MYSTIC RHYTHMS

note6

 息
 悪夢
 悪夢 −月の娘−
 悪夢 −四百万年目の憂鬱−
 悪夢 −残酷なる春−
 サロメ
 呪縛
 時間の裏(うち)
 驟雨(しゅうう)
 scribble
 草ひばり
 問い
 ANIMA
 環(かん)
 風
 赤道の村
 嫌悪
 Run
 月光
 秋霖

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

お前は楽しげに話している……
時おりわたしを見
時おり遠くを見て……

けれどお前の声が聞こえない……
やわらかな白い息を
頬に感じるのに……

言葉が想いがとどかない……
仄かなぬくもりが
凍えた肌に触れるのに……

北風に髪をちらし
頬染めて笑うお前……
お前が遠い……

今のわたしにとって
お前は
なにひとつ手がかりのない謎だ……
…………

インクのような夜が空を染めて
わたしはひとりになった……
息が 星をかくす雲になる……

 

 

悪夢

崖線上の細道
赤土の匂い
低く曇った星の無い夜…
血を盛ったグラスのように
月は赤く
とうの昔に沈んでいった…
…永きつかのま
俺はどれだけ生きてきたと言えるのか…
俺が何を失ったというのだろう…
何ひとつ持たない臆病者が…
…気がつけば
おまえは遠く
顔さえもう定かには見えない…
(この先どれだけ
おまえを離れて行くのだろう…)
握りしめた時の砂は
さらさらと
冷気のように靴の中に忍びいり
足どりはさらに重い…
…眠り呆けた低地から
夢魔の息吹のように
鬱陶しい風が吹きあがり
紅玉(ルビー)の目をした蝙蝠が
俺の腕から血をすする…
水の底に街灯りは揺れ
鬼火のように
ふらつく頭に忍びこむ…
…湿っぽい濁った夜の気に
髪は重く頬にまつわり
横たわる俺のかたわらに
誰がいる?…
死が親しき者となったとき
冷たくなりはじめた手をとり

やさしく涙を流すのは
誰?…

俺を待つのは
狂おしくおまえの舞う
深い闇の庭…

現象界の厄介息子を笑うがいい…
夢に溺れてご退場だ…

 

 

悪夢 ―月の娘―

眠りにおちた私の前に
白い裸身のお前が
亡霊のように現れる……
記憶という
切れない糸が絡み付き
私の胸を締めつける……
無邪気な笑みをうかべ
お前はその愛らしい手で
動けない私の心臓を抉り出す……
脈打つ熱い血をお前は啜り
血に汚れた唇を私の体に押し当てて
魂を吸い上げる……
……偽りを知らぬ正直な
お前の口がこう動く
「わたしを愛しているのでしょう?……」
幼げな微笑……
上目使いに氷に眼差し……
湿った髪と汗の匂い……
しっとりとした情欲の肌……
石膏のように脆く
青銅(ブロンズ)のように冷たいお前……
愛しく怖しいお前……
いっそお前がいなければ
寂しさも苦しみも無いものを……
……お前
私を狂わし全てを失わせるもの……
私の触媒
私の毒薬
私の望み
私の絶望……
…………

私は銀の刃もて
まどろむお前の背に突き立てる……
そしてお前を抱き上げ
その柔らかな乳房を切り裂いた切っ先で
そのまま私の胸を
貫こう……

(油絵具に濡れた肌
狂おしく舞う肉体の魔……)
仄かな体温の温みから
滲み出ていゆく死……
抱き締めても抱き締めても
零れてゆく灰と砂……
…………

やすらいは
恍惚なる 骸の微笑……

 

 

悪夢 ―四百万年目の憂鬱―

「俺の慰めなど
何ひとつありはしない……」
…………

今日も大気の悲鳴の中
四つ車の悪鬼どもが
大地に無慈悲な爪をたて
毒気をあたりに撒き散らす……

森たちは
海面上昇に晒された珊瑚礁さながら……
為す術を知らぬ幼な児のようにただ
灰色の波に呑まれてゆく……
…………

遺伝子の片割れを抱いた連中は
夢に呆けてうろつきまわる……
「21世紀の精神異常者」を
フル・ヴォリュームで聞かせてやろう……
…………

バビロンは崩落し
花たちは色褪せる……
血を滴らせた月の下
高みの見物と洒落込んで
愚劣な夢に唾をはく……
…………

……深く流れる夜空の下
かわるものの無いお前がいる……
すべてお見通しの瞳(め)で笑ってる……
少女の衣をぬぎ捨てて……
…………

お前を見失ってから
俺の内臓ときては
豆つぶみたいに縮あがって
歩くとカラカラ鳴るしまつ……

あちこち捜しまわって
やっと捉えたと思ったら
俺の愛するものは
俺の中にあったとはお笑いぐさ……

……夢は未だに死に切れず
暗く湿った岩室のような胸の奥
のたうちまわって
泣き叫ぶ……

憤懣 憎悪
嫉妬 軽蔑
傲慢 感傷
vanity 偽善……
…………

「俺の慰めなど
何ひとつありはしない……」

   ◆21世紀の精神異常者:プログレッシブ・ロックバンドKing Crimsonの名曲
                   この題名が問題視されていますが 差別意識は
                   持ち合わせていないつもりですし 又詩のリズム
                   の上からも 敢えてこのままとさせてもらいます
   ◆vanity:虚栄 虚飾 自惚れ

 

 

悪夢 ―残酷なる春―

赤黒い鬱陶しさが
首筋に圧(の)し掛かる……
何かが見えそうで見えない
どす黒い濃霧のような憂鬱が
俺をおし包む……
…………

……桜の花は血を吸っている……
滴る血が
呆けた連中の
馬鹿騒ぎに降り注ぐ……
生臭い 破滅の風が吹いている……
…………

……思い上がった迷える俗人……
ちっぽけなプライドなど解き放て!……
……しかしそうするには
この魂は
あまりに弱々しい……
…………

狂気の街が動き出す
暖気にあたって腐り出す……
痩せたふたりが
腐敗の海を
泳ぎ出す……
…………

……ローズ・ピンクのスーツの中から
素裸のお前が飛び出してくる……
お前自身の愛に慄えながら
広き世界へと
俺の身体をすりぬけて……
…………

……啜り泣く文明に酔い痴れた愚人共に
Ph.4の雨が降る……
……俺が一体何様なんだ!……
お前を失って
今度こそ一人ぼっちのならず者……
…………

……自分自身に目をつぶる……
自分自身と出会う名づけ様も無い恐怖……
卑屈な
ちっぽけな
醜怪極まりない腐肉の乱雑……
…………

己の死体を引き摺って
湖水の畔(ほとり)りに辿り着く……
すべてを見通した 冷たい諦めのような
青い堆積……
ここへこいつを葬ろう……
この厄介なお荷物を……

 

 

サロメ

星々は日々に老い
砂に朽ちる舟の帆は燃え落ちる……
罅(ひび)割れた道を時が這う間に……
…………

深い海の底のような空の下
青褪めたお前が立っている……
遠い遠い風に吹かれて……

生きることを呪うように
色褪せた唇に
悲しみの歌をのせながら……
…………

……陽の終焉のように赤く
地平はいつも戦火に染まり
砂漠の空は黒い拳に埋め尽くされる……

不吉な影は時折
魚群のように白い腹を光らせて
私の上を過ぎてゆく……
…………

……声の無い絶叫にみちた
血の滴る自殺の森に
草生(む)す棺が砕かれる……

暗い花盛りのその森の
死んだ女の手のような
白い花……

サロメ……
お前は
誰の首を望むのか……
…………

偶然の雨にうたれ
流され流れついた夜(よ)の果てに
狂女が笑う……

 

 

呪縛

街灯り……
地上に堕ちた星座
青く冷たく……
…………

螺旋に踊るハイヒール……
楽園への長い階段……
……ふたりはひとりより哀しい……
…………

お前の影を探し求める……
森に鹿を追う少年
疲れ果てて歌もない……
…………

危険な淵を渡る狩人……
ひとりぼっちの夜……
赤い三日月……
…………

……お前への畏れ……
強すぎる光に弱り
枯落ちる花……
…………

真夜中
街灯に浮かぶ
炎よりも白い夢……
…………

ぽっかり口を開けた
深淵の向こう側……
私を酔わす阿片……
…………

私に求めるすべてを与え
私の所有のすべてを奪う
甘く危険な豊饒……
…………

……不可触の聖域(サンクチュアリ)……
……無邪気な透きとおる偶像を
打ち壊してしまいたい……
…………

お前から逃れ
お前を求め
爪をたてて這ってゆく……
…………

私の世界を形づくる
お前の息吹が
ふたりを隔てる深い水となる……
…………

「何故お前でなければ……」
お前は私の
黄金(きん)色の呪縛……

 

 

時間の裏(うち)

私の呼吸している
この瞬間瞬間の裏(うち)にも
何処かで
滝は落ち
氷河は軋んでいる…

私の言葉を口にしている
その空疎な時間の裏にも
何処かで
森は倒れ
海は埋もれてゆく…

私の眠っている
その柔らかな時間の裏にも
何処かで
弾丸は走り
誰かが倒れてゆく…
……

全ての者に等しく訪れる
どの瞬間
どの時間の裏にも
地球は回(まわ)り
地球は回(めぐ)る…
何もかも知りながら
何も知らない顔をして…

 

 

驟雨(しゅうう)

一頻りの冷たい風が
雨の匂いを運んでくる……

埃っぽいバス道を
追い掛けてきた驟雨が
すべてを煙らせてゆく……
そして
樹下に宿る私と
昼顔這う路傍の墓を
束の間 激しくうってゆく……
…………

……やがて
日が照り映え
やわらかな草いきれが
私と墓を 包んでゆく……
…………

……路傍の墓
夏草の墓
そしてその下の眠り……
村(ここ)で生まれ
村(ここ)で死んでいった者に 訪れた眠り……

その眠りは 深いのだろうか……

夏の雨のように
束の間通りすぎてゆくだけの私には
どんな眠りが 訪れるのだろう……

……もしかしたらそれは
永い熱帯夜の
寝苦しさに過ぎないのかもしれない……

……路傍の墓よ
やがてあなたをも私をも
赤く染め上げるように 陽が沈む……
老松の身をなげだす 海食崖の向こう
嗤(わら)う海の向こうに……

   ◆驟雨:にわか雨

 

 

scribble

己の複製を求めてやまぬDNA……
A T G C
俺たちのエゴをつき動かす……

土と水と大気の中から 物質を集め物質を返し
どれだけの世代繰り返してきたものか……

生きると云うも死ぬと云うも
そう云うことだ……
…………

……天と地との僅かのはざま
ちっぽけな世界にちっぽけな俺がいる……

ちっぽけな心に映る
ちっぽけな世界……
…………

時に世界は
愛を 憎悪を 偽善を俺たちの前に投げ出してくる……

俺達はそれを
受け止め 投げ出し また拾い上げる……

善人ぶったり 真面目ぶったり
勇敢だったり 卑怯だったり……
…………

幻影に酔い痴れ 裏切られる……
現実だけが裏切らない……
(けれど 悪夢とは何時も現実の事なんだよ……)
…………

歴史は日々つくられ
すべては過去になってゆく……

歴史は何時でも行き当たりばったりの成り行きまかせ……
目前の快楽に溺れては 痛い目を見て慌て出す……

自覚した2足歩行の癌(カンサー)はそれでも転移をくりかえす……
海を森を空を蝕み食い尽くす……

……恐ろしいのは自然の裁きではない……
恐ろしいのは我々のつくり出す地獄……

自然に対する奢りと自然に対する甘え……
それが今の我々の全て……

自然から生まれた我々のすることも自然なことなのか……
自然が生み出した唯一の不自然が我々なのか……

何より退屈をおそれる二足歩行の裸のサル……
都市をつくり国家をつくってはまた打ち壊す……

地球はますます病み衰える…… 我々が文明に酔うかぎり……
けれどそうなる前に誰がいったい今の地球を想像し得たろう……

……「蜜にくるまれた石」 「砂にまみれた果実」……
どうすれば見極められるのか……

沢山の物に埋もれている……
豊かさの繭に包まれて安逸を貪っている……

南じゃやせこけ腹をすかせて人が死ぬ……
北じゃ食いすぎ太って人が死ぬ……

殺戮も援助もみな同じこの世界……
神も悪魔も明暗善悪みな同じこの人間……

俺は人類の未来などに興味はない……
ただ「どうか俺を巻添えにしないでくれ……」

……少女達の乳房は冷たく 絞首台に烏が舞う……
軋む車輪の下 木々達は青い血を流す…… 死の勝利!……
…………

俺は人間を愛さない……
人間を愛さぬ者を誰がいったい愛するのか……

何千の人間が死のうと ひとつの森が消えた時ほどに俺の胸は痛まない……
一本の樹ほどにも一人の人間を愛せない……
…………

俺の軽蔑してるあの連中
家庭とやらを持つ連中……

連中は愛を知っているようだ……
しかも俺より遥に大きな生活者だ……
…………

人の中にいると自分が見えてくる……
やさしくも強くもない自分が見えてくる……

大抵の「やさしさ」は「弱さ」の別名……
「強いやさしさ」は至難のわざ……
(大抵の「強い」は「鈍い」と同義……
「繊細で強い」と云うのも稀有なこと……)

悪人は善人よりも頭がよくて度胸がいい……
大抵の善人は……その反対……

悪意は困ったもの……
けれど善意は時としてとても始末に困る……

……争うも競うも共に生きるということだ……
白手袋の理想主義者よ きれいごとはたくさんだ……

無邪気と無神経は紙一重……
子供は小さな悪魔と言いたい……
(大人は大きな悪魔だけど……)

幸福を守ろうと誰もがエゴイストになる……
けれど 真のエゴイストはとてもやさしい……

「我が家のしあわせ」を守ることが誰にとっても最優先項目……
そのためみんな外に対して目をつぶる……

己の平安を脅かすものを許さない……
それを呑みこんでしまおうとはしない……

デリカシーは瀕死の重病……
すべての災厄がその死の床から生まれ出る……
…………

情報のパイプラインがギリギリと締めつける……
自己概念くらい 自前で足りる……

「俺は俺だ」と言ってみる……
じゃ 俺って何だ?……

……俺は間違っていたかもしれない……
けれど 俺はそう信じて来た……

俺は自分を「選ばれた者」と思っていた……
それがどうだ ちっぽけな「迷える俗人」だ!……

……誰もが金と物とに餓えている……
餓えた人々の群れの中に俺はいったい何に餓えている?……

年取るごとに弱気になって 人の群れに身を隠す……
平和に生きるコツは あまり自惚れない事だ……
…………

ガラス製の神経繊維でこわごわ触れてはすり減らす……
己の死を見ろ! 赤い血を恐れるな!……

はちきれそうな頭を抱えてフラフラとのぼってゆく……
俺はいったい何処へ行こうというのか……

近道ばかりを通って来たら何時の間にかとんでもない遠回り……
何もかも使い果たしひとりぼっち老いてゆくのか……

寂しくもない 悲しくもない 笑いたくもない……
ただ破滅の予感に慄くばかり……
…………

……wish   you were here……


   ◆scribble:殴り書き
   ◆A T G C:遺伝子の本体DNAを構成する科学物質の一部 アデニン・チミン
          グアニン・シトシンを指す

 

 

草ひばり

あざみ
すすき
おみなえし……
上水を渡る道……
雲の影 水の影
立ちつくす……
…………

……巨大な機械の中で
恋人達は踊っている……
都市の熱にうかされて
しあわせな家族は夢を見る……
ガラス天秤の上
小さなバランス……

コンクリートの壁の向こう
隠れて見えない……
盲目のエゴイズム……
蒼く透きとおるような
自殺的エゴイズム……
隠れて見えない……

他を蝕みながら
己を蝕む
2本足のキャンサー……
アスファルトの触手に潜む
享楽
破滅……

鉄と石と車の粗暴な嵐に
追い立てられた者達……
それを想う者は少ない……
彼らにとっての氷河
彼らにとっての冬は
いつ果てるとも知れない……

けれど
花たちよ
木々たちよ
歌うものたちよ……
もうしばらく待っておくれ……
春は少しづつ動きはじめているから……
…………

……夏は遠く 冬は近く……
キャンバスを抱えた君の
冷たい手にふれてみる……
風わたる武蔵野の幻……
草ひばり
リリと鳴く……

   ◆クサヒバリ:直翅目 コオロギ科の鳴虫

 

 

問い

あなたたちは何を見たのですか……
焼け落ちた街の中に
難民達の群れの中に
吊光弾の白い光の中に
沸きあがるバンザイの声の中に
降りそそぐスコールの中に
何を見たのですか……
対空砲火の弾幕の向こうに
アクリル風防の向こうに
塹壕から見上げる空の向こうに
硝煙に煙る渚の向こうに
交錯する赤い放物線の向こうに
何を見たのですか……
…………

我々は問う……
あなたたちは何を見
あなたたちは何を
思ったのかと……

我々は学ぶ……
姿なきあなたたちの姿を見
声なきあなたたちの声を聞く……

我々は問い
そして学ぶ……

   ◆吊光弾:照明弾 夜間の戦場を
         空中から照らすもの

 

 

ANIMA

こま切れの知識の海にどっぷり浸かり
世界を知り尽くしたような顔をしてる
自然と精神との一体感を
とうに忘れ去った者たちに
弔いの鐘を鳴らせ……
風を見 雨を聞け
美しくもいたましい現象の只中に身をひたせ……
すべての不安とすべての予感に身を委ね
何ものも残さず
誰にも愛されようとはせず
ただ震える魂を抱きしめて
悪夢にも似た荒野をひとりゆけ……
幽(かす)かなる己が霊の
僅かな そして確かな変革を求めて
死にゆく者たちとの戯れの中へ……
……すべてを見捨て すべてに見捨てられ
孤独を求め 孤独に苛まれ
愛の欠如と自己愛の過剰に頭を垂れる……
すべての幸福とすべての罪を
すべての喜びとすべての罰を
その猥雑(わいざつ)なる迷妄の中に刻みつけよ……
……おまえの為したすべて
おまえの為さなかったすべて
おまえの得たすべて
おまえの失ったすべては
それはそれでよかったのだ……
おまえの冷酷さも卑しさも
怯むことなく見すえよ……
大気の満ちた息吹を感ずるがいい……
幼い心など眠らせてしまえ
猫のようにしたたかに生きよ……
剣を棄てるにはまだはやい……
…………

白い白い曠野(あらの)にひとり……
深く息をすえ……

   ◆ANIMA:魂 生命 息

 

 

(かん)

世は干草の山……
皆掴めるだけの干草を掴み
現世の夢に酔い痴れて
華やかな地獄の扉を押し開く……
愚か者たちの舟は
文明のアブサンに酔いどれて
帰らづの海え流れてゆく……
刈り取るべき叡智の畑はまだ果てしなく
陽はもう沈みかけている……
……失われし少女の捧げる赤い花
残酷な歴史の舞台を飾る花……
それは分かちがたい勝利と敗北を彩る血……
…………

汝迷える者よ
卑小なる者よ
愛することを知らぬ者よ
待っている者よ……
汝もまた地獄の住人ぞ……
自らの炎に焼かれ
自らの罪と罰に打たれる者よ……
永遠に廻りつづける
貪婪と恐怖の車輪に
引き裂かれゆく者よ……
汝を救えるは汝自身と知れ……
…………

途切れざる連鎖の
汝もそのひとつの環……
魂に穿たれし窓を曇らせるな
世界を歪めることなくとらえ
そして一体となれ……
天空の音(ね)に耳済まし
沈黙の中に涌きあがる水に浸り
大地に充ちた声を知れ
その秘密を畏れ抱き盗み見よ……
個人の運命など眼中にない時代の海流の中
孤独な真珠とりの心持ち泳ぎゆけよ……
…………

休息を知らぬ舞踏……
怖ろしくも美しい映像に充ちた
世界史の舞台……
束の間の光に打ちのめされ
疲れ果てて消えてゆく
痩せっぽちの踊子……
それが我々なのか……
愛し憎み
争い手を握り
混沌の銀河の渦に
溺れてゆくのか……
…………

……大樹よ
千年の齢(よわい)保つ大樹よ
そなたの見たものを話しておくれ……
そなたの蔭に
どれだけの者が憩い
そなたのもとを
どれだけの者が過ぎ
どれだけの者が倒れて行ったのか……
彼らは何処から来て
何処へ行ったのか
教えておくれ……
…………

すべての燃えあがるものを
すべての狂おしいものを
捧げよ……
祭典の日の供物の如く
触れ合おうとする魂の前に……
大地のもとに
天空のもとに
光の中に……
そして愛する者よ
呼びかけておくれ
わたしに……

 

 

一面の菜畑を
海鳴りが渡る……

黒い木立の中
白い石段……

おまえが見下ろしている……
花を纏ったスカートが翻る……

風がさらう
俺のことだま
おまえの幻……
…………

灼けたアスファルトが
足に纏いつく……

夾竹桃の赤い影
陽に焼けた少女……

風ぬける
トンネルの闇の向こう
海とおまえが待っている……

クラクションが消す
光る逃げ水
昼の夢……
…………

やわらかく湿った風が
首すじに絡みつく……

瓦屋根の波
遠い街音……

石垣に佇む
白い山茶花 白いセーター……

夕暮れにまどう
Lonesome crow
漂白(ただよ)うおもい……
…………

目には見えない
銀の小針が頬をさす……

枯草の迷宮
行きつく果ての氷の山脈(やまなみ)……

おまえを求め おまえをのがれ
海に夜に街にはぐれて……

時の風に吹かれる
人は永遠の旅人
病める魂の彷徨者……

 

 

赤道の村

彼女が戦場から帰った時
警官たちはサーベルをさげていなかった…
戦争に敗けたのだ…
食うや食わず
着の身着のままの人々が街には溢れ
それらの人間よりもさらに多くの
シラミが彼女を出迎えた…

桟橋を渡ると
大男たちが彼女をとらえ
DDTを頭からお見舞いした…
…迎える父や妹たち…
LUXの石けんや羽枕
オランダ将校からの分捕り品が
お土産だった…

爆音の響かぬ空の下
男たちは途方にくれ
女たちは日々の暮しの中働きつづける…
けれど つきまとう死の匂いにうみ疲れ
彼女は看護婦の仕事をやめた…
…子供と犬と郊外の日々
やがて戦争は遠くなる…

けれど…

赤道の村と南十字星の下の日々…
彼女は忘れない…
伝染病棟で息をひきとった
若い兵士の瀕死の涙…
今頃彼は何を夢見る?…
赤道の村 マンゴーの樹の下の日々…
……

…彼奴は砲弾に吹き飛ばされて
蛆虫になっちまった…
そのうち蝿が飛び交って
俺の身体を這いまわる…
……

彼らが死と引き換えた遺産
くだらない賭けですっちまうわけにはいかない…

取り返せ 相続権を…
あの白手袋の権力亡者から…
玩具遊びはもう終りだと…

けれども奴らは
恥ずかしげもなく泣き叫ぶ
「国民の皆様!…」

 

 

嫌悪

落魄(らくはく)
堕落……
底知れぬ
深淵を覗きこむ
不安……
陰険なる自己への
嫌悪……
卑小なる自我への
嫌悪……

焦燥
漂泊
虚勢
高慢
軽侮……
嫌悪!
嫌悪!
嫌悪!……

こめかみにきりきりと
鈍色(にびいろ)の螺旋……
喧騒
高揚
沈潜
冷嘲
Intolerance
形の無い苛立ち……

Green
Blue
Gray
Red……
Black!
Black!
Black!……

嫌悪!……

自動車の群れ……
子供の群れ……

嗤(わら)う己を嗤う
嫌悪……
…………

(蒸し暑い曇った夜だ……)

「誰か月の影
呉れないか……」

   ◆落魄:落ちぶれる
   ◆冷嘲:冷やかし嘲る

   ◆Intolerance(イントレランス):不(非)寛容

 

 

Run

走っている…
ギアとチェーンの回転
タイヤとアスファルトの接触…
その発する音以外
何も聞こえない…
音の窒息…

乾いた振動と重たい風の中で
僕はひとつの思考の周りを
ぐるぐると廻っている…
……

「誰も邪魔しはしない…
邪魔をするのはこの自分…
「誰も導いてはくれない…
導くのはこの自分…

くちなしの匂い…
崖(はけ)の湧水…
水田…
トンボの空中戦…

梅雨空の切れ間
八大竜王のひと休み…
……

「しらずしらず不快の種子をまく…
せっせと敵を育ててる…
「しらずしらず不機嫌の種子をまく…
せっせと刈りとり背負ってる…

ヘリコプターの爆音…
長い長いフェンス…
夏草…
ポプラの円柱列…

五月闇の切れ間
八大竜王の昼休み…
……

排気ガスに喉を痛めながら
残酷な絵巻にも似た街道を
走り抜けて行く…
……

車輪の下の死んだ土…

   ◆はけ:丘陵の片岸 ここでは古多摩川が造った
    
河岸段丘を指す 国分寺崖線(がいせん)
   ◆八大竜王:仏法の守護者 水を司り雨乞いの
    本尊とされる
   ◆長い長いフェンス:調布飛行場のフェンス

 

 

月光

深い眠りの中で
お前は泣いている……
庭の木立ちをもれる
月の光に蒼ざめて
夏の夜
ひとりベッドの上
お前は泣いている……

遠い悲しみの残滓……
去りゆく者の後姿が
お前を揺り起こす……
ひりつく渇きが
お前を窓へと導き
光を
零れる光を
その両の手にすくわせる……
やわらかな安堵がお前を包む……
…………

夢が
どれほどお前を嘆かせようと
いつか目覚めが
お前を救ってくれる……
けれど
永遠に醒めることのない悪夢が
お前を待っている……
その夢からお前を揺り起こす者は
何処にもいないのだ……

一夜一夜夏は冷え
やがてお前を
ひとりぼっちの苦味が満たすときがくるだろう……
お前が疑うことを知らずにいる若さも
永遠につづくことはないのだ……
…………

大人になったお前にはもう分かるだろう?
現実こそ本当の悪夢だと
醒めることのない悪夢だと……

どれほど逃れようと
お前の「存在」という現実から
逃れる術はない……
(ほら 街灯のHaloの下に浮んでる……)

現実は底知れぬ深淵にも似ている……
それを見ることはひどく恐ろしいことだ……
けれど
その深淵の中にこそ
お前自身もいるのだ……
…………

蒼ざめた光が
お前のひそむ暗い淵へと
流れこんでゆく……

少女よ もはや失われた少女よ……

俺の声が聞えるかい……
遥かな深みから
お前に呼びかける……

   ◆Halo:ヘイロゥ 光源の周辺に見えるぼやけた
    光の輪

 

 

秋霖

バルコニーのある綺麗な家が立ち並び
自慢の車は列をつくる……

きれいな服とおいしいもの
エアコンディショナーの室外機……
…………

既製品の豊かさをおしつけて
子供たちの未来を切りきざむ……
それは「未来に対する犯罪」……

ほら
レモンジュースの雨がうつ……
君の傘を
野良猫の背中を
殺風景な駐車場のアスファルトを
レモンジュースの雨がうつ……
…………

緑の肉を突やぶる白骨は
やがて丘をみたしてゆく……

文明の名のもとにおこなわれ
ゆるされてきたすべての愚行……

自ら生み落としたものにおびえ
そして際限もなく繰りかえす……
いつも「運命は愚者の手ににぎられる」……

ほら
レモンジュースの雨が降る……
君のハイヒールを濡らし
ネオンを煙らせ
夢をおおう無数の屋根を眠らせて
レモンジュースの雨が降る……
…………

森と海水のはざま
華やかな華やかな
都市のイリュージョン……
霧ににじむ
赤錆びた鉄の森……
…………

長い夏を終わらせる
秋霖……

   ◆秋霖:しゅうりん 初秋の頃の梅雨に似た雨季
    秋の長雨
   ◆レモンジュースの雨:レモンジュースのph(水素陽イオン
    濃度)は2〜4程度 つまりレモンジュース並の酸性雨
    と言うこと (ph7が中性 数字が小さいほど酸性が強く
    数字が大きいほど(最大は14)アルカリ性が強くなる)
   ◆現在では 酸性雨は森林衰退の主犯ではないと考え
    られています 現在主犯とされているのはオゾン(O3

 

 

 

 

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