌いだそうだ。
クラシックの世界の話だが、こちらにも、俗に「100万ドルトリオ」と呼ばれるスーパー・グループ(ピアノ・トリオ。アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)、ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)、エマヌエル・フォイアマン(チェロ))があったが、こちらも(ルービンシュタインとハイフェッツの)エゴのぶつかり合い激しく長くは続かなかった。しかし、何十年も経た現在も彼らの演奏はトップ・クラスの評価・人気である。なんかクリームとちょっと似ている〕

*インタープレイ:相互作用。音楽用語では互いに音を聴き互いに反応し合いインプロビゼーションを繰り広げること、であろうか
*ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック:前者はローリングストーン誌「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」(2003)で堂々一位となった言わずと知れたロック・ギターの大明神、後者はヤードバーズでエリックの後任となったロック・ギターの大権現

パワースレイヴ/アイアン・メイデン order

パワースレイヴ
POWERSLAVE/IRON MAIDEN (1984)

 アイアン・メイデン5thアルバムである本作の第二曲に、「2 Minutes to Midnight」という曲がある。戦争に覆われようとする危機的世界を描くもので、当時のワールドワイドなメタル・ムーヴメントを代表する名作である当アルバムの中でも、代表的な一曲である。
 この曲を含む当「パワースレイヴ」がレコーディングされたのは1984年2-6月(リリースは9月)だが、ブッシュ米大統領(パパ)とゴルバチョフ書記長によるマルタ会談で、いわゆる東西冷戦が終結したのが、5年の後の1989年12月。つまりは、世界を二分していた親玉、アメリカと旧ソヴィエトがまだ結構にバチバチ言わせていた頃制作された作品ということだ。この年7-8月に開催されたロサンゼルス・オリンピックでは、ソヴィエトはじめ東側諸国が、前回のモスクワ・オリンピック(1980)をアメリカはじめ西側諸国がソヴィエトのアフガニスタン侵攻に抗議してボイコットしたことに対する報復として同じくボイコットすることが起きているし、前年の1983年3月にはレーガン大統領がソヴィエトを(好戦的で非民主的な)「悪の帝国」呼ばわりもしている。今思えば、可也やばかった時代である。曲は、この当時の空気を反映した作品と言うこともできるであろう。
 タイトルを直訳すれば「真夜中2分前」だが、この「真夜中」は核戦争による人類の滅亡を午前零時としたことを表している。つまり、核戦争が勃発し「人類が滅ぶまであと二分。絶滅寸前」だよ、ということだ。

 この「真夜中2分前」が、遂に現実のものとなった。といっても、米科学雑誌「The Bulletin of the Atomic Scientists(原子力科学者会報)」の表紙に掲げられた「終末時計(doomsday clock)」において、の話だが。
 この「終末時計」は、核戦争や環境破壊による人類ひいては地球の危機を、人類滅亡の時刻である深夜0時まであと何分、という形で示したもので、1947年以来ずっと、定期的にその時々の世界の状況、核問題や戦争また環境問題を反映させて、残り時間、つまりは人類滅亡の危機を警告の意を込めて更新し発表している。
 この時計が、先月25日、核実験が頻発する冷戦真っ只中の1953年以来二度目となる「2分前」になった。過去最短タイである。繰り返されるDPRKの核・ミサイル実験や米大統領の言動、また気候変動(地球温暖化)対策の滞りなどを受けての事という。
 この「終末時計」の話とは直接は関連しないのだが、大きくは関わってくる問題で、気になる動きも最近あった。
 米政権が今月、核態勢の見直し(NPR)を行って、核攻撃以外の攻撃に対しても核で反撃する可能性も排除しないなど、核兵器使用条件を事実上緩和する方針を公表したのだ。「使いやすい」局地攻撃用低出力核兵器や核巡航ミサイルを開発・導入するという。
 日本政府は、このNPRに対して、核抑止力を強化すると歓迎の意を表した。
 カリガツである。核兵器の存在感を増す方向など、逆行ではないか。不安と現実味は増すばかりだ。ホントに、「2分前」になっちゃうぞ。

原子雲

 と、音楽とはだいぶ離れた話になってしまったが、シングル・カットされた「2 Minutes to Midnight」のジャケットに核爆発による原子雲が描かれているのを見ても、アルバム録音・リリースの1984年に米ソ両国の軍拡競争拡大を受け「終末時計」が当時としては二番目に短い3分前になったことを考えても、「2 Minutes to Midnight」のタイトルは「終末時計」を意識したものであろうことが濃厚なので、このアルバムを語る上では、私的にちょっと外せない話なのだ。ご勘弁頂きたい。
 アルバムの作品内容は、1980年、「ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル」の旗手として、二十代前半で衝撃的なデビューを飾った彼らも、二十代後半となり楽曲に深みも重みも増してきた、非常に完成度の高いものである。彼らの特徴であるところのツイン・リード・ギターのコンビネーションも、二人のギタリストの個性を生かしつつバランスよくアレンジされ見事な仕上がり具合だ。確かに、当初のエナジー全開、感性暴走的な面白味は薄れてはいるが、「大人」のメタル耳にもずっしりと聴き応えのある、まさに円熟(まだ若いけどね)の逸品である。
 それにしても、バンド・リーダーでもあるスティーヴ・ハリスのベースはすごい。ゴイスー。音・センス・テクニックすべてが相俟って形成する、孤高の八千メートル峰だ。今もって彼を超えるメタル・ベーシストは現れてはいない、とそう考えたくなる圧巻のプレイである。重厚で硬質なサウンドで駆け巡る彼のベースは、ギターが主役でドラムが準主役となるのが一般のメタル楽器陣の中で、特別出演の大御所的オーラを放つ稀有な存在となっている。
 おばあちゃん(アルツハイマー病)も手のかかる猫たちも寝静まった深夜、イヤフォン装着し大音量で、ベースにだけ集中して聴きたくなる。そんなプレイだ。

 英空軍スピットファイアと独空軍メッサーシュミットMe109との空の戦いを描く超名曲「Aces High」(ムジカ・ピッコリーノでも演った。チルボドもカヴァーしてるぞ)に始まり、13分超のプログレッシヴな大作「Rime of the Ancient Mariner」まで、軟弱(?)なバラードなど一切なしのメタル魂爆裂50分。ただ、メタル的ゴリ押しやクドイ劇性ばかりではなく、分かりやすいメロディー・ラインもあり、左程暗くもなく、プロダクションも良好で聴き易さもそれなりに備えているので、「メタル・キング」アイアン・メイデンのファースト・チョイスには、最適であろうと思う(個人的見解)。

 2018 2/8

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭
〔彼らの最高傑作かどうかは評価が分かれるところだが(私は3rdアルバム(1982)が最高傑作と考える)、彼らを代表する一作であることは間違えがない。ちなみにリリース当時の日本盤にはタイトル・ナンバーともども「死界の王・オシリスの謎」の副題が付けられている。2015年発表の現時点での最新作でもアメリカで四位、日本で六位、そして本国イギリスはじめドイツ、オランダ、スイス、スペイン、ブラジルなど多くの国でチャート一位を獲得するなどバンドは今もバリバリだ(現在はギター三人の六人編成) official

*マルタ会談:地中海マルタ共和国の主島で1989年12月2-3日に行われた米ソ首脳会談。1945年にルーズベルト大統領とチャーチル首相とによって行われたマルタ会談とは別
*アフガニスタン侵攻:アフガニスタンの紛争に対し1979年から行われたソヴィエトの軍事介入。強い国際的非難を浴びた
*悪の帝国(evil empire):レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの2nd(1996)のタイトル「Evil Epire」はこれを受けたものだ。ただここでは悪の帝国は当のアメリカを指している(と思われる)
*低出力核兵器:核出力5キロトン以下の核兵器(通常核兵器は数十キロトンから数メガトン)。危害・被害範囲が狭いため実戦的とされる
*スピットファイア、メッサーシュミットMe109:共にWW2を代表する戦闘機。どちらも、数々の改良を加えられながら前者は英空軍の後者は独空軍の主力として大戦を戦い抜いた。日本で言えば零式戦闘機にあたるような存在。なおメッサーシュミットは「Bf109」と表記される場合もある(Bfはメッサーシュミット社の前身バイエルン航空機製造を示す)
*Rime of the Ancient Mariner:英詩人サミュエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834)の同名の詩(「老水夫行」)による

原子雲画像は、イラストACより拝借しました

PUNISHMENT FOR DECADENCE/CORONER
パニッシュメント・フォー・デカダンス/コロナー (1988) 
order

パニッシュメント・フォー・デカダンス

 アルバム・カヴァーに使用されているのは、オーギュスト・ロダン(1840-1917)「地獄の門」(左扉)の一部である。上が「ウゴリーノと息子たち」、下が「パオロとフランチェスカ」だ。
 「地獄の門」は、ダンテの「神曲」地獄篇第三曲に登場する地獄の入口に建つ門と、その向こうの地獄の情景をテーマに描いたもの。
 「神曲」の中で、この地獄の門の頂きには、以下の銘文が記されている。(一部改行がオリジナルと異なります。また一部漢字を平仮名にしました)

 われを過ぐれば憂いの都あり、
 われを過ぐれば永遠(とこしえ)の苦患(なやみ)あり、
 われを過ぐれば滅亡(ほろび)の民あり
 義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力(ちから)、
 比類(たぐい)なき智慧、第一の愛われを造れり
 永遠の物のほか物としてわれより先に造られしはなし、
 しかしてわれ永遠に立つ、
 汝らここに入るもの一切の望みを棄てよ
 (山川丙三郎 訳 「青空文庫」より引用させて頂きました)

 重い―。重すぎる。
 然し、この内容を知ると、このアルバム・カヴァーがアルバムの内容に良く合致しているように感じられる。そう、この音楽もまた、重いのだ。
 前回、「当サイトは、ハード・ロックやヘヴィ・メタルの様な、一般には親しまれていない音楽を、馴染みのない方にも知って頂きたい、と言う趣旨のもと書かれている」と書いたくせに、今回の作品、ビギナーの方に紹介するには、暗く、且つマニアックである。ごめんなさい。でも、作品としては非常に素晴らしいのだ。ご勘弁頂きたい。

 コロナーは、スイスはチューリッヒで誕生した三人組(ロン・ロイス(vo,b)、トミー・T・バロン(g)、マーカス・マーキー(ds))スラッシュ・メタル・バンド。アルバム・デビューは1987年。本作は翌年リリースされた2ndアルバムだ。
 冒頭、地獄の死者の苦悶の叫びから始まるハード且つスピード感と緊張感に満ちたスラッシュ絵巻は、ダークで明るさの欠片もない。楽曲は複雑で演奏はテクニカル。其処に含まれる音楽的要素の幅は広い。「スラッシュ・メタルと化したラッシュ」的な表現をどちらかのサイトで拝見したようにも記憶しているが(曖昧)、上手い言い回し(同じ三人組だし。ただラッシュは暗くない)。
 このラッシュの例えに乗っからせてもらうと、本作はまだスラッシュ的ストレート感・激烈感が濃厚で、ラッシュで言えばハード・ロック色の強かった「2112」辺りの雰囲気。だが、次の3rdアルバム「ノー・モア・カラー」などは「ア・フェアウェル・トゥ・キングス」を思わせる様な屈折感が大分増し、「プログレッシブ・スラッシュ」と表現しても強ちオーヴァーではないと思える内容だ。この3rdもジャケットからして苦悩と苦悶に充ちた更に陰鬱な作品だが、音楽的な深化はより進み完成度も高い。現時点では、私は本作2ndのスラッシュ然としたサウンドがツボにはまり、今回紹介させて頂いているが、USEDで手に入る日本盤は本作と次作が2in1のセットになっているので、ご興味のある方は、是非併せて聴いて頂きたいと思う。
 本作の内容は、ハードでスピード感と緊張感に満ち、且つ複雑でテクニカル、と上に書いたそのままなのだが、そんな本作或いは彼らの特徴がよく表れているのが、インストゥルメンタル・ナンバー「Arc-Lite」。短い曲だが、クラシック的フレーズを連発し、バトルを繰り広げながら三位一体で駆け抜ける緊迫感は尋常ではない。少々荒っぽくもあるが、それがまたナイフエッジ(鋭く切り立った稜線)を吹き渡る烈風の如き凄味を醸し出しているインストゥルメンタルの隠れ名曲だ。スラッシュ版「YYZ」(ラッシュの楽曲)。
 この曲以外も、彼ら独特のメロディ・センスが感じられる、ただ速いだけではない緩急を持った楽曲が揃っているが、それを支える演奏技術は当然備わっている。特にギターの上手さは際立つ。難を言えば、若干、この手のスタイルにしては、ドラムが地味である。ただ、それは、プログレッシブな或いはテクニカルなスタイルにわれわれが期待するドラムとしては、の話で、けっして下手なのではないことはお断りさせて頂く。
 アナイアレイター、メコン・デルタ或いはデスの様な、テクニカルな屈折系スラッシュがお好みであれば、おそらくお気に召すのではなかろうか、このコロナー。ただし、暗いデス。

 ちなみに、スイス政府観光局のサイト内「スイスの音楽」ページで、大分以前に紹介したセルティック・フロストと共に、「そのジャンルを革新したアーティスト」の一つとしてコロナーの名が挙げられている。ただ、そこに「デスメタルの」と書かれているのだが、デス・メタル的であったのは最初期の頃の様で、本作や自作などにはデス・メタル臭はほとんど感じられない。デスは嫌、と言う方はどうぞご心配なく。

 2017 8/25

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭
重度:♭♭♭♭ 硬度:♭♭♭♭ 暗度:♭♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭♭ ポップ度:♭♭
〔バンド名の「コロナー」とは、「検視官」のことである。バンドは1996年に解散したが2010年にオリジナルのメンバーで復活している。このアルバムは、死神さんが骨をヴァイオリンの様に弾いているジャケットのものもあるが違いは良く解らない official

*地獄の門:1880年、装飾美術館の門扉としてフランス政府に依頼されたもの。製作は亡くなった1917年まで続けられた。超有名な「考える人」はこの門の一部として造られたものである。なおアルバム・カヴァーの地獄の門はチューリッヒ美術館玄関のもの。デザイン、コンセプト、撮影はドラーマーのマーカス・マーキー

ロダン、地獄の門(チューリッヒ美術館)
チューリッヒ美術館の「地獄の門」
(パブリックドメイン)

*パオロとフランチェスカ、ウゴリーノ:パオロ・マラテスタはリマニ領主の子、フランチェスカ・ダ・リミニはラヴェンナ領主の子で神曲第五曲に登場。ウゴリーノ・デッラ・ゲラルデスカはイタリアの貴族で第三十三曲に登場。「ウゴリーノと息子たち」は1876年に単独の作品も作られている
*セルティック・フロスト:エクストリーム・メタルに影響大と言われるバンド。コロナーの初期メンバーが後にセルティック・フロストに参加したり、ドラムのマーカスがセルティック・フロストのローディーを務めたり、デモ・テープにセルティック・フロストのトム・G・ウォリアーがヴォーカルとして参加したりなどコロナーとは縁が深い
*検視官:変死あるいはその疑いのある死体につき犯罪性の有無を判断する警察官

九州北部豪雨に伴うどうぶつ救護本部

IMAGES AND WORDS/DREAM THEATER
イメージズ・アンド・ワーズ/ドリーム・シアター (1992) 
order

イメージズ・アンド・ワーズ

 この作品がリリースされた前後の頃、私は個人的に1970代あたりのヘヴィ系音楽、ハード・ロックやプログレッシブ・ロック(ディープ・パープルEL&Pなど)にドはまりしていたため、彼らドリーム・シアターどころか、メジャー中のメジャーであるメタリカやハロウィンすらも知らなかった。メタルで言えば、イングヴェイ・マルムスティーンディオ辺り、1980年代前半で止まっていたのである。1980年代後半以降に現れたアーティストに関しては、全く無知であった。
 よって、当作品の生まれた当時の様子は全く分からないのだが、おそらくは、可也のインパクトを伴ってメタラー諸氏に受け入れられたのではなかろうか。

 ドリーム・シアターは、プログレッシブ・ロック的様式・方法論をヘヴィ・メタルの中に取り込んだ、今日プログレッシブ・メタルと呼ばれるスタイルのオリジネーターとも呼ばれ、彼らの第二作となるこの作品は、そのプログレッシブ・メタルのスタイルを確立した作品として、「傑作」の前に「歴史的」が付くような存在とされているものである。
 コアなプログレ好きには、甘さが感じられるかもしれないが、難解に走りがちで聴き手を突き放すような取っ付きにくいプログレと、それに相反するような聴き手を抱擁するが如き甘いポップ・センスが、ヘヴィ&ハードな音像を伴ってこれほどまでに高次元で融合した作品は、そうそうお目にかかれるものではない。
 私が本作をお初に聴いたのは、多分リリースから7-8年経った頃と思うのだが、非常に驚いた記憶がある。知らぬ間にこんなバンドが出て来ていたのか、と、浦島の太郎さん状態である。メタル界ではマイルストーン的存在とされる、メタリカの「マスター・オブ・パペッツ」やハロウィンの「ウォールズ・オブ・ジェリコ」を初めて聴いたのも時期的に近い頃であったが、受けた衝撃も同じくらいであった。

 メタルと言う音楽は、聴き慣れない方にとっては、どれも同じような喧しいものと感じられるかもしれないが、そのスタイルは可也幅があり、ハロウィンやナイトウィッシュの様に親しみやすく、一般のヒット・チャートにも顔を出すような(或いはトップを得るような)、広く受け入れられている存在から、高度なテクニックを駆使して複雑怪奇な世界を造形する変態的なもの、またスラッシュ・メタル、デス・メタルそしてブラック・メタルの様に、メタル好きでも好悪が別れるエクストリームなものまで様々ある。
 当アルバムは、何れのスタイルからも適度な距離を以て様々な要素が調和している。しかも上記の様に高次元で。
 「プログレ」と銘打たれるだけあって、当然高度な演奏力による起伏の多い複雑な楽曲が展開されるのではあるのだが、旋律は歌い、時に囁く。そして音は、重く激しいのだ。なかなかに屈折した音楽を生産しながら、ポピュラーな人気も得ていた、イエスやジェネシスといったプログレッシブ・ロック・バンドや、「ロックの殿堂」入り(2013年)も果たしているプログレッシブ・ハード・ロック・バンドであるラッシュが、ヘヴィ・メタリックなベクトルでとことん深化したようなサウンド、と形容しても、遠くはないと思う。更に言えば、壮絶なインスト・パート(ヴォーカルが休む演奏人のみのパート)などマハビシュヌ・オーケストラやリターン・トゥ・フォーエヴァーを彷彿するようなジャズ・ロック或いはフュージョン的味わいも感じられる(個人の感想です。この辺りのスタイルはあまり詳しくないのでツッコまないで)。アルバム中の白眉、第5曲「Metropolis-Part 1: "The Miracle and the Sleeper"」。この一曲を聴いて頂ければ、私の言っていることも強ち的外れではないと、ご納得してもらえるではなかろうか。
 当サイトは、ハード・ロックやヘヴィ・メタルの様な、一般には親しまれていない音楽を、馴染みのない方にも知って頂きたい、と言う趣旨のもと書かれている。時に少々マニアックな作品を取り上げることもあるが、基本はあくまでこのスタンスである。これに沿って言えば、本アルバムはメタル・ビギナーの方には、是非にお聴き頂きたい、お薦めの一作である。もっと早くに取り上げるべき作品であったと、反省している次第だ。ビギナーには少々プログレ色が難解では、と言う気はしないでもないが、ごく初期の段階でも、レヴェルの高い作品に接することは非常に大事なことである。たとえ解らなかったとしても、必ず作品の中に或いは奥にあるものは、その形ははっきりと掴めなくとも、心に感じ残すことはできるものである。そしてそれは、のちのちの理解に繋がって行くはずのものである。

 三年前にリリースされたデビュー作でやや目立った、ヴォーカルと音質の線の細さは全くない。楽曲のレヴェルは数段の次元で異なるほどの向上が感じられる。音楽的深みは格段に増したが、全編に重苦しさを纏った二年後リリースの第三作の様なダークさは希薄である。本作の魅力の一つと思うが、ジャケット同様なファンタジックな匂いが、全編に漂っている。
 ドリーム・シアターと言う存在、或いはプログレッシブ・メタルと言う音楽に、若しご興味がお有りであるなら、まず当作品をお聴き頂きたいと思う。

 2017 8/13

――――――――――――――――

お気に入り度:♭♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭♭ 硬度:♭♭♭♭ 暗度:♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭♭ 旋律度:♭♭♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭♭
〔1985年ボストンで結成される(当時は別の名)。この作品からヴォーカルがジェイムス・ラブリエに交替した。メンバー全員上手いが、ドラムのマイク・ポートノイのニール・パート(ラッシュ)を三倍ヘヴィにしたようなプレイは素晴らしい。アルバムの題名だが、ライナーノーツを見ると「music(作曲)」「 Lyric(作詞)」に当たる部分が「images」「Words」となっている。ここから来ているのであろうか official

*ヒット・チャート:メタル人気の高いフィンランドでは同国出身のナイトウィッシュやストラトヴァリウス、チルドレン・オブ・ボドムなどチャート一位になっている
*ラッシュ:カナダの三人組プログレッシブ・ハード・ロック・バンド。ドリーム・シアターが大きな影響を受けたとされている。理屈っぽい屈折感とポップ感が同居したバンド。なぜか日本では人気がない
*ロックの殿堂(The Rock and Roll Hall of Fame and Museum):ロック音楽に大きく貢献した(或いは影響を与えた)ミュージシャンやプロデューサーの栄誉を称える施設。アメリカオハイオ州にある。エルヴィス・プレスリー、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ボブ・ディラン、マイケル・ジャクソン、ABBA、ボブ・マーリーなどなど有名どころは大抵殿堂入り受賞している
*ジャズ・ロック、フュージョン:何方も大まかに言えばジャズとロックを融合させたものだが前者はロックが、後者はジャズが基調となるようだ。プログレッシブ・ロック自体ロックにジャズ的要素を取り込むのは普通なので、似ていても不思議ではない
*白眉(はくび):最も優れているものの例え。蜀の国の秀才五兄弟中最もすぐれた者の眉に白毛があったという、三国志中のお話に由来

九州北部豪雨に伴うどうぶつ救護本部

◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼◆▲◆▼

Heavysphere Top  "Mystic Rhythms" Home