MYSTIC RHYTHMS

Fe塔 その十一

送電鉄塔の鉄美  profile

§索引

§用語集

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

途上にて
 今は既に、冬も終わり近く、スギ花粉症もはや症状が顕著に感じられる多摩だが、昨秋は、随分と紅葉・黄葉を味わうことができた(あってだが)。これほど紅葉・黄葉を意識して過ごした秋は、未だ嘗て無かったのではなかろうか。
 若い頃は、紅葉・黄葉やサクラの時期など、左程気にも留めず、何時の間にやら始まって何時の間にやら終わっている様な状態であったが、何故か、歳を重ねる毎にやたらと気にかかるようになってくる。残り少なく過ぎ行く時間を、少しでも自身の中に繋ぎとめようと、無意識のうちに強く心に留めようとするのであろうか。一年の内に数々ある様々なイヴェントが在来、外来区別なく妙に意識され、また各季節を特徴付けるような現象の数々が、やけに気になるようになるのだ、歳月を重ねるごとに。

 特に昨秋は、「紅葉・黄葉と鉄塔」のコラボレーションを目標課題としていたので、冒頭の如く、強く紅葉・黄葉を意識した。ここ最近の「Fe塔」の記事を見てもらえれば、ご理解頂けると思う。

 そんな中で、惜しくもサイトにアップできなかった、コラボ画像を載せたいと思う。
 サカハチ昭和5年もの訪問ツアーの途上、大栗川沿いの道(多摩市)を走りながら、川向うの丘の上、秋色の林越しに半身を表す姿を見掛けたものなのだが、接近することもままならず、これと言って書けるような事柄が皆無であったため、割愛した只見幹線551号である。

只見幹線551号
只見幹線551号(標高80m)

 徐々に建替えが進み、姿を消しつつある(と言ってもまだ沢山あるが)、第二腕金の長い旧タイプだ。
 大栗川と野猿街道(都道20号)を越すため、イエロー・ハットなのであろうか。お隣552号も同じく黄色帽子である。

只見幹線551号
ヘリ巡視用プレートは下二桁のみ

 取り敢えず、「紅葉・黄葉と鉄塔」ものは、これにて終了である。お付き合い、感謝いたします。
 次回以降は、「冬景色と鉄塔」(この様な課題は掲げていないが)ものとなります。やっと今頃。

2017年如月23日
(取材は昨11月末)

*イエロー・ハット:頂部に黄色塗装を施すのは基本的にはヘリコプターに注意を促すためのものの様だが、大きな道路と送電線が直交する場合等も施すころがあるらしい

・この鉄塔の最寄り駅は、京王線聖蹟桜ヶ丘駅or百草園駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

経過
 以前に紹介した国分寺線31号、すぐ南側にクヌギやコナラ、またイチョウなど、師走入る辺りには色付きそうな樹々の多い公園があった。ので、「紅葉・黄葉と鉄塔」と言う課題をクリアできるのではなかろうかとふみ、最初の訪問から約三週間の経過の後(12月初め)、再訪してみた。
 その結果が以下である。

国分寺線31号 国分寺線31号
左、11月初訪問時 右、12月再訪問時

 同じイチョウの木とは思えぬほどの、色彩の変化が起こっていた。「黄葉」は、冬季間近となり、葉の葉緑体が分解されて緑の色素が失われ、元から存在した黄色いカロテノイド(色素)が目立つようになる結果なのだが、それにしても見事な変わりようである。

 しかし、イチョウという種は黄葉に関し個体差が大きいのか。全般に多摩地域ではこの公園やここ(府中市)から南西へ8-9kmほどの引切公園(八王子市)のように霜月終わりから師走始め頃が黄葉のピークだが、ここから東へ5-6kmに位置する以前紹介の栗山公園(小金井市)のもの等、霜月半ば過ぎ頃にもうピークを過ぎていたぞ。イチョウは一属一種なので種類の違いと言うことは無い。矢張り個体差(或いは環境の違い)と言うことなのであろうか。

 そんなイチョウの黄葉に関しては不勉強で良く解らないが、そのイチョウが立つ公園、まだ新しく(平成25年建替え)ギラギラと光る鉄塔を私が見上げる公園、ここは結構私好みである。普通に見掛けるような遊具(すべり台)はぽつんと一つあるのみで、下画像の様に、かなり大きな木立ちが面積の多くを占めており、緑地的性格も感じられ、好もしいのだ。
 ただ、その名、「せせらぎ公園」とありながら、それは名のみで、水音(みなおと)を聞くことができるような流れはないのが、少々残念である。

国分寺線31号
せせらぎ公園

 園外に出、西側道路から公園越しに鉄塔を見ると、園内の木立は紅葉・黄葉の壁となっていた。

国分寺線31号
西の都営アパート側から(東も都営アパート)

 画像左、道奥にみえるのは、30号と29号だ。

 31号を望むこの公園、元はおそらく、現在も多摩地域の市街地には点在している雑木林であったのであろう。個人的には、もっと雑木林的なまま残して頂きたかったが、こうした形であれ、街に緑地があるのは嬉しい。
 ただ、これからの季節、落ち葉に関しては、周辺住民の皆さんはご苦労されるであろう。
 私が訪問したときは、高齢者人材センターの方がお一人で、竹ぼうきと熊手を振るい大量の落ち葉と格闘されていた。邪魔になっては申し訳ないので、とっとと撤収した次第である。

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017年如月21日
(取材は昨12月初め)

*カロテノイド:カロチノイドとも。広く動植物界に見られる黄・橙・赤等の色素。エビ・カニの赤色もこれ

・この鉄塔の最寄り駅は、JR中央線国立駅または西国分寺駅

パワーシフト #iSwitch

如月十八日  里山 補遺
 復路、往路とは異なる道を選んで行く。
 途中にある牧場辺りから西を振り返れば、85号(標高99m)を左手に86号方向が農地の向こうだ。

八王子市堀之内、境八王子線85号と86号方面
左85号、中央86号(背景に埋もれている)

 そのまま少し東に進むと、その名も「堀之内寺沢里山公園」と名付けられた公園があった。道路から北に向かい、緩やかな斜面に芝が気持ちの良い、見晴らしいい立地の公園だ。

八王子市、堀之内寺沢里山公園

八王子市、堀之内寺沢里山公園
堀之内寺沢里山公園

 画像は道路からすぐの西側(上)と東側(下)の入口付近だが、公園は斜面の奥に雑木林や竹林などが続き、可也広そうである。鉄塔ご訪問の際は、休憩にもってこいである。私は、ここで大分遅いランチにしましたよ。
 因みに、この公園は、八王子市の公園アドプト制度により、市の支援を受けながら、地域住民の方々がボランティアで維持・管理(清掃・除草・樹木剪定・動植物保護・見回り他)されているものだそうだ。畑仕事、田植え、炭焼きなど子供たちの農業体験の場、またお祭りなどのイヴェントの場ともなっているようである。

 この公園に関しては、少々悔いが残っている。何故と言うに、上画像左手奥方向に見えた小さなお堂(龍生寺阿弥陀堂)が気になっていたのに、寄らなかったからだ。後で知ったのではあるが、このお堂、「平成狸合戦ぽんぽこ」のロケ地だそうではないか。
 訪ねていれば写真の一枚もご紹介できたのに。何故に寄らなかった。ぽんぽこ、いやポンコツ(確かに時間は無かったけどね)。

 最後に、今回訪ねた鉄塔の形態について。
 86号も87号も、塔頂部の形状は78号と同様の、他では知らない「頂部突出型」である。

境八王子線86号 境八王子線87号
右、86号 左、87号

 他のサイトさんで確認させて頂いたところ、どうも、サカハチ昭和5年もので、こうしたタイプはこの三基のみのようである。
 同じJRのシンツル(新鶴見線)の19号がよく似ている様に見えるが、此方は腕金に部材が多い。ただ、若しかしたら基本形は同じであるのかもしれない。自信は無いが。

 何れにしろ、78号からのサカハチ昭和5年ものツアーはここで一旦終了である。まだこの先にも昭和5年ものは幾つありそうなので、機会があれば、何時かご紹介したい。

 今回訪ねた里山、何時までも残り行くことを心から願うが、残念ながらそれは難しいことなのであろう。この数十年続いて来たその改変(破壊)の波、それを完全に押しとどめることは、おそらくは不可能であろうと思われる。外から訪れた者には解らぬ、この地域の人々の思いや望みは様々であろうから。
 しかし、こうした環境が日々失われてゆくことは、人間にとり、物理的にも精神的にも、非常に大きな損失であると思う。

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/18
(取材は昨11月末)

*アドプト制度:アドプト(Adopt)は養子縁組をするの意(アダプトとも)。市民と行政が協働で進めるプログラム。1985年アメリカ、テキサスで始まったとか
*龍生寺阿弥陀堂:アニメに登場する、菩提餅山満福寺のモデルだそうだ

・この鉄塔、公園の最寄り駅は、京王相模原線堀之内駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月十七日  里山 II
 三叉路の傍ら、二つに分かたれた道の、何方へ行こうかと暫し考える。
 ここはやはり順光側が先であろう、と左、南の道をとる。

境八王子線87号 境八王子線87号
境八王子線87号(標高107m)
南側の道から

 道路からはやや奥まった畑中、民家隣に建つため、接近は叶わぬが、左程距離は無いためディティールは良く解る。
 86号と同様、碍子連二つずつの懸垂型。高さの違いを除けば、86号と同型の様に見える。

境八王子線87号
87号

 静かだ。
 昼下がり、農作業する方の影も無く、車も通らず、左手に流れる寺沢川の水音が響くのみ。

 今度は北側の道へと行ってみよう。
 一旦三叉路へ戻り、鉄塔裏手方向へ向かう。

境八王子線87号
87号
北側の道から

 丘の斜面に続く道はやや高く、見晴らし良く気持ちがいい。冬間近の晩秋の日差しが溢れている(取材は昨11月末)。

 大プレートは確認することができたが、小プレートは幾ら目を凝らしても見つからない。此方からは見えぬ側にあるのだろうか。サカハチの小プレートは大抵東向きか北向きに付いているのだが。

境八王子線87号
87号

 道路南縁ギリギリに立ち鉄塔を狙う私の後ろを、この田園風景の中に何故に、とも思える若い子達が時折通る。北にある東薬大の学生さんである。

 逆光姿も一つほしいので、頂く。

境八王子線87号
87号

 鉄塔北側のこの道、趣きある良い道なのだが、非常に細く、宅配便の車など来ると路面を外れ畑に若干踏み込んで避けねばならぬほどだ。自転車を路肩に止めていると気を使う。
 ご訪問の際は、ご注意を。

 撤収の前に、里山バックの86号をもう少し別角度から見ることは叶わぬかと、もう一度周囲を確認してみた。
 すると、南方にある帝京大学中学校・高等学校へ向かう小道を少し入った辺りから、やや斜に構えた86号を望むことが出来た。背景も色付く里山である。

境八王子線86号

境八王子線86号
里山と86号

 粘って良かった。
 然しもう、左程時間に余裕はない(おばあちゃんの居る病院へ行かねばならぬ)。少々急がねば。

 さよなら、86号。季節を変えて、また何時か。

境八王子線86号
門番86号

 (ちょっと)続く

2017 2/17
(取材は昨11月末)

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

*里山:集落・人里近くにある人間との関わりが深くその活動の影響を受けた山・森林。里地里山とも。環境省の定義では「都市域と原生的自然との中間に位置し、様々な人間の働きかけを通じて環境が形成されてきた地域であり、集落をとりまく二次林と、それらと混在する農地、ため池、草原等で構成される地域概念」
*東薬大:東京薬科大学。明治13年(1880)創立の東京薬舗学校が前身。昭和51年(1976)八王子市堀之内に全学移転

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線堀之内駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月十六日  里山 I
 八王子市堀之内は可也広い範囲だが、その北部、北に平山城址公園や東京薬科大学、南に帝京大学中高校・高等学校がそれぞれある丘に挟まれた谷あいを、寺沢川と言う細い川が流れる。この川の北側、東西に長く里山風景が広がっている。
 この、多摩地域とはいえど今ではなかなか出会う事の叶わぬ風景の中に溶け込むように、今回ご紹介の、サカハチ昭和5年コンビ、86号、87号が建っている。

 順番通り、86号から行こう。

境八王子線86号
境八王子線86号(標高105m)

 里山への入り口、門番の様に道路から数mの高みに建っている。

境八王子線86号
境八王子線86号

 鉄塔の建つ高みは、高さ的には左程問題は無いが、道路側は可也切り立っており、鬱蒼たるササ薮に囲繞(いにょう)された86号基部へと直接至れそうにはない。
 ただ、高みの脇に細道が一本、道路から小さな坂を成し鉄塔奥方向へと続いていおり、ここから鉄塔基部へと回り込めないことも無さそうである。然し、上がってみるとそこは畑。詰まり道は畑へ至る農道である。回り込むためには、私有地である畑に多少踏み込むこととなる。
 諦めて、撤退。引きのポジションを探ろう。

 南面の生活道路を少し奥まで入ると、里山バックに86号を望むことが出来た。

境八王子線86号
86号

 しかし、横姿であった。
 この日は全体として良く晴れていたのだが、時折大きな雲が西から現れ、一寸油断すると鉄塔が雲影に覆われてしまう。しかも、動きが穏やかなので一旦現れた雲さん、なかなかどいてくれない。上の写真を撮るときもそうで、私は致し方なく、暫く雲が去るのをぼんやりと待っていた。
 カメラを持ち、畦道の傍らに佇む私は、ご近所の方々には、相当胡乱であったろうと思う。

 それでもなんとか色付く林と86号のツーショットを得、次へ向かう。
 少し景色を味わいたい。自転車は降り、押して行こう。

 西へ歩を進めれば、86号を反対側から見上げることができる。

境八王子線86号
86号

 前々回紹介した、昭和5年同期の78号とは異なり、懸垂型である。碍子連は二つずつ。

86号下から、八王子市、堀之内の里山
86号下から

 見上げる86号の脚元直下には、絵にしたような里山風景が展開。
 手前は突如出現した雲の影だ。

 マウンテンバイクを転がし、そのまま道なりに僅か進めば、小さな三叉路の向こうに87号。

境八王子線87号
87号

 記憶の奥、幽かに残るイメージ。何時か確かに、何処かで出合った風景。
 ただし、私はこの様な風景の中で育ったわけではない。ここからは左程遠からぬ同じ東京郊外ではあるが、物心ついた頃には、私の家の周囲ではこうした景色は既に失われていた。
 なぜ懐かしさが込み上げるのであろうか。

 続く

2017 2/16
(取材は昨11月末)

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

*堀之内:その名は、平安時代から戦国時代にかけこの周辺を拠点とした、武蔵七党(平安末期から室町初期にかけ武蔵国を拠点に活動した同族的武士団)に属する西党一族の館の堀の内側であったことに由来するらしい。北に隣接する平山城址公園は、この一族の平山氏の見張り所があった一画とされている
*寺沢川:ここのところよく登場の大栗川の支流

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線堀之内駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月十二日  
 洗馬川橋で78号に分かれを告げ、そのまま西行すると、見事に色付くイチョウが視界に入って来た。しかも鉄塔と共に。
 「鉄塔と紅葉・黄葉」を秋の課題としてきた私だ。予定外なので何号だかも分からぬが、寄らぬ訳にはゆくまい。

境八王子線80号
八王子市、堀之内引切公園北遇に建つ鉄塔とイチョウ

 散り敷いたイチョウ葉に囲まれた滑り台で、坊やの滑る姿を激写するママがいらした。
 邪魔せぬように、遠目で私も激写。

 公園に入り自転車を止め、基部に接近しプレートを確認すると、サカハチの80号(標高79m)であった。
 遠目には気付かなかったが、鉄塔下やや東寄りにはカエデもあり、しかもなお且つ、イチョウと一緒にフレームに収まるではないか。

境八王子線80号

境八王子線80号 境八王子線80号
境八王子線80号
(建設昭和5年6月 修繕平成22年1月)

 「鉄塔と紅葉・黄葉」という課題に沿って見れば、或る意味完璧な絵である(写真の出来のことではない)。おっさんも歩けば幸運に遭遇である。

 しかしこの色の組み合わせ、何かを連想させる。
 何か甘いイメージなのだが・・・、と彼是考え、はたと思い出した。「梅ぼ志飴」。
 日本橋榮太樓總本舗の、あの代名詞的存在、あの赤い缶に入った、赤と黄色の飴ではないか。子供の頃によく食べた、あの飴の色の組み合わせそのものだ。ああ・・・、懐かし。
 当時下町に住んでいた叔父・叔母に貰ったものであったろうか。もう、あの家も無くなってしまったが、あの味、今もはっきり憶えている。

 話は唐突に変わるが、この鉄塔の北側脚元道路際には、「防災科学技術研究所 八王子強震観測施設」と表示された、大型犬用の犬小屋ほどの大きさの白い箱型の装置が、白い柵に囲われて設置されている。

防災科学技術研究所 八王子強震観測施設 防災科学技術研究所 八王子強震観測施設
「この観測装置では、地震時における
強振動の観測を行っています。」とある

 中にあるのは地震計。ここはK-NET(Kyoshin Net)と呼ばれる強震観測網を構成する強震観測施設の一つなのだ。1996年(平成8年)6月から運用が開始され、全国を約20km間隔で覆う、ここと同じような施設が1,000か所以上あるのだとか。
 この観測網で得られた強震記録はデータベース化され、防災関連等の研究・実務に様々利用されるのだ(そうだ)。
 今回、ここで遭遇するまで、K-NETの存在など全く知らなかった。此処に限らず、いろいろ出歩くと(自転車だが)、いろいろ勉強になるものである。

2017 2/12
(取材は昨11月末)

*引切:ひっきり、と読む。手元に引くように切る、というのが元の意である「引っ切り無し」のひっきりと同じなのであろうか
*榮太樓總本舗:安政四年(1857)創業の老舗。日本橋のお菓子屋さんである。「梅ぼ志」の名は形が似ているからであり、梅干しの味がする訳ではない。黄色い飴が混ざっているのは当時高価であった本紅の使用を減らし価格を抑える為であった事に由来するとか
*K-NET:八王子のものは、
観測点コード:TKY004 緯度:35.6282N 経度:139.403E 標高:80.90m 強震計種別:K-NET11A
と公式HP観測点一覧にある

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線堀之内駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月十一日  市民農園
 「シンゴジラ」や「前後」でご登場頂いた大栗川は、多摩美術大学のある東京西部八王子市鑓水(やりみず)を源流に、北東方向に流下し、多摩市で多摩川に合流する一級河川である。この長さ約16kmの大栗川の、ちょうど中間あたり、川沿いにある一段高い小さな市民農園の中に、今回ご紹介の境八王子線78号は建っている。

境八王子線78号

境八王子線78号
境八王子線78号(標高80m)
上、下流側から 下、上流側から

 東京西線18号府中線23-1号などからは西へ700m少し程の距離。川に沿って右岸(右岸、左岸は下流側を向いての右左)を上流方向へ走れば、迷うことも無く辿り着ける。下画像で、左手のガードレール下が大栗川だ(その向こうのビルは帝京大学)。

 ご覧の通り、昭和5年(1930)生まれのオリジナル烏賊さん型である。プレートは大小ともに遠く、これが私には限界であるが、辛うじて「昭和5年6月」と読める。

境八王子線78号 境八王子線78号
結界フリーな所為か昇塔防止装置は物々しい

 もっと近づけると良いのだが、農園利用者ではない私は、残念ながら立入不可である。
 ただ一か所、小さな石段を上まで登ることは可能であった。

境八王子線78号
農園西側石段より

 ここが合法的に最も近づける場所であろうと思われる。

 直下への接近などは不可だが、立地は起伏に富む丘陵地帯の住宅地であるため、農園横からの眺望が良い。川向うの色付く雑木の丘を遠く望めたりする(取材は昨11月末)。
 画像で鉄塔右の林が一部途切れているが、それは大規模な造成工事が行われているためだ。数十年かけ、こうして丘陵の環境が改変されて来たのだという事が良く解る、今まさにその現場である。

境八王子線78号
農園東側道路より川向うの丘を望む

 この78号鉄塔、上に、オリジナル烏賊さん型、と書いたが、よくよく見ると、頂部の形状が今まで見て来た烏賊さんとは少し異なる。

境八王子線78号
農園東側道路より

 これまで紹介したオリジナル型の旧3号64号が、第一腕金の上部部材が塔頂部に繋がり一体となっているのに対し、78号は第一腕金上部部材が塔頂部やや下方に繋がっており、一体とはなっていない。よって、架空地線の架かる頂部は腕金より上にやや突出しているし、第一腕金上部部材の角度は前者より緩いものとなっている。
 頂部の部材も少し多いし、改良型なのであろうか。でも、建設は64号と同じで旧3号よりは一か月早い。不明だ。

 先を目指しての去り際、上流側に架かる洗馬川(せばがわ)橋の上から振り返る。

境八王子線76・77・78号
洗馬川橋から

 78号の向こうには77号と76号とが見えている。76号は他のサイトさんの写真を拝見すると、数年前まで小柄な昭和5年のオリジナルであったようだが、今では建替えられてしまっている。この路線を含むJRの鉄塔は、少し前の新3号紹介記事でも触れたが、他にも最近建て替えが散見され、古鉄塔好きとしては、あくまで個人的にだが、ちょっと寂しさを覚えている。
 この78号や、後で紹介する二基などは、周辺が農地ゆえ、嵩上げ目的の建て替えの必要性は、当面は無さそうに思えるが、それでも、少々心配になり、今回訪ねた次第である。

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/11
(取材は昨11月末)

*建替え:多くの場合、老朽化のためというよりは送電線下・鉄塔周辺の市街地化・高層化に伴なう嵩上げが理由のようだ

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線堀之内駅まは多摩モノレール松が谷駅及び大塚・帝京大学駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月九日  コンビネーション
 大塚公園(八王子市松が谷)を出、公園南側道路を左手に100mほど進めば、道路を跨ぐ大きな傘松坂歩道橋が眼前に迫る。この歩道橋両端に、それぞれ建って向かい合うのが、貝取線3号(標高92m)と東京西線17号(標高94m)だ。

 3号は大塚公園の最東端の隅っこに、そして17号は松が谷団地下の斜面に立地している。

貝取線3号 東京西線17号
左、貝取線3号 右、東京西線17号

 貝取線側から、自転車を押し歩道橋のスロープを上がり見上げれば、左右二つの鉄塔が一つフレームに収まった。

貝取線3号と東京西線17号

 矩形小柄で短い腕が可愛らしい3号と、長い腕で肘を張る長身細身の17号の対照が面白い。
 しかし、3号は味がある。イケメンヴォーカリスト(17号)と、グッドルッキングとは言い難いが(失礼)プレイは確かな技巧派ギタリストとのコンビを見るようだ。

東京西線17号 貝取線3号
左、東京西線17号(若かりしセバスチャン・バックか)
右、貝取線3号(特に誰ということはない)

 貝取線は、前回の2号同様、境八王子線を併架してこちらは73号に当たる。サカハチのプレートは新しいが、貝取線のプレートは、2号より激しい哀しいほどの褪色具合。肉眼では、接近できないせいもあり全く読み取れなかった(鉄塔敷きの枯草の中でクロネコがお昼寝していた)。
 17号下段には、お隣18号で由木線から分岐した愛宕線が併架され1号となっているが、そのプレートは無い。

貝取線3号
貝取線3号(昭和46年9月 30m)

境八王子線73号
境八王子線(昭和46年10月)

東京西線17号
東京西線17号(昭和50年6月 80m)

 各プレートの後ろに写り込んでいるものは、昇塔防止装置、所謂「ねずみ返し」だ。貝取線3号/境八王子線73号の主脚には円盤状のものと、横部材に取り付けられた水平方向に無数(は大袈裟)に突き出しているものとである。17号は斜交(はすか)いの細い部材に設置された円盤型のものである。
 「ねずみ返し」とは言っても、「返す」のは当然ネズミさんではなくここではヒト。しかし、鉄塔に登ろうなどと言うチャレンジャーはそんなに居るのであろうか。まあ、万が一を考えての設置ということであろうが。
 危険です。鉄塔には絶対登らないでね。

 お仕舞に、傘松坂歩道橋の上から3号を望み、団地側歩道橋基部から17号を仰ぐ。

貝取線3号 東京西線17号
3号の向こうは東京西線18号と明星大学

 紅葉・黄葉を照らす日が、はや斜陽の趣き。
 撤収。

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/9
(取材は昨11月末)

*昇塔防止装置:読んで字の如く塔へ(部外者が)昇ることを防ぐもの。通常地上から3-5mの位置に設置するらしい。円盤型や傘型、簀子型やアンテナ型など様々ある

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線・小田急多摩線・多摩モノレールの多摩センター駅または多摩モノレール大塚・帝京大学駅および松が谷駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月八日  大塚公園
 東京西線18号の南、お年寄りは相当苦労されるであろう住宅街の坂を上がって行くと、大塚公園(八王子市松が谷)と言う可也広い丘の上の公園に出る。緩い斜面に広がる芝生の広場からは、木立越しに18号が見える。

東京西線18号

東京西線18号
大塚公園から東京西線18号

 坂はそこそこ上り甲斐のあるもので、芝生斜面の私の立つ位置もそこそこ上の方であるが、それでも塔高87mの18号はまだ大分見上げる形だ(これがモノホンのゴジラと考えると、コワイな、確かに)。

 もう少し正面の木に色付いた葉が残っていたらなあ、等と思いつつ18号を眺め、ふと右手を見ると、間近に鉄塔が建っていた。
 「おっ・・・、鉄塔が・・・」
と思わず呟いてしまった。予想外であったのと、余りの近さにちょっとクリビツ。

貝取線2号
突如出現した謎の鉄塔

 18号ばかり見ていたのと、鉄塔基部周囲に常緑樹が密生していた為、全く存在を感知できなかった。
 予備知識が一切無いので、何線の何号なのかも皆目わからない。ただ、少々古そうであるのは一目でわかる。

 訪問予定は当然ながらなかったが、古鉄塔好きとしては、こんな間近にあるものを放置はできない。ガサゴソと落ち葉を踏み分け、脚元に接近しプレートを探った。するとそこには、「貝取線」の文字。名前は知っていた。今回の目的の一つは、この貝取線の3号を訪ねる事であったから。しかし、3号鉄塔以外のことは、一切考慮の外であった。

貝取線2号

貝取線2号 境八王子線74号(貝取線2号)
貝取線2号/境八王子線74号(38m)
昭和46年9月/昭和46年10月

 下段はサカハチ(JR境八王子線)が併架されている。短い腕金と長い腕金が交互に12並ぶスタイルは「霊園鉄塔」国分寺線の55号56号を彷彿させるが、こちらは架空地線二本の二本角。私としてはお初にお目にかかる形態だ。

 それにしても、「貝取(かいどり)」とはめずらしい名である。多くの方は聞き慣れぬものであろうが、ここ多摩市の、れっきとした行政区画名だ。南北に細長く1丁目から5丁目まであるが(他に小さな飛び地あり)、地図を見れば、貝取線は一切この町を通っていない。
 調べてみると、「貝取」は、元は貝取村であった。それが明治11年(1878)に南多摩郡多摩村大字貝取となり、その後多摩町大字貝取を経て、昭和46年(1971)市制移行と共に多摩市貝取となり現在に至っている。しかし、この現貝取と大字時代の謂わば旧貝取は含まれる範囲が異なるようで、大字時代は現在よりも広い領域であったそうだ。貝取線が建てられたのは多摩市貝取となったと同じ年であるが、もしかしたら、貝取線の名称は旧貝取時代の名残であるのかもしれない(確証はない)。

貝取線2号
貝取線2号(標高92m)

 プレートを探したりなんぞするうち、思いの外時間を消費してしまった。最晩秋の日は短い(取材は昨11月末)。時間に余裕も無いので、ここはこれまでとさせて頂いた。
 2号を後に公園東端まで行けば、すり鉢の様に窪んだ軟式野球場の向こう、これから目指す貝取線3号と東京西線17号が、紅葉・黄葉の向こうに並ぶ。

貝取線3号と東京西線17号
貝取線3号(左)と東京西線17号(右)

 鉄塔も建ち(今回寄れなかったが公園西部には由木線31号と貝取線1号もある)、高所から鉄塔も眺められる、鉄オタ(鉄塔オタク)にとってはおいしい公園である。木立ちも豊かだ。季節を変え、何時か再訪したいものである。

八王子市、大塚公園
大塚公園

2017 2/8
(取材は昨11月末)

*貝取線:由木線31号から分岐し貝取変電所の11号まで

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線・小田急多摩線・多摩モノレールの多摩センター駅または多摩モノレール大塚・帝京大学駅および松が谷駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月七日  前後
 東京西線18号の前後には、ちょっと変わった府中線が並ぶ。
 「前」23-1号も「後」25号も、私としては他に拝見したことの無いタイプの変則型である(他には無い、という事ではない)。

 まずは23-1号(標高71m)。
 大栗川北岸沿い、常盤公園(八王子市大塚。南側はテニスコート)の北西隅、西側を走る道路との際に建つ。東京西線19号と18号、二つの巨人鉄塔に挟まれた、チャイチイ可愛らしい鉄塔だ。

府中線23-1号 府中線23-1号

府中線23-1号 府中線23-1号
府中線23-1号(平成7年5月 23m)

 広い割には僅かな遊具があるのみの小さ目の小学校庭のような公園には、私の他は小さな女の子とママがブランコで遊ぶのみ。曇りがちな所為か、少々寂し気な空気が充ちる。

 それにしても、可也偏った形態である。
 西側2号線腕金は通常の長さ・形であるが、東側の1号線腕金は大分短く且つ矩形である(左右の送電線は1号と2号線に区別される)。1号線は可也本体近くを通っている。為にジャンパー線は、二つの縦碍子連に固定されつつ矩形腕金先端を迂回することとなっている。
 端(はな)から腕金を2号線側と同じにして普通に先端に送電線を架ければ、縦碍子連もいらなかろうに何故態々このような形にしたのであろうか、と不思議に思っていたが、他のサイトさんで、道路との関係ではないか、と書かれてあるのを見てなるほどと思った。
 上に書いたように23-1号のすぐ西側は道路である。見た所、東京西線と併架された由木線はこの道路上空にある。府中線も東京西線に併架されているため当然同じだ。よって、最下部に架かる府中線と地上との距離を確保するために鉄塔(23-1号)を新たに建てよう(付け足そう)とすれば、この道路を避け、左右何方かにずらして建てることとなる。で、その結果の架空線の左右のずれを、少しでも少なくするため、道路側の腕金を長く、反対側の腕金を短くした、という事なのではなかろうか(私見です。見当はずれだったらゴメンナサイ)。

府中線23-1号
23-1号

 右後ろに見えているのが、東京西線19号である。  下は、23-1号横の道路から、大栗川向こうの東京西線18号。架空線がほぼ真上にあるのがお解り頂けるであろうか。

東京西線18号
東京西線18号

 架空地線の角が無いのは、上空の由木線との距離を確保するためなのであろう、と思ったが、よく見ると架空地線自体が無かった。

 最後に、大栗川対岸から、紅葉の里山バックで。

府中線23-1号
やっと晴れて来た

 次に、25号(標高71m)。
 23-1号を後に、地上遥か上を越す多摩モノレールを東に望みつつ、公園と同じ名の常盤橋で大栗川を渡る。住宅地を少し走れば、府中線24号を兼ねる東京西線18号の巨大な影のすぐ横、ひっそりと民家のお庭先(畑)に建つ25号脚元だ。2号から23-1号等の一部を除きずっと東京西線に併架されてきた府中線は、この25号から単独路線となる。
 23-1号と異なり、こちらは普通に架空地線も角もある。

府中線25号

府中線23-1号 府中線23-1号
府中線25号(昭和32年6月 32m)

 32mと、そこそこの高さは有るのだが、なにせお隣がシンゴジラ、目立たない。
 しかし、こちらも不思議な形だ。どういう事になっているのであろう。一見したのみではよく分からない。

府中線25号
25号
オブジェっぽいな

 第一と第二腕金が左右非対称となっているが、碍子の位置、詰まり送電線が架かっている位置は同じに見えるのだが。
 第三腕金も、受け手側(東京西線18号側)は上二段より外側だが、送り手側(26号側)は上二段と同じ位置に見える。
 何故幅や左右が異なるのであろう。何か途中で変更があったのであろうか。

 浅学ゆえ、分からぬことにいろいろ出合う。自分なりに彼是と考えるてみるのも、鉄塔巡りの醍醐味のひとつである、と言えなくもない、か。

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/7
(取材は昨11月末)

*併架:八王子市の南多摩変電所から府中線は始まり由木線は終わる。前者の2号鉄塔、後者の55号鉄塔は共に東京西線40号である(府中線の1号と由木線の最終鉄塔は同じ鉄構(こちらを参照させて頂きました))

・この鉄塔の最寄り駅は、多摩モノレール大塚・帝京大学駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月五日  シンゴジラ
 鉄塔下から見上げて、まっさきに口を衝いた言葉は、
「シンゴジラ・・・」
であった(本編観てないけど)。
 八王子市に上陸か。

東京西線18号 東京西線18号
東京西線18号(標高73m)

 先端が三角に尖った踊場が、ゴジラの背中のヒレっぽくもある。沢山の架空線が背中からのビーム放射のように思えなくもない(こじつけか)。

 高さは87m。最近の100m級ゴジラには負けるが、初代や1960・1970年代ゴジラ(50m)よりは大分デカイぞ。1980年代ゴジラ(80m)にも勝っている。
 う〜ん、私の愛機では、脚元まで収まらない。

東京西線18号
東京西線18号(昭和50年6月 87m)

東京西線18号 東京西線18号
小プレートは遠く、大プレートは金網の向こう
見難くて申し訳ない

東京西線17号 東京西線19号
お隣の二基
左17号、右19号

 しかし、このグルグル加減、中富線の71号を彷彿させる。矢張り、扶桑・山城の艦橋だ。
 ただ彼方に比し、同じ鋼管の主脚ではあるが大分とほっそりとしているので、華奢な印象。

東京西線18号
ザツフクな絡み具合だ

 上段に東京西線、中段に由木線そして下段に府中線を併架(へいが)している。由木線としては33号に、府中線としては24号にそれぞれ当たる。ちょっと複雑なので整理してみよう。
 上段、南南東から来た東京西線はそのまま北北西に抜けて大栗川を渡り19号へ向かう。中段、南南西から来た由木線は、北北西へと曲がりこれまた大栗川を渡って19号に併架され34号となる。中段からは更に、由木線から分岐した愛宕線が南南東へ向い東京西線17号で併架され1号となる。そして下段、府中線は北北西から大栗川を渡り来て18号で北東へ曲がって25号となる。
 どうだ、これで分かって頂けるであろうか(疲れた・・・)。

 これまでの画像では、細部が解り難いのでお気付きではないと思うが、この東京西線の送電線は、四導体と言って、併架された由木線や府中線もそうだが、一般に見掛ける送電線が一本のみの単導体であるのに対し、四本一組なっているものだ。50万V等の超高電圧のものに使用されるらしい。ただし、この東京西線は、27万5千Vである。

東京西線四導体架空線 東京西線四導体スペーサー
東京西線18-19号間架空線及びスペーサー

 電線(導体)が接触しないよう電線間の距離を保つスペーサー(右)も、円形の独特な形態である。

 終わりに、やや遠目からのお姿を、大栗川越し(左)に、また丘上の住宅越し(右)に。  

東京西線18号 東京西線18号
18号

 この東京西線18号鉄塔は私が今まで経巡って来た鉄塔のなかでは、現時点で最も高い。ダントツ(断然トップ)である。元来、小振りな古鉄塔により惹かれる性質(たち)なのだが、この鉄塔には、是非お目にかかりたかった。他のサイトさんで、この鉄塔の写真を拝見し、その高さを知り、何故か惹かれたのだ。
 偶には、ド高い鉄塔も仰いでみたいのだ。

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/5
(取材は昨11月末)

*ゴジラ:1990年代以降は周囲の高層化に合わせ100m超である
*大栗川:八王子市・日野市・多摩市を流れる一級河川。多摩川の支流。「耳をすませば」には多摩市内と思しき辺りの大栗川が描かれている

・この鉄塔の最寄り駅は、京王相模原線及び小田急多摩線の多摩センター駅または多摩モノレール大塚・帝京大学駅

・標高は鉄塔基部付近の値(マピオンさんによる)

パワーシフト #iSwitch

如月三日  東久留米駅構外線
 25号→26号→27号と見てきた。径間(鉄塔間の距離)は大分短いので、もう少し訪ねてみよう。折角来たのだし。

 という事で、お次は、24号→23号と訪ねる事とした。時間もそうは余裕無いし、もう大分ペコハラであるが、それくらいならば、何とか行けそうである。

 24号は、25号からは細い道路(旧踏切)を挟みほんの目と鼻の先。25号を南から撮った前々回の画像を見れば、25号のすぐ後ろに24号が写り込んでいるのがお分かり頂けるであろう。

田無線24号 田無線24号

田無線24号 田無線24号
田無線24号(昭和39年10月 27m)

 24号より先23号方向は切通し(山や丘を削り通した道)で、両側の家々が若干高い位置となっている。

田無線23号 田無線24号
左、24号下から23号 右、23号下から24号

 特に23号辺の切通しはやや深く、両サイドのお家は少し見上げる位置となる。

田無線23号

田無線23号 田無線23号
田無線23号(昭和39年10月 27m)

 ここも26号同様、黄葉とのツー・ショット可能ポインであるが、残念ながらこちらも、頃合いはまだまだ先の色合い。

田無線23号
23号とエノキ

 緩やかな勾配を下り少し北へ進むと、道は築堤状となって立野川を越す。切通しはこの川による浸食で土地が低くなっているからであろうか(或いは他の河川の流路跡を立野川が流れているのであろうか)。まあ、その点は自信が無いが、緑地名がこの川の名に由来するのであろうことには自信がある(当たり前だ)。
 注意力散漫な私は、危うく見過ごしそうになったが、築堤上、路傍にこの解説板があった。

東久留米市、東久留米駅構外線解説
武蔵野鉄道引き込み線跡解説板

 知ってみれば成程で、この緑道、元は、正式名称「東久留米駅構外線」という鉄道引込線であったのだ。確かににこの幅、この曲線、他所でも偶に見かける引込線跡に設けられた緑道、まさにそれである。
 何故気付かぬ。

 WW2当時、世界有数の航空機メーカーであった中島飛行機は、現在ひばりが丘団地、ひばりが丘総合運動場また住友重機械工業などとなっている辺りに、主に軍用機エンジンを製造していた武蔵製作所(現武蔵野市)の鋳造部門として、中島航空金属田無製造所という工場を設けていた(現西東京市)。この工場では鋳型を作るための大量の砂を必要としたため、現在西武池袋線ひばりが丘駅である武蔵野鉄道田無町駅から牛車(ぎゅうしゃ。人を乗せるのは「ぎっしゃ」)で砂(その他燃料等)を運んでいたが、限界となったため、昭和18年(1943)から用地買収を開始し、翌昭和19年(1944)隣の東久留米駅から引き込み線を敷設し、小型蒸気機関車を使用した運搬へと切り替えた。しかし昭和20年(1945)、敗戦により廃線となった。
 この極短命に終わった線路の跡が、後に全長2.84km中850mが緑道「たての緑地」として整備され、現在多くの方々に利用されているのである。そしてそこに、田無線が続いていると言う訳である。
 東久留米市教育委員会発行の「くるめの文化財(2015年11月第29号)」によると、当時の久留米村は中島飛行機武蔵製作所から僅か4kmに位置し関連の田無製造所もあったため7度の空襲を受けたという(日本側記録)。そして、その田無製造所は、昭和20年(1945)3月4日のB29爆撃機による高高度精密爆撃(投下弾数は爆弾65、焼夷弾14)で罹災している。この空襲による被害状況を見ると、人的被害は軽傷者二名であるが、家屋は全半壊16、全焼1となっている。東久留米市史によると、米軍の爆撃コースとしては、製造所のあった南沢から海軍大和田通信所があった北部神山(現上の原)にかけて村東側を横切るものが比較的多かったそうだ。
 こう見ると、田無線巡りは、或る意味戦跡巡りでもあると言えそうだ。

 解説板に見入るうち、気付けば、時間がもう限界であった。お暇だ。
 最後に、23号を築堤上から振り返って。

田無線23号
23号

 ここを嘗て、小型蒸気機関車が砂を載せ走っていたのだ。
 左、フェンス下の築堤斜面には、先日降っためずらしい11月の雪がまだ残っていた(取材は11月末)。

 さあ、撤収。

 最後におまけ。
 たての緑地終点(27号)から南に1.5kmほどの場所に、この様な広大な農場がある。

東京大学大学院農学生命科学研究科付属生態調和農学機構西東京フィールド
背より高いフェンスの上に腕を伸ばして撮った
中央左は田無タワー(スカイタワー西東京)

 東京大学大学院農学生命科学研究科付属生態調和農学機構西東京フィールド、である(長いなっ)。以前は普通に「東大農場」と呼んでいたが、今はこのような物々しい名称となった。「農場」時代、よく勝手に入って勝手に農具やウシ達を見学していたが、名称は変わっても見学は今も自由である(ただしビジターブックに必要事項の記入が必要。また10名以上の場合は事前許可が必要)。料金無料の博物館もあるので、田無線巡りの帰りに寄ってみるのも良いかも。北海道の様な風響樹(ポプラ)並木は見事だ。

  (撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/3

*東久留米構外線:ひばりが丘団地造成時に資材運搬に使用されたとの記録もあるとか(「知られざる軍都 多摩・武蔵野」より)
*小型蒸気機関車:雨宮製作所C型18t機関車と考えられるものが6両前後で時速20kmほどで走っていたそうだ(くるめの文化財2014年11月第28号より)
*中島飛行機武蔵製作所:陸軍向け武蔵野製作所と、海軍向け多摩製作所が昭和18年合併してできた。武蔵製作所、田無製造所ともに、戦中は空爆の対象とされ、特に製作所は、昭和19年11月24日の初空襲から敗戦まで8回から10数回の攻撃を受け、200名以上の死者と500名以上の負傷者を出している(東伏見稲荷神社殉職者慰霊碑碑文より。なお攻撃回数は資料により異なる)
*大和田通信所:大和田通信隊所属。埼玉県現新座市、東京都現清瀬市そして現東久留米市のまたがる。昭和12年(1937)より本格稼働。主に海外無線の傍受を行った。現在一部が米軍施設となっている。なお久留米村南部前沢には昭和8年(1933)開設の北多摩陸軍通信所もあった。米軍爆撃コースとしてこの前沢から北西の滝山へ向かうものも多かったとか
*武蔵野鉄道:現池袋線系統の武蔵野鉄道と、現新宿線系統の旧西武鉄道が合併して現西武鉄道となった
*田無町駅:昭和34年(1959)団地造成により、ひばりが丘に改称
*東久留米の空襲:くるめの文化財(2015年11月第29号)では、
昭和19年11月24日 12:15 B29
昭和20年1月9日 14:00 B29
昭和20年2月16日 7:09 空母艦載機
昭和20年3月4日 8:45 B29
昭和20年4月2日 2:20 B29
昭和20年4月4日 1:12 B29
昭和20年7月8日 12:20 戦闘機
の7回とされるが、東久留米市史では東京公文書館記録を引用し、
昭和19年11月24日 12:15 B29
昭和20年1月9日 14:15 B29
昭和20年2月16日 7:09 空母艦載機
昭和20年2月19日 14:20 B29
昭和20年4月4日 1:12 B29
の5回とし、更に古老の話として昭和20年3月10日を加えている

・この鉄塔の最寄り駅は、西武池袋線ひばりが丘駅or東久留米駅

パワーシフト #iSwitch

如月二日  緑道終点
 27号は、最終鉄塔に多い、個性的な変則型である。

田無線27号
田無線27号

 たての緑地終点でもある、ここ田無線の終点は、変電所ではないが、田無変電所と西北原変電所へと田無線と西北原線を引き下げているため、少々ザツフクでプレートが多い。
 これ等プレートは、緑道とは反対側、ひばりが丘団地(巨大団地の先駆け的存在)側から拝見することができる。

田無線27号
27号

田無線28号甲
28号甲

田無線28号乙 田無線28号乙
28号乙(昭和39年6月 6m)

田無線28号乙
田無線

田無線28号乙
西北原線

 27号は、田無線を正面から短めの腕金により受け、それに直交する上段から下段へ徐々に短くなる腕金で、脚元の28号へと、田無線と西北原線を引き下げている。28号甲は田無線・西北原線1番を、28号乙は田無線・西北原線2番をそれぞれ受けている様だ。

田無線27号、28号 田無線27号
左、26号方向から27号と脚元28号 右、27号と28号甲

 下は団地側の道路、笠松坂通りから見るお姿二つ。引き下げ用の腕金が良くお解り頂けると思う。

田無線27号、28号
園芸屋さん越しに27号と28号
27号左側が28号甲、右側が28号乙である

田無線27号
GS越しに27号

 27号お隣のGSを迂回し緑道へ戻る。
 途中見える26号の手前、市立南中学校の木立ちが、少し、色付いていた。

田無線26号
26号

 25から27号は終わった。緑道は、農地や住宅街を縫い北へと伸びている。誘われる気分だ。
 時間的には、まだもう少し行けそうだ。

田無線26号
27号下から北、26号方向を

 続く

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/2

*ひばりが丘団地:日本住宅公団(現UR)が昭和34年(1959)に造成。東久留米市と西東京市に跨る

・この鉄塔の最寄り駅は、西武池袋線ひばりが丘駅or東久留米駅

パワーシフト #iSwitch

如月一日  緑道
 田無線は、東久留米市(多摩北東部)東部にある、南北に1km近くも続く細い緑道(遊歩道とも言えるか)に沿って、と言うよりは、その緑道の中に建っている。道は、鉄塔部分ではその片側を或いは両脇をすり抜けるようにして通っている。

 予め地図で、この緑道、大まかに北北東から南南西にかけて斜めに続く「たての緑地」(名前は「緑道」ではないのだ)の、目印になる学校などとの位置関係は頭に入っていたので、一応の見当を付け、東西方向に自転車で走っていれば、適当な場所でぶつかるだろうと、住宅街を進んで行った。すると、上手い具合に緑道の東側からぶつかることが出来た(一度スマフォのGPSのお世話になったが)。場所は、24号と25号鉄塔の建つ丁度はざまであった。

 何方を拝もうかと少し迷ったが、周囲が多少開け緑の多い25号とした。

田無線25号 田無線25号

田無線25号 田無線25号
田無線25号(昭和39年10月 23m)
上左画像、25号後は24号

 田無線の特徴はなんといってもその腕金だ。一見して人目を引く。と言っても鉄塔者の目に限るが。

田無線25号

田無線25号
25号

 腕金中央付近で架空線(がくうせん)を受け、ジャンパー線を腕金先端で固定し回すのである。他には知らない方式だ(私が知らないだけであろうが)。
 ジャンパー線が本体に触れることを防ぐための方策ではあるのだが、腕金は十分な幅がありそうなので元から先端に送電線を架ければ済むことではないか。とも思ったが、何せ立地が狭い緑道である。両側の住宅との距離を少しでもとるために送電線を腕金中央に持ってきた結果、なのかもしれない。

 この路線は27号で終わりという事は解っていたので、切りよく最後の二つを廻ってしまうことにした。
 よって次は26号だ。

田無線26号

田無線26号 田無線26号
田無線26号(昭和39年10月 24m)

 先日降り積もった雪が解け、鉄塔をO字型に囲む道は大分ショリビツである。靴はキャンバス地のコ◯バースなので、水たまりに踏み込んだら悲惨である。しかもお隣の中学校の緑道側施設の屋根から融雪の水が、結構な勢いで滴り落ち飛沫を飛ばしている。注意注意。

 中学校のイチョウの木立とのツー・ショットが可能なのだが、色付きはまだ少し先のご様子(取材は11月末)。
 ネンザン。

田無線26号
26号とイチョウ

 少し前に訪ねた、オカサカの128号横のイチョウはもうすっかり色付いていたのに。随分と個体差があるものである。(あのイチョウ達はもう、伐採されてしまったのであろうか)

 さあ、お次は27号鉄塔だ。

 続く

(撮影に関しましては、十分配慮しておりますが、もしご近隣の皆様にご心配及びご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び致します)

2017 2/1

*田無線:久留米線14号から分岐。番号は17から始まる
*東久留米市:もとは久留米村また久留米町であったが市制施行の際、福岡県久留米市との混同を避けるため「東」を付けた

・この鉄塔の最寄り駅は、西武池袋線ひばりが丘駅or東久留米駅

パワーシフト #iSwitch

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

Fe塔Top  "Mystic Rhythms" home