MYSTIC RHYTHMS

Heavysphere その十三

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メタル、ハード・ロック、プログレそしてクラシック等について語らせて頂きます  Profile

VENOM:ウェルカム・トゥ・ヘル
BON JOVI:ボン・ジョヴィ
TERRORIZER:ワールド・ダウンフォール
VOIVOD:キリング・テクノロジー
JUDAS PRIEST:キリング・マシーン
DIMENSION ZERO:サイレント・ナイト・フィーヴァー
SCHUBERT:交響曲第7番「未完成」

§索引
§凡例
§ハード・ロックとヘヴィ・メタルの違い


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ウェルカム・トゥ・ヘル/ヴェノム order

ウェルカム・トゥ・ヘル
WELCOME TO HELL/VENOM (1981)

 今聴けば、荒々しくはあるが、左程でもない「普通」のメタルだ。モーターヘッドキッスの影響を感じさせる、結構なロケンロール的雰囲気もあり、そのあくどい迄の「悪魔」な演出も微笑ましい。
 のだけれど、彼らが本作でデビューした当時は、この世で最も激しい音楽が彼らの産み出す音楽であり、信じ難いほど過激なバンドが、エクストリーム・メタルの始祖として今も多大なリスペクトを集めるこのヴェノムであったのだ。

 このヴェノムデビューの1981年は、メタルの革命児アイアン・メイデンが2nd「KILLERS」をリリースし、AC/DCが「FOR THOSE ABOUT TO ROCK (WE SOLUTE YOU)」で全米を制覇し、オジー・オズボーンが「DIARY OF A MADMAN」、モーターヘッドが名作ライヴ「NO SLEEP 'TIL HAMMERSMITH」を、そしてアクセプトが彼らの存在を認めさせる「BREAKER」をリリースしたと同じ年。前年復活したマイケル・シェンカーや、オジーに抜擢されたランディ・ローズがギター・アイドルとなり、ジューダス・プリーストスコーピオンズなどがそろそろ世界制覇しそうな勢いを感じさせ始めていた頃で、正にハード・ロック/ヘヴィ・メタル黄金時代のその前夜と言ったイキフンが濃厚であった時代だ。
 上記アイアン・メイデン等を産んだ「NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティシュ・ヘヴィ・メタル)」の勢いも盛んで、エンジェルウィッチ、ジョン・サイクスを擁するタイガース・オブ・パン・タン、プレイング・マンティス、デフ・レパード、ダイアモンド・ヘッドなどなどが活発に動き、更に新たなバンドも続々誕生していた。このヴェノムも、またそうした奔流の下に生まれた新人バンドの一つである。

 上にも書いたが、ヴェノムがデビューした頃は、日本ではマイケル・シェンカーが最高のギター・ヒーローであり、レインボーやスコーピオンズ、ホワイトスネイクなどが高い人気を誇っていた。所謂「正統」なハード・ロック/ヘヴィ・メタル音楽である。アイアン・メイデンはまだ少々マニアックな音楽であり(広く人気を得るのは3rdアルバムからだ)、AC/DCもジューダス・プリーストもそしてアクセプトも、その頃はまだやや聴く人の限られる存在で、私の周囲のハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きのなかでも、比較的に過激な音楽を求める連中に支持されていた。
 この過激好きな連中は、ハードコア・パンクなども好んで聴いていたが、こうした友人たちが、当時よく話題に上せていたバンドが、ヴェノムとレイヴンとエンジェル・ウィッチであった(ヴェノムの事は「ヴェノン」と言っていたような)。ヴェノムとレイヴンは、偶然か同じニューカッスル出身でデビューも同じ1981年である。私なぞは、レイヴンの所でも書いたが、レインボーを崇め奉っていた少年であり、彼らの話題にはまったくついて行けず、この3バンドに付き纏うそのアンダー・グラウンド感がちょっと気味悪くもあり、非常に取っ付き難く思っていた。

 という訳で、私がヴェノムを聴くようになったのは、大分あとだ。彼らがその元祖の一つであるところのスラッシュ・メタルや、確実に彼らが元祖であり、その2ndアルバム・タイトルがそのままジャンル名になっているところのブラック・メタルなどを、大まかに聴いた後の事である。
 彼らはブラック・メタルの元祖と書いたが、のちのノルウェーを本場とするその音楽とは、大分異なる。あれほどシリアスではないし、暗黒でもない。ただ、その雰囲気・スタイルなどはそのままだ。ヴェノムのメンバー(当時三人)は「Cronos」(クロノス。大地の神または時の神)、「Abaddon」(アバドン。奈落の王)、「Mantas」(マンタス。意味不明)とステージ・ネームを名乗るが、それは今のブラック・メタル・バンドにも踏襲されている。イーサーン(エンペラー)とか、シャグラット(ディム・ボルギル)とか、ナガッシュ(コヴナント)、ヘルハマー(メイヘム)等々皆そうだ。本気度は全く異なるが、反キリスト教やサタニズムを掲げるのもそうである。ブラック・メタルと言う「音楽」の基本となったのは、後のバソリー(BATHORY)かもしれないが、ブラック・メタルという「世界」の基礎となったのは、明らかにこのヴェノムであろう。ブラック・メタルの代表的バンドの一つであるメイヘムのその名は、多分この「ウェルカム・トゥ・ヘル」収録の「Mayhem with Mercy」に由来するのであろうし、もう一つの元祖、バソリーのその名もヴェノムの2ndアルバム収録の「Countess Bathory」に由来するのであろうと思われる(川嶋未来氏によるとバソリー結成当初のドラマーで映画監督でもあるJonas Akerlundがそう言っているらしい。ただし中心人物クォーソンはヴェノムの影響を完全否定していたとか)。ヴェノム、バソリーと共にエクストリーム・メタルに多大な影響を与えたセルティック・フロストのトム・G・ウォリアーも、ヴェノムの影響をインタビューで語っている(CDjournal(2010年6月)「暗黒神、サード・カミング!」)。
 上記の通り、いくらヴェノムがブラック・メタルの元祖であると言っても、90年代以降の「本格」ブラック・メタルのその音楽をそのまま彼らに求めるとコケる。その劣悪な音質は不気味さ不穏さ邪悪さを醸しているとも言えるので良しとしても、演奏は可也お下手でいらっしゃるし、楽曲もまだまだ先世代的なものを脱してはおらず、一部を除きアイアン・メイデンほどの先進性は無い。が、何であろう、このパイオニアが持つ独特なスゴ味と言いますか、有無を言わせぬ説得力。これは、確実にここに存在している。とんでもないものを作ってやるぜ、という暑苦しいほどの気概が漲っている。今、この作品リリース当時の、レインボーやMSG、オジー・オズボーン・バンドやジューダス・プリースト等が君臨していたハード・ロック/ヘヴィ・メタル世界を思い返せば、それまでには無かった、十二分に過激でアバンギャルドな異端メタルであったことが良く分かる。
 異端とは言ったが、彼らはハード・ロック/ヘヴィ・メタルという音楽の歴史を変えた存在の一つであることは間違えない。そういった意味で言えば、レッド・ツェッペリンディープ・パープルブラック・サバス、レインボー、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデン、メタリカハロウィンパンテラなどなどの大御所たちに並ぶ存在だ。残念ながら、売れ方は全く異なるけれど。

 最後に、私がヴェノムを知る最初の切っ掛けとなった前記の「過激」な友人たちについて少し触れたい。彼らは、後に、周囲の誰よりも早く、メタリカやスレイヤーの存在を嗅ぎつけていた。今思えば、スゴイ連中だ。私なんぞ、足元にも及ばない。彼らにはこの時点で、ヴェノムやレイヴンまたエンジェル・ウィッチとスラッシュ・メタルとの関連性が理解できていたのだ(メタリカもスレイヤーもヴェノムのアメリカ・ツアーでサポートを務めている。彼らはヴェノムのファンでもあったらしい。結成は何方もヴェノムがデビューした1981年だ)。それにインターネットなどまるで存在しないあの時代に、よくぞ遠いアメリカの音楽情報を手にしていたものだ。感服する。
 連中、今は何所で如何しているのであろう。私と同じ、メタルおやじなのであろうか。

 2019 7/26

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭ 旋律度:♭♭ ポップ度:♭♭
〔本作当時クロノス(本名:Conrad Lant)(b,vo)は18歳、マンタスは20歳(本名:Jeff Dunn)(g)そしてアバドン(本名:Anthony Bray)(ds)は21歳。現在はクロノスのヴェノムと、マンタスとアバドンのヴェノム・インク(Venom inc.)とに分かれて活動。彼らはこの頃当時としてはめずらしく1音半下げチューニングをしていたが、それは単にチューナーを持っていなかったためらしい(川嶋未来氏によるマンタスへのインタビューより)。
余談だが、昔のライヴを見るとクロノスは演奏中やたら舌を出すパフォーマンスをしており、キッスのジーン・シモンズ(b,vo)を彷彿させる。その唸るようなヴォーカル・スタイルも似ていると言えば似ている。彼のファンだったのだろうか〕

*クロノス、アバドン、マンタス:ヴェノムのクロノスは「Cronos」と言う綴りでギリシャ神話の大地と農耕の神でゼウスの父「Kronos」とも時間の神「Chronus」とも異なる。アバドンはヨハネ黙示録に登場する奈落の王で悪魔としてサタンと同一視されることもある。マンタスは意味不明だ。いくら調べても出てくるのはオニイトマキエイとマフラーばかり
*エクストリーム・メタル:ヘヴィ・メタルの中でも特に過激なサウンドを持つジャンルを包括的に表す語。スラッシュ・メタル、デス・メタル、ブラック・メタルなどが含まれる
*ニューカッスル:正式には「ニューカッスル・アポン・タイン(Newcastle upon Tyne)」。イングランド北東部、人口約30万人の工業都市。「カッスル・キープ」と言う城が名の由来。「悲しき願い」「朝日の当たる家」で有名なジ・アニマルズ、ザ・ポリスのスティング(生まれは別)、「鉄道の父」ジョージ・スチーブンソン(生まれは別)などがここの出身
*バソリー:スウェーデンにて1984年デビューしたクォーソン(Thomas Borje Forsberg)(故人)によるプロジェクト的バンド。音楽的な面でブラック・メタルの祖とされる。1stアルバムのジャケットはヴェノムの1stと2ndにクリソツ(ヤギの頭を持つ悪魔バフォメットの図柄)だが、上記の如く生前クォーソンはヴェノムなど知らぬと言い張っていたらしい。若い頃のイングヴェイ・マルムスティーンがリッチー・ブラックモアなど知らぬと言い張っていたのと同じかな。
ちなみにバソリーとは、「血の伯爵夫人」と呼ばれ吸血鬼伝説のモデルとされるハンガリーのエリザベス・バソリー(1560-1614)のこと。クレイドル・オブ・フィルスの名作ホラー・メタル「CRUELTY AND THE BEAST」(1998)は一枚丸ごとこのお方の物語(ボーナス・トラックでヴェノムの「Black Metal」がカヴァーされている)

(スマートフォン版は、通信の最適化により画像の画質低下・サイズ縮小となっている場合があります。ご了承下さい)

ボン・ジョヴィ/ボン・ジョヴィ order

ボン・ジョヴィ
BON JOVI/BON JOVI (1984)

 オリジナル・タイトルはセルフの「BON JOVI」だが、邦題の「夜明けのランナウェイ」の方が通りがいいであろう。今回取り上げたボン・ジョヴィは、言わずもがなの、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル系バンドの中では、一般的な知名度の最も高いグループ(だと思う)。私如きが紹介するまでもなく、皆さんよくご存知であろう。ハード・ロックもメタルも暑苦しくってイヤ、と仰る向きも、ボン・ジョヴィは好き、と言う方は多いのではなかろうか。
 ポップな楽曲に適度にハードな演奏、明るい曲が多いと同時に、重くなり過ぎない哀愁も漂い、非常にバランスの取れた楽曲とプレイ。欧州的なウェット感と、アメリカンなあっけらかんさが程よい。ハード・ロック/ヘヴィ・メタル・ファンのみならず、広くロック・ファンの支持を得たのもよく分かる。
 のだが、私はずっと聴かず嫌いであった。今は、暗黒ブラック・メタル、極悪デス・メタルまた寧猛グラインド・コアから、こうした親しみやすいバンドまでと、そこそこ幅広くハード・ロック/ヘヴィ・メタルを聴いていると自負する私だが、若い頃は結構トンガって、硬派を気取っていた。ゆえに、見た目含め妙に華やかな印象のボン・ジョヴィは、軟派バンドの代表、と私の中で括られ、まともに聴く気すら起きない存在であった。この作品なども、実はちゃんと通しで聴いたのはつい最近と言うお粗末。こんな名作、ほったらかしにしていたとは、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルおやじを自任する者として、ほんにお恥ずかしい限りだ。

 そんな、私にとって縁の薄かったボン・ジョヴィだが、実は極々初期のころ、彼らのライヴに接しているのである。1984年8月であるから、この作品で彼らが同年5月に日本デビュー(本国は1月)して僅か三か月後。まだ、左程に広くは知られていない頃だ。私も全く存在を知らなかった。私が行った、「Super Rock '84 In Japan」と銘打たれた、埼玉県は所沢市の西武球場における真夏のロック・フェスティバルに、彼らがラインナップされていたのだ。
 フェスの参加バンドは、ワールド・ワイドな存在になったスコーピオンズコージー・パウエルとジョン・サイクスが参加していたホワイトスネイク、当時最高のギター・ヒーローの率いるマイケル・シェンカー・グループ、コアなファンが結構いたアンヴィル、そして注目株の新人ボン・ジョヴィとハード・ロック/ヘヴィ・メタル系バンド大集結の、当時としては画期的なもので、私は前半の三者がお目当てであった。アンヴィルは特に好きではなかったが、多少なり聴いてはいた。だが、ボン・ジョヴィに関しては「?」だけである。
 オープニングのアンヴィルに続き、そんなボン・ジョヴィの演奏が始まって、会場が大分盛り上がって来た頃だ。西武球場(西武ドームではない)スコアボード前に組まれたステージの左横、10m近い高さのPA(疑似?)のその周囲に組まれた足場を、日の丸の旗を片手に、ヴォーカルのジョン・ボン・ジョヴィがするすると昇り始めたのである。何してんの、危ないからやめなさい、と私は心の中で思いながら、ハラハラして見ていた。そんな心配をよそに、無事PAの上に立ったジョンは、日の丸を翻(ひるがえ)しながら聴衆を煽り始めた。のだが、後日写真を見るとその旗には「ボソジョヴィ」と書かれていた―。
 ボン・ジョヴィのライヴに関しては、これしか覚えていない。曲や演奏については何一つ覚えていないのだ。そんな程度の存在であったのだ、私にとってのボン・ジョヴィは。これがほぼ最近まで、続いていたのである。勿体ない話だ。同じライヴに行った友人たちは、ボン・ジョヴィの存在などこの時ほぼ初めて知ったに等しいにも関わらず、皆一様に彼らの事をほめていた。ボン・ジョヴィいいねえ、と。如何に私の見る目・聴く耳がなかったかが、よく分かろうと言うものだ。
 でも、今は好きですよボン・ジョヴィ。現時点では本作が、私にとってのベストだが、最高傑作とされる大ヒット3rd「SLIPPERY WHEN WET」の陰に隠れ一般に評価のあまり高くない2nd「7800°FAHRENHEIT」も、少々地味な印象ではあるが、一寸ダーク&ミステリアスで好みに合う。いいバンドだ。演奏面では、ギタリストのリッチー・サンボラが特筆すべき存在と言える。派手さもハイテクもないが、歌や全体のアンサンブルを引き立て、盛り上げ、ツボを押さえた、非常に高次元でバランスの取れたいいプレイヤーだ。フレーズも、リスペクトするエリック・クラプトンの影響か、この世代では珍しくブルース的な味わいもあり、非常に有機的で親しみやすい。ソングライティングの面も含め、このバンドには非常に重要なファクターだ。彼のプレイは、バッキング含めとても聴き応えがある。ハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きは、あのバンドのドラム凄えなあ、とか、このバンドのギター滅茶苦茶上手いじゃん、とか、或る意味少々偏った聴き方をし勝ちであるが、ボン・ジョヴィのファンの方、特に一般的なロック・ファンの方の多くは、歌や曲全体を聴き、個々のプレーヤーのプレイに集中するという様な聴き方は余りしないと思われる。けれど、そういった方もリッチーのギターは、一寸集中して聴いてみて頂きたい。私見ではあるが、ギターのことはよく分からないと仰る方にも、彼のプレイはきっとギター演奏の面白さや新しい鑑賞の切り口を齎してくれるのではなかろうか。其れほど良いプレーヤーだ。単純に、カッコよくもあるし。

 2019 7/22

(上記、西武球場ライヴの模様はこちらでご覧頂ける)

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭♭
重度:♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭ 技巧度:♭♭♭ 旋律度:♭♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭♭
〔ニュー・ジャージー州出身。一説には、アマチュア時代のバンド(ジョン・ボン・ジョヴィ&ジ・ワイルド・ワンズ)の演奏を聴いていたリッチー・サンボラが、俺の方がギターが上手い、と楽屋に乗り込んだのが切っ掛けで、後日オーディションを通してバンドに正式加入したとか。追い出された格好の前任ギタリストは、のちスキッド・ロウを結成するデイヴ・セイボである。リッチーは2014年に事実上脱退している。デビュー頃のメンバーではドラムとベースが二十代前半の他メンバーに比し三十代とやや上である。その辺が若手としては安定感のあるサウンドとなっている一要因であろうか。
なお、このアルバムのトップを飾る大ヒット曲「Runaway(夜明けのランナウェイ)」は他の曲とは全く異なるメンバーで収録されている。この曲はジョン・ボン・ジョヴィをシンガーとしてプッシュするためにセッション・ミュージシャンをバックに1981年にデモとして録音したのが初めで、アルバムに収録されているものは、翌1982年にスタジオ・ミュージシャンをバックに録音され翌1983年にラジオ・リリースされたものである(英語版ウィキペディア)〕

*Super Rock '84 In Japan:1984年(昭和59年)8月4-12日、名古屋(4日)・福岡(6日)・大阪(8・9日)・所沢(11・12日)において開催。ホワイトスネイクとマイケル・シェンカー・グループが交互にトリを務めた。ネットで当時のチラシを見たが、スコーピオンズとボン・ジョヴィは「スペシャル・ゲスト」となっている。西武球場は11日と12日だが、私は何方に行ったか覚えていない。ちなみにDJは伊藤正則氏である。西武球場時は、主催:ニッポン放送、後援:CBSソニー・東芝EMI・ポリドール・RVC、制作:フェスティバル、提供:音楽舎、協賛:全日空

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■◆ワールド・ダウンフォール/テロライザー order

ワールド・ダウンフォール
WORLD DOWNFALL/TERRORIZER (1989)

 「世界滅亡」(又物騒なタイトルだな)。このアルバム・タイトルをイメージさせるジャケットには、武力紛争やテロリズムを想起させるような様々なシーンがコラージュされている。その保守・強硬の姿勢から「鉄の女(Iron Lady)」と称されたマーガレット・サッチャー英首相(当時)の顔も見える。中央で、「御覧なさい、これがあなた方の世界です」と言うがごとく腕を広げるのは、イエス(キリスト)である。
 このジャケットやバンド名からして、テロリズム礼賛者の如く思われるかもしれないが、「Terrorizer」は「恐れさせる者」とか「恐怖で圧倒する者」等の意で、単にその音楽で聴く者を恐れさせたいと言う意味が込められたものではなかろうか。歌詞はよう分からんが、タイトルとアートワークを見ると、社会的な内容の様に思える(私見)。

 ドラムはピート・サンドヴァル、ベースはデイヴィッド・ヴィンセントと、デス・メタル大魔王、モービッド・エンジェルのリズム隊(当時)がそのまま参加している。ピートは元来テロライザーのメンバーで、1988年(7月)に彼がモービッド・エンジェルに参加したことなどが要因で、テロライザーは解散してしまった。のだが、モービッド・エンジェルで1stアルバム「ALTARS OF MADNESS」をレコーディング後、バンドは一時再結成され、この彼らにとっては初のアルバムとなる「WORLD DOWNFALL」がレコーディングされたとのことだ。
 年月順で見ると、モービッド・エンジェルの「ALTARS OF MADNESS」のレコーディングが1988年12月(1989年5月リリース)、「WORLD DOWNFALL」のレコーディングが1989年5月(1989年11月リリース)である。「ダブル・ベース・ドラムの鬼」の如きピートだが、テロライザーの初期デモ作品ではシングル・ベース・ドラム(ワン・バス)でのプレイスタイルであったものを、モービッド・エンジェル加入後に猛練習してダブル・ベース・ドラム(ツー・バス)でのプレイを半年間でマスターしたそうだ。よって、レコーディング順からすると、本作はダブル・ベース・ドラムでのプレイと推測される(ウィキペディア)。実際、「Strategic Warheads」(戦略弾頭の意)やタイトル・ナンバー「World Downfall」でのベース・ドラムの連打など、ダブルでないと理解できないと思う。
 なお、デイヴィッドはテロライザーのメンバーではなかったが、元来のベーシストが監獄入りしちゃったため、ピートの同僚という事で参加したとのことだ(英語版ウィキペディア)。

 彼らの音楽は、「グラインドコア」と呼ばれる非常に暴力的・攻撃的なスタイルのもので、「狂猛・獰猛」をそのまま音で表現したような印象と言えようか。一般的には、とても音楽とは認めてもらえない様な「音楽」だ。その始祖の一つは、1987年にアルバム・デビューしたイギリスのバンド、ナパーム・デスで、テロライザーのギタリスト、ジェシー・ピンタード(R.I.P)は脱退後このバンドに参加している。
 この作品やナパーム・デスの1stアルバム「SCUM」(人間のくずの意)等そうだが、一聴、デス・メタルと変わらない。私もグラインドコアを最初聴いたとき、何所がデス・メタルと違うのであろうと訝しんだ。ブラスト・ビートを多用するドラムも、グロウル(ディストーションヴォイス)と呼ばれるヴォーカル・スタイルも、やたらテンポの速い曲、低いチューニング(そうでない場合もある)などなど、クリソツである。が、やはり聴いてゆくうちにその違いが見えて来る。凶悪非道なるデス・メタルにも多少はある、ヘヴィ・メタル特有のドラマ性や叙情性が、グラインドコアには、ほぼ、無い。歌詞も(良くは分からないが)、ヘヴィ・メタルには多いファンタジー性などは無く、逆にヘヴィ・メタルにはそれほど多くは無い社会的な内容が多い(様だ)。その辺り、ハードコア・パンク更に遡ってパンク・ロックをルーツに持つことが大きな相違を産んでいるのであろうと思われる(パンク素人なので見当違いだったらゴメンナサイ)。
 デス・メタル(ヘヴィ・メタル)と異なる主な二つの要素の内、前者―ドラマ性・叙情性の有無―は結構大きな違いで、この相違あるがゆえ、グラインドコアはメタルとは似て非なるものとして、手が出ないメタル・ファンの方も多いかもしれない。私は、結構このタイプであった。ヘヴィ・メタルも十二分に激しい音楽だが、グラインドコアは、その激しさが余りにあからさまで、一寸引いてしまったのだ。
 何れにしろ、ヘヴィ音楽に縁の薄い一般的な音楽ファンの方々にしてみれば、どっちもどっち、何の違いがあるのやらの、ただただヤカマシイだけものでありましょう。

 それにしてもだ、このアルバムで聴かれるピートのドラムはスゴイ。楽曲の性質が異なるので当然と言えばそうだが、数か月前に録音したモービッド・エンジェルの1stとは少々異なる、ややストレートなプレイで、そうであるが故に、より激しくアグレッシブ。1969年生まれであるから、彼この時弱冠二十歳。写真を見ても、そのホッソイ身体のどこにそんなパワーが秘められているのかと不思議に思うほどに力強く、又なお且つスピードに充ちたプレイである。然も、上手い。基礎的な部分を含めた技術は申し分なく、フレーズも多彩である。私もドラム・ファン(自分では叩けない)としてそれなり様々な「名」、「スーパー」、「超人」など冠されるドラマーのプレイを聴いて来た。が、彼ほど「超人」の表現が相応しい存在は、まあ居ない(個人の意見です)。プレイのスタイルは個々其々、様々であるから優劣などは勿論付けられないが、その存在感と凄味は突出している。そこに関して言えば、コージー・パウエルに匹敵するのは彼のみか、と私は思ってしまう。
 グラインドコアには、好悪は分かれるであろうけれど、ピートのプレイの素晴らしさは普遍である。ドラム・プレイに関心のあるお方であれば、是非一聴して頂きたい。それに、この手の音楽の中では音質、音の分離も良く、演奏も整合感があって意外なほどに聴き易い。

 2019 5/1

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お気に入り度:♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭♭ 暗度:♭♭♭ 技巧度:♭♭♭♭ 旋律度:♭ ポップ度:♭
〔本作当時は、オスカー・ガルシア(vo,g)、ジェシー・ピンタード(g)、デイヴィッド・ヴィンセント(b)、ピート・サンドヴァル(ds)の四人組(デイヴィッドはプロデューサー兼任)。1986年ロサンゼルスで結成。解散や再結成を繰り返すが現在も活動中。グラインドコアの成立に大きく寄与した存在と言われている〕

*マーガレット・サッチャー(1925-2013):イギリス保守党初の女性党首にして初の女性首相。任期は1979-1990年。米レーガン大統領と強固に連携。ソ連ゴルバチョフ書記長を支援し冷戦終結にも寄与
*ダブル・ベース・ドラム:ドラム・セットにベース・ドラム(バス・ドラム)を二つセッティングしたもの。「ツイン・バス・ドラム」「ツー・バス」とも。ハード・ロック/ヘヴィ・メタル界ではごく一般的なスタイル。起源はジャズ。よってジャズやフュージョンでは時折見かける。一般的ロックでは初期には見られたが現在ではまず見ない。ハード・ロック/ヘヴィ・メタルでは、これを連打しスピード感や重量感また圧迫感を出す事が非常に多いが、シングル・ベース・ドラム(ワン・バス)に拘るプレーヤーもいる
*名・スーパー・超人ドラマー:人によっていろいろであろうが、私的には(ピート以外に)、ジャズ/フュージョンではバディ・リッチ、ビリー・コブハム、ロックではミッチ・ミッチェルジェフ・ポーカロ、ボビー・コールドウェル、プログレッシブ・ロックではビル・ブルーフォードニール・パート、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルではジョン・ボーナム、イアン・ペイスコージー・パウエル、ロジャー・テイラー、ヴィニー・アピスディーン・カストロノヴォヴィニー・ポールマイク・ポートノイデイヴ・ロンバード、チャーリー・ベナンテ、ジーン・ホグラン、ヘルハマー、ドクフロ・モーニエなどなど思い浮かぶ

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キリング・テクノロジー/ヴォイヴォド order

キリング・テクノロジー
KILLING TECHNOLOGY/VOIVOD (1987)

 何やら、前回から「KILLING」と付く物騒なタイトルのアルバムが続いてしまった。でも、別に病んでいる訳ではなく、全くの偶然なので、ご心配の無い様お願い致します。

 VOIVOD(ヴォイヴォド)。ハード・ロック/ヘヴィ・メタル好きの方でも、余り馴染みのあるバンドではないかもしれない。可也の個性派で、決して主流にはなり得ない様な音楽性であるように私には聴こえる。結成より三十数年、アルバム枚数は14を数えるヴェテラン・バンドだが、なかなか接する機会が無く、HD内に保有する作品も今回ご紹介のこの「KILLING TECHNOLOGY」のみなので断言はできないが、この作品を聴く限りは、その様に思えるのだ。

 この彼らにとっては3rdとなる本作、CDは全9曲だが第4曲「Too Scared to Scream」と第9曲「Cockroaches」はボーナストラック(シングル盤の曲)で、オリジナル盤(レコード)では全7曲。A面に当たる3曲の「Killing」サイドとB面に当たる4曲の「Ravenous」(ラヴェナス)サイドと言う構成であった様だ。「殺害」サイドと「ガツガツした」サイドですか―、コワイな。歌詞はよく分からないが、タイトルや宇宙船のコクピットに乗りとある惑星にロックオンする害虫駆除者「Korgull」を描いたアート・ワーク、歌詞中の「チャイナ・シンドローム」(原子力発電所の炉心溶融事故の意)と言う言葉など含め考えると、近未来の破滅的アブナイ世界をコンセプトに描いているのであろう様に思える(私見です)。
 確かに、全編ヤバイ雰囲気が濃厚に漂っている。可也の狂気を感じる。ただし、暗さが無い。スネイクのヴォーカルがノンメロディーで吐き捨てる様な激しいものではあるが声質がやや明るい所為か、或いは全体に滲むパンキッシュな元気の良さが成すのか、その辺りはよく分からないが。レイヴンやヴェノム或いはAC/DCモーターヘッドに相通ずるような「おバカ」感(悪口ではない)が微妙にある。その分逆にコワイと言えないこともないが、サウンド的には取っつき易いかもしれない。曲構成の背骨となるギター・リフなど相当に捻くれているし、ハードコア・パンク的つんのめりが顕著であるから、好みは分かれる存在ではあろうと思うけれど、暗いのは嫌よ、と仰る向きには合うかも知れない。
 いや―、そうは言っても、この荒っぽい演奏とノイジーでざらついた音、そして屈折感、やはり一寸、聴く人を選ぶかもしれない。少なくも、ヘヴィ音楽ビギナーの方には、難しいかもしれない。
 しかしだ、この個性の塊のような音楽は一度嵌ると面白い。残念ながら、上記の如く他の作品の保有は無く某動画投稿サイトで拝聴するのみだが、興味をそそられる。本作より後には、プログレッシブ・メタル寄りに遷移して行くようだ(音や歌は大人しくなるので或る意味聴きやすいかも)。この作品に見られる屈折感には知的なものがあり、既にプログレッシブ・ロック的要素の萌芽を感じないこともない。けれど、本作に関して言えば、少しプログレッシブな雰囲気、サイバーな味付けそして若干のドラマ性はあるが、ハードコア色の強い突っ走りスラッシュ・メタルといった趣である。私は今、グラインドコアの様な、メタル的ドラマ性の希薄な音楽にやや惹かれ気味なので、この無機質で酷薄な音楽は、とても心地がよい。

 2019 4/17

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭♭ 暗度:♭♭ 技巧度:♭♭♭ 旋律度:♭♭ ポップ度:♭
〔1982年カナダはケベックにて結成。1984年デビュー。この当時のメンバーはスネイク(Denis Belanger)(vo)、ピギー(Denis D'Amour)(g)、ブラッキー(Jean-Yves Theriault)(b)そしてアウェイ(Dominic Laroche)(ds)。本名が難しいのでニックネームを名乗っているらしいが、確かにこのご本名、如何読むのやらよく分からない。アルバムのアート・ワークは一貫してドラムのアウェイさんが担当している。バンド名だが、正確な所は分からないけれど、中世の中央・東・南ヨーロッパで軍司令官を指した「Voivode」に由来あるいは関係するのかもしれない〕

*Korgull:彼らの2ndアルバム「RRROOOAAARRR」に「Korgull the Exterminator」(害虫駆除者或いは絶滅者korgullの意)と言う曲がある(何かいろいろ読み方が分からん)。korgullはアイアン・メイデンのエディの様にヴォイヴォドのマスコット的存在で大半のジャケットに登場する
*ハードコア・パンク、グラインドコア:前者はパンク・ロックがより過激化したもので荒々しいサウンドやプレイが顕著な音楽。これとヘヴィ・メタルが融合したものがスラッシュ・メタルとされる。後者は前者がより過激化したもので一般的にはほとんど「音楽」としては認知されないような音楽でデス・メタルとの類似性が強い

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キリング・マシーン/ジューダス・プリースト order

キリング・マシーン
KILLING MACHINE/JUDAS PRIEST (1978)

 私が初めて聴いたジューダス・プリースト、いやヘヴィ・メタルはこの作品と言ってよいと思う。おそらくこれが、メタルらしいメタルとの、お初な出会いであったと記憶している。不登校・引きこもり真っ最中、十代後半頃の出来事である。
 少々大袈裟に言えば、当時私と外界を繋ぐ唯一の存在であったラジオ(この場合FM)で聴いたのだが、いやあ、衝撃であった。それまでレコードが磨り減るほど聴き捲くっていた、キッスクィーンエアロスミス、ボストン、スコーピオンズまたレインボー等とは、明らかにテイストの異なる音と、私には響いた。
 直線的で硬く鋭い音像。交錯するツイン・リードギターはじめ、密集した音の生みだす緊迫感が半端ない。
 「サッド・ウィングス・オブ・デスティニー」(1976)や「シン・アフター・シン」(1977)また前作「ステインド・クラス」(1978)辺りはまだHR(ハード・ロック)的イキフンも強く、ドラマティックでウェット感もある「石積みと木の伽藍」的な趣だが、この作品から大分と、ストレートでドライな「石と鋼」的HM(ヘヴィ・メタル)臭が濃くなる。次作「ブリティッシュ・スティール」で起こる「メタル全開」の、布石のような作品だ。
 故に、本作はHRからHMへとの、過渡的作品として看過されやすい作品でもある。確かに彼らジューダス・プリーストの、HRの次代を担う若手、的存在から、HMを牽引する「神」、的存在へとの過渡期に当たる頃の作品と言える。が然し、看過するなぞ勿体ない、彼ら「メタル・ゴッド」のいやハード・ロック/ヘヴィ・メタルの名作の一つだ(この頃のジューダスに駄作・凡作など存在しない)。

 「殺人機械」の邦題が付けられた当アルバム、収録された全11曲は非常にバラエティに富む。楽曲は、前作までの複雑さや叙情性も残しつつソリッドに引き締まり、全体にシンプルになっている。一曲一曲が比較的短く且つあまり暗くないので、HMに慣れない方には聴き易いであろうと思う。ロブ・ハルフォードのヴォーカルも、驚異のハイ・トーンは抑制気味で中音域中心。メタルは暑苦しい、とお考えの方々には、その辺りも馴染み易いと思う。「イヴニング・スター」、「テイク・オン・ザ・ワールド」などシングルでヒットしたポップな曲もあれば、「ビフォー・ザ・ドーン」という珠玉のバラードもあるので、そこもビギナーにはお勧めポイントだ。ただ、曲数が若干多めで、また曲調が種々多様であるが故か、何処となく散漫で纏まりに欠ける感が若干あるのは否めない。
 とは言え、メタルの歴史を語る上でも欠かせない作品である。音楽的側面のみならず、メタル文化を見る上でも重要だ。皆さんがイメージする「ヘヴィメタ」の、あの「レザーに鋲」ファッションは、この作品の頃から、彼らが始めたものなのだ。1978年(10月)リリースと、40年も前の作品であるから、音的に現代のメタル耳には物足りなさを覚えるのは致し方は無いが、内容を味わって頂きたい。K.K.ダウニングとグレン・ティプトンと言う二人の個性を生かしたツインリード・ギター、手数・足数の多いフュージョン・センス匂うレス・ビンクスのドラムなど、のちに定着する「ヘヴィ・メタル」サウンドの見本のような姿がここにある。現在は様々枝分かれし細分化されたヘヴィ・メタルだが、その枝々を生み出した「幹」見たいな存在であるジューダス・プリーストを代表する作品の一つだ。
 なお、本国より少し遅れ1979年2月にリリースされたアメリカ盤は「ヘル・ベント・フォー・レザー(Hell Bent for Leather)」のタイトルで、フリートウッド・マックの「ザ・グリーン・マナリシ(ウィズ・ザ・トゥ・プロングド・クラウン)」(1970年リリースのシングル。アルバムは未収録)のカヴァーが追加収録された。この曲、大分アップなテンポに変わってはいるが、原曲の持つダークな邪悪感は濃厚に漂う、メタル・カヴァー曲の名作の一つで、ライヴの定番曲ともなっている。現在では「キリング・マシーン」にも収録されているので、是非お聴き頂きたい。

 最後に、上で触れたアルバム・タイトルに関してだが、これには逸話があるようなので、少し書きたいと思う。
 日本において、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの普及に尽力された伊藤政則(せいそく)氏の語るところによると、元来本アルバムのタイトルは「ヘル・ベント・フォー・レザー」が予定されていたということである。が、リリース三か月前、1978年7月の初来日時にバンド・メンバー、日本のレコード会社スタッフそして伊藤氏と連れ立ってディスコに行った際、ロブからこのタイトルを聞かされた日本のスタッフが、分かり難いからアルバム中の楽曲「キリング・マシーン」をアルバム・タイトルにしたいと提案し、バンド側が思案の末此方に変えたのだそうだ。
 アメリカでは、レコード会社支社が殺人的意味合いがセンサーシップ(検閲)に引っ掛る事を考慮して「ヘル・ベント・フォー・レザー」に謂わば戻してのリリースとなった様だ。
 確かに、「殺人機械」とは可也物騒なタイトルである。ロボット兵器の現実化が懸念される現在であったならば、おそらく現タイトルは、アメリカならずとも不採用となっていたのではなかろうか。

 2018 10/31

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お気に入り度:♭♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭ 暗度:♭♭ 技巧度:♭♭♭ 旋律度:♭♭♭ ポップ度:♭♭
〔1969年、イングランドのバーミンガムで結成。当初は後とは全く異なるメンバーだったとか。本作品当時のラインナップは、ロブ・ハルフォード(vo)、K.K.ダウニング(g)、グレン・ティプトン(g)、イアン・ヒル(b)、レス・ビンクス(ds)。この内K.K.とイアンが創設メンバー。
上記にもあるが、当初本作は英国では全10曲でリリースされたが、のちに米国盤と同様の全11曲となった。ちなみに、「ザ・グリーン・マナリシ」の他にもこの頃はジョーン・バエズの「ダイアモンズ・ラスト」(3rdアルバム「シン・アフター・シン」収録)など、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルとは縁も所縁もない曲のカヴァーを収録しているが、どうも皆、ウケのいい曲を、というレコード会社の意向で演らされたようである。だが、皮肉と言うか何というか「ザ・グリーン・マナリシ」も「ダイアモンズ・アンド・ラスト」(これもライヴの定番曲)もいい出来なのだ。どちらもハード・ロック/ヘヴィ・メタルにおけるカヴァー曲の名作なのだ。ついでに言うと、この二曲も含まれる日本録音のライヴアルバム「アンリーシュド・イン・ジ・イースト」(1979)は荒々しく若々しいジューダスの演奏が聴ける名盤である。選曲も初期のベスト的なもので、そういった意味でもお薦めの作品だ〕

アルバム・タイトルについての出典:伊藤正則著「目撃証言」

*メタル・ゴッド:ジューダス・プリーストまたヴォーカル、ロブ・ハルフォードの愛称。「ブリティッシュ・スティール」収録曲に由来するが、正にメタル界における彼らの存在を表している

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サイレント・ナイト・フィーヴァー/ディメンション・ゼロ order

サイレント・ナイト・フィーヴァー
SILENT NIGHT FEVER/DIMENSION ZERO (2002)

 余りメジャーなグループではない。メタラーの方でも知らぬ人は知らぬ存在であると思う。ただ、その名前だけは聞き覚えがあるという方は、結構いらっしゃるのではなかろうか。なにせ、中心メンバーが、あのイン・フレイムスの、その草創期〜初期を支えたメイン・コンポーザー、ギタリストであった二人であるから。

 イン・フレイムスと言えば、メタル耳の持主であれば知らぬ人はいない存在。日本でも高い人気を誇る、メロディック・デス・メタルのオリジネイターの一つであり、絶大な人気と影響力を持つバンド。現在は大分音楽性を変え、メタルコアなどの新世代メタル・アーティスト達に影響を与えているという(済みません、最近の事はよく分からない)。
 そのイン・フレイムスを中心になって長年支えて来たイェスパー・ストロムブラード(g)(1990-2010年在籍)と、初期にそのイェスパーとバンドを支えていた、グレン・ユングストローム(g)(1990-1997年在籍)とが、1990年代半ばにサイド・プロジェクトとして結成したバンドが、このディメンション・ゼロなのである。結成は、イン・フレイムスの楽曲作成に関わっていたグレンの、その作る曲が攻撃的に過ぎてバンドに合わなくなって来た為、その作品を生かすことを目的としたものであったという。
 本作品を聴く限り、このディメンション・ゼロ結成の理由は、よく分かる。デス・メタル的楽曲に叙情的な旋律を持ち込んだ、或いは「普通」のヘヴィ・メタルの楽曲をデス・メタル的解釈で再構築した様なイン・フレイムスの作品とは明らかに異なる、激烈突貫スラッシュ・メタルが、「サイレント・ナイト・フィーヴァー」である。

 1997年、ミニ・アルバムでデビューした5年後、イン・フレイムスのヴォーカリスト、アンダース・フリーデンのプロデュースで製作された1stフルレンス・アルバムが本作である。ヴォーカルは同郷スウェーデンのブラック・メタル・バンド、マーダックで初期にヴォーカルを務めていたヨアキム・ゴスベリ、ドラムはやはり同郷で他バンドで活動していたハンス・二ルソン。ギターは勿論、イェスパーとグレンだ。メンバーに申し分は無いのだが、ベースがイェスパーの兼任であるところがちょっと残念。イェスパーは才人でドラムもキィボードも熟すマルチ・ミュージシャンであるから、ベースも上手いのだが、本職ベーシストの芯のあるプレイを好む私としては、少々不満である。
 作品の内容は、上記にもある様に、メロディック・デス・メタルとは大分趣を異にする無慈悲な爆走スラッシュ。「スラッシュ」の頭に「ブルータル」(冷酷な、残忍な、粗暴な等の意)と冠しても違和感のない、荒々しいサウンドである。プロダクションも全体に粗削りで、それがまた本作の内容に合致しプラスに働いている様に私は感じられる。この様な音楽は、キレイな音ではつまらないのだ。
 ただ、荒々しいとは言っても、そこはイン・フレイムにルーツを持つ二人のバンド、激烈に刻まれるギター・リフは時にメロディアス。ギター・ソロは一切ないが、時折顔を覗かせる哀切なフレーズは叙情を滲ませる。一聴、どれもこれも同じで一本調子に思えるかもしれないが、聴き込むほどに楽曲の味わいは深まる。ギター・ソロ無しも、全く気にならなくなって来るから不思議だ。流石イェスパー。それに、ブラック・メタルにその出自のある為か、ヨアキムのディストーション・ヴォイス(グラウル・ヴォイス、デス・ヴォイス)はあまりディープではなく、キレがあってスピード感がある。チルボド(チルドレン・オブ・ボドム)のアレキシ・ライホを少し彷彿させ、単純にカッコいい。全体に非常に良いアルバムと思う。だが、一寸だけ難を言わせて頂くと、ドラムが少し重いかな。時にブラスト・ビートを絡ませ突進する、その音の重さはよいのだが、プレイが重い。もう少し疾走感が欲しいと、個人的には思う。但し、これはあくまでも私の好みの問題で、決して下手などではないことは強調しておきたい。

 日本盤にはラスト、「ヘルター・スケルター」のカヴァーがボーナス・トラックとして収録されている(後にデビューEPのリイシュー盤(2003)に日本でのLive演奏と共に収録された)。元ネタは、ご存知、ザ・ビートルズが「ザ・ビートルズ」(1968)アルバムに収録した楽曲。「元祖メタル」の一つともされる、ザ・ビートルズの数ある楽曲の中でも珍しく激しく喧しいものだ。でも、知らないで聴くと、「ヘルター・スケルター♪」のフレーズが出てくるまで、何の曲か分からない。比較的分かりやすいモトリー・クルーのカヴァーとは、だいぶ異なる。然し、ヘヴィではあるがストレートな曲風のモトリー・クルーのものより、此方、ディメンション・ゼロの方が、この混沌(ケイオス)感、案外原曲に近いと言えるかもしれない。

 2018 10/10

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お気に入り度:♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭♭♭♭ 暗度:♭♭♭♭ 技巧度:♭♭♭ 旋律度:♭♭ ポップ度:♭♭
〔可也メンバーの出入りが激しく、イェスパーもグレンも出たり入ったりしている。現時点でイェスパーとハンスは在籍しているがグレンとヨアキムは在籍していない。なお、本アルバムのカヴァー(ジャケット)のデザインは、デザイナーとしても活動している、ダーク・トランキュリティのギタリスト、ニクラス・スンディンが手掛けている〕

*メロディック・デス・メタル:メロデスとも。1990年代半ばころ生まれたスタイルで、デス・メタルと一般的なヘヴィ・メタルとが融合したような音楽。特に北欧や日本で人気が高い。上記イン・フレイム、チルボドの他、アーチ・エネミーアモルフィス、ダーク・トランキュリティ、ソイルワーク、アット・ザ・ゲイツ、エッジ・オブ・サニティなどが有名

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交響曲第7番 ロ短調 D759 「未完成」/フランツ・ペーター・シューベルト order

シューベルトD759(カルロス・クライバー、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団) シューベルトD759(ジョス・ファン・インマゼール、アニマ・エテルナ) シューベルトD759(ジョージ・セル、クリーヴランド管弦楽団) シューベルトD759(ブルーノ・ワルター、ニューヨーク・フィルハーモニック) シューベルトD759(ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)
Symphony No. 7 in B minor, D 759 "Unfinised"/Franz Peter Schubert (1822)

 特にクラシック好きの方ではなくとも、ベートーヴェンの第5番「運命」、ドヴォルザークの第9番「新世界より」そしてシューベルト(1797-1828)の第7番「未完成」、この三つの交響曲はご存知であると思う。俗に「三大交響曲」等と呼ばれたりするほど、世界的な人気曲である。
 でも、この三曲の中で、「未完成」だけちょっと他の二曲とは異なっているのは、ご存知であろうか。一般に、交響曲には大きなお約束がある。其れは、四楽章構成、であること。例外はあるのだが、この形は基本中の基本なのである。「運命」も「新世界より」も同様だ。しかし、「未完成」は二楽章しかないのである。第三楽章スケルツォが一部、スコア(20小節)とピアノスケッチ(114小節)の形で残され、いわば書きかけ状態となっている為、「未完成」と言うニックネームが付けられたのだ。

 この「未完成」がなぜ故に未完成であるのかには、昔っから諸説あり、議論が絶えない。なかには、「いやいや、未完成ではないよ」と言う意見もある。つまり、ハイドン(1732-1809)以来連綿と続く、交響曲=四楽章と言う形式から見れば、確かに未完だが、内容的には立派な「完成」である、ということだ。
 シューベルトは他にも未完の曲が結構ある。同じ交響曲でも他に数曲あるし、ピアノ・ソナタ(第8番(1817)・第15番(1825))にも弦楽四重奏曲(第12番(1812))にもある。残りの部分に多少手を付けていたりするが、なぜか未完のまま放置されているのだ。
 曲が未完成となる例は他の作曲家にも、勿論ある。有名な所では、モーツァルトの「レクイエム」やブルックナーの交響曲第9番、マーラーの交響曲第10番そしてバルトークのヴィオラ協奏曲など。ただ、これ等は何れも作曲者の死により製作が中断されたもの。しかし「未完成」の場合は、25歳での作曲から31歳での死までは6年ほどあるので、死が中断の理由ではない。彼は晩年健康を害してはいたが、「未完成」以降、他に幾つも作品を書いている。交響曲も、第8番「ザ・グレート」(1826)という大作・傑作を残しているし。
 じゃあ、何故放置したのか。個人的には、飽きたのかな?と思っている。飽きたと言う言葉が悪ければ、興味を失った、と言い換えてもいい。更に面白そうなもの(別のアイデア・曲想)が見つかり、そちらに気持ちが移ってしまった、のではなかろうか、と思うのだ。彼の放置グセを見ると、その様に考えたくなる。つまり、未完成であることには、左程の意味はないと。勿論、単なる想像だけど。
 ただ、同じ未完成のピアノ・ソナタ第18番や、弦楽四重奏曲第12番が、名作・重要作と評価され今も演奏・録音されている様に、シューベルトとしては、いや結構いい線行ってんじゃね、と言う、作品に対するある程度の満足感があったのではなかろうか。だからこそ「未完成」も、これは一応置いといて、となり、結果そのまんま―となったのかもしれない。

 そのまんま、となったと書いたが、そうなった具体的な経緯はこうだ。
 1823年、シューベルトはグラーツ(オーストリア南東部の都市)のシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員の称号を授与された。その礼にと彼は、友人である同協会のアンゼルム・ヒュッテンブレンナー(彼はベートーヴェンの臨終に居合わせている)に二楽章の交響曲を送った。翌年の事である。しかし、受け取った方は、四楽章有るのが当たり前の交響曲であるから、残りの二楽章がその内届くのであろうと協会へは渡さずに仕舞い込んでしまった。しかし何時まで経っても残りは送られず、やがて楽譜の存在は忘れられた―。
 と、考えられている。でも、お礼に未完の曲を送るのも変な話だ。当初、続きは完成次第あとから送る心算であったのが、上に書いたような満足感(安心感)から、その内気持ちが離れ忘れてしまった、と言うことなのかもしれない。或いは、全く異なり、送った時点では、シューベルトは完成した曲と認識していたのであろうか。
 楽譜をヒュッテンブレンナーに託した三年後、1827年(死の前年。ベートーヴェンの死の年)にシューベルトはグラーツを訪れ、ヒュッテンブレンナーにも会っているらしい(国際フランツ・シューベルト協会HP「1827年グラーツの旅から帰って」を参照させて頂きました)。シューベルトの曲に対する完成・未完成の認識は別にして、その際、あれどうなった?と、楽譜の話は何方からも出なかったのであろうか。気になるところである(そこの辺りに触れた手紙など、何所ぞに埋もれていないであろうか)。
 何れにしろ、忘れられた二楽章の交響曲は、送られてから36年後の1860年、アンゼルムの弟ヨーゼフにより発見され、最終的に、1865年12月、ヨハン・ヘルベックの指揮によりウィーンで初演された。書かれてから43年後、シューベルトの死からは37年後の事である。当時すでにシューベルトは名作曲家として認知されており、曲の素晴らしさも相俟って、未完となった理由があれこれ取り沙汰されることとなった。そして、百数十年後の現在でも、クラッシック界最大のミステリーとして、ファンの耳目を集めているのである。

 暗い深淵から湧き起こるような低音の響きから生まれ、シューベルトらしい親しみやすい旋律を織り交ぜながらもヘヴィ&ダークに展開する第一楽章と、ダークさを漂わせながらも美しく優しく、天上的な陶酔感を漂わす第二楽章。ブラームスの様に、これで充分、と言うのも分からないではない。伝統的スタイルの匂いは希薄で、ブルックナーやシベリウスの自由壮大で清澄なる世界を先取するような姿は存分に感じることができる。しかし、消え入るような第二楽章アンダンテの終焉、ここで終わってしまうことに、聴くたび何時もモヤっと感が残るのだ。私にとっては、やはり「未完成」である。どうしても、アンダンテの後に軽快なスケルツォ、そしてアレグロな最終第四楽章がほしい。
 まあ、未完成であることがミステリアスなイキフンを産み、この作品の魅力の一つとはなっているのだけれど―。でも、フランツよ、なぜ放置した。完成させてほしかったよ。

 2018 9/3

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お気に入り度:♭♭♭♭ ビギナーお薦め度:♭♭♭♭
重度:♭♭♭ 硬度:♭ 暗度:♭♭♭ 技巧度:♭♭♭ 旋律度:♭♭♭♭ ポップ度:♭♭♭♭
〔ブラジルのヘヴィ・メタル・バンド、アングラ(火の女神)の名作アルバム「エンジェルズ・クライ」の冒頭の「Unfinised Allegro」はこの「未完成」の第一楽章をアレンジしたものである。1933年の映画「未完成交響楽」は、この「未完成」をテーマの中心に置いたシューベルトの伝記映画。
今回取り上げたアルバムは以下。
カルロス・クライバー指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の1978年9月11-15日録音盤(左端)。力強くダイナミックで減り張りがありテンポも速い。熱の伝わる演奏で華もある。現在において最も評価が高いのは分かる気がする。ジャケットの絵はグスタフ・クリムト。
ジョス・ファン・インマゼール指揮、アニマ・エテルナの1996年9月29-30日&10月1-2日録音盤(左から二番目)。シューベルトの時代の楽器・奏法・編成による古楽器演奏。ロマンティックな「未完成」に慣れた耳には一寸素っ気なく聴こえるかもしれないが、引き締まった良い演奏で評価も高い。自主録音である。
ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団の1960年3月12&19日録音盤(中央)。インマゼール系の演奏と言えるかもしれない(こっちの方がずっと古いけど)。淡々として感傷とは無縁な硬質な演奏。私は好きだがあまり一般向けとは言えないかも(パブリックドメイン)。
ブルーノ・ワルター指揮、ニューヨーク・フィルハーモニックの1958年3月3日録音盤(右から二番目)。ゆったり目でロマンティック。「未完成」のイメージには最もしっくりくるかもしれない昔から変わらぬ高評価盤。クライバーとは対照的な感じ(パブリックドメイン)。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の1950年1月19-21日録音盤(右端)。歴史的指揮者による歴史的演奏。モノラルで音も細いが濃厚な味わい(パブリックドメイン)。
一般的に、クライバー、ワルターそしてインマゼールの三つがこの順番で評価が高い。最初に聴くならクライバーかワルターが良いのではないでしょうか。セルとフルトヴェングラーはややマニアックで、前三者をある程度聴き込んでから聴いたらきっと面白いと思う〕

*例外:バロック期、オペラの序曲「シンフォニア」として生まれた楽曲をハイドンが交響曲としての形式を整えたものにした頃から四楽章(急−緩−舞曲−急)が基本で、それを継ぐモーツァルトもベートーヴェンも同様。だが、以下のような例外もある(ハイドンにも三楽章のものがあるし)。
一楽章;シベリウスの第7番 二楽章;プロコフィエフの第2番 三楽章;モーツァルトの38番、シベリウスの第5番 五楽章;ベートーヴェンの第6番「田園」、ベルリオーズの幻想交響曲、マーラーの第2番「復活」・第5番 六楽章;マーラーの「大地の歌」 など
*交響曲の番号:古くは「未完成」は8番、最後の「ザ・グレート」は9番とされていたが、1978年、国際シューベルト協会が目録を改訂し「未完成」は7番、「ザ・グレート」は8番としたため、現在はこれに倣う場合が多い
*三大交響曲:ブルックナーやマーラーが普通に聴かれるようになった今ではあまり言われないかも。LPレコード時代は「未完成」と「運命」のカップリングは非常な人気盤であったそうな。なお、「三大」にベルリオーズの「幻想交響曲」とチャイコフスキーの第6番「悲愴」を足して「五大交響曲」と言うこともある

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